人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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高き館

スルーズ「こちらがブリュンヒルデ御姉様の居住です」

ヒルド「ここにいるよ!・・・何度も言うけどさ」

オルトリンデ「シグルド殿は勇猛で、誇り高く、聡明で、優しい・・・我等の大英雄。どうか、どうか誤解のなき様に・・・」

ヒロインX「どれだけ念を押すんですか!脅かし過ぎですよもー!」

ジークフリート「・・・皆、下がっていてくれ。俺が開ける」

リリィ「ジークフリートさん?」

「恐らく──ぐうっ!!」

ジークフリートが扉を開けた瞬間、巨大な槍が飛来しジークフリートに深々と突き刺さる。背中には届かない、不死身で受け止めた形だ。

スルーズ「御姉様!ジークフリート様です!ジークフリート様です!」

?「・・・あぁ、やはり。すみません。似ていたから・・・殺さなきゃ、と」

ポルクス(バイオレンスですね・・・機嫌の悪い兄様のようです)

ジークフリート「問題、ない・・・ご機嫌うるわしゅう、ブリュンヒルデ殿・・・」

ブリュンヒルデ「はい、いらっしゃいませ・・・ジークフリート様。皆様。三人とも、ありがとう・・・」

突き刺さったまま返礼するジークフリート。現れたのは・・・薄幸な印象を懐かせる、絶世の美貌のワルキューレ──



命を奪わずとも、人を殺す手段はある

「スルーズ、ヒルド、オルトリンデ。御客様の来訪、おもてなし・・・本当にありがとうございました。ジークフリートさん、気付く事が出来ず本当に申し訳ありません。ダメですね・・・夫と再会できたから舞い上がっているみたいです・・・」

 

「いや、気にしないでほしい。アポイントメントもない中で訪れたこちらに非がある。だが、それを押してでもシグルド殿に会いたい理由があったのだ。それを受け止めてくれて、感謝している」

 

洋風の館、大きい・・・三階程の豪邸。青と白の館に招かれた一行は、薄幸げな印象の美女、ブリュンヒルデに案内され階段を上っていた。几帳面なワルキューレ達が世話をしているお陰か、微塵も汚れた様子は無い。広大ながらも、決して乱雑していない。見事な間取りと手入れの行き届いた屋敷だ。二人暮らしにしては部屋も広さも不相応なくらいに拡がっており、恐らくワルキューレ達も住み込みなのかもしれない。

 

(彼女がワルキューレ、ブリュンヒルデ・・・噂に違わない美女ね。氷と水晶で作り上げた人形、といったところかしら)

 

イシュタルが言うように、前を歩くブリュンヒルデの美貌は今までのワルキューレを隔絶しているといっていい程の鋳型を誇っていた。白き長髪、憂いを帯びた眼、顔立ち。切なげに結んだ口と落とした視線、透き通るような白い肌。まるでこの世のものとは思えぬ氷の人形との形容に全く相違なき、ミステリアスな美女。口数少なくもよく通る透き通った声も含め、思わず抱き寄せたくなるような儚げな印象を懐かせる出で立ち。ワルキューレ達が御姉様と呼ぶのも納得する、唯一無二の存在と呼んでいい傑作であろう。ともすれば、人妻に手を出す過ちを犯すものすらいるかもしれない・・・そんな危惧すら懐かせる程に華奢なる美人。それが、ブリュンヒルデという存在だったのだ。

 

(オーディンとやらはよい趣味をしていますね。ランサーであるのも好感触です。ランサーは絶滅しないように保護するべきですからね!)

 

(ギリシャの世界には出禁ですね。はい、来てはいけません。自意識希薄の美少女だなんて・・・ぶるるっ)

 

「まぁ・・・シグルドの御力を借りるためにわざわざ・・・」

 

「あぁ。銀河警察は滅んだ。ブラック企業は壊滅し、混沌の宇宙シーズンが到来している。その動乱を納める為に、ここにいるリリィを初めとした選ばれしセイバー達が頑張っているのだ」

 

「リリィです!未熟なセイバーとして、ジークフリートさんやシグルドさん、師匠や皆さんの力を借りたいと願っています!皆が笑顔でいられる宇宙を、取り戻したいと願っていて・・・シグルドさんにも、力を借りたいんです!」

