人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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天逆毎【・・・この疑問も無意味なものなのかも知れぬな】

(今更何を考えた処で、かの世界に刃を向け侵略を始めたのは疑うべくもない事実。正しい歴史はどちらかのみ。ならばこの疑問すらも要らぬものだ。どちらかが滅び、消え去るのだから)

【もとより、我はあの鬼を利用した。今更すり寄る事など出来はすまい】

(・・・何故だ。何故にこうも迷う。惑う?我は正しいを偽り、偽りを正しいと告げる者だった筈だ。正しいを正しいと信じ、偽りを偽りと迷うなど。それは神性の否定に他ならない。我に何が起きている・・・?)

【・・・考えるのを止められぬ。いっそ狂ったままであったなら楽であったものを。話せる相手も今やおらぬ。我の悩みは、如何にすれば晴れるのだ・・・】

(貴様はこの迷いと悩みを、どう晴らしたのだ。──我が娘よ・・・)


慮るという美徳

「よぅ、精が出るな。鬼が脇目も振らずに特訓とはよ。まぁ、それだけ頭に来てるって事なのはよーく解ってるつもりだけどな」

 

「・・・誰かと思えば、鬼ヶ島の首魁に見つかるとは。吾に何用だ?鬼神」

 

「差し入れだよ、差し入れ。お菓子も飯もあるんだ、ちょっとくらい休憩してもバチは当たらないだろ?一息入れて、また頑張ろうや」

 

脇目も振らずに訓練、特訓を繰り返す一匹の鬼・・・茨木童子に声をかける温羅。先から狂った様に自らの腕を研鑽している様子に、一同が細やかな差し入れを用意したのだが・・・声をかける隙もないほどに張り詰めた様子に、温羅が立候補しやってきたと言うことだ。流石の茨木も、酒呑と同格と認める鬼の誘いを断る無礼さは持ち合わせていない。一先ず手を休め、言葉に甘える様にあぐらをかきはじめた。お菓子を寄越せと差し出す手に、金平糖を一掴み手渡す温羅。桜舞う草原の高天ヶ原にて、鬼の酒盛りが行われる。

 

「ふふぁま、まふぁふぁまふぉふぁふぃふぃふぁふぃふぇふぁふぃふぁ?」

 

「・・・口にモノを含んだまま喋りなさんな。行儀悪ぅてあきまへんえ?」

 

「ごくんっ。似てもおらぬ物真似など聞いてはおらん。温羅よ、その位の高さと誇りに掛けて問うが・・・まさか貴様、この期に及んで迷ったりはしておるまいな?」

 

迷う、何に迷うのかなど問うまでもない。かつての世界、かつての母、かつての生まれた故郷に敵対することだ。かつて自身が存在した世界を相手取る。その事に、迷いはしていないかを尋ねているのだ。

 

「肝心な時に母の温もりに絆され裏切られては大いに敵わぬ。雑魚や下っ端が寝返るのとは訳が違う。大将が裏切るのでは勝ち敗けの問題となる。この戦、負けられぬのだぞ」

 

「あー、関ヶ原でも内応と裏切りが鍵だったもんなー」

 

「これは山と山、種族と種族がぶつかり合う戦い。世界と世界がぶつかる戦。一度の敗走は取り返しのつかない事態を招くと理解している。・・・外敵よりも内憂の方が厄介なのは理解しているからな。もし、汝がその内憂であるのならば──わぶっ!」

 

ここで吾が仕留める。そう告げようとした茨木の口に放り込まれるお菓子。ふわっとしたマシュマロ、マカロンといった手製のおやつだ。温羅は何も言わず、茨木が頬張る様子を見ている。

 

「んぐっ、んっ、んぐ・・・何をする貴様!真面目な話をしているのが解らぬのかー!」

 

「悪い悪い。美味いだろ、菓子ってヤツ。桜餅にチョコレート、金平糖にマカロン・・・。どれもこれも、とびきりに美味しいものばっかりだ」

 

桃太郎に貰った吉備団子を頬張り、心からの感慨を告げる温羅。それらを知り、それらを感じた温羅は言う。こんなもの、向こうの世界では概念すら産まれなかったと。

 

「あっちの世界じゃ、作物も動物もまともなもんがいなかった。余さず呪詛に覆われて土地は死に、魔なる身体でなくちゃ生きてもいけない地上の黄泉だったからな。喰らうもんといったら、死肉か妖怪の血肉かのどっちか、飲むもんといったら泥水か血かのどっちかだ。──それを飲み食いしなきゃ、次にエサになんのは自分だ。だから誰も彼もがそうするしかなかった。・・・まぁ、そいつが美徳と植え付けられた歴史だったからな。・・・今でもアタシの舌には残ってるんだ。血肉の味が、泥水の味がな」

 

さ迷い、歩いていたあの頃には、殺さねば殺され、喰らわねば喰われるといった地獄そのものの世界が横行していた。どんなに不味い血肉でも、どんなに穢れた泥水でも啜らねば生きていけなかった。畜生に落ちた妖怪、獣ならば気にも留めなかっただろう。その世界の当たり前なのだから、疑問すら浮かばなかったろう。──しかし、温羅の精神と心は、奇跡的に善良にて真っ当な構造だった。だからこそ、汚いは綺麗・・・綺麗は汚いの世界で、汚いものを汚いと知りながら喰らい続けたという。

