──我が剣、未だ空には至らず。   作:矢野優斗

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いよいよもって運営が病気になってきたこの頃、それはともかく石と呼符が貰えるのは嬉しいですありがとうございます。というか刑部姫がアレって……。


剣客少女と拳法少女

 一年で最も寒い時期と言われるのは一月であるが、二月になったからといって暖かくなるというわけではない。取り分け早朝は薄着で出歩くにはまだまだ寒さが厳しい季節だろう。

 

 朝靄漂う時間帯。大半の生徒が未だ眠りに就いているであろう中、二人の少女が激しく鎬を削っていた。

 

 目まぐるしく互いの立ち位置を入れ替え、交錯する度に剣と拳を交わし合う。決定的な一撃はどちらもなく、只々相手の隙を探っては潰し合う達人の戦い。よもや立ち合っているのがうら若い娘たちだとは思うまい。

 

「ふっ!」

 

「ハッ!」

 

 何度目の接近か、間合いを一足で詰める。互いに剣と拳の射程距離(リーチ)内。ただ一度の誤りが勝負を決する。

 

 気炎を吐いて繰り出される豪拳。様々な中国拳法を修める拳士の技は一つ一つが痛打成り得る。見た目以上にその拳が秘める威力は大きいのだ。

 

 対する剣士は変幻自在の二刀流。下手な輩が真似すれば素人の棒振り以下に成り下がるそれを、未だ道半ばとはいえ遣いこなし、拳士を翻弄する。

 

 されど拳士も然る者。神秘を知らぬまま、直向きに己の技を鍛え上げてきた少女の実力は剣士の予想を遥かに上回り、未だ決着は付かず示し合わせたように両者は間合いを開けた。

 

「ふぅ〜、やるねぇ古菲ちゃん。正直期待以上、こんなにも心踊る試合になるとは思いませんでした」

 

 野暮ったいジャージに身を包んだ紬が、心底嬉しそうに笑顔を零した。薄らと汗こそ滲ませているものの、呼吸は乱れていない。まだまだ序の口といった具合だ。

 

 対する拳士こと古菲は紬ほど余裕ではなく、肩を小さく上下させながら白い息を吐いている。額には珠の汗を浮かべ、紬と違って疲弊しているのが目に見えた。

 

「よく言うアルよ。ろくに息も乱してない。紬こそ、只者じゃないアルネ」

 

「まあね。それなりに場数は踏んできましたから。でも、古菲ちゃんだってまだまだ奥の手を隠し持ってるでしょ?」

 

 その指摘が図星であり古菲の表情に微かな強張りが走る。

 

「別に非難しているわけじゃないのよ? これはあくまで手合わせ。切り札はここぞと言う時にとっておくもの。それこそ、己の進退に関わる重要な時に切ってこそ真価を発揮する。古菲ちゃんの奥の手を見られないのは残念だけど、私も全てを出し切っていない手前、文句を言うつもりはありません」

 

 あっけらかんと言ってのける紬に非難するような素ぶりはない。

 

 これが侮られた上での出し惜しみであらば紬も苦言を口にしただろう。しかし古菲は立ち合い始めてから一度たりとも紬を手を抜くようなことはなく、本気で立ち向かってきた。故に、手札の秘匿を責めない。

 

 それは古菲と違い、生き死にの懸かる修羅場を潜り抜けてきたからこその価値観、あるいは余裕とも言う。

 

「アイヤ、実力だけでなく器の大きさでも負けた気がするネ……」

 

「あら、でも古菲ちゃんは結構な器量良しだと思うけど?」

 

 さらっと気障な台詞を吐きつつ今一度構える紬。再び高まる剣気に引きずられて古菲も構えを取った。

 

「さて、本音は心の赴くまま限界まで立ち合いたいところだけど、そろそろ皆が目を覚ます頃合いだからね。次で決着としましょう。そこで一つ、返礼として私の手の内を一つだけご覧に入れるわ」

 

「イイネ。真っ向から打ち破る!」

 

 闘気を滾らせ、気合いは十二分。必ずや打ち破ってみせると意気込む古菲は、ここまでの疲労を振り払って全神経を集中する。

 

 相手が準備万端整えたと見るや紬は手にする二振りの木刀の内、やや短い方を腰に差し、残った一本を両手で握り締める。紬の十八番は二刀流であるが、二天一流は必ずしも二刀を使う流派というわけではない。時と場合に合わせ、変幻自在に手の内を変えるのが二天一流の神髄だ。

 

