(思えば妾は、母として一体何をあやつにしてやれたであろうか・・・今まで、伊邪那岐の垢に向けた殺意の一片でも、あやつに向けた感情があっただろうか・・・)
【・・・醜い母にして無様な黄泉の女神に愛想を尽かすも無理はなし。ならばいっそ、あやつを手放せば必ず──妾以上に上手く歴史を手に入れる】
(それがいい。最早──あやつに、妾などという枷はいらぬのだ)
──子を想う母の気持ちの概念すら。この異聞帯には育ってはいない──
【・・・・・・私は・・・】
かつて、王は告げた事がある。兵器に人の心を付与すれば、待っているのは苦悩と嘆きのみであると。彼の唯一無二の朋友たるエルキドゥとの在り方を省みて、それでも彼の事を友と宣言した王の言葉だ。兵器の身体に、人の心。その矛盾と奇跡を儚んだが故の、彼の言葉。
それは兵器だけでなく、紛れもない神にすらも起きる現象に他ならない。奇跡の桃・・・。かの世界に存在しない味、概念の詰まった桃源郷の果実を口にした女神、天逆毎の神格は、荒れ狂い、全く相反する感情に満ちていた。遥かなる黄泉にて、彼女はひたすらに苦悶する。神格としての力を振るえなくなるという事象に、かの相反の女神は困惑し、惑い──そして、焦がれていた。
【まさか、最適解を振るうことすら出来なくなる程までに・・・】
若さを取り戻し、正しい思考と感覚を取り戻し、長い長い狂乱と放浪を終えた。桃を食べ、そして歴史を背負うに相応しい力を取り戻した。
数多の神々を、文化を蹴散らし呪い殺した。人々の信仰を人々もろとも呪い殺し、弱体化した神々を世界毎呑み込んだ。妖怪の天下、地上を黄泉、死の国へと変え、その世界に生きてきた。日本の主神からの呪いを受け、名前を奪われ、一匹の鬼の婆として生き続けた。力こそ全て、真の自由を体現した美しき世界・・・。今もそれは変わらない。美しく、麗しく、そして心地よい世界を歴史の正しき在り方だと心から信じている。・・・だけど。その答えの他に、女神としてではない全く異なる自分が心にて叫んでいるのだ。
もっと知りたい、もっと触れたい。あの、何をおいても美味であったあの味の源泉がなんであるのか。あの味の原典がなんであるのかを突き止めたい。願わくば、あの味をもう一度、味わってみたいと心が告げているのだ。目を背けても、心を閉ざそうとしても止められない。まさに、禁断の味と呼ぶに相応しいものを味わってしまった天逆毎。──自らの神格の絶対性を失った女神には、致命的なシステムエラーが起きていた。その疑問と反芻は、刃なき拳と痛みなき激痛にて心を沸き立たせる。浮き立つような心持ちと、それを愚かと嗤う心がせめぎあっている感覚に、女神はただ圧倒され困惑していたのだ。
【・・・赦される事があるものか。今さら、世界の在り方を変えるなど。今更命を奪った事実から逃げ出すなど】
その論理を阻むは強烈な妖怪の祖としての矜持、その余りにも絶対的な生い立ちから来るものだ。彼女は唯一のイザナミの子として産み出された。夫に恥を欠かされた恨み、憎しみ。妻として、女としてすら不要とされた怒りと憤怒。それが極まり、反転した事により産み出された逆しまの女神。それが天逆毎の全てだ。善を悪と、悪を善とし全てを成し遂げるイザナミの無二の子としての存在が自分なのだ。そんな自分であるからこそここまで絶対的な力を行使してこれた。躊躇いなく他者を利用し、無慈悲な女神として生きてきたのだ。呪いに蝕まれようと、自身の在り方は微塵も揺らぎはしなかった。そんな自分が今更、他者の歴史に絆されるなどとあってはならないことだ。・・・そして、そんなあってはならないことが起きている。起きてしまったが故のあの手抜かりだ。誰か一人でも殺せば勝ちだったものを、自身は自らのエラー・・・異常にて見逃す醜態を晒したのだ。利敵行為・・・裏切りと詰られるべき最悪の失態だった。現に四凶達からも糾弾されている。腑抜けとなった女神など価値もない、と。
【・・・──最早、私という存在は不要だろう】
それならば、これ以上無様を晒し恥を重ねるならば・・・いっその事神格の返上を行い黄泉へと堕ちるべきと考えた。歴史との争いたるこの大一番に、この様な腑抜けは要らぬは明白。新しき自身を産み出し、自身は消え去る。躊躇いなくそうするべき決断を、天逆毎は思い至る。
歴史の戦いにして世界の争いなのだ。負ければ滅びる。自身の愛した──母が望んだ──暴力と自由に満ち溢れた──鬼神たる世界の覇者が産まれた──世界が滅びるのだ。負ける訳にはいかない。負ける訳には・・・
【───また、不純物に満ちている・・・】
