──我が剣、未だ空には至らず。   作:矢野優斗

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剣客少女と自称一般人

 期末試験を乗り越え、ネギも学園長から出された課題をクリアして大団円となったその夜。諸々の疲れから早いところベッドで横になりたいなぁ、なんて呑気に考えながら寮に戻った紬を待っていたのは仁王立ちの千雨だった。

 

 昨夜、日曜の夜に関しては特に何も言われなかった。物凄く物言いたげな目は向けられたものの、翌日に期末試験を控えていたのもあって追及はなかった。だから失念していたのだ。

 

 期末試験も無事に終わり、明日からまた今までと変わらぬ日常が始まる。しかしその前に解決しなければならない問題があった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 無言で仁王立ちする千雨とその前に雰囲気に流されて正座をする紬。かれこれ十分近く、無言でこの光景が続いている。千雨は懊悩に満ちた表情で時折口を開いては閉じてを繰り返し、紬は受刑者の心持ちで待ちの体勢だ。

 

 気不味い空気がこのまま部屋を支配するかと思われたが、覚悟を決めたのか千雨が今度こそ口を開いたことで沈黙が破られる。

 

「あの時のあれ。私の目の前でいきなり消えたやつ。あれは手品か何かだろ?」

 

 そう問いかける千雨の目にはそうであってくれという懇願の色が濃い。しかし同時に、僅かながらの諦観も垣間見られた。

 

 紬はどう答えるべきか迷った。ここで肯定すれば「やっぱりな、そうだと思ったぜ。びっくりさせるなよな」なんて言ってそのまま流すのだろう。千雨にとっては最も穏便な結末だ。

 

 だがその場合、少なからずしこりが残る。何せ千雨は薄々気づいているのだ。あの現象は手品でも何でもなく、非現実(ファンタジー)の産物なのだと。

 

 聡明な千雨のことだ。紬が消えてすぐ、何らかの手品かCGかと疑って調べたに違いない。だが隈なく調べたところで種も仕掛けも見つけられず、挙句図書館島組と一緒にいるなんて知れば途方に暮れただろう。

 

 女子寮の一室から遠く離れた図書館島への移動。しかも図書館島組の話によれば紬とは図書館内で出会したという。

 

 常識的に考えてあり得ない。そもそも転校してきたばかりの新参者で図書館島探検部に所属しているわけでもない紬が、いったいどうやって夜の図書館島内部に侵入するのか。

 

 それこそ空間跳躍でもしない限り不可能だ──

 

「なあ、お前は普通なんだよな? そうだろ?」

 

 縋るような声音で千雨は訊く。微かな希望に縋りつこうとしているようなその姿に、紬は断腸の思いで決断した。

 

「千雨ちゃん。私は嘘を吐くのが得意じゃないの。だから本当のことを話すしかない。でも、貴方が知りたくないのであれば何も語りません。私の事情に千雨ちゃんを巻き込まないよう、距離を置くことを誓うわ。その上で、どうする?」

 

 知るか、このまま知らずに生きるか。間違いなく、ここは千雨にとっての分水嶺だ。選択次第によっては千雨の今後の価値観が大きく左右されるだろう。

 

 だがどちらを選ぶにしても、既に千雨の現実観(世界)は壊れてしまっている。何せ紬のその発言自体が答えと同義なのだから。

 

「もう答え言ってるのと変わらねーだろ……」

 

 紬に対する棘を含む言葉は、しかし弱々しい。ただでさえ麻帆良で日常的に発生する非日常で一杯一杯なのに、目の前で誤魔化しようのない非現実的な現象が起きてしまったのだ。これ以上は目の背けようがない。

 

 何より辛いのは普通だと思っていたルームメイトが、麻帆良の外から転校してきた紬が普通ではなかったこと。千雨にとってはそれが堪えた。

 

「宮本は変人だけど、普通だと思っていた。勝手にそう思い込んで、馬鹿みたいじゃねーか……」

 

「……ごめん」

 

 勘違いしたのは千雨だ。しかし事情を隠そうとする意図がなかったと言えば嘘になるため、紬はただ謝るしかない。

 

「なんだよそれ……」

 

 力なく呟いて千雨は髪を掻き乱す。もう立っている気力もなくなったのか、覚束ない足取りベッドに腰掛けるとそのまま膝を抱えてしまう。

 

 再び重い沈黙が紬と千雨の間に横たわる。紬は沙汰を待つ罪人の如く静かに座して待つだけ。混乱の渦中にいるであろう千雨に声をかけることはない。

 

 その千雨は錯綜する脳内で必死に情報を整理していた。

 

 今までは麻帆良だけが他と違っておかしいのだと考え、外の世界は普通なのだと思い込むことで精神の安寧を保ってきた。それがどうだ。つい最近麻帆良へやってきたばかりの転校生までもが普通ではない、非常識側の人間だというではないか。これでは前提条件から崩れてしまう。

 

 麻帆良だけがおかしいのではない、外の世界にも非現実(ファンタジー)は存在する。ただ大部分の人間はそれを知らないか気づいていないだけ。非日常は自分たちが思っているよりも身近に在ったのだ。

 

 その明確な証拠が眼前に突き付けられてしまった以上、どれだけ否定しようとも非日常はこの世界に在る。既に在る以上、千雨がどうこう言ったところで消えるなんてことはない。そういう世界なのだと、受け入れる他ないのだ。

 

 分かっている、分かっているが今まで築き上げてきた現実感覚を崩すのはそう簡単なことではない。なまじ堅実な現実観を意識的に固持してきたのもあってそのあたりの苦悩は一入だろう。

