人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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ヒルコ「──召喚、成功致しました!」

茨木「おぉっ!いよいよついにやって来たか!さて、どの様な見てくれなのやら・・・」

加具土『・・・・・・』

「・・・幼子・・・?」

『・・・・・・』

「!?消えた!?」

ヒルコ「やはり・・・。茨木様、どうか追ってはくださいませぬか」

「にゃんと?」

「どうか、お願いします。何であれ・・・『あの子』を求めたのは、今はあなただけなのですから・・・」

「・・・。ぬぅ──承知したぞ・・・」

(・・・あれが、火の神だと・・・?あれは・・・)


黄昏の焔

「ぬぅう、漸く捉えたぞ!焔の転身など器用な真似をしおって!吾もびっくりな逃げ足の速さだ!本当に疲れ果てた!決戦はこれからだと言うのにだ!・・・だが、もう逃がしはせぬ。さぁ大人しく神妙に縄につけぃ!」

 

肩で息を切らしながら、高天ヶ原の隅の隅にて茨木童子が気炎を吐く。先程の召喚の儀から約数十分。茨木は壮絶極まる追撃・・・いわゆるおいかけっこなる状態に持ち込まれていたのだ、浮かびは消え、浮かびは消える『ソレ』を追い掛け、追いすがり、今漸く見つけ出し、追い詰めた・・・といった状態であるのだ。息を切らすその目線の先にいる者、それは──

 

『・・・・・・・・・』

 

──・・・薄い栗色の腰まで長い髪に、燃え滾る様な紅蓮の瞳。蝋の様な白い肌。絶望に淀む眼光に黒い隈。焔ではなく、幽鬼や陽炎と呼ぶに相応しい頼り無さげな、静かに佇む少女とも少年ともつかぬ神格。体育座りを崩さぬまま、焦点が定まらぬ様子で茨木を見上げている。

 

「吾に力を貸せと再三告げた筈だ。逃げようと逃がさぬ。吾は汝の力を借りて漸くやりかえしが成るのだ。目には目、歯には歯。屈辱は晴らさねばならんのだ。理解できよう、『加具土』よ」

 

火之加具土・・・。先に召喚された、原初の火の神にして神殺しの存在。それこそが、今の目の前にいる神の名であった。イザナミという神格に、最大にして最高の成果を発揮する存在として、目敏く目をかけていた茨木が召喚を要請していた神であり、それがようやくやって来たと言った様子なのだが・・・

 

『・・・・・・』

 

その様子を、ただ気だるげに見つめた後に無言で視線を外し俯くカグツチ。──その倦怠ぶりは凄まじかった。召喚直後に何も発さず、口にせず。陽炎のごとくに消えては現れを繰り返し逃げ続けてきたのだ。ダウナーでアンニュイ。その評価に、一切の矛盾はない事を思い知る事となった茨木は更に問いかける。

 

「・・・なんだ、先程から何一つ言葉を発せもせぬ割りに目だけは見つめて来るとは。力を貸せとの意図が解らぬか?古代日本語では解らぬのか?・・・それは困ったな・・・」

 

『・・・・・・』

 

「・・・会話の一つもせぬでは、解らぬものも解らぬぞ?汝の経歴は理解はしている。だが、それでもだ。それでも吾らは決着をつけねばならぬ。山と山、世界と世界の大一番。吾らの母が乱心したのだ。諌め、自らの縄張りを護らねばならぬのだ。戦わなければ、今までの歴史・・・まぁ細かいことは解らぬのだがな。──何より!屈辱は晴らさねばならぬ、領土は護らねばならぬ!単純な話だ、解るであろう!貴様が紡いだものも、全てが消え去るのだ!」

 

『それでいい』

 

「そう、それでいい・・・──にゃんと!?」

 

口を開いたカグツチの言葉に、思わず素で問い返した茨木。清澄極まる声音が紡ぐは、嘆きと悔恨、深き後悔を滲ませるものだった。

 

『私がいなくなるならそれでいい。何を阻む事がある。新たな歴史になるも、それはそれで・・・いい事だ』

 

「何を言う!?」

 

 

『今度こそ、親を邪魔しない子を産んでもらいたい。──私は、いなくなりたい。私がいない歴史が、来てくれればいい』

 

