生まれてくるべきではなかった私を愛してくれた貴女に。
喰らうことしか知らない私は、一体何をしてあげられるだろう。
私を信じた、私を愛した貴女に。
私は一体、何をしてあげられるだろう──
愛とは、人格や本能に根差す文明的行為。相手を意識し、相手と共に行う相互理解。即ち──コミュニケーションの一つ。
【ゴォオァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァア!!!!】
銀河にて、宇宙にて吼え猛る漆黒と蒼炎の龍──有り得ざる獣、アジ・ダハーカは知的対話手段、知性的交流の総てを探知し、餌として補食を行う。如何なる存在であろうと、如何なる強度の存在であろうと。或いは、神そのものであろうとも。『対話可能な知性を有した生命体』もしくは『交流手段を有した文明』であるならば、如何なる手段を用いようと問答無用にて捕食、吸収、汚染を行う。リッカの泥を吸収使役した村正が再現した、真体なるアジ・ダハーカが宇宙を満たす愛の最中に放り込まれたならどうなるか。それは──
【・・・最悪。本当に最悪です。虫けらみたいな、ゴミみたいな人達に気をとられたせいで・・・!】
マーラの苦渋と苛立ちに満ち溢れた姿が物語る。マーラの宇宙、全人類にカスタマイズし氾濫する宇宙から呼び寄せられたマーラの総てが、無制限かつ問答無用の勢いにてアジ・ダハーカに吸収され、捕食されていく。それはマーラの宇宙に穿たれたブラックホールが如く、マーラの愛がただただ無節操に捕食されていく。無数のマーラが、美女達が噛み砕かれ、吸収され、アジ・ダハーカの餌となっていく。
(徳川憎しも此処まで来ると戦慄ものです。無限の宇宙に匹敵する私、即ち徳川を喰らい尽くす為に宿主の力を使って無理矢理宇宙スケールに自分を高めるとか・・・!)
誰もが預かり知らぬ事ではあったが、アジ・ダハーカは宇宙スケールの存在には非常に相性がいい。星を喰らい尽くした後に、更なる餌──知的生命体とその文明を喰らう為に喰らい尽くした星の生命を動力として、無限の宇宙へと羽ばたく習性を持つ。それは人類を極点へ向かう為の燃料として使用したゲーティアと酷似した獣性。
同時に、アジ・ダハーカの捕食行為は紛れもなく【愛】である。自身を産み、愛してくれた生命体。教えられた愛し方を行う恩返しの愛。迫害と大罪を愛と認識したが故の未知がそれを捕食足りえさせるのだ。その意味では、村正を核にしたアジ・ダハーカはマーラを、宇宙の総てを愛していると言えよう。その未知の愛。空腹と渇愛を同じくした龍の捕食にして求愛は、マーラの宇宙領域ごと加速度的に魔王を食い荒らしていく。村正が徳川を滅ぼす概念だというなら、アジ・ダハーカは宇宙を愛し喰らい尽くす。宇宙すらも『食卓』という概念。マーラの宇宙は、食べ放題のバイキングルームでしか無い。知性持つ存在は、神であろうと魔王であろうと人であろうと等しく餌でしかないのだ。最後まで理解者など現れぬ、無節操にして孤高の、食物連鎖の頂点たる獣の再現体が今、此処に魔王を蹂躙し凌辱し尽くしている。
(呼び出した私を、片端からあちらに回さないと進撃を防げない・・・!反徳川の概念たる村正である以上、一撃でも頭脳体たる私に受ければ総てが終わる・・・!)
喰われると解っていても、分身のマーラを差し向けるしかない。そうしなければ頭脳体たるマーラが見抜かれ、一息の内に噛み砕かれてしまう。幸い食欲を優先しているため、頭脳体の見分けはついていないようだ。・・・否。見分けなどつけてはいないのだろう。
(最後に残ったヤツがメインディッシュ、みたいな感じでしょうか。野蛮にも程があります・・・!)
