暑さと涼しさが混じり合うようになってきたある日、俺達は職員室にやって来た。
呼び出されたのは俺、一夏、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、楯無さん、沙紀、萌、マドカの十二人。けっこうな大所帯だ。
さらに俺達を呼んだのは安東一樹先生。ウィザードと覚醒寸前の人間。それだけで『そういうこと』なのだと解る。俺、楯無さん、マドカ以外は不安げに顔を見合わせている。
さて、待たせると何を言われるかわからん。そろそろ入ろうか。ノックしてもしも~し。
「どうぞ。」
あまり聞き慣れない女性教師の声に許可を得て、ドアを開ける。俺が代表して訪問理由を述べると、デスクの一つから「こっちだ。」と促される。
ぞろぞろと入室するのは目立ったが、安東先生が気にしていないのでこちらも毅然として向かう。だって悪い事なんてしてないし。
「来たか・・・。何だか壮観だな。」
「いや、あなたが呼んだんですよ?」
わかってるってと言った後、早速本題に移られた。
「今日から四日間、お前たちにはある場所へ『任務』に行ってもらう。」
「任務、ですか?」
一夏が先生の言葉を反復する。おそらく全員で行くとは思っていまい。いや、そんな考えは頭の中に浮かんでさえいないはずだ。だが。
「ああ、ここにいる『全員』でだ。ちなみに俺も同伴する。」
「「は?」」
ほぼ全員が情けない声を出して呆けている。
「ちょっと計画を前倒しにすることにした。ああ、専用機持ちが全員出撃する件は既に学園長に通達済みだ。勿論、許可も得ている。」
矢継ぎ早に連絡と懸念事項を伝えてくる。もう完全に置き去りだが、理解できた者もいる。
「いきなりですね。そちらの都合もあるのでしょうが、性急すぎでは?」
「そうも言っていられない。・・・以前の『侵入者』もおそらく奴らだろうからな。まだ態勢が整わないうちに状況を進める。」
「全員を一気に集めたのは?」
「そりゃあ時間が無いからだ。事は待ってくれないだろうからな。」
一夏たちは呆けたまま固まっているが、ようやく時間が動きはじめたらしい。
「え、えっと。つまりどういうことですか?」
「簡単に言うとな。『修行』を始める。」
「「しゅ、修行っ!?」」
いよいよか。いつか必ず来ると思っていたが、とうとうこの日が。
おそらく、これを機に色々と説明がなされるだろう。
いつかの簡単な説明ではない、確信をつく事実と。
かつて『俺たち』が犯した罪も。
「よし、各自簡単な着替えのみを用意し、一時間後に校庭に集合だ。遅れた者は待つが、ペナルティが待っているぞ。さあ、早く行け。」
何がなんだかわからず追い出されるように職員室を後にした。
「な、なあ旺牙。今日の安東先生、いつにも増して変じゃないか?」
「今のうちに軽口を言っておけ。もうすぐ立ち上がるのも億劫になる。」
楯無さんとマドカ以外は不思議そうにしている。と言うか、その二人が青い顔をしているというか。
さあ、いよいよ始まるぞ。地獄の日々が。
「安東先生、いや、一樹・・・。」
「すまんな千冬。早速あの子たちを地獄に叩き落とす。」
「ああ。・・・頼んだ。」
「お前の方こそ、学園を頼んだぞ。」
☆ ☆ ☆
「よし、全員揃ったな。そのまま俺の周りに集まれ。」
いまだ理解が追いついていない者が多い中、説明は後ですると言わんばかりにハリー!ハリー!と急かす先生。既にISを展開済みということは『アレ』をやるきか。
「行くぞ。・・・跳ぶぞ!」
グレート・ワンの単一仕様能力『空間転移』。この大人数を一気に跳躍させることができるとは、まだまだ底の見えないISだ。
そして一瞬にして木々が生い茂る『何処か』にやって来た。いや、マジで何処だよここ・・・。
「な、何だ今のは?」
「もしかして、今のISの能力?」
「もう反則でしょ・・・。」
「だが一度行った場所や俺が理解している座標にしか跳べん。あまり便利なもんじゃないぞ。」
すでに疲れ切っている面々に、先生が答える。ISは解除済みだった。
その時、森の中から気配がふたつ現れる。
「遅いだろうが安東!いつまで待たせやがる!」
「やめなさいオータム。品がないわよ?」
「だけどよスコール。こっちは一時間待たされてんだぞ。」
「待つのもいい女の懐よ。まあ、待たせる殿方も失格だけど。」
現れたのは女性二人。ロングヘア―の似合う、しかし口調の荒い女性。金髪で色々と豊満な女性。どちらもえらい美人だ。街を歩いていたら思わず振り返りそうな。
ムギュウッ!
