一夏)何唸ってるんだあれ?
旺牙)ネタをひねり出そうとしてるんだとさ。気持ち悪いな。
作者)鬼かお前は!?
「は?私と安東先生に勝負してほしい?」
「そういう声が上がっているみたいです・・・。困ったことですが。」
放課後の職員室、千冬は真耶の言葉に耳を疑った。
教師の実力の把握が出来ていない未熟な生徒がまだいることは何となく知っていた。
だが、それが自分と、自らの旧友に向けられているとは思わなんだ。
いや、正確には安東一樹、つまりあのひょろ長い優男の実力を信じられないと考える生徒が多いのだろう。
あの男は基本的に実力主義者、男女平等を地でゆく男だ。男性を下に見ている、いわゆる『女尊男卑主義』の人間からすると存在自体が面白くないのだろう。
そこに千冬の名が挙がったのは、『強い女』の代表と担ぎ上げられている自分が、思い挙がった男を叩きのめす瞬間をみたいということだろう。
非常に面倒くさい。そんなこと己の脳内で勝手にシュミレートしていてほしい。こちらを巻き込むな。
「あー、ついに本人にまで話が行っちゃったか。」
「安東先生。」
「・・・その様子だと、お前もか。」
「陰口ってのは本人のいないところで言ってほしいもんだが、他人を巻き込むのはどうしようもないなぁ。」
まったく度し難いなと苦笑する一樹。実際、この学園に赴任してきてから、彼の評価は半分に割れていた。
結果を重視するが、それが出せない生徒には真剣に向き合ってくれる大人の男性。
大した能力も無いのに、IS『だけ』が強力な無能な、偉そうな男。
一樹本人としてはどちらも本当のことと開き直っているが、水面下で安東支持派と否定派が睨み合っている状態らしい。
そこまで行くと学園といても放っておけない事態になりかねない。そこで。
「いっちょ決闘でもするか?もちろん生身で。」
真耶は目を見開いて驚く。世の女性たちほどではないが、彼女も千冬に憧れるひとり。不敗神話を信じて疑わない人間だ。
対して一樹に対しては、その人格は認めているが、生身の肉体は信じていなかった。
ウィザードと侵魔、イノセントのことは聞いていたが、それでも全体的に細く、同年代の男性よりも筋肉が乏しいのははっきりしていた。
「あ、あの、安東先生・・・。生徒たちにはちゃんとお話をして、穏便に済ませたほうがいいのでは・・・。」
「いや、こういうことは早めにはっきりさせるに越したことはないでしょう。結果が出れば妙なことを考える生徒も減る。だろ?千冬。」
話を振られた千冬は、まさに苦虫を噛んだような顔をしていた。そこそこの付き合いのある真耶ですら見たことがない表情である。思わず眼鏡を落としそうになった。
「・・・お前と手合わせするのは是非とも避けたいんだが。」
「そう言うな。これもかわいい生徒たちのためだ。」
「絶対に嘘だな。」
その会話を聞いた教員たちは露骨にざわつく。
ISが無くとも強い織斑千冬と明らかに細い安東一樹。勝敗は明らかに見えたが、あの織斑千冬が決闘を回避しようとしている。
安東一樹とは何者なのか。逆に興味を惹かれる者も出てきた。
気が付くと、断れる雰囲気ではなくなってしまったことに気付く千冬。手で顔を覆い、力無く頷いた。
「わかった・・・。今日の放課後、空手部の武道場を押さえておく。」
「すまんな。ま、よろしく頼む。」
「このおおたわけめ。狸親父め。」
「まだそんな年じゃないですぅ。」
さて、どうなることやら。
☆ ☆ ☆
一体何が起こっているんだ・・・。
放課後突然、楯無さんから「面白いもの観に行きましょ♪」と言われて武道場に来てみれば、安東先生と織斑先生が向かい合っている。そしてその間には困惑した山田先生が。
周囲には大勢の生徒と教師の見物客。
えっと、これは何なんだ?