自身の存在の抹消を望む言葉に、茨木は言葉を飲む。その紅蓮の瞳が、頼り無く視線を床に落とす。

 

『力を使いたいなら、好きにしてほしい。──神格を譲渡しきれば、消えられるのだろうか。試してみてほしい』

 

「・・・そなたは・・・」

 

『私は、私の望む事はただ一つだ。──消え去りたい。燃え尽きたい。消えてなくなりたい。──君が誰でも構わないし、どうでもいい。・・・私を、消してくれるのか?』

 

その言葉は、極めて冷えきっていた。絶対零度とも言えるべき冷淡にして淡白な言の葉。そもそも、彼は、彼女は何も見ていないし何も見ようとしていない。望むのはただ──自らの抹消のみ。

 

『・・・私という焔は、厄災の種火。踏みにじって消される事。私の望む未来はそれのみだ』

 

──茨木は、その言葉の深層にあるものを理解し、そして直感のままに言葉を返す。

 

「──悔いているのだな。親を殺めた事を」

 

『──・・・』

 

目が一層淀み、隈が深まり、より焔が弱々しく揺らめく。長い長い沈黙の後、一言だけを告げた。

 

 

『産まれて、来なければ良かった』

 

「・・・──」

 

それは、どんな言葉よりもどんな態度よりも如実に、雄弁に語っていた。彼、或いは彼女は何よりも悔やみ、後悔し、そして嘆き、哀しみ・・・戦いていたのだ。

 

母を殺した事。夫婦を引き裂いた事。誕生にて、死をもたらした事。幸福と繁栄を約束されたし子々孫々にまで、別離と呪いを残してしまった焔になってしまった。自身がもたらしたものは、絶望と嘆きのみだった。

 

『これ以上、母の眼前にいたくはない。・・・私の代わりとなるならば、それでいい。あなたができるなら、それをやってほしい。私は、私の存在が消え去る事の他に望みなど・・・ない』

 

いつまでも、消えない嘆きが焔として胸を焼き続けている。いつまでも、衰えない哀しみが胸を燻らせている。自身の存在が、決定的な過ちであると自らを燃やし続けている。

 

それが、加具土という神格の正体。自らを焼き続けている、燃やし続ける生きた慚愧の焔。それこそが、加具土の炎。母を焼き尽くした、生きた焔にして嘆き続ける悔恨の炎。それこそが原初の炎神たる存在の全て。

 

「・・・・」

 

その態度を、その言葉を交わして・・・沈黙を貫く加具土。茨木はその深く、暗い闇、黒き焔を静かに見据えていた。

 

その姿を見て、その嘆きを聞いて。茨木は先の様に言葉を告げる事が出来なかった。その火は、何よりも鮮烈に、何よりも暗く焼き尽くしているのだから。

 

「───」

 

その痛ましい姿、傷付いた姿を目の当たりにし、茨木が感じ、取った行動は、自身すらも予想外な事だった。

 

「・・・加具土、汝に一つ告げねばならぬ」

 

茨木は、懐より・・・

 

「──自身を責めても、活路は開けぬのだ」

 

お菓子を、そっと差し出した。

 

 




『・・・・・・』

茨木「吾がとやかく言えた事ではない。他者の家庭に口出し出来るほど、吾は母に愛されてはいなかったからな」

『・・・・・・』

「・・・だが、だがだぞ。そなたの悩みや迷いは、決して今のままでは消えぬ。無くならぬ。・・・そうすることで誰が一番嘆くと思う?」

『・・・・・・?』

「──他ならぬ、母だ。そなたは一番、その在り方で母を嘆かせているのだ」

『──!』

「イザナミ、今の我等の敵だ。・・・火は、本当に燃やすだけのものか?焼き尽くすものだけなのか?」
『・・・何を言う』

「火葬、という概念が人には在るのだ」

『・・・!』

「死に喘ぐ母を・・・安らかに包んでやれるのは。そなただけではないのか?」

『・・・・・・──』

・・・・・・何も言わず、何も告げられず。

茨木も、何も告げられず、何も言わず。

──決戦を前に・・・二人が過ごす時間は、余りにも静かで穏やかだった。




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