「痛っ!?」
なんか色々な部分を抓られた。あっちじゃ一夏も同じ目に遭っている。
「うるさいよ逃亡者。いくら協力者っていっても、本来なら生徒たちと関わらせたくないんだよ。」
「こっちだってガキの相手は御免だね。」
オータムと呼ばれた女性は先生に対し食って掛かるが、その度にスコールと呼ばれた女性が止めている。
いったいどういう関係だ?
「あー、一応紹介しよう。口が悪いのがオータム。その手綱を握ってるのがスコールだ。・・・元『亡国企業』の幹部とその部下って言えば伝わるか?」
「「「なっ!?」」」
「「「???」」」
驚愕する組と理解できてない組にすっぱり分かれたな。
しかし、『亡国機業(ファントム・タスク)』と来たか。俺も先生や楯無さんに聞かされるまで知らなかった、世界の裏で動く秘密結社、らしい。
らしいというのは、活動基準がよく判っていないということだ。テロ活動を行っているとか、ISの裏メーカーだとか、いまいちはっきりしない。ただ、少なくとも正義の組織では無いことは確からしい。
「亡国企業がなぜここにいる!?」
ラウラがナイフを構え一歩出る。それを制したのは安東先生だった。
「まあ待て。『元』と言ったろう。今の彼女たちは今の亡国企業とは関係ない。」
元、とか今の、とか、色々とはっきりしないが、その解説もスコールと呼ばれた女性がしてくれた。
「私たちは企業を脱出してきたのよ。・・・忌々しいことに、今の亡国企業は奴ら、『覇王軍』に乗っ取られた。一部の脱出した幹部以外は奴らに憑りつかれ、ヒトではなくなってしまった・・・。大体五年ほど前からね。」
途中から苦虫を噛み潰したような顔をするスコール。五年前ねえ。
「志垣旺牙。あなたを拉致したのは既に奴らに乗っ取られた幹部の指示。正確には織斑一夏を狙ったのだけどね。」
「!?お前らが!」
一夏が怒りを露わにし食って掛かろうとする。同時にほぼ全員からも怒りのオーラが発せられる。
「待て一夏。もう終わったことだ。みんなも、もういいんだよ。」
一夏を制し、首を振る。諦めたわけじゃない。だが過ぎたことだ。彼女たちに怒りをぶつけても、俺の右眼は治らない。
ならば新たに敵を作るような真似をしても意味はないだろう。今はこれから起こる『地獄』の説明を受けようじゃないか。そう言うと、場はなんとか収まった。
「あー、ゴホン。説明に入っていいか?」
「すんません。始めてください。」
「よし。個人的な恨みは修行の後でしてもらいたい。」
「そういえば先生。修行って、たった四日でですか?いくら何でも短すぎじゃ。」
シャルロットがもっともなことを言う。ああそうだな。たった四日で人間急に強くなれるもんじゃない。
それを可能とする手段を、この人は持っているのだ。
「待ってろ。今そのための結界を張る。」
「「「結界?」」」
ああ、やっぱりアレか。取り合えず準備しておくか。
「すうー、はぁー。・・・『開』!!」
先生が深く一呼吸し、目を見開くと地面に蒼い魔法陣が浮かび上がり、周囲の木々が騒めく。
魔法陣の光が強くなっていくたび、浮遊感が俺達を襲う。
楯無さんとマドカは経験済みなのか、またも青い顔をしながら浮遊感に身を任せている。この後何が起こるのか解っているのだろう。
みんなはプチパニックになっているが、騒動になる前に俺達の姿は大自然から姿を消した。そして・・・。
「空に、蒼い月・・・?」
誰かが天を見上げ、呟いた。
蒼い世界、そして天空に輝く蒼い月。侵魔のものとは真逆の世界。