自身が、世界を愛する理由すらも心地好い何かに塗り潰されていく。この暖かさが恐ろしい。この柔らかさがおぞましい。自らの思考に割り込む、甘く穏やかなノイズが恐ろしく──また、狂おしい程に知り得たいのだ。この、去来する感情はなんなのか・・・
【天逆毎】
【!】
漆の黄泉に響き渡る、地響きのような声、金切り声の様な慟哭。母にして黄泉の女神、イザナミだ。いつもならば憤怒と嘆きと、慟哭に呻くだけのイザナミが、何の気紛れか自発的に話し掛けてきたのだ。──これを、天逆毎は千載一遇の期と考えた。
【母よ。私は最早女神としては腑抜けてしまった。新しき天逆毎を手掛けねばならぬと伝えよう】
【・・・・・・】
躊躇いなく、今の自身の破棄を申し出る。これ以上の無様は晒せない。これ以上、あの歴史を知ってはいけない。この心のエラーと共に、消え去らなくてはならない。
知りたいと思った事が間違いだ。母は知るな、根絶やせと告げたのだ。『母の言葉を裏切る』など、あってはならな──
・・・──致命的な迄に自身の感情が壊れていることを自覚しながら、黄泉の女神、この世界の女王に請い願う。自らを破棄し、新たなる女神を尖兵としてほしいと願い──
【天逆毎】
冷たい、静かな声が彼女の言葉を遮った。
【成したいように、成しなさい】
【・・・は?】
予想外の言葉だった。殺意と、怒りと、慟哭しか吐かなかったイザナミの、意図が読めぬ言葉を天逆毎が理解するのに数瞬の時を要した。イザナミ・・・──火傷と腐敗に満ち溢れたおぞましい醜悪な女神は、天逆毎に告げる。
【今のお前は見るに堪えぬ。お前の為したい事は、伊邪那岐の垢を消し去る事には無い。妾はそなたの母、それくらいは得心が叶う。──その悩みを、御祓ぐがいい】
【何を馬鹿な事を。私は・・・】
【いいのだ、天逆毎。──お前は、私が唯一娘と、呼ぶ事の出来るものなのだ。今の妾は、もう何も産み出せぬ。──お前は違う】
何も産み出せない女神は、自分だけでいい。イザナミはそう告げた。ならば、母として唯一振る舞える自身が気にかける存在として、苦しむものあらばそれを祓うは当然だと黄泉の女神は口にした。それは──彼女にのみ見せる、かつての女神としての残滓であったのかもしれない。
【お前がいない間、妾が指揮を受け持とう。お前は、お前の好きな様に振る舞うがいい】
【母よ・・・】
【怒りは尽きぬ。嘆きは消えぬ。殺意は途切れず、憎しみは果てぬ。──だが何故だ。何故・・・お前の憂いの前に、それらの感情は消え失せるのだ】
【・・・娘も愚かなら、母も愚かに過ぎるな。イザナミよ】
その感覚は、互いに理解できぬものであった。イザナミは天逆毎を粛清し、詰り、新たな存在を用意すればいいだけの話だ。現に、尖兵の女神としての彼女にはそうするべきであり、そうしなかった。
天逆毎は、そのイザナミの感情と行動の乖離を現す言葉を知らず、本懐を喪った哀れな女と断じた。そしてそのまま、天逆毎は母を置いて消え失せる。
【・・・最早、私が女神であった事を思い出す為のモノはお前だけなのだ。私の為にも、貴様を亡くす訳にはいかん・・・】
【愚かな母だ。世界より私の安否を優先するとは。本当に──無様な女神だ】
その互いの間を結ぶ感情の意味も、名称も、理屈も解らずに。女神は戦線を離脱し母であった女神の残骸は汎人類史に挑む。
──互いの間に在るものがなんなのか。産まれすらしなかった世界の住人達の感情を掴めぬままに──
天逆毎【・・・・・・・・・】
(・・・絶えず母の命を受けていた私が、今更自身で何をすればいい・・・。私の答えは、一体何処にある・・・)
紫「知りたいのかしら。異なる世界の先祖様」
天逆毎【・・・!何者か】
紫「汎人類史の妖怪よ。そして、あなたに報せを告げるもの。──異聞帯のあなたに、汎人類史のなんたるかを教えたいとする者がいます」
【・・・それは】
「汎人類史の王。・・・あなたの疑問が何かを見抜いた王は、その答えを共に求めんと告げています。さぁ、どうしますか?」
【・・・・・・・・・】
(・・・・・・あの愚かな母の、手土産としては上等か)
【・・・いいだろう。招け】
「解りました。それでは──」
・・・そして、境界を潜り抜けた天逆毎は疑問の発祥へと辿り着く。
「来たか。その様子では母に絶縁でも言い渡されたか?・・・──いや、貴様らに、母の思慮などを表す言葉は介在していなかろうな」
天逆毎【貴様・・・】
「初対面であったか?ならば告げてやろう。我は王。汎人類史の王──ギルガメッシュ。至宝と共に、貴様らの歴史を裁定するものと心得よ」
招かれしは──果実を喰らった桃源の郷。逆しまの女神は誰にも知れず、王と密会を果たす──
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