──我が剣、未だ空には至らず。   作:矢野優斗

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剣客少女と桜通りの吸血鬼

 油断なく見上げる紬と悠然と見下ろすエヴァンジェリン。両者共に表情は微笑であるが雰囲気は和やかなものとは言えない。一触即発とまではいかないが、張り詰めた緊張感が横たわっている。

 

「ほう、あまり驚いていない様子だな」

 

「まあね。前々からエヴァンジェリンさんの得体の知れない気配には注意していたから、その正体が実は吸血鬼でした、なんて言われてもそう驚かないわ。むしろ合点がいった」

 

 元々警戒はしていたのだ。色々と常識外れな面々が集う3年A組にあってなお、エヴァンジェリンの纏う異質な気配は嫌でも気になる。故にこうしてその正体を明かされても驚きは少ない。

 

 それよりも紬はエヴァンジェリンに問い質さねばならないことがある。

 

「罪のない生徒たちを襲う理由は……なんて、尋ねるまでもないか。エヴァンジェリンさん、私が転校してきた時よりも力が増しているわね。微々たるものだけど」

 

「よく分かったな。平和ボケしたぼーやは全くといって気づいていないが」

 

 感心したとばかりにエヴァンジェリンが笑みを深める。

 

「無関係の一般人にまで手を出して力を蓄える目的は何?」

 

「そうだな。私の正体に気づいた褒美代わりに教えてやってもいいか」

 

 あくまでも上からの態度は崩さず、エヴァンジェリンは得意げに己の目的を語る。

 

「私の狙いはネギ先生だよ。厳密にはぼうやの血だ」

 

「ネギ君の血? というか、その口振りだとやっぱりネギ君も裏の世界の住人ってこと?」

 

「なんだ、私の正体には気づいたくせにそっちは知らないのか」

 

「前々から怪しいとは思っていたけれど、決定的な証拠もなかったからね」

 

 怪しい言動は多々あった。しかし決定的な証拠もなく、何より十歳の子供であるということもあってそこまで気に留めていなかったのだ。だからこそエヴァンジェリンの口からネギの名が出てきたのは紬をして少なくない衝撃を受けた。

 

「何故ネギ君の血に拘るの? 十歳の子供に過ぎないネギ君に執心する理由が私にはとんと思いつかないのだけど……もしかして趣味?」

 

「張っ倒すぞ宮本紬。私をクラスのお馬鹿どもと一緒くたにするな」

 

 ピキッ、とエヴァンジェリンのこめかみに青筋が浮かぶ。さすがにショタコン扱いは度し難かったらしい。まあそれを言ったら紬なんて美少年・美少女が大好きな変人であるのだが。

 

 苛立ち混じりに腕を組み、器用に街灯の上に腰を下ろして脚を組むエヴァンジェリン。見た目が小学生と大差ないくせに傲岸不遜な態度に違和感がないのは、見た目と実年齢がつり合っていないのだろう。

 

「このままあらぬ趣味嗜好を押し付けられるのも業腹だからな、少しだけ教えてやる。ネギ先生、いやネギ・スプリングフィールドは魔法使いだ。それも裏の世界、魔法使いたちが英雄と讃える男の息子だ。私はぼーやの親父と少なからず因縁があってな、父親の血を引くぼーやの血を大量に欲している。年端もいかない子供に色目を使っているわけではない。分かったな?」

 

「え、えぇ。分かりました……いえ、別に納得したわけではないけれど」

 

 エヴァンジェリンがネギの血を狙う理由は理解した。無論、詳しい事情の類はさっぱりであるが彼女の目的が何かは判明した以上、今夜此処に来た目的の大半は達せられたと言えよう。

 

「さて、お前の問いには答えてやったわけだ。用が済んだのなら大人しく引いてもらおうか。それとも、私の吸血に協力するか?」

 

 さぞ愉快そうに笑いながらエヴァンジェリンは言う。紬の返答を予想した上での言葉だろう。紬もそれを理解しながら木刀を握る手に力を込める。

 

「まさか。むしろ止めるわ。ネギ君のお父さんとどんな因縁があるかは知れませんが、そのツケを彼に払わせるのは筋違いでしょ。吸血されたネギ君は只じゃ済まないみたいだし。何より、貴方は無関係の一般人を巻き込んだ。それもクラスメイトであるまき絵ちゃんをね。さすがにその行いを看過するわけにはいかないわ」

 

 見て見ぬ振りはできぬと紬はエヴァンジェリンと敵対すると宣する。ここでエヴァンジェリンを見逃せば間違いなくまた襲われる生徒が出るだろう。十分な力を蓄えた暁にはネギも襲われるとあっては引けない。

