シグルド「総員!撤退を!」
カドック「なんだって!?」
オフェリア「サーヴァント・・・それほど強力な存在が招かれるの、シグルド!?」
シグルド「いや『心配は無用』。我等の目的は果たされた、救助チームにも撤退指令を。通らぬならば、やむを得ずマスターを抱え当方は離脱を開始する」
オフェリア「そこまで・・・!?」
カドック「──キリシュタリアたちに連絡だ、撤退して神社に戻る!戦士の叡智を信じるぞ、シグルド!」
シグルド「感謝しよう。当方の予想が当たるならば、『彼女』は必ずや期待に応えるだろう──!」
チルノ「おーい!?どこにいくんだー!?わ、わ、わぁ!?わぁー!?」
「・・・こんにちは・・・ランサー、ブリュンヒルデ。召喚されました。あなたが、私の・・・マスターですか・・・?」
「マス?あたいはマスじゃない!チルノ!さいきょーの妖精、チルノだ!」
聖杯はチルノを所有者と認め、なんと願いを受理し一人の英雄たる存在を招くに至った。彼女のなんてことのない一言を、忠実に再現し願いを叶え現れた存在。そう、それがブリュンヒルデ。サーヴァントユニヴァースでしか縁を結んでおらぬ、北欧にてシグルドと愛し合い、運命に翻弄されたエラーを起こせしワルキューレ。それがこともあろうに、聖杯にて召喚されてしまったのである。つまり、便宜上・・・チルノが彼女のマスター、という事になるのだ。数奇にも程がある運命に、情報の錯綜が巻き起こる。
「いきなり出てきてなんだどーした!何ものなんだ!あたいはさいきょーの妖精、チルノだ!マスター?マスターってなんだ?」
「え、えぇと・・・サーヴァント、というのは・・・マスターが聖杯などで呼び出す使い魔のようなもので、あなたの代わりに戦う、戦士にしてパートナー・・・のようなもの・・・です」
「代わりになんて必要ない!あたいはさいきょーの妖精だ!自分で戦える!かえれ!」
「か、帰れと言われましても・・・召喚と契約が結ばれている以上、簡単には離れられないので・・・サーヴァントはマスターがいないと、半日程度で消えてしまい・・・」
「きえる!?溶けるのか!?」
「ま、まぁ・・・そうなる、でしょうか。儚いもの、ですので・・・」
「あたいが一緒にいれば消えないか!?」
「はい、マスターとしていてくだされば・・・」
「じゃあいいぞ!ぶり!おまえはあたいの子分にする!あたいに付いてこい!いいな!」
「は、はい。解りました、マスター・・・」
「マスターじゃない!あたいはチルノだ!」
「ち、チルノ・・・さん。よろしく、お願いいたします・・・」
マスターとサーヴァントの事を完璧に不理解なチルノ、ブリュンヒルデを庇護下に加える。彼女は精霊、妖精として魔力や霊力を精製でき、更に聖杯の欠片が補助となりワルキューレたるブリュンヒルデを使役が可能となっていた。予想外な事に、幻想郷初のマスターが生まれた事になる。
「あれ?あいつらはどこだ?さっきまでいたのに。逃げたのか?あたいがさいきょーなせいで。戦わずして勝ったのかあたいは!」
「あいつら・・・?」
「ふふ、あたいはさいきょーのチルノだからな!戦わなくても倒せる!どうだ大ちゃ・・・。あ、そっか・・・いないのか・・・」
「いない・・・?・・・あの、チルノさん。何か・・・困っていることは、ありませんか・・・?」
しゅん、と翳りしチルノの様相、そして周囲の凍結の世界。それを察し、ブリュンヒルデはチルノに提案をもたらす。自分に、何か出来ることはないかと。
「困っていたらなんだ!」
「お力に、なれると思います。マスターのお役に立つのがサーヴァント・・・マスターの願いを助けるために、私は招かれるのですから・・・」
「困ってなんかない!困ってなんかない・・・あたいは、ただ・・・嫌われているのが嫌だったから・・・」
もう、チルノは嫌われていないことに気付いた。いや、気づかされたのだ。だからもう、辺りを滅茶苦茶に凍らせる必要は無い。だからもう、氷は必要ない。だが・・・
「・・・あたいは、氷を溶かせない。だから皆、元に戻せない・・・みんな、かちんこちんだ。ずっとずっと・・・」
自分が凍らせたものは、命や住んでいる全て。それらを元に戻すことの出来ない事実、自身の行った災厄の重さが、チルノの感覚にのしかかり始める。
「あたいは、嫌われて無かった。嫌われてると思っていたから、力を見せつけた。でも、嫌われて無かった。なのに、あたいは皆を凍らせてしまった・・・」
「・・・・・・」
「・・・あたいは、ごかいしていた・・・謝らなくちゃ。悪いことをしたらごめんなさいって言う、大ちゃんが教えてくれたんだ。リグルに謝ったこともあるし、ルーミアと喧嘩した時にも謝った。・・・でも、いない。みんな、いないんだ。・・・まさか・・・」
「・・・氷の下に、生命の気配がします。皆さん、凍って・・・」
「あ、あたいがやった・・・!あたいがやったんだ!ど、どうしよう!氷を溶かすんだ!溶かさなきゃダメだ!あたいは皆に謝れない!皆を元に・・・!」
