絶対悪、必要悪。あるいは偽悪。様々な悪というものは、世界に偏在している。
酒吞「茨木。ちょっとえぇ?」
茨木「勿論いいぞ!」
鬼とは当然、悪側だ。悪を成し、思うままに善を、人を脅かす。
…しかし。鬼とて一つくらいは許せぬ悪はある。吾は少なくとも、その悪を許すつもりは毛頭ない。
酒吞「飲み会に行くんよ。幻想郷の地底に温泉ランドなんてできたんやって。堪能しよか?」
茨木「くっはははは!良いな!生半可なサービスならば、慰謝料もろともあらゆる備品をふんだくってくれよう!」
…そう。自身が犯した過ち──
「じゃ、皆待っとるし。はよ支度しぃ?」
「皆…?」
そう。『浅慮』という過ちに──
「よーし集まったな!じゃあ幻想郷の平和と楽園カルデアの奮闘にぃ──かんぱぁい!!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
カラァン、と小気味よいグラスの音が周囲に響き渡る。絶えず注がれるお湯の音。立ち込める湯気。そして、圧倒的肌色率。見るものが見れば、其処は桃源郷か理想郷、はたまた酒池肉林もかくやの光景が広がる。温泉を貸し切った、豪華で豪快な飲み会宴会。其処にいる思い思いの者達が、紅潮した頬と肌を晒すこの世の絶景。
「…………」
妙に青くなり、縮こまっている鬼の首魁を除けば、まさに素晴らしき風景と読んで差し支えないだろう。そう、真っ青なのはイバラギンこそ茨木童子。何故真っ青かなど考えるまでもない。
「いやぁ、一仕事終えた後の温泉は格別だねぇ。萃香、仕切りや床に穴を開けたりするんじゃないよ」
「解ってるって。だけど無礼講なんだから堅苦しい事はいいっこなしだ!飲め飲めー!」
「ねーぇ、温羅ー?また桃源郷のお酒飲みたいなー。出して出して、いっぱい出してー!飲みたい飲みたーい!」
「へいへい。順番回ったら持ってきてやっからな」
「温羅はんは誰と話しとるん?もう逆上せてもうたん?」
「あー気にすんな酒吞。イマジナリーフレンドってやつだ。アタシ最近なんかナイスバディな大明神見るんだよなー」
(しゅ、酒吞…!何故言ってくれなかった!この鬼の参列!いや!鬼のみの酒盛りなどとっ!いや、あえて言わなかったのか…!?)
そう。酒吞と二人きりの温泉旅行とウキウキで来てみた茨木を待っていたもの。それは幻想郷の四天王すら引っくるめた鬼達の大宴会。あらゆる意味で大小兼ねた豪快な鬼達の、水入らずの集会と大騒ぎに連れてこられたのである。
「ねーぇ、温羅?この子なんかノリ悪くない?何か悪いものでも食べちゃったの?」
(ビクッ)
「まぁまぁ、根っこが真面目なんだよ茨木は。大江山の首魁をこなす茨木様は、羽目を外しすぎないようにアタシ達を見てくださるって訳だ。な?」
「あ、あぁ…そうだ、そうだとも!」
「でも、茨木?辛気臭い顔ばかりしてたらあかんよ?鬼って生き物、嘗められたら終わりなことくらい解ってはるよねぇ?」
「もっ、もちろんだ!もちろんだ酒吞!そ、そら!ついでやろう!盃を出すがいい!」
茨木も決して格では負けてはいない。大江山の鬼達を束ねし、首魁にして首領たる鬼こそ茨木童子。この中に集う資格は、十分に存在する。しかし…彼女にはよく解っている。此処にいるものが、どのような者達か。
「話は聞いてるよ。規律を重んじ、真面目に鬼らしくある鬼なんだって?そりゃいい。なら尚更、肩の力を抜くのは大事さ。真面目ばかりじゃ疲れるだろう?」
「そうだそうだ!私なんか悪酔いして人間に襲いかかったぞ!こんな恥があるか!醜態というやつだな!ははははは!だからこそ飲め飲め!無様も恥も忘れるんだー!」
星熊勇儀、伊吹萃香まではまだいい。星熊童子、伊吹大明神に縁ある隠居を決め込む鬼でありまだ強気には出られる。しかし、其処に酒呑童子、鬼神たる温羅。そして──伊吹大明神の風格を持つ者までいるとあるならば、いつものように高笑いを上げる余裕すらもある筈が無い。VIPばかりが集う社交界に連れて行かれた田舎のお嬢様が如く、黙々と幹事を行っている。
「すまんなぁ。いつもならもっと元気が有り余っとるんやけど…どしたん、茨木?楽しくない?」
「そそ、そんな事はないぞ!我等が集まれば山の一つも落とせる一騎当千の軍団、よもやよもやの人界転覆の計画を思い描いていたところだ!くは、くははは…」
「おいおい、思い描くだけにしてくれよー?本気で実行してきたらアタシはお前さまを潰さなにゃならなくなる。そんな事はしたくないからさ」
「えー?面白そうじゃないか?それならあの、あの…リッカ!リッカとまたしのぎが削れる!悪くないぞ!」
「悪いっての。次やらかしたら本当に庇いきれないからさ、大人しくしてなって」
「はいはーい!なら弾幕勝負で決めるのはどぉ?美しさを競い合うって面白いわよねー!温羅!リッカちゃん呼んできてー!」
「休ませてやれっての!レクリエーション、レクリエーションなんだからな!ったく、盛り上げのリップサービスが上手いな、茨木はよ」
迂闊の事を言えば即座に実行に移す危うさ、不興を買えば首か腕が飛ぶ剛力無双。酒の入った鬼たちという無茶振りに、酒に逃げることすらできずに冷や汗をかくイバラギン。彼女は誰より真面目で、誠実な鬼。酒呑への敬愛の通り、相手の格というものを違えない。故に、無礼を働く事の意味が理解できる。できてしまう。
(ひ、ひとまず酔い潰れるまで待つか?それとも適当な理由で席を外すか?いやしかしいつまでも戻らねば逃げたとして酒呑に殺される!しかし萃香や勇儀辺りに絡まれて無茶振りをされ、こなせず場を白けさせれば同じこと!どうする、どうする…!)