 

 幸い目の前のエヴァンジェリンは転校してきた頃より力が増しているとはいえ、手も足も出ないほどの実力差は感じられない。必ずしも勝てるとは言えないが、無関係な生徒からの吸血を邪魔する程度はできるはずだ。

 

 だがそれもくつくつと笑うエヴァンジェリンの口から出た言葉によって止められる。

 

「ほう? 貴様がそれを言うのか。一般人であった長谷川千雨に裏の世界を教えたお前が?」

 

 その言葉が紬に与えた衝撃はネギの時よりも大きかった。

 

「──ッ、知っていたのね……」

 

 ここまで余裕を保っていた紬の表情に動揺の色が滲む。

 

 いつどこで千雨のことを知られたのかは分からない。だがこのタイミングで千雨の名前を出す理由なんて知れている。言外にだが介入すれば千雨を狙うと脅しているのだ。

 

「生憎と私は悪い魔法使いでな。己の目的のためなら無関係の一般人だろうと関係ない。さて、どうする宮本紬?」

 

 くつくつと笑いを零すエヴァンジェリンに紬は険しい眼差しを向ける。両手に握る木刀に力を込め、一歩足を踏み出す。その態度にエヴァンジェリンは感心したように眉尻を上げた。

 

「ほう、そこであの娘は関係ないだとか巻き込むなと喚かず剣を構えるあたり、貴様も中々に肝が据わっているな。だが残念だったな。ここで私を倒したところで意味はない。何せ私には有能な従者がいるからな。この意味が分からないわけではあるまい?」

 

「最初から最後まで貴方の掌の上だったわけね……」

 

 構えかけた木刀の切っ先が力なく地面に落ちる。敵方がエヴァンジェリン単独であったならこの場で抑えるだけで問題なかった。だがエヴァンジェリンの他にも仲間がおり、その仲間の姿がこの場にない以上、紬は迂闊な行動ができない。実質千雨を人質に取られているのと変わらないのだから。

 

 悔しげに歯噛みする紬。吸血鬼の目的を探りあわよくば企みを挫くつもりが完全に裏目に出た。

 

「私に何を望む?」

 

「そう身構えるな。別に私は貴様と事を構えたいわけじゃない。今の私にお前と遊んでやる暇はないんだよ」

 

 そう言うエヴァンジェリンに他意は感じられない。エヴァンジェリンの狙いを鑑みれば紬に割く時間がないのは事実だろう。だからこそエヴァンジェリンは紬に横槍を入れられるのを阻止したいのだ。

 

「私に貴方の行動を黙認しろと、そういうこと?」

 

「端的に言えばそうだ。なに、安心しろ。私の本命は坊や一人だ。他の連中からは血を分けてもらっただけに過ぎん。命まで取ってやるつもりはないさ」

 

 エヴァンジェリンに嘘を吐いているような素振りはない。実際、今まで血を吸われた生徒たちも気を失っていただけであり、現時点では後遺症の類も見られない。まき絵も放課後には無事目を覚ましていた。命まで取るつもりはないという言葉は本当だろう。

 

 しばし紬は難しい顔で瞑目し、やがて降参とばかりに両の手から力を抜いた。

 

「……エヴァンジェリンさんは確かに悪の存在なのでしょう。でも外道ではない。そこは今までの被害者が無事であることから信じられる。千雨ちゃんのことは許し難いですけど」

 

 ジトリとした目を向け、紬は小さく溜め息を吐く。

 

「今回の一件、私から積極的に手を出すことはしません。ただし貴方が前言を翻して生徒たちに命の危険が及ぶようなら、私はどんな手を使ってでも貴方を止めるわ」

 

 微かに剣気を滲ませて紬はエヴァンジェリンを睨み据える。エヴァンジェリンは紬の剣気を微風のように受け流し、満足げに笑う。

 

「それでいい。私としても貴様のようなイキのいい奴は嫌いじゃないからな。事が終わった暁には直々に遊んでやってもいいぞ?」

 

「お断りよ……と言いたいところだけど、私としても強者との手合わせは望むところ。今回の一件が終幕した後、エヴァンジェリンさんとの関係が決定的に悪化していなければ、改めて申し込むことにします。そうなることを願うわ」

 

「さてな、それはネギ先生次第だよ。ともあれこれでお前にはもう用はない。さっさと寮に帰れ……と言いたいところだが、少し茶番に付き合ってもらおうか」

 

「茶番?」

 

 疑問符を浮かべる紬に対してエヴァンジェリンが懐から何かの液体が封入された試験管を取り出す。それを宙へ放ると──

 