「簡単に言うと、今からふたりは試合をするの。」
「「はあ!?」」
あ、一夏と被った。
「ちょ、いくら安東先生が、その、『アレ』でも、千冬姉に勝てるわけないじゃないですか!それに・・・」
一夏が織斑先生を指差す。
「安東先生は素手で、千冬姉は竹刀持ってるじゃないですか!?」
そう、安東先生は無手。流石に常軌を逸していると思われているのだろう。周りからは心配の声と、嘲笑が聞こえる。
だけどなあ、そうじゃないんだよなあ。
「安東先生は、その、空手の経験でもあるのか?それでも三倍段と言ってな・・・。」
「いくら何でも無茶ですわ・・・。」
「ちょっと、殺されちゃうんじゃないの?」
「い、いくら何でもこれは・・・。」
「教官相手に無手だと?本気か?」
「ちょっと、危ないじゃすまないような・・・。」
「だ、大丈夫なの?安東先生。」
「織斑先生のことだから、大丈夫、なはず。」
箒からはじめ、いつものメンバーが口々に言葉を発する。全員が安東先生の身の心配だが、俺とマドカ、楯無さんは違った。
マドカはいつも通り、楯無さんは扇子を広げニコニコと。そして俺は、何事も無く終わってくださいという心境だった。
普通、剣を構えた相手に徒手空拳で挑むのは無謀、それも武器を持つのは世界最強と呼ばれる女性。
対するは、うっすら笑みすら浮かべる優男。最低限鍛えているとはいえ、長身痩躯の何とも頼りない。
「イノセントの攻撃がウィザードに効かないからって、無事に終わるのか・・・?」
「一夏、申し訳ないが。」
「ん?何だよ旺牙。」
「多分、みんなの期待と不安は吹っ飛ぶことになるぞ。」
それってどういうことだ?と聞き返してきた一夏の声をかき消し、山田先生が声を上げる。やっぱり審判役を押し付けられたか。
「そ、それでは!始めっ!」
その瞬間、安東先生はだらりと手を下ろした。一見すれば完全にノーガード。
一部から罵声が飛ぶが、それを気にしない。それどころか、相対している織斑先生が表情を引き締める。
これも安東先生の戦いの構え。俺もよくこの構えに叩きのめされた。
観客の様々な感情の籠った声を背に、織斑先生が踏み出す。
神速の突き。いや、防具も着けてない人間に喉を狙うのかよ!と突っ込みたくなるが、織斑先生は知っているのだろう。
これぐらいでは通用しないことを。
竹刀が届く刹那、安東先生が一瞬動く。すると、突いていた織斑先生の身体が後ろに吹き飛ばされる。
なんとか踏みとどまったようだが、額から一筋の汗。
「大分飛んだな。鍛錬は欠かしていないか。」
「お前もな、と言っておこうか。」
観衆は何が起こったのかわからず、静寂が訪れる。
その間も、ふたりの謎の攻防は繰り返される。
織斑先生が飛び込めば、安東先生はわずかに動くだけでその攻撃を逸らす。
時にはまるで違う方向にいなされる。織斑先生は瞬時に態勢を整え反撃に出る。
それの繰り返し。だが、わかる人間にはわかるのだろう。
「古流柔術、実戦型の合気ね。」
「お、流石、気付きましたね楯無さん。」
「合気、と言うと、あの合気ですか?」
箒が聞き返してくる。俺と楯無さんは頷いて答えた。
あの人、安東先生は、魔法が使えない状況では、筋力が足りない分、技術で戦うことが多い。
敵によってはCQCで戦うこともあるが、人の前では合気で戦う。
前世では色々あって達人からみっちり仕込まれ、己も達人級にまで成長した。その際の修行法はちょっと特異な方法だが。
転生してどうなったかと思っていたが、俺同様魂レベルで身体に染みついていたらしい。
あ、ついに織斑先生の竹刀が弾き飛ばされた。
「さて、これで終わらせるか?」
「私としてはそうしたいが、決着をつけないと周りが解放してくれそうにない。」
ギャラリーも、新たな形勢に固唾をのんで見守っている。勝敗が決まるまで道を開けないのだから何だかんだで現金だ。
織斑先生は拳を構え、安東先生は手を開いて構える。態勢は奇しくも同じ。