 

「泥水溜まりに顔を突っ込んで、同族の死体を貪り喰って生き永らえて。それが当たり前の世界だ。それが当然の世界だ。アタシが生きてた、アタシらが今戦ってる世界だ。──茨木よ。『そんな世界』が、今目の前に広がる世界より正しくあるべきだと、お前さまなら思えるかい?」

 

「・・・・・・。汝には悪いが、思わぬ。ろくでもなき世界よな」

 

菓子の一つも食えぬ世界など──。そう吐き捨てた茨木に笑いながら、自分も同じだ、と答える温羅

 

「アタシもそう思ってるよ。そんで、掛け値無しに、この世界がどんな世界よりも素晴らしいもんだと思ってる。・・・この菓子も、アタシやお前様らの為に皆が作ってくれたもんなんだぜ?手間隙かけたもんなんだ。自分で食べた方がいいに決まってるのにさ。『召し上がれ』何て言って渡してくれたんだ。・・・此処に、アタシはこの世界の美しさが詰まってると信じてる」

 

親が子にご飯を作り、友が互いに飯を食い、誰かが誰かに優しくしてあげる。そんな心が根付くからこそ、今の今まで人間達は立派に生きてきたんだと、温羅は心から感じている。人間達にはそんな事当たり前なのかも知れないが、それはとても素晴らしく、とても美しい事なんだと。温羅の心はそう感じたのだ。言葉に言い表せない程に。だからこそ──

 

「だからこそ、迷いなんぞ無いさ。こんな暖かい世界を滅ぼそうとする輩は赦さないし、アタシも譲る気は無い。たとえどんな素晴らしい歴史だろうが、どんな地獄の歴史だろうが関係無いさ。アタシはアタシの全力でこの世界を・・・いや、誰かが誰かに『ありがとう』って言えるこの世界を護ってみせる。立ち塞がる世界が故郷だろうと、母だろうとな。アタシはとっくに認めてるよ。──この世界こそ、誰よりも何よりも進んでほしい歴史だってな」

 

花鳥風月、春夏秋冬。そんな美に満ちた世界が、間違いな筈はない。そして同時に、こんな優しい世界もないと温羅は確信しているから。だからこそ、温羅は胸を張って告げるのだ。今此処にある全てを護りたいのだ、と。

 

「──ふん。強く恐ろしく在るが鬼の本懐だと言うのに。汝は随分と生温い事を言う」

 

「強さの果てを見たからな。その果ては自分以外何にもいなかった。──見てきたアタシが言うんだ、間違いないって」

 

「笑止!その果てに吾が辿り着いた時、汝とは違った光景が満ちるであろう!何故なら吾は、其処に首魁として大江山を打ち立てるのだからな!──だから、まぁ」

 

そう告げた茨木は、ずい、と菓子を温羅に突き出す。酒呑が見れば喝采する偉業。そう、自分の菓子を譲ったのだ。

 

「そうなった暁には、同じ世の鬼として貴様や酒呑を迎え入れてやる。吾と共に、真の恐怖と強さを示すまで。勝手に消えたり死ぬことは赦さんぞ──鬼神温羅!」

 

「──おう!楽しみにさせてもらおうじゃねぇか大江山の大将よ!一山の大将が、今度は何処へと至るのか。楽しみが増えたな!はっはっはっ!」

 

それは茨木なりの敬意と、認めた証であろう譲歩。それを受け取り、温羅は笑う。

 

(どんな理屈があろうと、アタシはこの世界の味方をする。──『あの』桃を食ったお前が、どんな選択をしようともだ。・・・首を洗って待っていやがれよ、天逆毎・・・!)

 

「しかしあの愉快な女神め、何時になったらあの神を呼び出すと言うのか。吾の復讐に誂え向きの名前を出したら冷や汗をかきはぐらかしおって・・・ぶつぶつ・・・」

 

そんな幕間の一時に、二人の鬼はのんびりと語り合うのでしたとさ。

 

──互いの矜持と、覚悟の程を肴として。

 

 

 




酒呑「あぁ、いたいた。こないな所で酒呑みだなんて、うちを仲間外れにせんといて~。泣いてしまうわぁ、よよよ~」

茨木「ちち、違うぞ酒呑!吾は秘密の特訓をしていたのだ、勝手に温羅が来たに過ぎん!」

紫「物資輸入担当だから中々顔合わせが出来ないわね、温羅。700年物の酒を手に入れたの、景気付けに一杯どうかしら?」

温羅「お!中々の酒じゃないの紫。じゃあアレだ!酒盛りするか!美味いもんは皆で食べればもっと美味い!それが真理ってなもんだ!よぉし、頼光さまとモモとマスターも連れてこーい!」

茨木「死ぬ気か貴様ァ!?」

~物陰

ヒルコ「・・・なんと強き志かや・・・」

タケル「中々に言える事ではないな。そなたも同じであろう」

「えぇ。・・・日ノ本の婆として、けして譲ってはならぬものがある。まして、敵が伊邪那美であれば尚の事」

(皆様の未来を護らねば。──力を貸してください、イザナギ・・・)

リッカ「何してるの~?」

ヒルコ「あばわぁあぁあ!?」

「肩車からヒルコ様が落ちた~!?」

タケル「急に動かれるな・・・」

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