人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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【ぬぅうう・・・・・・】

(身体が焼ける。火傷が疼く。都を門にしたは良いが、今の妾では指揮も生産も叶わぬ。無作為に魂を形にし吐き出すか、神器よりまつろわぬ民どもを産み出すのみか・・・)

【なんと言う、私はこれ程迄に娘に頼っていたか・・・】

(・・・何故、こんな仕打ちを受けてまで今の今まで私を見捨てなかったのだ。呪いを受けたとはいえ、あの賢いヤツめが私を消さぬ理由など・・・)


【・・・だが、負けるわけにはいかぬ。負けるわけにはいかぬのだ。新しき歴史を、新しき歴史さえ勝ち取れば・・・】

(再び、私が母となり、世を支配すれば。今度こそ・・・)

【──娘に何の不自由もない世界を託し、本当の意味で新しく歴史を始める事が出来るのだ──】


悠久の国造り

『この国を、私とおまえの愛で満たそう。私とおまえの子で満たそう。この混沌の雲と水を、私とおまえで善きものに変えよう』

 

『はい、愛しき人よ』

 

かつての太古。乖離の剣が天地を別つ頃合いまでの悠久の過去。二柱の神が、水と雲しか在らぬ原初の世界にて寄り添いあっていた。二人の眼差しは希望に満ち、その言葉は希望に溢れていた。何もなき無の海に、命を灯さんと。国造りを行わんと願い起った。

 

『共に世界を造る証の矛を、おまえと共に握ろう。これは永劫、おまえとの心が離れぬ限り輝きは失わぬ』

 

『この輝きが、子達の道標となりますように』

 

二人は天を回し地を混ぜる矛を持ち、その滴より島を創った。初めに海がありき、後に島がありき国がありて日ノ本を成す。その国造りの成果に、女神は大層喜んだ。そして、次なる大役は自らの腹にて子を育てる神聖にて重大な役割を担った。

 

『どうか、健やかに産みたもう。日ノ本の子よ』

 

そう願う女神の意志──それに反し、初めて産まれた子は醜かった。まともな四肢はなく、身体は黒くおぞましい。ひるこ、と名付けたそれは、産み出されてから直ぐ様親の神々の下より去った。それは原初の神々が、その子を良い子では無いと捨て去る決断を下したからでもあり、ヒルコの、自分なりの親孝行でもあった。

 

『このような醜き神が兄では子孫達が余りにも生き辛い。私は海を渡り、彼方にて日ノ本を見守る。私の事は忘れ、どうか父と善き子を産みたもう』

 

醜き自分は、麗しき神から産まれる事無し。そう告げたヒルコは、生まれたての中自力で生きる事を決めた。自らを産んだ母と父の体面を護るための、心美しきひるこの決意だった。

 

母は大層嘆きに嘆いた。哀しみで流した涙が海流になるまでに泣き腫らした。夫に先に声をかけたことが良くなかったという。それは即ち自身の不甲斐なさがひるこの醜さに繋がったと彼女は考えた。

 

『ちゃんと産んであげられなくてごめんなさい。あなたに罪は無いのに。私がきちんと産んであげられなかったから』

 

嘆きに嘆く女神に、男神は励ましと労りの言葉を先に女神にかけ、女神を労りながら交神を行った。先に男より声をかけ、女神を慈しむ事が肝要と男神は考えた。

 

『見ろ!おまえは悪くはない、あのように素晴らしき子を産めたのだ。ひるこの事を嘆くことはない、醜けれど、離れていてもひるこは我らの子だ』

 

 

果たしてその言葉は、女神を奮わせた。あの子に恥じない母となる。そう意志を奮い立たせ、優しき男神と国造りを懸命に行った。日ノ本の礎を、懸命に築き上げ続けた。

 

数多の生命が産まれた。数多の神々が産まれた。二人は幸福の中に在り、その幸福が永遠に続くと思われた。誰もがそう思っていた。

 

──或いは、それはどんな理由があれ、子を放逐した事を良しとした神々への因果応報なのやも知れない。最後の神、燃え盛る神を産み出した事により、女神の陰部と内臓は余さず焼かれたのだ。

