人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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完璧なワルキューレは、転じて完璧な奉仕を体現する。

ヴァルハラに招かれた勇士を歓待するのもワルキューレの役割。ならばこそ、メイドとしての責務もまた活動の一環として実行可能である。

ワルキューレとは完璧な存在だ。勇士を招き、勇士を導き、勇士を癒やす完璧なもの。

…しかし、ワルキューレの中で感情と心を手にした欠陥品が現れた。それがブリュンヒルデ、スルーズ、オルトリンデ。シグルドと出逢い、エラーを起こしたワルキューレ達の鼻摘み。

ヴァルハラの長、オーディンは言った。『日本は感情を育むにいい場所だよ』と。追放という名目で、シグルドに引っ越しを促した。

『でも、ポンコツばかりだけでは不安だな。目付役用意しよう』

そうして白羽の矢が立ったワルキューレこそが…ヒルド。彼女は、完璧なワルキューレだった。

『エラーを起こした奴等を見てやってくれ。頼んだぞ』

完璧であることを求められたワルキューレ。しかしそこが分岐であったのかもしれない。

『──私と皆は、何が違うんだろう』

完璧なワルキューレに、楔が打ち込まれた瞬間であった。


名探偵マシュ!~断定編・ホームズ→W→コナン→???~

「面白い事言うんだね、えっと…マシュさんだっけ。丁度いいや、推理を聞かせてよ。なんで私が犯人だと思うのかな?」

 

ブリュンヒルデが殺した…そう見せかけた真犯人の企み。それはヒルドの仕業であると断言したマシュに、笑顔を絶やさず問いかける。その笑顔は変わらずに明るく、張り付いたように崩れない。

 

「…違和感を感じたのはせんぱ、いえ、私の助手でした。あなたと始めて会ってからの態度…あなたはとても快活で、元気のいい言動を為さっていましたが、私の助手である方はコミュニケーション能力に長けた御方。見出したんです。あなたの言葉には『熱が無い』と。その違和感を懐いたのが、あなたへの疑惑への入口でした」

 

そう、注意深く観察を行なった結果、ヒルドの言葉には熱がない。具体的には気迫、感情といったものがまるでない。文にしてみれば、感嘆符や疑問符が全く使われていない空虚なものだったのだ。それは、『明るい元気な娘』という役割を演じているとリッカに見通させるに十分な程に髄著だった。

 

「それは単なる予測、疑問でしか無かった。でも事件が起こり様々な調査を行う中、確信に変わった証拠があります。それが…これです」

 

出されたのは、ワルキューレ達が残しているメモにしてノート。普段の日々を記した3冊が、マシュの手により提出される。

 

「緊急時により、プライベートの侵害をお許しください。これには盗み見対策のロックがかかっているとの事ですが…」

 

【調査の一環と言うことで、私がロックを外しておいちゃいました。そう言えば…押収を忘れていました!迂闊なミス…ごめんなさい警部!】

 

無能なニャルの愚策に溜息を吐くオルガマリー警部。よりによって重要参考物を解いたまま放置をかました事実に辟易を隠せない。ならば当然、探偵は見つけ出す。そこには。

 

「オルトリンデさんは、ブリュンヒルデさんとシグルドさんをひたむきにお祝いする言葉が1ページにびっしりと。スルーズさんはエンピツとケシゴムといった様々な日常のカップリングの開拓のメモ。それぞれ自意識を発達させ確立させていく軌跡が記されています。…ヒルドさん。しかしあなたはいささか毛色が違います。あなたの書き記した分はとても…機械的なものばかりでした」

 

何月何日に奉仕を完了、機能には問題なし。メンテナンスの必要を見られず。明日の奉仕の際には表層人格の精度を改善。そういった事務報告の簡潔な文のみが淡々と記されていたのだ。そして其処には、彼女の細やかな苦悩と見られる言葉も隠されている。

 

「私の執事が、小さく小さく記された苦悩と苦難を見つけ出しました。小さく、枠外に書かれた小さな苦悩の跡を」

 

それは『他個体の所持するエラーは、私にはない。本当の意味で感情を理解するには、私にもエラーを起こす必要を思案する』という文。この文はスルーズ、オルトリンデのエラー…つまり感情を自分は有していない事。それを起こすために思案している証拠の一文に他ならなかった。巧妙に隠された一文を、グドーシが砂粒を見分けるレベルで識別したのである。