あのアジ・ダハーカの事は獣としては知っていた。愛という相互理解が必要な概念を有する以上ビーストⅢ、並びに魔術式たるビーストⅠに壊滅的に強く、原初の女神たるビーストⅡと互角の関係であり、ビーストⅣとは際限なく比較により高め合う関係のifの獣。なんとしても顕現は避けるべきだった。全宇宙の分身を駆使して、未覚醒の内に留めておくつもりだったのに・・・!
【有り得ないと言えばあなた達もです・・・!なんですかそれ、まるで本当に釈迦か仏陀みたいじゃないですか!不愉快極まるんで止めてもらいたいんですけど・・・!】
頭脳体を眩く照らし逃がさぬグドーシの後光。それによりマーラは逃げる事も隠れる事も出来ない。静かに座禅を組む、人形と蔑んだ存在から放たれる輝きが正しきマーラを照らし続ける。
『まるで、じゃなくて。まさしくなんですよ。グドーシさんこそ、仏陀に認められたただ一つの命。全に繋がる一、全を救った一を導いた、現代の覚者です』
【言ってて恥ずかしくならないんですか!?あの救世主が人の世に干渉する筈がない・・・!誰か個人を救う筈がないんです!】
『・・・どうやら、あなたが甘やかしていたのは自分自身もみたいですね。そういう最悪な可能性も起きるはずが無い、自分のやることは全部上手くいく。あなたが馬鹿にしたラプチャーそっくりですよ?おもしろーい♪』
【──あんな目に、誰かの愛にあんな目に逢わされながら性懲りもせずに・・・!】
【グゥウォオァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァア!!!!!】
【ッッ──】
歯軋りしながら罵らんとしたマーラを、戦慄の咆哮が遮る。事態は急を有していた。最早アジ・ダハーカを討伐するのは不可能だ。この世総ての悪たる泥を動力とする悪龍、並びに原初の火を崇めた出展により焔など効きはしないだろう。最早龍は倒す倒さないの次元にいない。どう消し去るかでしか語れないのだ。主を叩こうにも、リッカはグドーシの悟りの樹とカーマの宇宙に抱かれ、磐石な護りに包まれている。手駒である分身体は喰らい尽くされ回せない。主を消し去る手段が無い・・・!
【こうなったら、ノウム・カルデアを始末するしか・・・!】
楽園カルデアは、ノウム・カルデアの救援の名目でこちらの次元に来ている。あの目障りな弱小組織を叩き消してしまえばあちらも退去せざるを得ない筈だ。楽園に送り返してしまえば、まだいくらでも立て直せる筈──
・・・だが、その甘い目論見をしたマーラに向けて──
【っ!?なっ、これは──!】
畳の床、日本式の襖、天井──マーラの宇宙ではないもう一つの空間。それがマーラの周囲、或いは遥か遠くより示される。そう、そここそは・・・
【『大奥』──!?】
「その通り!!私がいる場所が、私のいる場所こそが!『大奥でなくてなんでありましょうか!!』」
・・・マタ・ハリ、シェヘラザード、はくのんの洗脳自己改造は、成功に終わったのだ。この概念的宇宙の中で最強の大奥の支配者たる春日局に生まれ変わった事で、彼女は自分の魂を燃やすことで周囲を『大奥』へと変える事が叶う手段を手に入れたのだ。
「あなたがリッカちゃん達に気をとられていてくれたお陰で、ギリギリ間に合ったわ~♪」
「言葉を紡ぐ隙を作ったのは、失策でしたね。マーラ」
『アバズレよりずっと可愛げと隙があって割と好き。それはそれとしてアバズレの片割れ。ならば死ね』
アジ・ダハーカの捕食、並びに春日局の大奥化により、マーラの宇宙領域が加速度的に狭められていく。あちらを見ればこちらが、こちらを見ればあちらが。袋小路に、マーラは追いやられていく。
【私の宇宙が書き変えられていく・・・!春日局・・・ッ・・・!魂だけの、死に損ないの分際で・・・!】
『魂だけなんてハンデではない。魂だけで──王様を愉快な王様にした人を私達は知っている』
【私は知りません!そんなもの・・・!それに──】
それに──更にマーラを追い詰める人影が、二つ。
