「あら、リッカにマシュ。これからシミュレーション?」
カルデアの廊下にて、オルガマリーと二人が顔を合わせる
「お疲れさまです、所長」
「うん!ヘラクレスとアタランテがね、なんだか嫌な予感がするからシミュレーションで鍛えておこうって言うから、ギルと私とマシュとジャンヌオルタで特訓!」
「・・・凄い面子ね・・・ヘラクレスの予感は侮れないから、次の特異点でなにかがあるのかもしれないわね」
「はい、不測の事態に備えて、鍛練を積まなくては」
「気を付けて。・・・私も修行がなかったら、準備くらいは出来たんだけど」
「いーのいーの!オルガマリーはメディアとダ・ヴィンチちゃんに鍛えてもらって!」
「はい。後で、終わったらみんなでご飯を食べましょう」
「・・・そうね。解った。シミュレーションの調整はロマニに頼んでおく」
「うん!じゃ、またね!」
「お気を付けて、所長」
「そっちもね。ギルによろしく」
手を振りながら、二人の背中を見送る
――こんな状況で、決して弱音を吐かず奮闘する二人の姿は、こちらの励みだ
行こう。自分のやるべきことをやらなくちゃ
~
「――⬛⬛⬛」
神代の言葉、現代では発声不可能な神言を発し、群がる竜牙兵を一瞬で吹き飛ばす
「ガンド――!」
大型のゴーレムに指を突きつけ、放たれる呪いで粉々に打ち砕く
そのまま左手を地面に叩きつけ、聖杯から魔力を汲み上げ、巨大な魔法陣を描き
「⬛⬛⬛⬛⬛――!」
「グガァアァアァアァア!!!」
再現された低級竜に向けて、神言にて一工程の刹那にて大魔術を発動させる――!
「マキア・ヘカティックグライアー!」
翼の形を象った砲口魔法が、一斉に襲い掛かり竜種を討ち滅ぼす
消滅していく竜種。シミュレーションは終了し、景色が戻る
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「本当に教え甲斐のある子。まさか高速神言にヘカティックグライアーまで形にしてしまうなんて」
ローブを脱いだ美しき淑女、メディアが称賛を送る
「貴女ほどの才能ある子は久しぶり。まったく驚きよ。神代に生まれてくれば、私の妹弟子にだってなれたかも?」
「大袈裟ですよ・・・十日間総て特訓に費やせば、これくらいは普通です」
・・・師匠は言うが、これでも死に物狂いだったのだ。固有結界の研鑽、聖杯の制御を学びながら、メンテナンスを兼ねて神代の魔術を学ぶ
神代の言葉の発声、発音から始まり、準備に数ヶ月かかる大魔術を一工程で収めるための倫理理解、声帯と滑舌の強化(早口言葉とか発声練習)と
聖杯をギルから賜って助かった。普通なら半日で過労死していただろう
「普通なことをこなすのが一番難しくてよ?誇りなさい。貴女はたった今、現代の魔術師とは違う次元に立ったのだから」
「・・・ありがとうございます、師匠」
――一先ずは安心する。見込みなし、と落第の印は押されなかったみたいだ
「もう、謹み深いんだから!私の自慢の弟子なんだから胸を張りなさいな!」
ガシッと抱きついてくる師匠。転ばないように踏ん張り、なんとか持ち直す
「もう可愛いったらないわ!マスターといい、私は恵まれているわね!大丈夫?着せかえする?」
「ま、またの機会に!ダ・ヴィンチ師匠の講義がありますので今は!」
「むむ、惜しいわね。道具作成も私が先にいれば早く教えてあげたのに・・・」
「あ、あははは。師匠が拗ねちゃうのでご控えください・・・」
「まあいいわ。魔術の師匠は私だし?ではごきげんよう。次は、ボトルシップ作りでもしましょうか♪」
「またの機会に、是非」
そうして、オルガマリーは魔術神殿を後にした・・・
「精が出るな、所長どの。で、どうか?某と一献・・・」
「小次郎!マリーは未成年よ!」
「それはしたり。・・・楽しみに待つとしよう」
「はい。そのときはよろしくお願いいたします」
~
「師匠。こちらが科学、数学、工学、博物学、音楽、建築、彫刻、絵画、発明、兵器開発と魔術の課題のレポートです」
山積みになったレポートを提出する、パチリと指をならす師匠
「ははは、まさか本当に提出するとは!一つ辺り12枚の論文?凄まじすぎて引いちゃうかも?」
「師匠?」
「いやいや冗談さ。大丈夫だったかい?」
・・・問題はない。夜寝る必要が無いのだから、長い夜をふんだんに使える。一課題辺り30分で終わらせればなんとかなる。なった。便利な身体だ。不都合がなにもない
日中10時間は魔術に、夜間10時間は他の課題に。カルデアス運用は二時間、休み時間なんて二時間あれば十分だ
ぴったり一日。理想的な生活サイクルだと我ながら思う
「いやはや・・・私は生徒がやってくれると調子に乗っちゃうからね。無茶ぶりかな~?なんて思ったけどこなせちゃったね、あはは!」
「・・・いや、出来ましたけど!多いなとは思ってたんです!やはり天才の悪ふざけだったんですね!」
「ゴメンゴメン!お詫びじゃないがちゃんと全部目を通すとも!愛弟子の期待に応えなきゃね!うん!だからそのジト目は無し!罪悪感で死んじゃうからさ!」
