期末試験も無事終わり、あとは終了式を控えるのみとなった今日この頃。ここ数日、紬は誰が見ても落ち着きがない様子であった。
意味もなくキョロキョロと周囲を見渡したり、何かしら物音がするだけで身構えたりと。何かが起きそうになると過剰なまでに反応する。
挙句に十分に眠れていないのか日増しに目元のくまが濃くなり、体調も優れていない様子。
あまりにも様子がおかしいためにクラスメイトは心配し、担任であるネギも声をかけるが返答はお茶を濁したものばかり。どうやらルームメイトである千雨には事情を明かしているようだが、その千雨も話そうとしないために心配の種となっていた。
そんなある日の放課後、事態は急展開を迎える。
「刹那ちゃん、ちょっといいかな?」
授業も終わり、生徒たちがそれぞれ部活やら何やらで教室を後にする中、今日も今日とて護衛対象を陰からお守りしようと内心で奮起していた刹那は、思い詰めた表情の紬に声を掛けられた。
ここ数日、様子がおかしいと噂されている紬からの接触。特別身に覚えはないものの、名前で呼び合う程度には仲がよい紬の変調を刹那も心配していた。
「はい、構いませんが。どうかしましたか?」
「えっとね、その……」
もじもじと言い澱みながら、紬は意を決したように頭を下げた。
「刹那ちゃん、私に付き合ってくれない?」
「「「「「え!?」」」」」
放課後の教室内での言葉。決して大きな声ではなかったものの、その声は十二分に教室内に残っていた生徒たちの耳に届いた。そして当然、賑やかし好きの2年A組でそんな不用意な発言をすればどうなるかは明白で──
「「「「「紬ちゃんが告白したぁ〜!?」」」」」
「え、え? なんのこと?」
「紬さん、今のはちょっと不味いかと……」
2年A組は阿鼻叫喚の大騒ぎとなるのであった。
そんな大騒ぎの渦中にいる紬と刹那を、黒髪の少女がじっと見つめていた。
▽
「武道具屋ですか」
所変わって麻帆良商業区。教室での騒ぎをどうにか宥め、紬と刹那は電車に乗っていつかのように麻帆良の商店街に繰り出していた。
「そう。図書館島での一件で得物を失くしちゃってね。 その選択を後悔はしてないし、すぐに親父殿に連絡して新しいのを用意してもらうよう頼んだからいいんだけど。私が使っていた木刀って特注でね、手元に届くまで結構な時間が掛かるのよ」
図書館島の地下図書室から脱出する際、紬は仕方なく己の得物を手放した。そのため今の紬は完全な手ぶらである。
これが何処にでもいる一般人であれば問題なかっただろう。しかしこれが紬になると話は別だ。
「私ってば何時何処に飛ばされるか分かったものじゃないでしょ? そうなると手元に得物がないのは不安で不安で仕方なくて。失くしてから初めて気付くとはよく言うけれど、とにかく落ち着かないのよ。おかげで最近は夜も眠れなくてね……」
憂鬱げに溜め息を吐く紬に常の余裕は見られない。いや、クラスメイトたちの前ではまだ取り繕おうとしていたのだが、気心知れた相手にまで繕えるほどの心的余裕がないのだろう。
「なるほど、だから武道具屋で木刀を見繕うということですか」
ここまでの話の流れで刹那も大凡の事情が掴めた。紬もそれで間違いないと頷く。
「間に合わせでもないよりはマシだからね。でもここで問題なのが私ってば麻帆良のことよく知らなくて、武道具屋があるのかすらも分からないことなのよ。そこで刹那ちゃんならそのあたりのことも詳しいんじゃないかと思いまして」
「そうですね。一応剣道部ですから、うちの部が贔屓にしてもらっている武道具屋であれば紹介できますよ」
「ほんと? ごめんね、急にこんなことお願いして。護衛の仕事とか大丈夫?」
「えっと、それは問題ないというか……」
口を濁す刹那の目線がチラリと後方に向けられる。その視線の先にはちょろちょろと紬たちを尾行する複数の人影があった。
「あぁ、ネギ君たち? どうしたのかしらね、こそこそとついてきて」
どうやら紬は最初から気づいていたらしい。特に驚くこともなく首を傾げるだけだ。
「恐らくここ最近の紬さんを心配してついてきているのかと……教室での騒ぎも後を引いていると思いますが」
教室であんな騒ぎを起こした後に二人きりで行動をすれば怪しまれるのも無理はない。現に尾行している面子の中には報道部の朝倉和美の姿もある。あとは噂話が好きな面々や暇な連中、そしてネギとアスナとこのかというところだ。
「ごめん、まさかあんな誤解をされるとは思わなくて。でも、それならいっそ一緒に行動したほうがいいんじゃないかしら。身の潔白も証明できるし」
何も疚しいところがないなら一緒に行動してしまえばいい。そうすれば要らぬ勘繰りをされることもない。少々喧しくなってしまうのは避けられないが、有りもしない誤解を持たれたままになるよりはマシだろう。
しかし刹那としては後ろの面子と、厳密に言えばとある少女に近づきすぎるのは避けたいわけで。
