デュラララ!! -神木仁の物語-   作:Red_Night

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第1話

 

 彼――神木仁(かみきじん)――がそれを初めて見たのは10歳の時、母親にくっついて買い物に行った帰り、公道を馬の嘶きを響き渡らせ走る、黄色い猫耳型のフルフェイスヘルメットに黒いライダースーツを着た、ヘッドライトもナンバープレートもつけていない、黒いバイク。

 それが後に黒バイク、首なしライダーと呼ばれる類の物だと知ったのはネット上での事。

 ただ、10歳の少年だった仁が、首なしライダーと言う存在を知ったからと言って何かした訳じゃない、ただ、彼の脳裏に強く印象に残ったと言うだけにすぎない。

 

 それから5年、彼は高校生になった。

 来良学園の新入生として……。

 

 

「……眠い」

 

 

 黒髪の一部を赤く染め、耳にピアスをつけた少年がそうぼやきながら欠伸をする。

 眠そうに半分閉じられた目はそれでも鋭き、整った顔立ちはイケメンと呼ばれるだろう。

 事実、入学式の最中なのに彼の顔が見える位置にいる女子生徒は興奮の坩堝だ。

 

 程なくして終わった入学式の後、彼は明日から通うことになる教室と、そのクラスメイトの顔を何人か覚えると、得に何か派手な事をするでもなく学校を後にした。

 

 

「入学式はどうだった? 仁」

 

 学校を後にした後、仁が足を向けたのは池袋駅近くにある喫茶店だ。

 仁は黒いズボンに白いYシャツ、蝶ネクタイをしめた格好で店にいた。

 つまるところ、彼のバイト先だ。

 

「別に、普通」

「相変わらずだなぁ、仁、それからこれ、6番テーブルな」

 

 トレーに乗せられたドリンクとパフェを持ってフロアに出る。

 

「あっ、来た来た」

「えっ?」

「彼よ、彼!」

「あんたが言ってたイケメン? 確かにイケメンだけど、ちょっと怖くない?」

 

 雑音が耳に届けど、彼は足を止めない。

 これは彼にとって日常の一部でしかない。

 彼が働き始めてからすぐに、客たちの間で仁は有名になっていた。

 整った顔立ちに高い身長、黒い髪に一部だけ染められた赤い髪。

 眠たげな、しかし鋭い目つきは一見怖い人では、と思わせるが、そうではない。

 

「お待たせしました、ドリンクとパフェになります」

 

 柔らかい笑みと言葉でメニューを運び、音も立てず商品をテーブルへと運ぶ所作の美しさを見れば、誰もが息を呑む。

 

「おぉ、サンキューな」

「お疲れっす、神木君」

「おーじゃましてまーす」

「おっす」

 

 ニット帽をかぶった精悍な顔つきの青年と糸目な青年、お客さんなのにお邪魔してますと挨拶した女性と短く挨拶してきた影の薄い男。

 

「いらっしゃいませ、今日も来てくださったんですね、ごゆっくりどうぞ」

「相変わらず猫かぶるの上手いな、仁」

「違うっすよ門田さん、これが仁君の仕事上のキャラなんすって」

「そうそう、プライベートでの見せられない自分を隠すために彼が作った気だるげイケメン系キャラなんだよ!」

「お前ら、店の中で騒ぐなよ」

 

 仁の素の姿を知っている彼等からすれば、今の仁は偽物、だけどそれを咎めたりはしない。

 人は誰しも、仮面をかぶるものなのだから……。

 

「あはは、皆さん変わらず仲が宜しいようで、羨ましいです」

「まぁ長い付き合いだしな、そうだ、後で話しがあるんだった、バイト終わったら連絡くれねぇか?」

「構いませんけど、今日は遅いですよ」

「そうか、じゃあ飯でも奢ってやるよ」

「分かりました、楽しみにしときます」

「おう、悪いな仕事中に」

 

 いえいえ、と仁はにこやかに笑って席を後にすると、その後は黙々と仕事をこなし、上がりの時間まで過ごした。

 

 バイトが終わり、私服に着替えた仁は少し大きめの鞄を肩にかけて喫茶店から出た。

 目の前の道路に路駐しているバンの助手席では先程店で話した門田と言う青年が窓を開けてこっちを見ていた。

 

「お疲れ、乗ってくれ」

 

 後ろのドアが開き、中に乗っていた糸目の青年と女性が一つ席を空けて待っていた。

 

「お邪魔します」

「お仕事おつかれっすー、毎日大変っすねー」

「やー、学生のバイトじゃ金になんないっしょー」

「毎日っても、平日だけなんですけどね」

「土日は働かないのか? そっちのが金になるだろう」

「いえ、土日は何もしないか街をフラつくって決めてるんで、何で休日に外出て労働しないといけないんですか、俺、基本的に働くの嫌いですし」

 

