──我が剣、未だ空には至らず。   作:矢野優斗

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ちょっと今回短めです。


剣客少女と吸血騒ぎ

 それは雲一つない満月の夜、桜の花弁舞い散る桜通りに現れる怪異。

 

 真っ黒なボロ布に身を包んだ血塗れの吸血鬼。恐れを知らぬ哀れな弱者を狙っては、その新鮮な生き血を啜る。

 

 血を吸われた者に記憶はなく、所詮は噂と決めつける者も多い。事実、大部分の生徒がそうであった。

 

 しかし噂は噂ではなく、現実に怪異は存在した。そして満月である今夜もまた、吸血鬼は獲物を求めてその目を光らせる。

 

 逃げ惑う少女。闇夜に生きる吸血鬼に目を付けられた時点で少女の末路は既に決定付けられており、今までの被害者同様に追い詰められる。そして──

 

 ──新たな被害者がその首筋に牙を突き立てられた。

 

 

 ▽

 

 

 短い春休みが終わり、いよいよ新学期が始まった。

 

 正式に麻帆良の教諭となったネギ・スプリングフィールドを担任とした3年A組。きっと今年も波乱万丈な一年になるだろうと誰もが予想する中、中等部内で妙な噂が流れていた。

 

「桜通りの吸血鬼? ああ、身体測定の時にクラスの連中が騒いでいたアレか」

 

「そ。あくまで噂であってそんなおっかない怪異が居るとは思えないんだけど、まき絵ちゃんが桜通りで倒れていたのが気に掛かってね」

 

 新学期始まって一日目。部活に所属しているわけでもない紬と千雨はまだ明るく人通りもある桜通りを通って下校していた。

 

「それでその手の情報に詳しいだろう和美ちゃんに訊いてみれば、なんとまき絵ちゃんと同じように此処で気を失っていた生徒が他にも居るって話じゃない。これはちょっと不味いかな〜と思いまして」

 

「だから今日は明るいうちに帰るとか言ってきたのか……」

 

 暫く前から流れ出した桜通りの吸血鬼の噂。3年A組の生徒たちはチュパカプラなる謎の生命体がどうのこうのと騒いでいたものの、結局は噂と決めつけ信じるようなことはなかった。それよりもその後に飛び込んできたまき絵の情報の方が衝撃は大きかったのだろう。

 

 どういうわけか桜通りで眠りこけていたまき絵。目が覚めても何故自分が桜通りで眠っていたかは覚えておらず、こちらもまた謎のままとなっている。まあクラスメイトたちは甘酒の飲み過ぎで居眠りしたとか、涼んでいたら気を失ったのだろうとそこまで重大視していなかったのだが。

 

 今まで数々の修羅場を潜ってきた紬には、桜通りの吸血鬼とまき絵の一件が無関係だとは思えなかった。勿論、確証はない。ないが、それが対策をしない理由にはならないだろう。

 

「噂では満月の夜にしか出ないと言われているし、日暮れ前なら人通りもある。もし吸血鬼なるものが居たとしても、衆人環視の中で襲ってくるような真似はしないでしょう。断言はできないけど」

 

「ふーん……で、どうするつもりなんだよ?」

 

 此処まで紬の話を聞くだけだった千雨が問う。訊いたものの千雨は紬がどうするかは何となく読めていた。

 

 案の定、紬は悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。

 

「そうねぇ、今晩はちょっとお月見でもしてこようかしら。あ、千雨ちゃんは部屋に居てね。絶対出歩いちゃダメよ」

 

「お願いされても出歩かねーよ」

 

 吸血鬼なんてファンタジー生物が出るかもしれないのに千雨が好き好んで出歩くはずもない。紬経由でそっち方面の知識はあれど、千雨は積極的に関わりたいわけでもまして巻き込まれたいわけでもない。むしろ遠ざけたいというのが本音だ。

 

 ただ、ルームメイトが自ら関わろうとするならば気になってしまうのも致し方なく。

 

「別にお前が首を突っ込む必要あるのか?」

 

「さて、それはどうかしら。私も面倒事に好き好んで首を突っ込む趣味があるわけじゃないけど、今回は場所が寮に近いのがね。念のために噂の真偽だけでも確認した方がいい気がするのよ」

 

 これが桜通りでも寮の近辺でもなければ紬は首を突っ込まなかっただろう。だが今回の騒動は寮から距離が離れていない。つまりクラスメイトや、最悪千雨が巻き込まれてもおかしくないのだ。

 

 さすがに見知ったクラスメイトや自分のせいで巻き込んでしまったと言っても過言ではない千雨に危害が及ぶ可能性があるのならば、未然に防ぐなり何なりする必要がある。

 

