人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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食堂

アタランテオルタ(もっもっもっ。もっもっもっ)

アナスタシア「カドック、麒麟の礼装はどう?あなたを少しはマシにしてくれる礼装、使いこなせているかしら」

カドック「それを今使いこなそうとしている所だ。・・・時間だ、すまないが先に行く。ご馳走様」

アナスタシア「またシミュレーション?もう、少しくらいは休んでもバチは当たらない筈よ?」

カドック「悪いな、知っての通り僕はのんびりしていられない。リッカ、岸波、そしてこれからキリシュタリアまで来るんだ。──ますます頑張らないと、差は開くばかりだ。自分には厳しくいかないと」

アナスタシア「・・・」

「また後で。料金は置いておくよ」

アナスタシア「・・・ましにはなったけれど、ね。どうしたものかしら・・・」

???「う、うむ・・・なんとかして気付かれぬように・・・」


戦士の顔をしてクロワッサンを運ぶ人

『シミュレーション、終了。お疲れさまでした。無理をせず、快復に励まれますように』

 

「ふぅ、今日はこんなところか・・・」

 

シミュレーションルームのアナウンスを聞き、一息ついて脱力する少年が一人呟く。マスターが一人、カドック・ゼムルプス。これから来るかつての仲間たちに遅れを取ることがないよう、ますます自身を鍛え上げる一環のシミュレーションだ。

 

「いつまでも劣等感に囚われたボンクラじゃないってこと、キリシュタリア達に見てもらわないとな。心配をかける訳にはいかないし」

 

もう自分は誰を憎む事も、羨む事も無い。自分の意思で戦い、自分の意思で此処にいる。余計な敵対心や無用な対抗心で、皆の和を乱す存在にはなりたくない。どこまでもストイックな理由で、自分を黙々と鍛え上げていた。日夜増えていく目標の前に立ち止まっている暇は無い。いつか追い付き、追い抜くその日まで。懸命に走り抜けると決めたのだ。汗を拭き、自身の部屋に戻らんとし扉を開けた時・・・ふと、それに気付く。

 

「ん・・・?これは・・・」

 

其処に置いてあったのは、クロワッサンやメロンパンと言ったパン一式、バスケットに放られた香ばしい匂いを放つ食べ物の群れだった。焼き立てなのか、まだ暖かい。手にとって、試しに口に運んでみる。すると、その美味さにカドックは目を見開いた。

 

「美味い・・・!」

 

サクッと、そしてフワッと。どこまでもメリハリがあり、それでいて邪魔をしない歯応え。ほのかな甘みと生地の味を完全に活かした見事な逸品に、カドックは理屈を忘れた感想を漏らした。アナスタシアか?そう疑ったが頭で打ち消す。これは本職、プロに至る出来だ。言っては悪いが皇女が趣味で作れるレベルじゃない。では誰が・・・そう思案していると、傍に何かが置かれている事に気付き、その黒い物体を手に取る。

 

(メモ帳?・・・感想を書いておけ、と言うことか・・・)

 

覗き見しようとした訳ではなく、中身が気になった訳でもない。ただ、添付されていたアンケート用紙代わりか何かと判断しただけ。何気なしに開き、中身を改める。すると其処には・・・

 

『この楽園の連中は本当に気の良い、上昇志向の高い連中ばかりだ。私もなんとか、彼等にそっぽを向かれないよう頑張らなくては』

 

「・・・副所長か、これは」

 

ゴルドルフ副所長。その綺麗で丁寧な字体と内容から特定は容易かった。というかやけに可愛らしいイラストと特注の付箋が貼ってある。こんなにキュートな書き方、今時珍しいくらいだ。なんの気は無し、ペラペラとめくり流し読みをしていると、其処にはゴルドルフの、副所長としての使命を懸命に果たさんとする努力の跡が見てとれた。

 

『藤丸リッカ 辛い生い立ちや過去にめげず、よくぞここまで明るく強くなってくれた。頭の一つも撫でてやりたいが、最近の子はそういうの嫌がると聞く。上手く伝えてやれないのがもどかしいが、周りの皆が支えていてくれていることを忘れずに育っていってほしい』

 

『マシュ・キリエライト なんか最初の記録とキャラが違うのには困惑したがもう慣れた。円卓の騎士達の末っ子として可愛がられているようだ。あの黒き鎧のジェントルマンは男として、紳士として見習いたいものだ』

 

『オルガマリー・アニムスフィア どん詰まりでどうしようも無かった私を、こうして見出だしスカウトしてくれた恩人だ。その感謝を決して忘れるまい。副所長として力になりたいが、ロードたるその実力と気風、手腕に驚愕してばかりだ。彼女はそれでいいと言ってくれているが、なんとかもっと、私なりのやり方で彼女を支えていきたい・・・』

 

(お父さんの視点じゃないか。やっぱりアンタ、魔術師だけには向いていないんだな)

 

カドックは自然に笑みを浮かべていた。職員やスタッフ、サーヴァントがゴルドルフに不足や不満を漏らした事はない。むしろ超常、英雄達の集う場において彼の等身大な感性と振る舞いは貴重でありがたかった。焦り、逸りそうになった時には必ず彼が声をかけてくれる。その優しさと気遣いが、オルガマリーが彼を重用する理由なのだろう。なんと律儀かつ、丁寧に一人一人にコメントが書かれている。誰に見せるものでも無いと言うのに。アルトリア、アイリスフィール、岸波。SからEXクラスのマスターにもキチンと律儀にだ。頭が下がる。そして、自身の書き込みは簡素なんだろうな、などとページを捲ると・・・そこには、意外な言葉が綴られていた。

