人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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マーラ【はい、いらっしゃい。待ちわびましたよ。楽園の皆さん?】

リッカ「なにここ!?」

其処は──紛れもなく『宇宙』であった。散らばる星々、何処までも拡がる銀河。その輝きに果てはなく、遥か彼方にまで星が煌めいている。

【もちろん、私の宇宙です。皆様が来る間に、万全の空間を整えておいたんです。完璧でしょう?ほら、見てください。あの星の輝きは総て・・・】

そう、星の輝き──正確にはそう見える宇宙の輝きは、総て。

マーラ『』『』『』『』『』『』『』『』『』『』『』『』『』『』『』『』『』『』『』『』

シオン『これの全部が、宇宙に浮かぶ光の総てが・・・マーラ・・・!?』

マーラ【そういう事です。宇宙を焼き尽くすシヴァの焔に焼かれた私は、逆説的に宇宙であるとして繋がりました。宇宙と。そして私は、愛を囁き堕落させる魔王。それが宇宙と一つになったらどうなるか、お分かりでしょう?】

カーマ「愛し合うという概念を無くすため、全人類に愛を供給する。あなたの愛が満ちれば、誰かが誰かを愛する事は無くなる。相思相愛の概念は宇宙から消える」

【よくお分かりで。これがビーストⅢラプスの本気。宇宙に満ちる私の愛。私こそは愛の宇宙。──楽園が挑むに相応しき、宇宙に氾濫せし私という無限の愛・・・!】

人類一人一人に対応したマーラが人間を愛する。堕落させ、他者への愛を駆逐し、甘やかし、人類を滅ぼす。傷つけられた事により力を蓄えたマーラは、一足先に己の全力を解放したのだ。堕落の果てに──或いは堕落していなくとも。宇宙にて総てを滅ぼす二段構えにて・・・!

春日局「失礼、戦う前に一つよろしいですか」

【?なんですか・・・は?】

春日局は一言告げ、歩み出し・・・

徳川ゴルドルフ「なんだ?酒宴に薙刀でも披露してくれるか?いいぞ、特に許す!私を存分に楽しませ」

春日局「この大馬鹿者ーーーッ!!!」

ゴルドルフ「ごっはあぁあぁあぁあぁ!!?」

はくのん『薙刀の・・・峰打』

春日局「失礼!私は今この将軍にあるまじき振る舞いのこの方を説教しますので暫しお待ちを!」

マーラ【えぇ・・・まぁ、なんでもいいんですけど】

グドーシ「マーラ殿。どうか目の当たりにしてくだされ。我々が今、何をしようとするのか。勝負をかけるのは今でござるよ」

マーラ【・・・あなたもくどいですね。此処に来た以上、私の愛に抱かれるしかないのですよ?お人形さん?】

グドーシ「マーラ殿・・・」 

藤丸「そんなに堕落が得意なら・・・」

【・・・は?】

「オレを堕落させてみろ!出来る筈だ、ただの人間への堕落くらい!!」

マーラ【・・・そこまで構ってほしいんですか?あなたみたいな添え物なんかより、私はリッカさんに挑んでほしいんですけど・・・はぁ、まぁいいです】

藤丸「・・・!」

【いいですよ?堕落したいならさせてあげます。かつて修行者にしたように──私の中で、どうか無限に微睡んで・・・!】

藤丸「キアラさん!」

キアラ「えぇ、解りました──」

一瞬。はたまた永遠か。マーラの誘惑をただ、藤丸は受け入れる──



苦楽

マーラとの決戦、誘惑と快楽を支配する魔王との決戦。本来ならば、自分が介在することの出来ない人類の未来を懸けた決戦。今までの戦いに輪を懸けた、自身の存在する意義を問い掛ける決戦。

 

考えていた。いや、今もずっと考えている。世界を救うために自身に何が出来るのか。世界を取り戻すために、一体何が出来るのか。マスターの才能は平々凡々。魔術回路も、魔力量も取り立てるところなど存在しない。そんな自分が、世界を救うためにするべき事、そして出来ることは一体なんであるのか。マーラの手により、上下左右の方向観すら失われた今。藤丸立香はそれを垣間見ていた。

 

「オレは・・・、オレは──」

 

目の前に立っているのは、白衣を着たマーラ。そして巨大な杖と義手を取り付けたマーラ。高飛車で、気の強そうなマーラ。その面影は、自身が目の前で取り零したかけがえの無い思い出の中の人達とそっくりで。

 

【いいんですよ】【ダメになっていいんです】【疲れたでしょう】【もう楽になりたいでしょう】

 