パワハラ上司に圧迫面接を喰らう下弦の鬼ばりに思考を巡らせる茨木に、豪放磊落自由奔放な鬼達は畳み掛けるように追討ちをかける。
「じゃ、とっておきの酒の披露だったね?美味しくて死んだりするんじゃないよ?」
(何っ!?)
「せやねぇ。どんな酒があるんか楽しみで楽しみで夜しか寝れんかったわぁ。勿論、茨木も持ってきてはるやろ?」
(何ィィィィィィ聞いてないぞ酒呑んんん!?)
呑み会と聞いてついてきたのみの茨木、とんでもな無茶振りに戦慄にて肌が粟立つ。当然である。酒呑は趣旨を伝えず茨木を呼んだのだから。今回は各自、絶世の美酒を持ち寄ろうといった集会なのだ。温泉を貸し切ったのは、酒の堪能会でもあるためである。
「つってもアタシ、桃源郷の桃瓢箪の酒よりウマい酒なんて知らないぞ。だからアタシはいつだってコイツを推すのさ!オラ瓢箪どーん!」
「ならその認識と舌、変えてやる!じゃーん!博麗神社から掠めてきた八百年ものの神酒だぞ!」
「私、実は自前の酒作りに嵌っててさぁ。星熊印の銘柄、名付けて『星落とし』。イチオシとは違うけど、感想聞いてみたいから持ってきちまったよ。感想おくれ感想」
「私はじゃーん!なんと素戔嗚尊のおっさけー!八岐大蛇を酔わせたって曰く付きのア・レ♪いつもは温羅としか飲まないけど、特別に皆にもお裾分けー♪楽園参列きねーん♪」
思い思いの銘柄、とっておきの酒を寄せ合う光景。当然茨木は死にそうな顔になる。何故ならば…
(持ってない…吾お酒持ってない…!)
何も持っていないし、何も聞かされなかったし、そもそも楽園ではそんなに嗜まないしなイバラギン。いよいよもって逃げ道がなくなってしまう。酒吞に涙目で目配せする。慈悲を、慈悲をくれ酒吞。しかし…
「うちはやっぱりこれやわぁ。神便鬼毒…もうほんま美味しいよって、飲んでみてほしいんやけど。うちみたいに死んでもええと思うんか、或いは酔うて酔うて堪らんくなるんか…ねぇ?茨木?」
(酒吞ーーーー!!)
瞬く間にハシゴを外される茨木。或いは酒吞は折り込み済なのだろう。何故ならくすくすと笑っている。おそらく、楽しんでいる。自身の右往左往を最高の酒の肴にしているのだ。
「イバラギンは?何を持ってきたの?」
「…あー、茨木?あんまり無理はむぐ」
「ええの、温羅はんは静かにしとき?さ、茨木?用意したもんはなんやの?楽しみで朝しか眠れんわぁ」
「結局寝てばっかじゃないか」
「鬼らしいとは思うがな!さぁ焦らすな茨木!なんだ、何があるんだ?」
「う、うぅ…」
温羅のフォローすら潰され、進退窮まる茨木。退くも地獄、進むも地獄。極限状態の中、大江山の首魁が導き出した答えとは。
「ま…」
「「「「ま?」」」」
「──マカロンッ!!!!」
…和風な響きが続いた中、突如放り込まれた横文字の単語。鬼達は一同に顔を見合わせ…
「ぷっ…あははははは!マカロン、マカロンなぁ!」
「頑張った…頑張ったな、茨木…」
酒吞は思わず爆笑し、温羅は起死回生の一言を捻り出したイバラギンを労る目線を送るのだった──。
(その後、温羅が持ってきてくれた)
勇儀「マカロンってお菓子の事かぁ。へぇ…酒のつまみをあえて選ぶとか流石は大江山の首魁。目の付け所が違うねぇ」
萃香「甘くてうまい!甘くてうまい!何個でも行けるぞこれ!皆も食べてみろ!」
イブキ「ん~!おいしー!こんなの隠していたのねイバラギン、悪い子なんだー!」
温羅「いや、マジに咄嗟の判断としては上等な選択だったぜ茨木。よく頑張ったな」
茨木「吾の…吾の秘蔵のマカロン…マカロン…!」
温羅「あー…一人で食うつもりだったのな…」
酒吞「あっはははははは!まぁええやないの茨木。皆気に入ってくれたみたいやし?うちもええもん見せてもろたし、手打ちにしよか?」
「うぅ…!吾のマカロン~~~!!」
イブキ「温羅~!飲みたい飲みたい、お酒飲みたーい!」
温羅「解った解った。ほら、アタシの瓢箪に口つけていいから、な?」
「ま~か~ろ~ん~!!!」
勇儀「作り方教えておくれよ、イバラギン。私気に入っちゃったよこれ」
萃香「むしろ作れ!イバラギン!」
酒吞「うふふ、あはははは!次はあの鬼武者も呼ぶのもええかもね。たくさん用意せなあかんよ?茨木?」
酒吞のパワハラを乗り切り、鬼としての名を上げたのはいいが、特別な甘味を大盤振る舞いする羽目になり慟哭する茨木でしたとさ──
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