 

『同じ男として、彼の上昇志向と貪欲さは大いに見習いたい。現状に満足せず、目標の高さに屈する事なく挑み続ける。その生きざまは、例えようもなく気高いと私は思う』

 

(───)

 

『しかし年長者の言葉として、その若さで何もかもを捨てて駆け抜けると言う選択はその、なんというか、余計な世話だとしても・・・生き急ぎ気味だと思うのだ』

 

そこにはライバルでも、上司や部下でもない。一人の人間として、誠実な思慮と心配の言葉が記されていたのだから。

 

『上ばかり見ずとも、君は一歩一歩確実に進んでいる。善き仲間達にも恵まれている。何も全てをかき捨てて、日々の生活を研鑽に費やす事はまだ無いんじゃないかな、と私は思うのだ。彼の人生は、まだまだこれからなのだ。挽回のチャンスも、色んな選択肢もたくさんある。楽園にもいるのだから、出来ないという不自由は無い。もう少し、ピクニック的に歩幅を緩めてもバチは当たらないはずだ。・・・まぁ魔術師は生涯を、根源探求に費やすものではあるけれど!』

 

それでも、心配しない理由にはならない。どうか生き急ぎ過ぎず、焦る事なく日々を歩んでいってほしい。せめてこの焼いたパンの美味しさを忘れないくらいには・・・真っ直ぐにいてほしいものだ・・・。そう記され、クロワッサンとメロンパンを持つゴルドルフが、唸る狼とにらみ合うイラストで締め括られている。

 

「───ふ、ふふっ。ははははっ!」

 

思わず、笑ってしまっていた。そこに印されていた言葉の優しさと、暖かさに笑わずにはいられなかった。

 

「冗談混じりじゃない。心からそう思うよ。・・・魔術師の家になんか生まれなければ、アンタは本当に立派に名を残せる逸材だったろうに」

 

先天的な素養で全てが決まる魔術師にだけ、彼は向いていない。確信と共にメモを閉じる。この人間性も、この感情も不要と切り捨てる魔術師にだけには、この人は壊滅的に向いていないのだ。だが、それはこの人が至らないのではなく悪いのではない。・・・それらを切り捨てる魔術師という人種が、綠でもないというだけの事。

 

(僕よりずっと僕を見ている。忠告、ありがたく受け取ったよ。副所長)

 

僕なんかより、ずっと僕を見てくれているじゃないか。とことん変な人だな。そう思い浮かべながら、一人置かれたパンを食べる。

 

『だが、目の下の隈が取れた後の彼は精悍に成長したと感じる。と言うわけで、パンの出来映えにも力が入ってしまった。そっと置いて、クールに去ろう・・・』

 

上ばかりを見て、走り抜けて。いつの間にか大切なものを落とす前に。こうして気にかけてもらう事の有り難さを噛み締めて。

 

(明日からも、このおじさんが不安がらない程度に頑張るとしよう)

 

大いに肩の力を抜き、どうせなのでメモ帳を全部改めながら笑うイタズラ好きの孤高の狼、カドックなのでしたとさ。




後日 バー・ライヘンバッハ

リッカ「禍肚攻略パーティー!?食べ放題ってホント!?」

カドック「あぁ、遠慮なく飲み食いしてくれ。なるべく静かにな」

ぐっちゃん「随分と積極的じゃないのあんた。そんなキャラだったかしら」

カドック「たまには息抜きも必要って事さ。せっかく皆いるんだ。レクリエーションだってしてもバチは当たらない」

オルガマリー「美味しくなって、美味しくなって。ありがとう、ありがとう・・・」

カドック「君いつも珈琲豆に語りかけてるな・・・」

アルトリア「ミルクと砂糖ください。あとアップルパイ」

アタランテオルタ(もっもっもっ。もっもっもっ)

リッカ「私も!いっぱい食べりゅ!」

マシュ「その筋肉を動かすにはカロリーが必要ですものね先輩!人間火力発電所です!」

リッカ「うォオン!!」

カドック「解った解った。・・・あ、来たな」

ゴルドルフ「あ、あのだねカドック君・・・そのね?」

「ほら、忘れ物だよ。副所長」

「おおっ!・・・や、やはりか・・・!中身は見てない?ホント?」

カドック「どうかな・・・?」

ザビ「むむ、エモザビエルの気配っ」

「なんだねそれは!?」

アナスタシア「ふふ、上機嫌ね?カドック」

「別に焦る必要も無いと、解ったからね。さ、皿洗いをお願いしようかな?」

アナスタシア「仕方無いわね。私も・・・機嫌がいいから付き合ってあげる」

「何かいいこと、あったのか?」

「えぇ、たった今」

マシュ「副所長!そのメモは・・・そのメモは一体!」

リッカ「いけ、マシュ!ネコババ!」

「やめなさーい!?所長!?助けてもらいたいんだけど!?」

delicious(おいしいわ)・・・(⌒‐⌒)」

「君珈琲ブレイクだと傍若無人だよねぇ!?」

カドック(・・・早く来なよ、キリシュタリア。君に紹介したい人達が、たくさんいるんだ)

メモ帳

『ありがとう、副所長 カドック 』

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