 

「ふぅん、よく見つけたね。でもだからって何で私がシグルド様を殺せるの?そしてなんで殺したと思うの?」

 

「…次の違和感は、シグルドさんの惨状を見た際の反応でした。血溜まりに座る第一発見者のブリュンヒルデさん、狼狽するスルーズさん、オルトリンデさん。ヒルドさんは気丈に対応してくださっていましたが…あまりにも手際が良すぎたんです。『救急車』ではなく『警察』に連絡を行なった事、それは完璧なワルキューレならではの合理性の発露。シグルドさんはもう『助からない』と把握していたからこその対応。そしてその際のあなたの声音は『弾んでいた』んです。感嘆が宿っていたんですよ、ヒルドさん」

 

救助の名目ではなく、事後処理の対応。それに追われるヒルドの態度をリッカは見逃さなかったのだ。日常の崩壊、殺人事件の勃発。にも関わらず…ヒルドは、とても楽しそうであったと。

 

「酷い言いがかりもあったものだね。必死にやっただけなのに。それでどうしてシグルド様を殺す動機に繋がるの?」

 

「あなたは『感じたかった』んです。感情を、激情を、慟哭を。幸福ではなく、絶望や悲哀の感情を求めた。そしてそれは…愛する者の永遠の別離や日常の終わりに家族が浮かべる表情へと求められた。シグルドさんを殺すことによりブリュンヒルデさんも、二人も哀しみに包まれたのは明白です。そしてそれを見て、初めて自覚できたのでしょう?感情…エラーである『心』を」

 

そう。幸せや祝福ではない苦難や絶望にこそ感情の在り処があるとヒルドは思案した。そして頃合いにも、壊しがいのある材料はすぐそばにあったのだ。

 

「シグルドさんは言っていました。『愛のある刃では当方は死なない』と。それはつまり、愛の介在しない、感情のない無感動な一撃は堪えれないと言うこと。ヒルドさん。…あなたの一撃は、堪える事が出来なかったんです」

 

「私を買いかぶりすぎだよ?シグルド様は北欧の大英雄、私如きが不意打ちしたって殺せるわけない」

 

「そうでもないわ。後ろから刺されれば大抵死ぬものよ。特に、愛する嫁からの死角からの一撃とかね」

 

じゃんぬが割り込み、血に染まった糸くずを示す。それは、触媒であり残滓。

 

「あんた、幻想や景色…プラネタリウムの投射とかやってるんでしょ?なら出来るんじゃない?自分をブリュンヒルデに変えるとか。そういう小細工の為に、羽根が必要だったんじゃない?警察様もガバいわね、こんなの見落とすとか」

 

「…ニャル。現場鑑識はあなたの担当よね」

 

【あぁ!しまったぁー!見落としていたぁー!】

 

無能なニャルに見つけられなかった証拠を、パティシエならではの繊細な観察眼と手先で見つけ出したじゃんぬ。そして、それは術式の使用された証拠に他ならない。

 

「あなたはシグルドさんをまずは呼び出し、術中に引きずり込んだ。ブリュンヒルデさんの姿を装い、気を緩めさせた後に──背後より一撃を見舞わせ殺害した。その後はヒルドさんとしてあえて『見つかる』様にブリュンヒルデさんに声を掛け第一人者とした。愛する者を奪われた哀しみを、絶望を味わわせる為に。そしてそれを事件として、オルトリンデさんやスルーズさんの生涯の心の傷とするために…」

 

「………」

 

「ひ、ヒルド…?」

 

「嘘、ですよね…?私達はワルキューレとして、ブリュンヒルデお姉様とシグルドさんに忠誠を…」

 

 

沈黙するヒルドに近寄るスルーズ、そしてオルトリンデ。悪い夢であると言うように。悪夢が終わる事を願うように。

 

「……ふふっ、くくっ。あははははははっ!あははははははは!あーっははははははははははは!!あはっ、あははっ、あはははははははははははは!!」

 

しかし──ヒルドから漏れ出、溢れ出したのは否定でも懺悔でもない。全てを嘲笑う──けたたましい哄笑。皮肉にも、それはヒルドが家族に見せる初めての感情の爆発にして発露。