【何を・・・!何をしているんですか!『タケルさん』!『松平』さん・・・!!】
雄々しく立つ春日局、そしてノウム・カルデアの一行の傍らに──自身に仕えていたはずの存在を認め、マーラは困惑の絶叫を上げる。嫌な予感が去来する。魔王たる自身に、おぞましい結末をもたらす予感が。
「──気付いたか。しかしもう遅い。信綱、始めるぞ」
「承知。・・・もっとも信頼に足る者達に、徳川を託す。──マーラよ、何故お福殿が魂だけで貴様の手を逃れたと思う」
【それは・・・】
「私と、天海殿が救い上げたのだ。家光殿が貴様に陥落した際、我等は大奥こそが事態の中心と見抜き。解決に必須であるお福殿を護った」
「そのとーり!!──って、はぁ!!?」
春日局、驚愕。初耳であろう。誰も言わなかったのだから。
ちなみに、天海とは逃げ延びた明智光秀との説もある。──天海は許せなかったのだろう。織田信長を差し置いて第六天魔王を名乗る本物の魔王が。つまり、天海にとって本物の魔王など解釈違いなのである。
「知らなかったか・・・。こやつはそういう者よ。裏切り者の名を受けようと、徳川を・・・真に護るべきものを護るために魔王にすら媚びを売った。──だからこそ、吾はこやつを護っていた。日本を護り、徳川を護りし忠臣。知恵伊豆──『松平信綱』をな」
「一言でも言って欲しかったんですが!?」
「すまんな、小僧。聞かれなかったが故。──そら、この花札もそうだ。この花札は『信綱を材料としたもの』。白き花札は他者を助けるために。そしてこの黒き花札は──【徳川を、滅する為に】。徳川を裏切りし背信者より出でし、徳川を滅する刀に」
タケルの術により、花札が光を放つ。──徳川を護るために徳川を裏切った者の属性を宿した、一振りの刃に。
「宗矩殿。その刀で道を切り拓け。かのおぞましき最悪の村正。徳川の総てを宿した、偽りの徳川を滅ぼす薙刀。そして──徳川を裏切った者より出でし、徳川を滅する刃。今なら叶う。徳川・・・大奥と一つになったマーラを滅する事が・・・くっ・・・」
崩れ落ちる信綱。──タケルの看護、部員の治療で保ちはしていたが、花札は信綱の身体が材料、最早信綱の内臓は無きに等しい。
「・・・不器用な男だな、貴様は」
「フ・・・。タケル殿。日ノ本の英雄たるそなたと共に在れた事、誇りに思うぞ」
「──信綱殿。忠義の刃、伊豆守太刀。受け取った。・・・花札に書かれていた紋様、これは『大河内松平の家紋』であったか」
「初めから、マーラの身を案じていたものは一人ということだ。・・・──往け。真なる徳川、見事取り返せ」
「見事!まさに見事、信綱殿!乳母冥利に尽きます!不器用極まるものであれ、これこそ徳川への忠義!信綱殿が護ると誓った、徳川への愛なのです!!」
【──駄目、駄目です!愛を与えるのは私!愛するのは私!宇宙を満たすのは私!お前達が愛を持つ必要なんてない!私の知らない愛とか、特に!】
「あなたの愛なんて、私は御断りです。私が愛されたいのは──藤丸立香さん一人だけですから!」
「いいぞぉマシューっ!!よーし龍哮!追い詰めろーっ!!」
【グゥウォオァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァア!!!!!!】
【ッッッ──私は無限の愛の体現。数に限りはない。でも、それでも・・・!】
あれは、まずい。前に在る薙刀、刀も喰らえばまずい。だが、あれを阻むために他の自身をあちらに回してしまえば──
【あの龍だけは、あの龍を此方に招くのだけは・・・!くっ、仕方ない、背に腹は代えられません・・・!】
・・・──それは、一息で噛み砕かれる事を恐れたが故。いくら獣であろうと。愛が武器である限りあの龍には叶わない。徳川である限りあの刀には叶わない。
【私から徳川の属性を──『大奥』であることを!切り捨てるしか無い・・・──!】
そう考え、マーラは・・・チェスや将棋で言う『詰み』へと嵌まる──!