 

「そうですか。シグルドの力を借りたいんですか・・・シグルドの・・・」

 

ジークフリートやリリィの言葉に頷くブリュンヒルデ。その反応はともすれば友好的だが・・・

 

「解りました。では、シグルドに訪ねてみましょう。シグルドはこの扉の向こうにいますので。ジークフリートさんにも会いたいと仰っていましたから・・・きっと喜ばれます・・・」

 

(やった!チョロそうですよ今回!物分かりが良いじゃないですかブリュンヒルデさん!セイバーバッチ、以外と楽勝なんじゃないですかぁ?)

 

(逆になんであんなに厳重に警護してたのかしら。ただの気ぶり?ファンクラブ会員みたいな心境だったのかしら?)

 

・・・此処に、リッカがいれば。些細な違和感に気付いていただろう。目的を聞いた瞬間のブリュンヒルデの、微かな変化に。

 

「さぁ、どうぞ。シグルドはこちらです・・・」

 

ブリュンヒルデの目が静かに細められた事に。冷たいオーロラの様な声が、冷利な鋭さを湛えた事に。この屋敷に──

 

──あどけない幼子の様な気配がある事に。その扉の向こうには・・・恐ろしき『愛』が待っていたのだ──

 

 

「あぅ、うー・・・う、うー」

 

「なっ──」

 

部屋に入り、『それ』を目の当たりにしたセイバー一行は、一様に言葉を失った。絶句と言い換えてもいい。目の前には、言葉にも満たないうなり声を垂れ流す『男』がいたのだ。

 

「はい、御客様ですよ『シグルド』。この方達は用があるようなのです。きちんと応対しましょうね、あなた」

 

あなた、と呼ばれた男は、前掛けと簡易な下着だけを着用していた。まるで『赤子』のような格好にて椅子に座れ、要領を得ない呻きに焦点の定まらない目線を飛ばし、何かを求めるように手をかきもがいている。よだれは垂れ流したままで、手足をじたはたさせている無邪気な赤ん坊そのものだ。

 

「し、シグルド・・・殿、なのか・・・」

 

ジークフリートが声を絞り出す。善の女神のイシュタル、根は真面目なX、無垢なリリィはそれぞれ目を逸らし、本能的な目を逸らし、尊厳破壊の惨状に目を閉じた。ポルクスは特に動じていない。ヘラの呪いを受けた者はこういった前後不覚に陥る。前例を知っているからだ。

 

「うー、あうー。うー」

 

目の前にいる、赤ちゃんのように振る舞う筋骨隆々な男。オムツを穿かされ、離乳食を食べさせられている男。要領を得ない言葉を漏らす男。それが、ジークフリートの知る誉れ高き叡知の英雄・・・シグルドの成れの果ての姿という事象。それを前にして尚、彼は分析を違えなかった。

 

(こっ、これはっ!忘却のルーン・・・!記憶と、情緒と、理性を忘却させる神代のルーン・・・ブリュンヒルデ殿が得意とするルーン・・・まさか、奪われているのか・・・!シグルド殿である全てを・・・!)

 

そうとしか考えられなかった。シグルド程の誉れ高き英雄が、このように前後不覚に陥る様な真似は決してすまい。そしてセイバーは対魔力を保持するクラス。現代魔術など容易く弾き返すだろう。理性と叡知の化身たるシグルドが、このように羽目を外すことなどあり得ない。

 

(彼は何より妻を、家庭を愛する者だ。妻と出逢えたのならその叡知を尽くして自らが率先して家族サービスを行う筈だ・・・!この様に退行や痴呆めいた自我の放棄を選ぶ御仁ではない・・・!)