 

 だがいつまでも答えを出さずにはいられないわけで──

 

「だーッ! クソッ! もういいよ、聞いてやるよチクショー!?」

 

「ち、千雨ちゃん!?」

 

 自棄っぱちに立ち上がった千雨に動揺を隠せない紬。膝を抱えて悩み込んでいたかと思えばいきなり叫び出し、千雨は凄まじい形相で紬の肩に掴みかかる。

 

「吐け、お前の知ってることぜーんぶ洗いざらい吐け! 毒を食らわば皿までだ!?」

 

「いいの? 知ったら千雨ちゃんは……」

 

「そんなの今更じゃねーか!? だいたいな、私が嫌だって言ったらどうするつもりだったんだよ?」

 

「それは、とりあえず部屋を出ていって一人暮らしでも始めて、千雨ちゃんとはなるべく距離を置こうかと」

 

「んなことしたら私と宮本が仲違いしたとか私が追い出したとかクラスの連中が騒ぐに決まってるだろ! 馬鹿じゃねーの!?」

 

「はいっ、ごめんなさい!?」

 

 千雨の凄まじい剣幕に気圧されて紬は謝る他ない。どうやら千雨はストレスのあまり理性の箍とかが外れてしまっているらしい。歴戦の紬をしても今の千雨には逆らえる気がしなかった。

 

「さあ、お前の知ってることを詳らかに吐け」

 

「え、えっと。話すのは構わないけど、どこまで?」

 

「お前の知ってる非現実(ファンタジー)全部。出し惜しみなくきりきり供述しろ……ただ」

 

「ただ?」

 

 物凄い勢いで掴みかかっていた千雨が少しばかり遠慮気味に身を引く。

 

「宮本が言いたくないことがあるのなら、そこはいい。それ以外は余すところなく具に話してもらうけどな」

 

「───千雨ちゃん……」

 

 まさかこの状況で千雨が気を遣ってくれるとは思っていなかった。最悪、紬は自身が転生者であることも明かさなければならないと覚悟していたからだ。それだけの不義理を働いた自覚はある。

 

 しかし千雨は話したくないことは話さなくていいと言ってくれた。自分のことで一杯一杯だろうに、それでも隠し事を容認してくれたのだ。

 

「ありがとう、千雨ちゃん。じゃあ、お話します」

 

 千雨の優しさに紬は甘えることにした。親にすら話したこともない転生者であることや霊基のことに関しては明かさず、それ以外に関しては千雨が望む限り白状する。語る内容は恐らく刹那への説明とそう変わりはないだろう。

 

 こうして紬の事情説明が始まり、千雨にとって色々な意味で衝撃的で長い夜が更けていく──

 

 

 ▽

 

 

 ──翌朝、ベッドの上には情報過多による頭痛で寝込む千雨の姿があった。

 

「うぅ、神隠し……怪物……魔法とか。ありえねぇ……」

 

「千雨ちゃん、大丈夫? うどん食べられる?」

 

「またうどん。朝からうどんもありえねぇ……」

 

 千雨への事情説明は刹那へしたものと大差ない。ただし千雨の場合は事の仔細まで説明を求めたために、話に纏わるエピソードまで語ることになって長くなった。おかげで千雨は徹夜も相まってダウンしたのである。

 

 痛む頭に呻きながら千雨は体を起こす。熱こそないが徹夜の疲労もあって今の千雨は心身ともに弱っている。その原因たる紬は千雨と共に学校を休み、こうして付きっ切りで看病しているのだ。

 

 紬からお盆ごと鍋を渡されて受け取る。出汁醤油で薄く味付けし、卵を溶き入れネギと生姜を加えた病人に優しいうどんだ。地味に紬は料理もできるため、味は問題ないだろう。

 

「……いただきます」

 

「どうぞ召し上がれ」

 

 遠慮がちに千雨は鍋を食べ進める。そんな千雨の姿を何が嬉しいのか紬はにこにこと見守る。

 

「なんだよ? ヤケに嬉しそうだな」

 

「そりゃあ、嬉しくもなります。事情を聞いた上で千雨ちゃんは私とルームメイトを続けてくれると言ってくれたんですもの。正直、絶交か追い出されるくらいはされると覚悟していたからね」

 

「お前は私をなんだと思ってるんだよ。だいたい、そんなことしたら私が悪者扱いされるだろーが」

 

「その時は勿論、私が皆を説得して千雨ちゃんのせいではないと証明したわ」

 

 だがそれも必要ない。千雨は紬の抱える神隠し体質の話を聞き、それに纏わる不可思議エピソードを承知の上でルームメイトであることを容認した。未だ魔法やら何やらと信じ切れないものはあるものの、今はそれらを在るものとして受け入れたのだ。

 

 紬にとって肉親でもない裏の住人ですらない千雨が、全てを承知の上で受け入れてくれたというのはこの上なく嬉しいことだった。

 

「ありがとね、千雨ちゃん」

 

「何回目だよそれ。いい加減しつけーよ」

 

 心の底から嬉しそうに笑う紬に千雨はそう返した。

 

 紆余曲折あったものの、紬と千雨の仲はまた一段と深まった。そこを2年A組の面々に揶揄われたり、紬が要らぬところで照れては千雨がムキになって否定したりとで色々な意味で関係を疑われるようになってしまうのだが、それはまた別のお話だ。

 

 

 

 

 




千雨ちゃん、この上なく頼もしい護衛をゲッツ。なお紬が知らないこと(ネギが魔法使いであることなど)は知らないままです。勿論、原作よりも怪しむだろうことは間違いないですが。
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