沈黙が場を支配する。
ふたりが踏み込んだ刹那、神速の動きで織斑先生が拳を繰り出す。その軌道を逸らし、後方に投げ飛ばす。これまでの動きと同じようだが、投げられた先で地を踏み、再び仕掛ける。それをまた投げ飛ばす。その繰り返しだが、何度投げられても態勢を崩さず突撃を敢行する織斑先生は異常だった。なんせ天井に放り投げられても、その天井を蹴って反撃を仕掛けるのだ。
合気は相手の攻撃に自分の力を加えて跳ね返すのが理論上のあり方なのだが、織斑先生はその返された力すら利用している。一瞬の隙を見て、そこに攻撃を加える。
が、ここにきてギャラリーも気づいたのだろう。『安東先生も普通』ではない。あの織斑先生を何度も投げ飛ばしているのだ。しかも、無傷で。
「合気はお約束の中でしか力を発揮できないと聞いていたが、あれはなんだ?」
「教官が木の葉のように・・・。」
達人同士の戦いは難しい。
箒とラウラが驚嘆の声を漏らす。それはそうだろう。安東先生の合気の師匠は史上唯一、実戦で合気を使ったというほどの達人だったのだから。
それを短い期間で習得した先生も『天才』と呼ばれたらしいが。
俺としてはそんな常人ではない安東先生に、投げられているとはいえ互角の勝負をしている織斑先生が信じられない。
ふと、織斑先生が構えを解き、安東先生に無防備に近づいていった。
そして、やはり無防備に左腕を顔に近づけていった。
思わずその腕を両手で掴んでしまう安東先生。
「捕まえた。」
「あ、やべ。」
その後は一瞬だった。織斑先生の右アッパーが安東先生の顎を跳ね上げる。
安東先生は完全に白目をむいていたが、最後の力、というより無意識に体が動いたのだろう。織斑先生を畳に叩き落とした。その反撃は予想していなかったのだろう。後頭部からもろに落とされ、同じく白目をむいて動かなくなった。
ギャラリーは完全に言葉を失ってしまう。
「・・・は!?千冬姉!」
「安東先生!?」
俺と一夏がいち早く状況を理解しふたりに駆け寄ろうとする。
「動かさないでください!・・・両者、軽い脳震盪です。心配はありません。」
担架を、と声を出そうとしたところで、ふたりの先生は意識を取り戻した。早いなおい。
「不要だ。少し休めば楽になる。」
「同じく。は~あ、何でこんな目に。」
「お前のせいだと記憶しているが。」
「はいはい、すいませんね。」
「こうなるからやりたくなかったんだ・・・。」
こんな状況で澄ました声色で話すふたり。
織斑先生の頑丈さもさることながら、最後の右アッパーに戦慄を覚える。
イノセントの攻撃はウィザードに効かない、というのは、全てではない。銃弾などは月衣のおかげで手前で停止するが、直接攻撃は計算上、大体十分の一に軽減されると聞く。大人の全力パンチも子供のそれほどにしか感じないと言われる。
織斑先生はイノセントだ。なのにウィザードの安東先生の意識を一撃で飛ばす威力の攻撃を繰り出すとは。彼女の戦闘能力はどれほどなのだろうか・・・。
「さて、今ので分かったろう。こいつは少なくともお前たちの中の誰より強い。変な論争は禁止する。」
「それって言論統制にならんか?」
「お前は黙っていろ。」
「はいはい。」
そう言って皆を強制的に解散させる。
まだ何か言いたそうな者もいたが、織斑先生が一睨みすると蜘蛛の子を散らすように散っていった。
残ったのはいつものメンツと楯無さん、山田先生だ。
みんな織斑先生の神話が、こんなところで崩れるとは思っていなかったのか黙っている。
取り合えず、俺はふたりに言いたいことがあるので残っていた。
「とりあえず、ふたりとも化け物ですね。」
「「そうか、お前も遊びたいか。」」
「遠慮させてくださいお願いします。」
そんなある日の出来事だった。
今回はまあ、幕間劇みたいなものです。本編とはまるで関係はございません。
千冬姉ファンの方には、申し訳ないことをしました。