「これが俺の結界だ。構造は月匣と変わらんが・・・説明しても理解は出来んだろう。取り合えず、俺はこういうのを作るのが得意なだけだ。」
「はぇ~・・・。」
「でも、その結界とやらと修行に何の関係が?」
「そう急くな。時間は山ほどある。この中ならな。」
「それってどういう・・・。」
各所から上がる疑問の声に、先生は淡々と説明する。
「ここの時間の流れは特別でな。外での一日はここでの一ヶ月に相当する。つまり、四日間で四ヶ月分の修行が出来るわけだ。それだけあれば十分だろう。」
・・・・・・
「「「「ええ~~~~!?」」」」
「そんな漫画みたいな!?」
「ちょ、四ヶ月もこんなところにいなきゃいけないの!?」
「しょ、食料とかは・・・。」
「まさか野宿ですの!?」
「どうなっているんだここは!?」
「流石に、厳しいのでは・・・?」
おーおー、予想通りの声が上がるな。
簪、沙紀、萌は・・・。もう時間が止まっているな。
「安心しろ。あそこに各自の部屋がある。風呂とトイレは個室、キッチン共有の中々快適な場所だ。自分で言うのもなんだが、自信作だ。」
珍しく得意げになっている。
いや、俺は『ファー・ジ・アース』にいたときに体験済みだから何とも言えないが。
楯無さんとマドカの顔色を見る限り、この空間の一番の特徴を知っているようだな・・・。
「さて、わからんことは随時聞け。今は取り合えず慣らすことから始めよう。専用機持ちはISを展開しろ。早速いくぞ。」
あ、説明する気ないなこれ。取り合えず言われるがまま各自ISを展開する。それを確認してから、先生は指を鳴らした。その瞬間、ズシンッ、と衝撃が走る。
「「「!?」」」
ほとんどが地面に叩きつけられたように突っ伏す。
「え!?ちょ!?なんだこれ!?」
「体が、重い・・・。」
「まあそうだろうな。初体験組は重力が五倍になるように設定してある。ほれ、早く立ち上がらんと本当に潰れるぞ?嶋田と立花は二倍からだな。」
「ご、五倍!?」
そう、この結界内の特徴は、ルーラーである安東先生の思い通りに重力を操れることだ。マジでバトル漫画のノリだが、しょうがない。
「ちょっと待て!何で私たちまで巻き込まれてるんだよ!」
「お前らも戦力なんだから、鍛えてもらわないと困るんだよ。」
「それにしても、高重力圏って、こうなるのね・・・。確かに堪えるわ。」
元亡国企業のおふたりも参っている様子だが、それでも余裕が感じられるだけ流石だ。
「あの、先生?私、前の時より重く感じるんだけど・・・。」
「そりゃ会長は経験者だからな。前と同じじゃ意味ないだろう。一段階上げて六倍だ。ちなみに、旺牙とマドカは十倍な。」
なんだか凄い事言ってるぞ!?いつも以上にマドカが静かだと思ったら、若干プルプルと震えているからか。
「まず最低二ヶ月は重さに慣れてもらう。その期間中に慣れた者はさらにレベルを上げる。どんな状況でも軽々と動ける敏捷性と力強さを身につけろ。極限状態でウィザードに無理にでも覚醒してもらう。いくら四ヶ月あるとはいえ遅れは許さんぞ。ああ、安心しろ。訓練時間外は二倍にまで落としてやる。」
「お、鬼だ・・・。」
一夏の呟きに、今までに見たことのない(俺はよく見た)邪悪な笑顔で答えた。
「ああ鬼だよ。暫くの間だが、お前たちに地獄を見せる者だからな。」
もろもろの説明の前に、とにかく鍛えるところから始める。焦らされているようだが、まずは手っ取り早く強くなれと言うことか。
・・・本当に無茶苦茶だなこの人は。
「僕たち、生きて帰れるかな・・・。」
「分からないわよ、ここまで来たら。」
完全に拷問だよな、このし修行法。