「うふふふふふ・・・。そこがあなたの幼稚な所なのです。──今ですわ、春日局様!」
今、命運と運命は此処に定まる──!
春日局「徳川との繋がり、そして大奥との繋がりを切り捨てましたね?りっか殿の龍、私の薙刀、宗拒殿の力から逃れるためでしょうが──愚策!!それはあなたが此処にいる権利を失ったという事。此処にある全てに逆らう力を失ったということ!ここは愛欲の宇宙に非ず!!」
リッカ「よーしっ!!雷位、解帳!!龍哮!!マーラの宇宙を切り裂けぇえーっ!!!!」
【ガァアァアァァアァアァアーッ!!!!!】
瞬間、リッカに呼応し、十二枚の翼からリッカの雲曜神雷に匹敵する刃の羽ばたきを縦横無尽に展開し、マーラの宇宙を粉微塵に切り裂く。龍哮から放たれる、リッカの奥義の対宇宙用法。
マーラ【なっ、そんな・・・!】
「私の!春日局の大奥たらん!!」
構築が進む。宇宙等どこにも無く。愛欲などどこにもない。規律正しき、正常なる大奥の姿へ──!
『知らないみたいだから教えてあげますけど。──世の中には、見ているだけで満たされる愛もあります。見守るだけで愛される愛もあるんです。愛が成長するのを見守る愛もあるんです』
マーラ【──!!】
春日局「その通り!私は二人の愛の神に護られました。私を救ってくださったぱぁる殿。そして、私の愛に太鼓判を押し、励ましてくださったかぁま殿!その私が!大奥を取り締まる老女としての私があなたに決を下します!──大奥には、破るを赦さぬ法度あり!!」
マーラの背後の襖が、一斉に開く。遥か天空に繋がる、空に向けて──
「男子禁制!夜間外出禁止!御用伝達の取り決め他多数!今はただこの禁を追及するのみ!大奥法度!『怪しき女性、疾く追い返すべし』!大奥老女、春日局の名に名において命じる!汝、この場にいる事能わず!即刻、大奥より出ていかれよ!!!!」
キアラ「今です!リッカ様!グドーシ様!」
リッカ「令呪を三画!グドーシ!!行けぇえぇー!!!」
グドーシ「心得た。マーラ殿、時には荒療治も必要。──反省されよ、拙者もお付き合い致しますれば」
グドーシの手がマーラに向けられ、そのまま慈愛と共に──
グドーシ「──『釈迦如来掌』──」
マーラ【あ、あっ、あ──な、ぁあぁあぁあぁあぁ──!!?】
遥か巨大な掌に押され、天空目指して吹き飛ばされていく──!
【この手、そんな、本当に・・・!?どうして、どうして・・・!!?】
タケちゃん「ただ一人、貴様を親身に想った者の言葉を聞き入れず、信綱と天海が春日局を救出するのを見逃さなくば貴様の勝ちだった。ここの小僧を脅威としていれば、違う結末になっていた。信綱を処断していれば、焦り徳川を切り離さなかっただろう」
キアラ「甘やかしが過ぎましたね。自らの堕落にて、『かつての獣の様』に。お滅びなさいませ」
【うぅう、ぁあぁあぁあぁあぁ───!?】
マーラが、天空へと投げ出される。海底に沈んだキアラとは、皮肉にも対照的に。そして──
リッカ「カーマ!私の、ロマン特製令呪をあなたに!!」
藤丸「パールヴァティー!カーマに合わせるんだ!!」
カーマ『お任せください。──生涯一度きりですよ、パールヴァティー』
パールヴァティー「えぇ!行きますよ、カーマ!」
リッカ「令呪、お願い!」
藤丸「令呪をもって命ずる!」
「カーマに!」
「パールヴァティーに!」
「「力を───!!!」」
放逐された魔王に、二柱の愛の女神がとどめを刺す──!!
はくのん『皆、カメラは持ったな!行くぞぉ──!!』
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