 故に一刀になったのは慢心でも油断でもなく、ただ一太刀に全てを懸けるという意思表示以外の何物でもなく。

 

「いざ──推して参るッ!!」

 

 音高く大地を蹴って疾走する紬から繰り出されるは必殺の一撃。必ず打ち倒すという念を込めた剣撃が、昇龍の如く古菲を襲う。

 

 されど古菲は微塵も動揺することなく、虎視眈々と逆撃(カウンター)の機会を狙う。

 

 古菲の得意な戦法は待ちの一手。相手の必殺に合わせた渾身の一撃こそ彼女の十八番だ。

 

「獲ったネ──ッ」

 

 木刀の軌道、紬の呼吸と足運び。全てを見切って完璧なタイミングを捕まえた。あとはそこに掌底を置くだけで勝ちが決まる。

 

「──え……?」

 

 動かそうとした足が、腕が止まる。止めざるを得なくなる。

 

 いつの間にか喉元に抜き身の刃を突き付けられていた。微動たりでもすれば貫く、という殺気すらも感じられる白刃の切っ先。総身をかつて味わったことのない濃密な剣気に縛られる。

 

 しかしそれも一瞬。瞬きをすれば喉元にあった刃は泡沫の如く消え去り、我に返った時には悪戯が成功した悪童のような笑顔の紬が目の前にいて。

 

「一本、いっただき〜!」

 

 コツン、と木刀で額を小突かれたのだった。

 

 

 ▽

 

 

 古菲の動きを止めたものの正体を明かせば、収斂した剣気による威圧である。

 

 剣聖の剣気が物理的な影響を外界に及ぼすのと同じ。ただし紬の場合は相手の精神に負荷を与え、動きを止めるのが精一杯であるが。それも格上相手には全くもって通用しない虚仮威しと変わりない。

 

 だが疲弊の重なった古菲相手に、一瞬を争う戦闘の最中であればそれでも十分だろう。現に古菲は喉元に突き付けられる白刃を幻視し、最大の好機を逃したのだから。

 

「──とまあ、タネを明かせば単純なもの。要は気当てのようなものよ」

 

 歓迎会の折にこっそりと取り付けていた手合わせの約束を果たし、結果として勝利を収めた紬は最後に見せた手の内について解説していた。

 

 捉えようによっては自身の手札をご丁寧に晒しているようなものだが、理屈さえ理解してしまえば誰にでもできるし対処も容易い小技だ。わざわざ隠し立てするようなものでもない。

 

「むむぅ、気当てでアルか。それにしては真に迫ったものを見せられたアルよ。心臓止まるかと思たネ」

 

「あはは、まあ剣神の領域に至るような人なら、剣気一つで相手の息の根を止めるくらいやってのけそうだけど、私はできて相手を怯ませるくらいだからね。それに、一刀に集中しないとあそこまで明確な幻を形作れないから、まだまだ修行が足りません」

 

「それでも十分アルよ……というか、剣士恐ろしいアルネ」

 

 剣気一つ、威圧だけで人の命を奪えるなどもはやそれは死神か何かではないのか。古菲の中で剣士という存在が鬼門になった瞬間であった。

 

「それを言うなら私だって、拳士の恐ろしさを身をもって知ったわ。ちょっと掠っただけで内臓が揺さぶられるほどの掌打とか、どこの麻婆神父よ。ほんとヒヤヒヤしたんだからね?」

 

 確かに此度の試合は紬の勝利に終わった。しかし必ずしも余裕の勝利だったわけではない。極限まで鍛え上げられた中国拳法は惜しくも届かなかったものの、秘める力は紬を倒して余りあるものであった。

 

 それでも古菲が敗北したのは実力差以上に経験の差。実戦経験の有無が勝敗を左右した。

 

 もしも古菲が十分な実戦経験を積んでいたのならば、剣気如きで怯むはずもなかった。ペース配分を誤って息が上がってしまうこともなかっただろう。

 

 だが無茶苦茶な強さを誇るものの古菲は一般人。裏の世界を知らず、ただ直向きに拳法を磨いてきた少女に死合の経験を求める方が可笑しいというものだ。

 

「しかし、これで麻帆良の武道四天王の一角が落ちたアルネ」

 

「武道四天王?」

 

 耳慣れない単語に紬が首を傾げる。

 

「うむ。私を含む刹那、楓、真名の四人で武道四天王。クラスの連中が付けた総称ネ」

 

「なるほど。確かに何れも武道四天王の名に違わない強者の気配を漂わせていたけど……というか、うち二名は知ってるんだけどね」

 