 

ジークフリートは信用し、信頼している。常に理性と愛情を失わぬ誉れ高きシグルドの姿を知っている。常にブリュンヒルデの写真を懐に忍ばせ、ワルキューレが届ける愛妻弁当をお裾分けしてくれる彼の誠実さを知っている。だからこそ、彼はこの様に忘却を選ぶ筈が無いのだ。例えストレスにまみれていたとしても。忘却を、妻が誰かすら解らぬなどといった昏睡に身を委ねる筈などはないのだ。ならば、この惨状は。尊厳の全てを破壊し忘却する仕打ちは・・・

 

「シグルド。ご飯の時間ですよ。今日はお粥を作りました。きちんと食べましょうね。はい、あーん・・・」

 

「あぅー、う、ぅー、ぃー」

 

屈強な男が、無邪気な赤ん坊の様に振る舞い、それを幸せそうに介護し、受け入れる歪みに歪んだ夫婦の情景。竜すら殺さんとする大英雄が、理性の欠片すら見せず涎を垂らしなすがままな惨状。

 

「ぶ、ブリュンヒルデさん!こ、これは、これは、これはどういう・・・いったい、ど、どういう・・・」

 

カチカチと奥歯を鳴らすほどに狼狽したリリィが指を指す。憧れのセイバーたるシグルドが、大英雄が理性の欠片も含めた全てを奪われているおぞましき惨状は、邪神のあれやこれやより余程おぞましきものに映った様だ。その瞳は恐慌に揺れ、顔色は真っ青に変化している。

 

「えぇ、これは長い労働に疲れたシグルドを労っています。愛しいあなた。やっと出逢えたあなた。もう離しません。ずっと一緒です。誰にも邪魔されない一時を・・・見て解りませんか?」

 

「質問を質問で返さないでくれませんかァーッ!?リリィはこのド特殊極まる状況!アブノーマルプレイについて質問しているんですッ!」

 

「びえぇえ!ひっ、びえぇえー!」

 

「あぁ、大きな声を出さないで・・・シグルド、泣かないで、よしよし・・・おしめを取り替えましょうね・・・よしよし・・・」

 

恥も外観もなく泣きわめくシグルド。それを当たり前のように受け入れ、オムツを変え始めるブリュンヒルデ。

 

「う、うぅ・・・う・・・」

 

狂気そのものたる夫婦の団欒に一行は圧倒される。これが、狂気なる妻の愛の発露の果て──




ブリュンヒルデ「シグルドはようやく帰ってきてくれました。でも・・・彼は狂ってしまいました。『ジークフリート殿と共に、銀河警察亡き宇宙に平穏をもたらさなくては。我が愛、どうか行かせてほしい。我が心はお前の物だが、我が身は宇宙に生きる全てのものなのだ』・・・と。再び働こうとしていたのです。彼は中毒でした。仕事そのものに」

イシュタル「・・・高潔極まる言い分でしょう。狂っているのはどこだというの?」

ブリュンヒルデ「妻より、私達の平穏より大事な平穏などあるのでしょうか。我が夫にだけ苦労を強いる世界が何故正しいと言えるのでしょうか。『何故、私達が幸せを捧げる必要があるのでしょうか』。身近な幸せがあるなら、それでいいのではないでしょうか」

ポルクス「・・・・・・」

ブリュンヒルデ「我が夫は狂っていました。名前も知らない誰かのために、私達の幸せを捧げようとしていました。そんな夫を、シグルドを救いたくて・・・シグルドの全てを、奪いました」

ヒロインX「!・・・自分が何をしているか解っているんですか!自分の思うままに相手を奪うなんて!」

ブリュンヒルデ「どんな貴方でもいいんです。傍にいてくれれば。貴方がどんな貴方でもいいんです。あなたが私の傍にいてくれれば・・・。例え、私の事を覚えていなくても・・・私があなたを愛しますから・・・ずっとずっと一緒です。もう、離れない。離さない。愛しいあなた・・・」

シグルド「あぅー、うー・・・う、ぅー」

ジークフリート「ブリュンヒルデ殿・・・」

リリィ「・・・な、なんですかこの人・・・普通じゃない・・・普通じゃありません・・・!」

ブリュンヒルデ「あぁ、えぇと・・・シグルドの力を借りたいんですね。そう、『またシグルドを働かせようと』そうなんですね。また私から、愛する夫を」

イシュタル「ッ!」

ブリュンヒルデ「ごめんなさい──じゃあ、殺しますね・・・」

ジークフリート「ッ!皆!伏せろッ──!!」

瞬間、ブリュンヒルデが槍を構え突撃し──皆の前に庇い立ったジークフリートを、真っ正面から深々と突き刺す──






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