 

『何故だ、どうしておまえが死なねばならぬ。変わってやりたい。死ぬのは私でいい。死ぬのは私がいい。置いていかないでくれ、私を置いていかないでくれ』

 

涙と哀しみに沈む男神に、女神はまた悲嘆にくれる。自らは、大切な人を哀しませてばかりだ。ひるこもそうだ。愛しい人へもそうだ。自身はなんと、不甲斐ない女神なのであろうか。

 

『あなた、私は最早悔いはありませぬ。どうか強く、強く生きてください。この国を、数多の子と共にお支えください』

 

『おまえが傍にいなくては駄目だ。おまえ亡くして、誰が私の隣に立とう』

 

『どうか、ひるこに恥じぬ様・・・。私は黄泉にて、あなたをずっと見ておりますれば。あなや、愛しきあなた・・・』

 

火傷が原因で、女神はこの世を去る。黄泉に旅立つ女神の亡骸にすがり付き、男神はいつまでもいつまでも泣いていた。

 

『愛しきあなたよ、どうか強く生きて。私は、あなたの造る生命の安らぎの宿を造りまする』

 

・・・ここからは、伝承と些かに異なる。女神は黄泉に来た際、自ら黄泉を整え始めた。蛆と腐臭湧く無神の空間を、一人懸命に建て直し始めたのだ。

 

【黄泉在住なれど、私は女神。あなたが地を治めるならば、私は神々が安らげる夜を手掛けましょう】

 

懸命に、語り合った善き国の為に尽力する女神。何故か火傷は痛まず、その美貌は腐ることが無かった。飯を喰う間もなく、黄泉の環境を改善していたからだ。

 

【いつかあの方が来てくださったなら、存分に安らぎ癒す事が出来ます様に。どうか地に、安らかな眠りあらん事を】

 

死した事にも頓着せず、彼女は一途に働き続けた。その成果は、死の国の黄泉を霊巌と静寂に満ちた空間へと変えた。神々は女神を死の女神と称え、その手腕を称え定められた決まりを遵守することを決意した。

 

【後はあの方が来るを待つのみ。私はお待ちしておりまする】

 

黄泉の鋭利な冷たさの水にて、一心に御祓を行う女神。自らの身体を浄め、男神を驚かせない様にする為であった。いつ終わるとも知れず、飯を喰うことすらなく御祓をしていた女神の前に、泣きじゃくる神がやってくる。

 

【火具土!?火具土や、何故おまえが此処に・・・!?】

 

その神は火神であり、年端も行かぬ見た目の子であった。ひたすらに泣き、嘆きに沈む火神を彼女は懸命にあやし、なだめ、泣き止ませた。しかし彼は、一つの言葉を泣きながら繰り返すのみだった。

 

『赦せ、母よ。どうか赦せ。私が産まれたばかりに、私が産まれたばかりに。私が母を殺したばかりに』

 

【火具土や・・・!】

 

『産まれた事、いとすまぬ。産まれた事、申し訳無し。産まれた事、あい済まぬ。母よ、私は産まれた事を心より恥じらわん・・・』

 

その言葉を聞いた女神は泣きじゃくり、火神を強く抱きしめた。その焔が、嘆きの涙にて鎮められる程に深く深く嘆いた。

 

まただ、またきちんと生みだす事が出来なかった。子に罪を背負わせ、また自らは愚かしく過ちを犯した。ひるこや火具土に、辛い想いをさせてしまった。自らは女神に相応しくない。そうとまで彼女は嘆き哀しんだ。

 

『母よ、父が迎えに来る。死の神は私が受け持つ。戻るのだ』

 

【彼が?何故です?そもそも何故、あなたは死んでいるのです?】

 

沈黙する火具土。彼女は懸命に問い糺した。帰るならば皆で、誰かに押しつける事は叶わない。皆で戻るのだと。

 

『──どうか、乱心なさらず聞かれよ。余りにも、致し方無き事だったのだ。それほどまでに、嘆きと哀しみは強かったのだ』

 