「皆・・・」

 

そんな、優しい言葉を囁いてくれる。もういいのだと。休んでいいんだと。それはムネーモシュネーも行った、甘い甘い誘惑。世界を救う大義名分なんてとっくに失われた、自身の旅路への逃げ道、逃避の誘い。

 

「───」

 

何度、手を伸ばそうと思っただろう。何度、身を委ねようと思っただろう。目を閉じれば、膝を折ってしまえばどれだけ楽になっただろう。沢山の人に問われた、安寧の誘い。もしかしたら、命を捨ててしまえば。本当に楽になるのかと本気で考えていた時もある。今だって・・・心の中ではそう考えている。

 

──でも。

 

「・・・。キアラさん。お願いします」

 

『えぇ、承知しましたわ。マスター』

 

自分には・・・もうそんな甘えは赦されない。堕落は赦されない。逃げる事は赦されない。『もう、とっくに数えきれない人を殺した』から。

 

だから──誘惑をされる度に【傷を開く】。自身が突き付けられ、積み重ねて来た旅路の証。決して消えない、傷の証を──

 

 

【お前達にあるのか!!我等の世界を、其処に生きる命を、人々を消し去る覚悟が、資格が!本当にあるのか!!】

 

世界を滅ぼす覚悟を決めずに、漠然と、目を逸らしながら戦い突き付けられた現実。奪われた自身の未来を取り戻すには、自身の未来以外の総てを滅ぼさなければならない覚悟を決めなければならなかった。ロシアの異聞帯で、突き付けられた現実が今も雷鳴のように胸を抉る。

 

【どうして失敗しなかった?どうして何処かで諦めなかった?お前なんかより、キリシュタリアが、デイビッドが、必ず上手くやれた筈なんだ。どうして、何処かで折れなかった?】

 

【ひどぉーい!貴方はAチームの皆から生きる意味も、存在理由も、何もかも奪ったって言うのに!顔も知らない、どんな人間かも知らない!世界を救ったマスターさんは、存外冷血無情なんだー♪こわーい♪残酷ー♪】

 

この旅路に、称賛は無い。あるのはただの罵倒、罵声、そして日に日にのし掛かってくる【奪ったものの価値】。何年も、何年も研鑽してきた精鋭達の出番と価値を横から奪い、たまたま其処にいたというだけで祭り上げられた空っぽの御輿。輝かしい旅路を歩むあの女の子とはまるで違う、どこまでも其処にいただけの一般人。称賛など無い。あるのはただ、血塗れの道を歩む絶望と、誰かの可能性を摘み取ったという揺るがぬ事実。

 

【おぞましや、汎人類史──】

 

【もし、大人になれるなんて未来があったなら。とても素敵だわ。あなたに、皆に出逢った後の私は、ずっとそんな事を考えているの──】

 

摘み取った、滅ぼした。生き残るべき歴史なんてない。ただ皆、一生懸命に生きてきただけなのに。

 

滅ぼしたくなんて無かった。ただ、当たり前の明日が欲しいだけだった。好きになった女の子と、知らない世界を、輝く明日を見たいだけだったのに。もう自分は、何人も、何十人も、何百人も、何千人も、何万人も──

 

【──オレは、テメェを・・・絶対に赦さない──】

 

──殺して、世界を終わらせた。最悪の殺人鬼で・・・滅ぼす世界にそれっぽく同情し、感傷する最低な『偽善者』で。

 

そんな自分の胸ぐらを掴み上げ──獣の姿をした『生きるべき命』が、自分を真っ直ぐに断罪し続ける──

 

 

「う、あぁあ・・・あぁあぁ・・・!!うあぁあぁあぁあぁあぁ・・・・・・っ!!!」

 

胸を抑え、枯れ果てた涙の代わりに血が目から流れ出す。胸を刺すような痛みと嗚咽に、蹲りながら血反吐を吐く。

 

「どうして、どうしてオレなんだ・・・どうしてオレじゃなきゃいけなかったんだ・・・!どうしてオレだったんだ、どうして、なんで・・・!」

 

『どうしてオレなんかが、世界を救ってしまったんだ』。それは藤丸の心に巣食う疑問にして、絶望の嘆き。世界を救った先に待っていたのは、栄光でもなんでもなかった。分不相応の役割に就いた道化への贈り物は、残ったものは。残酷な迄の現実。

 

「あぁあ、っぐ──げぇっ!うぇ・・・ッ!げほ、げぁ──っ」

 

もっと相応しい人間がいたんだ。もっと上手くやれた人がいたんだ。もっといい結末があったんだ。

 