 

「はー、おっかしい!ここまで言われてまだピンと来てないとかどれだけどんくさいの?そう、正解!私がブリュンヒルデお姉様の愛するシグルドを殺した真犯人!私がこの茶番を引き起こした元凶なの!探偵さんの言った事はぜーんぶ本当!皆の幸せを壊したのはぁ、私だよー!!あはははははは!!あーっはははははははっ!」

 

「…ヒルドさん。これが、あなたの知りたかった感情なのですか。大切な家族を裏切ってまで…!」

 

マシュ達の導いた真実の果てにいたもの。それは自己崩壊を願ったあまりにも完璧なワルキューレの成れの果て──

 

 




ヒルド「私さぁ、ずーっと疎外感感じてたんだよね。ブリュンヒルデお姉様はなんかシグルドとラブラブになるし、オルトリンデはなんか予期せぬギャグエラーで、スルーズはウブな壊れ方みたいな感じで感情を手に入れちゃってさぁ。私はただ、勇士が好きそうな人格を忠実にやってただけ。本心に人格みたいなものは無くてさぁ。悩んでたりもしたんだよ?」

ブリュンヒルデ「そんな…」

ヒルド「で、私も感情知りたいなーって考えて思いついたの。誰もが羨む幸せな環境を壊して、皆がどんな感情を抱くのかなって。…結果は大成功!お笑いだったよ!現実を受け入れられずに右往左往するばかりで泣きじゃくるあんたたちはさぁ!あははははははははは!これが感情!楽しいって事なんだね!」

ヒルドは堪能していた。自らに宿った激情を。他者の懐いた哀しみを。ようやく理解できた、感情を。

「オルトリンデ!あんたはお利口さんに二人を支えるとか言ってたけどさぁ、バッカじゃないの!?他人の幸せなんか見て何が面白いわけ?幸せ分けてもらうとかそれただの気のせいだから!あなたは惨めな不良品のワルキューレですから!!」

オルトリンデ「そんな…酷い…!」

「スルーズもさぁ、嫌い嫌いとか言っておきながら二人が大好きなのバレバレ!本当にどうでもいいなら何も感じたりしませーん!私があんたたちにしてるみたいに何かしたりしないの!いやよいやよも好きのうちってやつ?ツンデレってあざとい!バッカじゃないの!?あんたがやってくれたら、自分でやらなくてもよくて楽だったのに!」

スルーズ「ヒルド…あなたは…!」

「んでお姉様!殺したくなるほど好き?寝言は病院で言いなよ!愛する人を傷付ける愛とかそれただの幻想だから!シグルド様の優しさに甘えたただのアタマクルクルパーのキチガイです!頭の出来が違うんだよね!悪い方に!シグルド様と別れたね!だって私が殺したから!あはははははは!!血を掃除してたのは誰だと思ってるの!?気色悪くてたまらなかったんだよねぇ!!」

ブリュンヒルデ「ヒルド…」

マシュ「これで、これで満足ですか!あなたの感情は…これが!学びたかったものですか!」

マシュの問いに、狂ったように笑うヒルド。彼女は今、呑まれている。感情を得た事実に。心に沸き立つ激情に。

───だが。

ヒルド「あはははははは!あははははは!!あはははは、あはは…あはははは…」

その喜びの後に来る物は、決して楽しみなどではなかった。

「…楽しかったのは、殺して見つかった最初だけだったよ。後は…もう、お姉様とシグルドの漫才も見られないんだって事や、スルーズやオルトリンデが今日の出来事をずっと傷として過ごすことに気付いて、私は…」

ヒルドの目には、涙が浮かんでいる。それは、後悔の涙であり、絶望の涙。

「こんな事をしなくちゃ、感情も心も学べないだなんて。完璧って、なんでこんなに窮屈なんだろうね。こんなスペックよりも、私はただオルトリンデや、スルーズみたいに。皆の感じる幸せを…」

オルガマリー「!いけない!」

ブリュンヒルデ「ヒルド!!」

「幸せと感じる、心が欲しかっただけなのになぁ──」

ヒルドは隠し持っていた槍を掲げ、そのまま自らへ深々と突き刺した──

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