火具土は、母が世を去った顛末を話した。簡潔に、極めて単純に。

 

『父は私を殺した。十握剣で引き裂いた。母が死んだのはおまえのせいだと。──責めないでほしい。彼はあなたの死体にすがり泣き、いつもあなたを思っていたのだ』

 

【───】

 

・・・男神は、禁忌を犯した。如何なる理由も赦されぬ、『子殺し』を行った。それは、完全な腹いせにて無意味な殺生だった。火神を、殺したのだ。

 

哀しみと嘆きと、一つの決意が閃いた。──自身がこのまま地上に戻れば、恐らくまた同じ事が起きる。私が死ぬ度、あの方が必ず甦らせにやって来る。その癇癪で、また子を殺すやもしれぬあの方が。そして、火具土のようにまた殺す内に、子を省みなくなってしまう。そして、火神を置き去りにするのを躊躇いはしない筈だ。彼が殺したのだ、当たり前だろう。

 

『私が死の神となる。母よ、父の傍らへ。彼には貴女が必要だから』

 

・・・──自分が戻れば、男神はますます駄目になってしまうかもしれない。子を疎かにする、愚かな親へと成り果ててしまうかもしれない。

 

火神もまた、此処に置き去りにしてしまう。暗い黄泉で、自責に涙しながら、永劫泣き続ける。産まれた事を罪と感じ、嘆き続ける。

 

【・・・火具土】

 

そして──女神は手にし、ゆっくりとそれを口に運んだ。

 

『!母よ、何を──馬鹿な──!』

 

生を嘆きながら死した火神を、慰める為に。神として堕落せぬよう、夫に今出来る最大限の献身を捧げる為に。

 

【謝るのは妾の方です。──きちんと産んであげられなくて・・・ごめんね・・・──】

 

女神は、口にすれば二度と冥界から出られぬ儀・・・『ヨモツヘグイ』を行ったのだ。黄泉の食物を口にした女神の身体は、たちまち腐り果て・・・

 

【夫と、話をつけてきます】

 

名実共に、黄泉の女神となったのだ──




リッカ「──はっ!?」

ヒルコ「あなやっ!?」

リッカ「・・・今の・・・」

(過去の、誰かの記憶・・・?)

ヒルコ「す、すみません!御祓が終わって寝ていたリッカ様が可愛らしくて、つい寝顔を・・・しぃましぇん・・・」

リッカ「う、ううん!いいのいいの!・・・ねぇ、ヒルコ様」

ヒルコ「?なんでしょう?」

リッカ「・・・イザナミ様って、本当に愚かな女神だったのかなぁ・・・」

ヒルコ「・・・。愚かですとも。夫を、子を、不幸にしただけの邪神です。・・・忌むべき女です」

リッカ「・・・ヒルコ様は、そう思って出ていったのかな」

ヒルコ「──い、いえ。あんなんでも親ですし!精一杯見栄を張ったといいますか、家出したと言いますか~、あは、あははは・・・」

リッカ「私はそうは思わない」

ヒルコ「え・・・?」

リッカ「イザナミ様は・・・思慮深くて、がんばり屋さんな女神だったんじゃないかなって。私はそう思うよ。邪神なんかじゃ絶対にない。少なくとも私は、イザナギ様とイザナミ様の子孫だって思ってる」

ヒルコ「リッカ様・・・」

リッカ「──ま、なんとなく夢で見たような気がしただけなんだけどね!ごめんねヒルコ様、気にしないで!じゃ、先に行ってるから!添い寝ありがとー!」

ヒルコ「・・・・・・・・・」

タケちゃん「・・・・・・母を詰るは、おまえだけだ。『ヒルコ』」

ヒルコ「・・・それでも、それでも私は・・・イザナミを・・・」

タケちゃん「・・・案ずるな。答えを出すまで、吾らは傍にいる。思うままに振る舞え、ヒルコ」

ヒルコ「ありがとう、ございま・・・ちーん!!」

タケちゃん「・・・袖で鼻をかむな・・・」



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