――師匠は天才ゆえ、ふざけすぎるきらいがある。やることはやっていても、付き合わされる凡人の身にもなってほしい
「ほら、休息に行っておいでよ。あとは私がやっておく。しかし、たまげたなぁ・・・レポートこんなに早く仕上げちゃったかぁ・・・」
言葉に甘え、工房を出る
・・・甘いものが食べたくなっちゃった
「はい、チョコフォンデュ」
エプロンを纏ったジャンヌオルタが、ぶっきらぼうかつ丁寧に菓子を渡してくれる
「ありがとう、ジャンヌオルタ。特訓に疲れているのにごめんなさい」
「別に、普通です。金ぴかにスイーツは任されていますので。追加オーダーがあるなら頼めばいいわ」
「じゃあ僕も!こし餡つぶ餡まんじゅう!」
「何個めよアンタ!待ってなさい作るから!」
キッチンに引っ込んでいく
「いやぁ、お菓子が美味しくて幸せだなぁ。仕事の終わりに総てがある!こし餡つぶ餡の食べ比べなんて贅沢なことしていいのかな僕!生きてるっていいなぁ!僕は幸せだなぁ!」
「貴方はいちいち大袈裟ね」
「大袈裟なものですか!日常が彩られているほど幸せな事はないんですよ所長!僕が言うんだ間違いない!」
「はいはい」
――だが、ロマニの言い分ももっともだ
今の状況を省みれば、恐怖と絶望、焦りにより挫け、内部分裂してもおかしくない筈だった
私の言うことを、誰も聞いてくれなかったかもしれない
――ギルが、このカルデアを変えてくれた。絶対の象徴として皆を完璧に纏めあげてくれた
リッカもマシュも、命を懸けて戦い、皆に希望を示してくれる
――今のカルデアに、下を向いてる人間は一人もいない
遥かな希望と未来を見据え、横たわる絶望を蹴散らさんと意気込んでいる
――間違いない。だって皆、心から幸せそうに笑っているのだから
「ふふっ」
「おや、思い出し笑いですか?オルガ」
「気にしないで。・・・あ、来たわよ」
「はい、チョコフォンデュとこし餡つぶ餡。コーヒーとお茶はサービスだから、ありがたく飲みなさい。おかわりは自由だから声をかけること」
「せ、セルフじゃないの?」
「はぁ?店員の仕事でしょそんなの。アンタらは頬を緩めて食べてればいいのです!顧客の世話は店の領分!」
「天使だ!天使がいる!」
「燃やすわよロマン!常連だろうとね!」
チョコフォンデュを口に含む。幸福の甘味が口いっぱいに広がる
「美味しい・・・」
「うんうん!パティシエはオルタちゃん!だね!」
「ブッ燃やすわよ医者ぁ!」
「うひぃごめんなさい!」
「あ!いいなぁもう食べてる!」
「お疲れさまです、所長」
「休息か?甘味とはよい判断だ。頭に栄養がいく。よし!更に三人前追加だ!我の菓子は何でもよいが金箔を塗れ!」
「金箔かじってなさいよバーカ!マシュ、マスター。注文は?」
「スペシャル令呪パフェ!」
「ショートケーキを、お願いします。オルタさん」
「はいはい。ココアと紅茶をつけとくわね」
「む、美味そうではないかロマン。どれ」
「僕のまんじゅうがぁー!?頼めば良いじゃないかー!?」
「お前のものは我のモノだ。・・・うむ。真面目な味よ。さすがはジャンヌの分かれ身か」
「アレと一緒にすんな!」
「ん、すまぬな・・・アレは地獄作りが得意であったわ・・・」
「いいないいなマリー!一口ちょーだい!」
「先輩、悪いですよ」
「いいのよ。二人にあげる。私はおかわりするから」
「食いしん坊だー!」
「美味しいんだもの、しょうがないじゃない」
「早く仕上げぬか!三分以内に仕上がらぬとはそれでもパティシエか貴様!」
――カップラーメンじゃないんですから・・・
「くたばれクレーマー!!」
「客に対してよい口の聞き方だ!店長を出せ!毎秒クレームしてくれるわ!」
「ワンマン個人経営よバーカ!!」
「ふふっ、あはははははっ!」
「ふふっ・・・」
「いやぁ、愉快だなぁ!こんな日がずっと続いてくれたらいいのにな!」
「フォウ!(くそぅ、ボクも喋れたらなぁ)」
「・・・フォウにも、なにか一つお願いできる?」
「待ってなさい!」
「フォー!(所長・・・!)」
――人理の旅の、何気無い日常は、騒がしく過ぎていく・・・
「それではこれより『民衆・組織を転がす黒幕的な振る舞い方の秘訣講義』を開始します。所長という立場のあなたにきっと必要なものですよ。講師は私、気がついたらマスターを傀儡にすることに定評のある、信頼しても信用しては駄目な人、天草と」
「私だ、カエサルだ。クレオパトラに似て勤勉なお前に、我が扇動の手解きをしてやろう」
「頑張ろうね、アビシャグ。王の責務なんて真っ平だけど、君が学びたいなら話は別だ。添い寝しながらでもいいんだよ?」
「の、三人でお送りいたします。これを受ければ、君は真っ先に元凶を疑われるような黒幕所長に生まれ変われるでしょう」
「お、お手柔らかにお願いいたします・・・」
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