「うぐ、うぇえっ・・・うぐ、うぅう・・・ああぁ・・・っ・・・」

 

オレに力があれば。オレがヒーローであったなら。オレが皆を助けられる選ばれた人間だったなら。誰も、何も、失わずに済んだんだ。大切な人を失わずに世界を救えた筈なんだ。

 

「っっ・・・~・・・・・・っ~・・・」

 

世界を滅ぼす事もなかった。未来を奪う必要も無かった。そもそも──『未来を、奪われなかった』。どうしようもない平凡な人間なんかが世界を救ってしまったから・・・奪われた後に、何も出来なかった。

 

誰もいなかった、ではない。誰かがやるべきだっただなんて結果論だ。──心の傷は、心の弱さは誤魔化せない。

 

救うだけで、護ることもできなかった。そんな無責任な人間が──

 

「・・・オレなんかが・・・世界を、救うべきじゃなかったんだ・・・!!」

 

魂から血を噴き出すような慟哭は、マーラ達の誘惑など介在する余地は無いことを突き付けていた。彼は永劫自分を赦さないだろう。彼は一生、己の無力さに嘆き苦しむのだろう。誘惑も堕落も、最早意味を為さない。何故かなど決まりきっている。

 

・・・藤丸立香の魂は、最早致命傷を刻まれている。最早何をどうしようと救われはしない。彼が彼である事を捨てない限り、彼は決して救われる事はない。それが、世界を滅ぼした彼の魂と精神の末路。最早手遅れの領域にまで至った自責と自罰の念は、彼を決して逃がさない。彼は最早、どんな堕落も意味を為さない。

 

彼の心は、とっくに死んでいる。ただ、自身がそれに気付いていないだけ。傷だらけで血だらけの身体を、ゾンビの様に前に進めているだけ。・・・ならば、彼には最早何の救いも残されていないのか。誰も、彼を助ける事が出来ないのか。

 

・・・それも、また違う。例え魂が死んでいても、死が免れないとしても。それでも『死に場所』は自分で決める覚悟がある。

 

「──護らなくちゃ。約束を・・・マシュに、見せるんだ。今まで知らなかった世界を・・・!」

 

血塗れの身体に力を入れ、歯を食い縛って立ち上がる。キアラに開かれた傷が血を吹き出し、痛みと苦痛で前を向く。誘惑せんとしていたマーラ達を、絶望と嘆きで退けた。

 

自分には、約束がある。惚れて、惚れ込んだ女の子に、見せたい世界がある。叶えたい願いがある。

 

 

『立香さん。私、あなたと一緒に生きていきたいです。あなたと、世界の全てを見たい。この世界で生きていきたい』

 

『この、取り戻した世界で──あなたと、一生を過ごしたいです。大好きな、あなたと一緒に──』

 

 

「取り戻すんだ、世界を・・・取り返すんだ、未来を・・・!だってその未来は、マシュが望んだ未来だから。だってその世界は、マシュが生きていく世界だから・・・!」

 

だから、立ち上がる。骨が砕けた脚だろうと、身体中から血が吹き出ていようと立ち上がる。前に進む、前に進む。死体を踏みにじろうと、絶望しか待っていない地獄であろうと。

 

「マシュの願いは、オレの願いだから。オレは、マシュの為に・・・!オレの為に世界を取り戻すって決めたんだ・・・!!」

 

涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、拳に指が食い込みながら。それでも前へ、それでも前へ。世界を救うために歩むことを止めはしない。己が望んだ未来の為に。マシュが望んだ未来の為に。

 

「オレが必ず──未来を、世界を!救うんだ───!!!」

 

開いた傷の痛みと苦痛が、藤丸に魂の意味と目的を思い出させ前に進ませる。如何なる誘惑も、如何なる堕落をも捩じ伏せる、旅路にて刻まれた嘆きと慟哭。それこそが、藤丸の力。どんな痛みや苦しみにも折れない。めげない。折れさせない、めげさせない。

 

「約束を護るために・・・!!オレの邪魔をするな───!!!」

 

誘惑の魔王の手すらはね除け、藤丸は己の旅路を誇り叫ぶ──!