「む、そうだたか。ちなみに誰と誰を知ってるアル?」

 

「楓と真名よ。あの二人とは五年くらい前にひょんなことから出会して、流れで戦ったというか逃げ回ったというか、あの時は生きた心地がしなかったわね……」

 

 その時の情景を思い出しているのか、見る見るうちに紬の目が濁っていく。よほど酷い目に遭ったらしい。二度とは同じ目に遭いたくないと顔が雄弁に物語っていた。

 

「何があったかは聞かないアルね」

 

「ええ、そうしてください。ほんと、よく生き延びたものよ……」

 

 嫌な記憶を追い出すように頭を振り、努めて明るい声音で話を切り替える。

 

「ところで、今の話によると刹那ちゃんも武道四天王の一人なのね?」

 

「そうネ。刹那も強いアルよ?」

 

「ええ、承知しています。一目見た時から気になってたもの。なんて言ったって彼女、剣士でしょ。同じ剣士として気にならないはずがないわ」

 

 古菲との手合わせは非常に有意義なものであった。間近で中国拳法の極みを拝めたのは僥倖といっても過言ではない。だが、彼女は拳士であって剣士ではないのだ。

 

 どうせ交えるならば拳ではなく剣がいいというのは贅沢だが、すぐ側に相応の剣士がいるとあらば黙っていられない。既に古菲との手合わせを終わらせた以上、紬の狙いは剣士たる刹那に固定されている。

 

「紬は武道四天王を制覇するつもりカ?」

 

「いえ、別にそういった意図はありません。名声とか興味ないし、そんなことより可愛い女の子と親睦を深めた方が何倍も有意義だから。けれど──」

 

 一瞬、常日頃から余裕に満ち溢れている紬の表情に、剣鬼の色が滲み出た。

 

「──腕に覚えのある剣士であらば、立ち合わずには居られない」

 

 無意識の内に洩れ出たのであろう剣気が古菲の背筋を撫ぜる。先ほど向けられものよりも更に研ぎ澄まされた抜き身の剣気に、古菲は軽く寒気を覚えた。

 

 どこか別人のような空気を漂わせる紬であったが、それも数瞬。ハッと我に返ると気恥ずかしげに照れ笑いをする。

 

「なんてね。ちょっと大仰な言い回しになっちゃったけど、要は腕試ししてみたいだけだから」

 

「腕試し、その気持ちは分かるネ。じゃあ紬は刹那に試合を申し込むアルか?」

 

「そうするつもり。でも、受けてくれるかしら? 何となくだけど、断られるような気がするのよねぇ」

 

「そればかりは刹那次第アルネ。受けてもらうまで頼み続けるヨ」

 

「うん。最悪、鯉口……はないから、剣気の一つでも飛ばして辻試合を仕掛けたりして……」

 

「それは人としてどうかと思うアル」

 

「あ、あはは。冗談ですよ、冗談。もう、本気にしちゃって!」

 

 ジトーっとした眼差しに慌てて撤回する紬。しかしどうも信用ならないのか、古菲のジト目はしばらく続く。視線の圧力に耐え切れなくなった紬は話を逸らすことにした。

 

「そうだ! 古菲ちゃん、よかったら朝餉を食べていかない? 実家から送られてきたうどんが沢山あってね。好きだしとっても美味しいんだけど、如何せん量が多くて……千雨ちゃんにも『こんなに食い切れるかっ!』と言われちゃいまして」

 

 いやぁ困った困ったと紬は頭を掻く。

 

 あからさまな話題の転換であるが古菲も腹が減っていたところ。いつもはルームメイトが作る中華料理やら超包子の肉まんであったが、偶にはうどんも悪くないだろうと誘いに乗る。

 

「うむ、ではご相伴にあずかるネ、でも千雨に許可は取らなくていいアルか?」

 

「大丈夫大丈夫、うどんを消費してくれる助っ人だって言えば問題ないはずだから」

 

 そんなはずはないのだが、実際うどんの量も凄まじいので何だかんだ愚痴を言いつつも彼女は受け入れてしまうだろう。昨夜の一件で色々と線引きが甘くなってしまっているのもあるかもしれない。

 

 そんな経緯で二人はシャワーで汗を流した後、やや不満げな千雨を交えて朝っぱらから鍋を囲んでうどんを食べたのだった。

 

「朝から鍋でうどんとか、おかしいだろ……」

 

「よくよく考えると重たいネ」

 

「ええ? そんなことないと思うけどなぁ」

 

 そんな緩い朝食風景が展開されたとかどうとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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