 幸い父親に頼んでいた木刀は既に手元に届いている。いざ吸血鬼と相対したとしても得物がなくて戦えませんということにはならない。とはいえ相手が本当に吸血鬼であった場合、さしもの紬でも太刀打ちできるかは定かではないが。

 

 紬が懸念しているのはこの世界の吸血鬼が自分の知る吸血鬼である可能性。紬の前世知識の中に存在する創作の吸血鬼は基本的に強く、他人を操ったり人ならざるものへと堕とす能力を有している。この世界の吸血鬼がそれらと同じとは限らないが、警戒するに越したことはない。

 

 いつになく真剣な顔色の紬に千雨はわけもなく不安を覚える。

 

「なあ、大丈夫なのか?」

 

「おやや? もしや私の心配をしてくれているのかな千雨ちゃん?」

 

「ち、ちげーよ! そんなんじゃなくてだな!」

 

「分かってる分かってる。でも、心配ご無用! これまでも何だかんだ生き延びてきたんですもの。吸血鬼だろうと魑魅魍魎悪鬼羅刹であろうと、そうそう遅れを取ったりはしません」

 

 今日まで生き延びてきた自負あってこその気負いない台詞。事実、こと戦闘に関して紬の実力は非常に高い。それは達人レベルの古菲を相手に勝利を収め、試合とはいえ裏の世界の住人である刹那を圧倒したことが証明している。どちらも本気の果し合いではなかったため次も同じ結果になるとは限らないが。

 

 だがあくまで一般人である千雨にそのあたりの感覚は分からないわけで、今一つ紬の実力を信じ切れない。だからといってどうこう口出しできる問題でもないのだが。

 

 未だ不安を拭い切れない様子の千雨に紬は心配ないとばかりに笑ってみせる。

 

「大丈夫大丈夫。千雨ちゃんはいつも通り部屋でのんびりまったり趣味に打ち込んでいてください。あ、でもお夕飯の用意はお願いできるかな。きっと帰ってきた時には空きっ腹になってるでしょうから、美味しい物を期待しています」

 

「お前なぁ……はぁ、何だか心配するだけ馬鹿らしくなってきた」

 

 当人がまるで気負うことのない自然体であるため、これ以上心配するのも詮無いことだと千雨は疲れたように溜め息を吐く。

 

「晩飯の内容は期待するなよ」

 

「えぇ? そこは腕によりをかけて待っているところじゃないの?」

 

 いつもと変わらぬやり取りを交わしながら二人は寮へと帰っていった。

 

 

 ▽

 

 

 夜の帳が下りて街灯の灯りが照らす桜通り。もう暫くすれば部活帰りの生徒が通るだろう頃合いを見計らって紬は桜通りに訪れた。吸血鬼の狙いが生徒である以上、出没するならこの時間帯しかないと踏んだのだ。

 

 通りの左右に植えられた桜が風に揺れる。昼間の桜と夜の桜とでは印象がまるで違う。夜のそれはどこか神秘的で、同時に妖しい雰囲気漂うものとなっていた。

 

 ひらひらと桜の花弁が舞い散る通りを紬は往く。両の手には木刀が二本。もはや長袋に入れて隠すつもりはなく、最初から戦闘になることを想定した状態だ。

 

 千雨には噂の真偽を確かめるなどと言ったが、その実紬の中では既に答えが出ていた。今夜はそれが正しいか確認するため、何より相手の目的を探るためにこうして姿を晒している。

 

 通りを半分まできたところだろうか。紬は徐に歩みを止めると通りに幾つもある街灯の一つを見上げる。そこに如何にも怪しげな風体の小柄な人影が立っていた。

 

「噂の吸血鬼のお出ましってわけね」

 

 街灯の上に立つ人影から得体の知れない気配を感じ取りながら、紬は驚くこともなく笑みさえ浮かべる。同時に自分の予想が外れていなかったことを確信し、内心で少しだけ憂鬱に溜め息を吐いた。

 

 そんな紬に対して街灯の上の存在はやけに楽しそうに口を開く。

 

「宮本紬だな。わざわざ姿を晒したということは、私に血を提供してくれるということか?」

 

「まさか。私は貴方に用があって此処に来たの。できれば穏便に話し合いたいとも思っています。ねえ──エヴァンジェリンさん?」

 

「──ふ」

 

 吹き荒ぶ一陣の風に煽られ、帽子に隠された素顔が露わになる。そこにあったのは教室でも見る見知った顔。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが吸血鬼に相応しい笑みで紬を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

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