大奥・最奥

藤丸「はぁっ・・・!はぁっ・・・!はぁっ・・・!」

マーラ【───貴方。自分のしたことをわかってるんですか?麻薬や自慰をしないために、心臓を抉り取るような真似をしたんですよ?何故、楽になろうとしないんです・・・?馬鹿なんですか?】

キアラ「・・・。私も最近知ったのですが。『楽だけでは嫌』という人間もいるようなのです。あなたや私の天敵ですね?ビーストⅢ?」

マーラ【・・・!】

マシュ「立香さん!マーラの誘惑をはね除け・・・!流石です!流石私の立香さんですっ!」

柳生「見事、主殿」

藤丸「──見たか、マーラ・・・!これが、藤丸くんだ・・・!どんな誘惑だろうと、どんな困難だろうと乗り越える、カルデアのマスター!!」

マーラ【・・・ッ!】

「未来を取り返す、人類の最後の希望・・・!マシュのマスター!藤丸立香(ふじまるりつか)だ!!

【何を偉そうに・・・。死んでいるから死なないみたいな理論で無理矢理立ち上がるような痩せ我慢で・・・!】

──此処で、マーラは完全に藤丸に目を奪われた。取るに足らない虫だと思っていた存在への堕落を失敗したが故の動揺。『一手』遅れたのだ。

そして──

ゴルドルフ「うぉおぉお我が職員をよくも喰らえゴッフパンチ・アイロニー!!」

【なっ──!】

完全に支配下に置いていたはずのゴルドルフ・・・徳川ゴルドルフからの予想外の攻撃。楽園の添え物と歯牙にも掛けていなかった存在からの、突然の反逆。

「状況は全くよくわからんし!誰が敵かも解らん!解らんが・・・!我が職員たる藤丸が貴様を睨んでいる!ならば敵として間違いないのは明白だ!見たか!新所長の判断力!」

マーラ【────】

シオン『流石!ビーストに殴りかかる人間なんてあなたが初めてですよ新所長!』

──動揺した際に、直撃を受けたマーラ。彼女は今、本格的に、心の底から。ノウム・カルデアの皆を疎んじた。・・・楽園の事を、一瞬忘れてしまうほどに。

【──反吐が出るほど可愛いです・・・!!】

「ぬわぁあぁ!!」
「立香さん!」
「くっ・・・!」

楽園の前に、滅ぼすべき相手は此方だった。宇宙の総てを奪い、ノウム・カルデアを滅ぼさんとしたその時──

『──いいんですかぁ?マーラ。私達から目を離しちゃって。楽園をノーマークとか、本当に・・・』

──マーラは、二手。遅れを取った。

『──甘やかすのも、大概にしてくれません?』

【っ、なっ──!?】

マーラは、自らの宇宙に存在するそれらを見て、心の底から戦慄した。

【その、姿は!あなたたちは・・・!】

グドーシ『───』
リッカ【はぁあぁ・・・ッ】

其処にあったのは『沙羅双樹』。かの仏陀に因縁浅からぬ樹木。咲き誇る華が、宇宙に満たされていく。

リッカは静かに、目を閉じ精神を集中させている。──その左腕は、静かに黒く光っている。

その二人を、遥か巨大な──宇宙に匹敵する巨大なるカーマが胸に懐き守護している。マーラの毒々しき宇宙を、突き抜ける夜空と星の海たる宇宙が塗り替えていく。

マーラ【──私の宇宙を、塗り替えた・・・!?】

そんな筈が──、そう、マーラが告げることは無かった。

【ガアァアァアァアァァアァアァアァアァアァアァアァアーーーーーッ!!!!!!】

【な・・・!】

──其処には、巨大な【龍】がいた。銀河総てを消し飛ばすような咆哮。蒼き鼓動を繰り返す全身。絶えず噴き出す、蒼き焔。

【あれは・・・まさか・・・!アジ・ダハーカ・・・!?】

記録とは何もかもが違う。六本の角、十二枚の翼。雄々しい四肢に爛々と輝く金色の瞳。身体中に満ちる焔に、紅き雷──

カーマ『リッカさんが龍哮さんを愛し、信じた事で、全力を解放してくれたみたいです。あれは村正を核に再現された、アジ・ダハーカの完全羽化態。地球を喰い尽くした後、餌を求めて宇宙へ飛び立つアジ・ダハーカの本能を再現した姿』

マーラ【──まさか・・・まさか・・・!】

カーマ『えぇ、村正さんが核なので・・・──アジ・ダハーカは。【徳川】を食べたくてうずうずしていますよ?』

【ガアァアァアァアァァアァアァアァアァアァアァアァアァアァア!!!!】

村正としての銘はこの為に。自身を信じた主への忠義はこの為に。満たされぬ無限の空腹はこの為に。

金色の瞳は──マーラと一体化した【徳川】と、目の前に拡がる氾濫した『ラプス』の総てを見据え──喜悦に歪み口をひらいた──

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