「躱すも受けるも好きにしろ──氷結・武装解除!!」

 

「ちょっ、手を出さないって言ったそばからどういう了見!?」

 

 試験管内の液体──魔法薬──を媒介に発動した魔法が紬を襲う。不意打ち気味の魔法攻撃に、しかし紬も無抵抗で立ち尽くすつもりはない。

 

 即座に両手の木刀を振り上げて刃を交差させる。そこから気合一閃、有らん限りの力で振り下ろした。

 

 生じるは気の込められた斬撃と斬撃が衝突した衝撃波。それは空中でエヴァンジェリンの放った魔法と激突し、互いに力を散らして四散する。

 

「ほう、気の一撃で魔法を相殺したか。随分と粗が目立つのは気になるが悪くない。本音を言えばもう少し遊んでやりたいところだが、どうやら本命が来たらしい」

 

「なに……?」

 

 油断なく紬が木刀を構え直すのと後方から幼い少年の声が響いたのは同時だった。

 

「待てーっ! 僕の生徒に何をするんですか!?」

 

「ネギ君!?」

 

「来たか。おっと、余計な真似はするなよ宮本紬。ここから先は私とネギ先生の時間だよ」

 

「くっ……」

 

 先の約束があるため紬は手出しできない。エヴァンジェリンがネギを誘うようにわざとらしくこの場を離れようとしても止めることはできず、ただ見送るだけだ。

 

 そんな紬の苦渋に満ちた心中など知らないネギが大慌てで駆け寄ってくる。

 

「大丈夫ですか紬さん!? お怪我はないですか!?」

 

「は、はい。私は大丈夫、全く問題ないわ」

 

 ネギが魔法使いであることを知ったために少しばかり応対がぎこちない。だが子供であるネギは紬の不審な態度には気づかず、離れていくエヴァンジェリンの影を目で追っていた。

 

「すみません紬さん。僕はこれから事件の犯人を追いますので、紬さんは寮へと帰ってください。寄り道しちゃダメですよ?」

 

「あ、ちょっと!」

 

 紬が止める暇もなくネギはエヴァンジェリンを追いかけて走り去ってしまう。後に残された紬は何もできない不甲斐なさに唇を噛んだ。

 

「はあ、釘を刺すつもりが逆に釘を刺されちゃ元も子もないわよね……」

 

 情けなさに溜め息を吐きながら寮へ帰ろうとして、この場に向かってくる気配に足を止める。誰かと目を凝らせば見えたのは髪をツインテールに結んだ少女。何かと文句をつけながらもネギの面倒を見ている神楽坂明日菜だった。

 

「宮本さん!」

 

 アスナは紬を見つけるや否や駆け寄ってくると軽く息を切らせながら口を開く。

 

「アスナちゃん? そんなに急いでどうしたの?」

 

「えっと、ちょっとネギを探してて。こっち方面に走ってくのが見えた気がしたんだけど、何処に行ったかしらない?」

 

「それは……」

 

 アスナの問いに言い淀む紬。ここで答えればアスナはまず間違いなくネギの元へと向かうだろう。そうなれば必然的にエヴァンジェリンとネギの争いに巻き込まれるわけで、紬としてはあまり歓迎できる展開ではない。

 

 だがアスナはそんな紬の迷いも知らぬと肩を掴むと真剣な眼差しで頼み込む。

 

「お願い宮本さん、知っているなら教えて。あいつ馬鹿だから。子供のくせに無茶するから、誰かが止めてやらないといけないのよ」

 

 真っ直ぐなアスナの瞳に射抜かれて、紬は僅かに肩を落としながらネギたちの去った方角を指し示す。

 

「ネギ君ならあっちの方へ行ったわ」

 

「あっちね、分かった。ありがとう宮本さん!」

 

「待ってアスナちゃん」

 

 ネギと同じく猛スピードで駆け出そうとしたアスナを呼び止める。

 

「……気をつけて。ネギ君のことよろしくね」

 

「任せて。ちゃんとあの馬鹿を連れ戻してくるから!」

 

 そう言ってアスナは明らかに常人離れした速度で離れていく。

 

 急速に小さくなっていく背中を見届け、紬はネギからも言われた通り帰路に着く。その表情は常の余裕のあるものではない。

 

「気をつけて、なんて私に言う資格もないのに何言ってるんだか。情けない……私もまだまだ修業不足かな」

 

 結局エヴァンジェリンを止めることはできず、それどころか紬の方が釘を刺されてしまった。今後しばらくは迂闊な真似もできないだろう。

 

 紬はがっくりと肩を落とし、千雨の待つ寮へと帰っていった。

 

 

 

 

 

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