「すみません、紬さん。できればそれはなしの方向でお願いできませんか? あまり大勢で押し掛けてお店の方に迷惑をかけるわけにもいきませんので」
「それもそっか。ま、皆も武道具屋に入れば誤解だと分かるでしょうしね」
特別拘る理由もなかった紬はあっさりと提案を引っ込める。そもそも付き合わせているのが紬である以上、刹那が望まないことは避けて当然だ。
刹那の案内で武道具屋へ向かう。その間も好奇の視線が背中にビシバシ突き刺さるが、二人は努めて気にしないようにした。
やがて剣道部が贔屓にしてもらっているという武道具屋に到着する。
「へえ、結構広いし、品揃えは悪くないみたいね」
「はい。麻帆良は学園とだけあって部活やサークルの数も馬鹿になりませんから。それに合わせてこの手のお店も充実しているんです」
刹那が勧めたとだけあって店内は広く、取り揃えられた品の数も多い。必要な道具や備品があればこの店に来るだけで十分揃えられるだろう。
ともあれ今回のお目当は紬の木刀。防具やら竹刀やらのコーナーを素通りし、稽古用に並べられた木刀を見ていく。
「うーん、間に合わせとはいえ二流品だとそれはそれで心許ないしなぁ。かといって実戦に耐え得る代物もあんまり見当たらないし……」
「ここは一応学生向けのお店ですからね。さすがに真剣との斬り合いに耐えられるような物はないかと思います」
そもそも木刀に真剣との斬り合いに耐え得る性能を求めている時点でおかしいのだ。木刀はあくまで稽古用に用いられる物。切った張ったの実戦に持ち出す物ではない。
適当に目に付いた木刀を手に取っては素振りする紬に、刹那はふと気になったことを尋ねる。
「紬さんは真剣をお持ちにならないのですか?」
「真剣? そりゃあ使えるのなら使いたいですよ。何せ相手が真剣だろうと銃器だろうとこっちは木刀二本で切り抜けないとならないんですもの」
相手が刃物やら殺傷能力の高い武器を持ち出してきたとしても、紬は木刀二本で立ち向かうしかなかった。あらゆる戦いにおいて紬は敵以上に自分の武器にも気を遣わねばならなかったのだ。それがどれほどに不利な条件かは言うまでもない。
「でも魔法やら何やらを知っていても私は所詮一般人の生まれ。どうやっても真剣なんて工面できないし、持ち歩くこともできないわ」
神隠しやら何やらで裏の世界を知っており、なおかつ幾多もの修羅場を潜り抜けてきた紬であるが、その出自は剣道主の一人娘に過ぎない。そんな彼女に自分の剣を用立てるなんてことは無理だ。
紬にできるのはせいぜいが特注の木刀を用意すること。それもなるべく真剣の感覚に近い物にするため、芯に鉛を埋め込んで紬の要望に合わせた完全オーダーメイド品だ。値も張るが何より製作に時間がかかる。
その木刀が完成して届けられるまでの間に合わせをこうして選んでいるのだった。
ちなみに刹那は日常的に真剣を持ち歩いているのだが、紬同様長袋に仕舞って持ち歩いており、加えてお得意の陰陽術で一般人からはただの木刀にしか認識されないようになっていたりする。
「うーん、このあたりかなぁ……」
「お眼鏡に適う物はありましたか?」
「お眼鏡に適うというか、この店に有るのではこれしかない感じね。仕方ないけど」
陳列された木刀の中からギリギリ合格の品を二本選び取る。やはり不満はあるようだが間に合わせの品であり、何より此処は学生向けのお店だ。これ以上の高望みはできない。
多少の不満は飲み込んで紬は木刀の支払いを済ませ、刹那と共に店を後にする。
「さて、用事も済んだことですし、どうしよっか? 前みたいにお茶でもする? 今日のお礼に奢るよ」
「そうですね……いえ、今日のところは遠慮させていただきます。誤解が再燃しても困りますから」
そう言って苦笑いする刹那の視線は向かいの店に潜む怪しげな集団に向けられていた。言うまでもなくネギと愉快な仲間たちである。
「あははは、あの子たちも諦めが悪いなー。仕方ない、そっちのけがあるだなんて誤解されるのも困るしね?」
「え? あ、はい! そうですね!」
「……刹那ちゃん?」
「私にもそんな性癖はありませんよ!?」
怪訝な目線を向ける紬に刹那は必死さすら滲ませて否定した。その勢いに押されて紬も頷く。
「そ、そうよね。まあ私も他人様のこと言えた
「誤解ですからね? 本当に違いますからね!?」
顔を真っ赤にして刹那は身の潔白を訴える。まさか脳裏をとある少女の姿が過ったなんて言えないが、それはあくまで敬愛や親愛に過ぎない。それ以上ではないと暗示のように内心で言い聞かせた。
そんな刹那の胸中を知ってか知らずか、紬はあからさまに挙動不審な態度で別れを告げる。
「じゃあ私はこれにて。お礼はまた今度させてもらいます。では──」
「待ってください! 誤解です、本当に違うんです紬さん!?」
スタスタとその場を去っていく紬とそれを追いかける刹那。武道具屋に入ったことで鎮火しかけた噂がこのやり取りによって再燃するとは二人も考えなかっただろう。