 仁は休みの日に「労働」しに外に出るのは嫌いだ。

 だからこそ、学校が終わった後の時間を労働に費やす。

 

「それで、話しがあるって言ってましたけど、何かあったんすか?」

「あぁ、それな、とりあえず飯食いながらでもいいか?」

「構いませんよ」

 

 どんな話なのかは気になるが、門田は話すつもりがないらしい。運転手の影の薄い男、渡草と会話している。

 

「今期のアニメのさぁー」

「それなら、断然とあるじゃないっすかねぇ」

「えー、でもさー」

 

 こちらもこちらで趣味のアニメの話しになっており、仁は一人居心地の悪さを感じていた。

 門田達と出会ったのは中学の頃だ。

 街で不良に絡まれていたところを助けられた。

 仁としては、腕に覚えもあり、適当に返り討ちにしてやろうと思っていただけに、突然助け出され呆然としてしまった。

 

 それから紆余曲折あり、門田達と仲良くなった、と言う訳だ。

 車をパーキングエリアに止め、店に向かう途中の事だ。

 轟音と共に土煙が上がり、悲鳴が聞こえてきた。

 

「また静雄さんですかね」

「だろうな、早く行こう、こっちに被害が出るまで」

「そっすね」

「いこいこー」

 

 ぞろぞろと歩き出すも、轟音と悲鳴はだんだんと近づいてくる。

 次の瞬間には、曲がり角から黒い髪をした青年と、金髪バーテン服の男が出てきた。

 ただし、バーテン服の男はあり得ない物を掲げて。

 

 自動販売機、それを見たら100人が100人そう答えるだろう。

 お金を入れてボタンを押せば飲み物が買える機械だ。

 到底大の大人が掲げられそうもない自動販売機を掲げ、バーテン服の男は腹の底から叫んだ。

 

「死ぃねぇえええええ!!!いざやぁああぁあああ!!!!」

 

 投擲、落下、轟音、悲鳴。

 これもまた、慣れ親しんだ池袋の日常だ。

 

 黒髪の青年もまた、常人とは思えない程の身のこなしで自販機を避け、ビルの壁に着地すると、そのままロックマンよろしく壁蹴りを繰り返して姿を消していった。

 

「チィッ! くそが! ん?」

 

 消えた青年に対し、金髪バーテン服の男――平和島静雄――がこっちを見た。

 

「おぉ、仁じゃねえか、悪い、怪我ねえか?」

「久しぶり、静雄さん、怪我も何もないよ、それよりあの人、また池袋に来てたの?」

「そーなんだよ、池袋に来るなっつっても聞きやしねぇ、だから今度こそ息の根止めてやろうと思ったのに、あの野郎逃げやがって」

「ふぅん……まぁ、今度機会があれば手伝うよ、俺もあの人嫌いだし」

「おう、そうか」

「お前ら、何物騒な話ししてやがる」

「ん? 門田か」

「おっす、これから仁も入れて飯に行くんだが、お前もどうだ?」

「悪い、仕事の途中なんだわ、トムさんが待ってる」

「そうか、じゃあ今度な」

「おう」

 

 じゃあな、と手を振って静雄は立ち去っていく。

 なんともない会話を繰り広げていたが、彼はこの街でこう呼ばれている。

 

 曰く「池袋最強の男」

 曰く「絶対に喧嘩を売ってはいけない人間」

 曰く「池袋の自動喧嘩人形」

 

 そんな彼とも、仁は知り合いなのだ。

 その原因は彼と先程まで喧嘩をしていた青年になるのだが、この話しはまた今度にしよう。

 

 

 露西亜寿司と書かれた暖簾を潜ると、白髪の彫りの深い外国人と、黒い肌をした外国人が出迎えた。

 

「らっしゃい」

「おー、カドータ、いらっしゃーいねー、寿司、くうね? おいしーね! 幸せいっぱーいね!」

「大将、奥の座敷いいか?」

「好きに座んな、今日はどうしたんだ?」

「ん? 仁の入学祝いって奴だ」

「えっ、門田さん、話しがあるんじゃ」

「それは嘘っす」

「ドタチンが仁君をお祝いしようって言うから、待ってたんだよ」

「そういう事、騙して悪かったな」

「皆さん……ありがとうございます」

 

 場が和やかになり、大将も珍しく笑顔を見せた。

 

「だったら今日はサービスしてやるよ、仁坊、好きなの選びな」

「じゃあ大トロを」

「任せな、サイモン、いつまで突っ立ってる、客を案内してやんな」

「おっけー、ささ、席はこっちね、熱いおあがりもってくるーね」

 

 

 こうして、仁の細やかだが温かい入学祝が行われた。

 

 

 

 

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