其処で、チルノは自身の存在を理解する。自然に近い存在たる、妖精である意味を。
「・・・ダメだ、あたいができるのは・・・凍らせるだけだ・・・助けられない、皆を・・・あたいは助けられない・・・!」
「・・・」
「ダメだ、あたいは間違っていた・・・!だから謝らなくちゃいけない!でもできない!あたいはバカだ!バカのままではダメだ!ど、どうしよう・・・!どうしよう・・・!」
一転、犯したやらかしの重さにあわてふためくチルノ。その側でブリュンヒルデは、マスターを見極めた。頭が悪く、無邪気で直上的。だが決して、邪悪な存在ではないマスターを見極め、提案する。
「・・・・・・マスター。チルノさんのやりたいことは、『氷を溶かす』事で・・・いいですか?」
「で、できないから慌ててるんだ!はやく、はやく溶かして謝らなくちゃ!あたいは間違っていた、あたいが悪いことをしたからあたいが謝るんだ!だから・・・」
「私が、やります。この周りの氷、全てを溶かしてよろしいですね?」
「へ・・・?ぶり、できるのか?」
静かに頷き、ブリュンヒルデは空中に文字を描く。それは、現代にて失われた神代・・・大いなる神が愛好した、力ある文字。
「マスターの願いを、叶えます。あなたは、悪い妖精ではありません。だから、私も・・・あなたの力になりたいと、思います」
「お、ぉお・・・!」
それは、サーヴァントの使命としてだけでなくもっと単純なもの。数奇な縁で結ばれたマスターの少女の涙を、打ち消してあげたいと理解したブリュンヒルデの生来の人格の起動。
そう──マスターに引っ張られ、ブリュンヒルデは今『単純』になっているのである。要するに、小難しい理屈より、本能や直感を行使するブリュンヒルデであるのだ。なればこそ──
「御命令を、チルノさん。あなたの願いを、私にも・・・聞かせてください」
「──うん!あたいが凍らせちゃった氷!全部溶かしてほしい!それで、それで・・・」
「はい、マスター」
「・・・その!一緒に謝ってくれないか!あたいが、逃げないように!見ていてくれ!ぶり!」
「はい、チルノさん。・・・──お父様、無垢なる願いを、あなたの文字に乗せて・・・」
チルノの願いを聞き届け、書き描かれる『火』を現す神代のルーン文字。それを片指で描き、その瞬間──
「失礼します、マスター」
「わぷ!」
チルノを抱きしめ、同時に──辺りが、蒼き焔へと包まれる。氷という氷、凍土という凍土にブリュンヒルデの、オーディンの焔が燃え移り、燃え盛る。
「指向性を持たせました。氷の他には燃えませんが、氷の妖精のあなたが万が一にも燃えないように・・・」
「むぐぐ、むぐぐぐ!」
「ご安心ください、チルノさん。あなたのお願いは、あなたの望むように叶えますね」
燃え盛る、氷と焔。相反する属性が、辺り一帯を幻想的とすら言える光景に昇華していく。それを共に、チルノとブリュンヒルデは見守る。
「一緒に、謝る・・・ですね。解りました。マスターと一緒に、友達や、目上の方に謝ります。私も・・・」
「熱い!?熱くない!?熱い!?熱くない!?」
「ですから、よろしくお願いいたしますね。チルノさん・・・そして、もしかしたら・・・」
聖杯に導かれ、あの人がいるかもしれない。そんな願いを包むように、チルノの氷をブリュンヒルデの焔は焼き続け、そして──
チルノ「溶けたー!?」
ブリュンヒルデ「はい、溶けました・・・」
ブリュンヒルデが起こした焔は、文字通りにチルノの氷全てを氷解させた。勿論、凍らせた全ての時間は動き出す。それは、チルノの暴走の終わりを知らせるもの。
ブリュンヒルデ「どうなさいますか・・・?救命活動に移りますか?」
チルノ「よくわからんけど、大ちゃんたちを探す!見つけて、怪我していたなら手当てして!謝るんだ!行くぞ!ぶり!」
ブリュンヒルデ「はい、解りました・・・チルノさん」
チルノ「・・・あ!そうだ!それと!それとだ!謝り終わったら、これをあいつらに返しにいく!」
ブリュンヒルデ「これ?・・・聖杯・・・?」
「あたいの事、好きだって言ってくれたヤツがいた!そいつらにこいつをわたしていう!ありがとうって!ぶり、おまえもあいつらについていけ!」
「マスター・・・」
「おもいだした・・・!ぶり!こいつをたのんだぞ!子分の、大事な大事なしめいだ!まもれ!いいな!」
「・・・解りました。では、まずは無事を確認しに参りましょうね。チルノさん」
二人は飛び立ち、手当てと謝罪に向かう。想定外の事態であっても、シグルドの確信は揺らぐことなく的中した。
『心配は無用』。それは恐らく、彼女の召喚とチルノの性分を見抜いていたのだろう。故に、彼は撤退を選択したのだ。
──互いに出逢ったなら、殺しあうしかない以上、それは全てが終わる後にと。シグルドは判断したのである──
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