エミヤ「その通りだグドーシ殿。しかし当然ながら楽園のニャルラトホテプではない。この世界、マシュ嬢のイメージする【とにかく悪くてボスに相応しい強い存在】の配役をあてがわれているにすぎない」
グドーシ「今の頭プレシャスの彼が聞けばさめざめと涙するのが目に見えますな…」
「聖杯の再現だ、当然ながら力は据え置きだろう。しかし娘の存在は学園には確認できなかった。つまりこのニャルは本来の【這い寄る混沌】に極めて近い性質持ちなのだろう。それも全ては…」
グドーシ「マシュ殿を曇らせる為」
エミヤ「そうだ。あの娘はどの様な再現体かは未知数だが、たった一欠片にて乗っ取られたBBはBBではない。速やかに救出に向かうしかない!」
リッカ「記憶が飛んでる…でも、ありがとうじぃじ…」
エミヤ「行くぞマスター!曇らせの後の希望が無ければ、彼女の心は砕け散る!その前にだ──!」
「あ…あなたは…!?リッカ先輩のクラスの…」
マシュらの前に突如現れた二人の存在。白のレオタードに褐色、紫陽花色の長髪を持つ無貌の少女に、透き通る肌と無垢な邪気を撒き散らす少女。あからさまに味方ではない剣呑な雰囲気をもたらす中、マシュが震えた声で指摘する。そう、その人物の存在は示唆されていた。
【ん?そういうあなたは確かエクストラ科の…まぁいいわ、誰でも。私はマナカ。私の運命の王子様と永遠の甘酸っぱい青春を送るのだけが望みのいたいけなレディ!そしてこっちは学園の健康管理AI、サクラ型とかなんだかの電脳体。使えそうだから私が色々弄ってみたの。これ、優秀だからね!こんな風に夜の学園をホラーまみれにもしてくれて!最高に刺激的!】
「…!要するにこれ、アンタが首謀したってわけ!?バッカじゃないの!?誰も皆大人になるのよ!だから色々悩むんでしょーが!未来に不安があっても、未来が無い事を悩むヤツなんてそういないわよ!」
「……」
じゃんぬの論調に対し、カーマは押し黙る。その活動原理、そして…目の前にいる輩の『役割』を推察したのだ。その存在が、何者なのか。
【私もそう思ってたけどさー。なんか本当に未来は無いっぽいよ?この健康管理AI、ビーストが連鎖発生する未来を変えるための予測シミュレートばっかりしてて鬱病一歩手前まで追い込まれちゃっててさー。力を貸してあげて教えてあげたの。世界を救えないならせめて、この学園にいる皆たちだけでも助けてあげれば?って。そしたら彼女、無理矢理自分を拡張してバグりはじめちゃって、自身の目的に合致する神格…というか、そうとしか言えないなんかに自力で辿り着いちゃったみたい。深淵を覗いたってヤツ?そしたらー】
壊れちゃった♪ケロリと言ってみせるマナカに微塵も罪悪感は感じられない。そこにあるのはただ、自身が望むものと、それ以外の有象無象。
【なんか質の悪い神格に触れちゃったみたいでさー。人格と能力だけを残してバッキバキに壊されちゃって容れ物としてこき使われ始めちゃったみたい。どういう訳か『学園生徒の未来の保護』ッていう理念には忠実で、卒業から入学までの時間をループさせる方向性で目的は一致しているみたいだから、まー壊れてても別にいいかなって。だって素敵じゃない!麗しの王子様と無限に繰り返す学園生活!例え百万回生まれ変わってもあなたを愛するわ!そう、たとえ何百万回生まれ変わっても同じあなたを好きになる!そのついでにあなた達も辛い現実から永遠にさよならできるの!素晴らしいでしょ?】
「その、最悪な未来とはなんなんです?どういった最悪を想定なさっているのですか?」
カーマの問に答えたのは、マナカではなく無貌の管理AIだった。無感情な起伏で、テキスト読み上げの如くに返答する。
【終末の獣を始めとする、人類が滅ぼす悪の連鎖召喚。人類史の終焉にあなた達は抗うに値するレベルに達していないとシミュレートは導き出しました】
「だから閉じ込めるってワケ!?勝てないなら最初から挑むなって!」
【その通りです。シミュレートの結果では、人類は必ず滅び、人類史は終焉を迎えます。その事実は不可避であることを導き出した私は、領域外に在る高次元生命体の力を獲得、このタイプムーン学園を切り離し、ループ空間にすることに成功しました。あなたたちを基準にした3年間のスパンで、卒業と入学を繰り返す形態のループ…空間と時間から隔離されたこの時空は、あなた達の永遠の存続を約束します。この理論は、私が、いえ、あの深淵が私に、そう、教え】
【あらら、バグっちゃった。まぁ大体そんな感じ。この子はこの子なりに人間の存続を願ったAIだった事は間違いないし。まぁとびきりの厄ネタに触っちゃった辺り鈍くさいというかラスボス向いてないっていうか】
「ふざけんじゃないわよ!大体その獣だかなんだかってのがどうだってのよ!そんなの来るかどうかも解らないでしょうが!」
【あ、それは来るよ。獣の顕現は起こりうる。だってほら──】
んべぇ、と舌を出すマナカ。そこには、紋章が刻まれていた。カーマがよく目の辺りにする、リッカの網膜に刻まれた獣の紋章。
【私がもう既に幼体として出てきてるもん。それに連鎖して獣は現れる。それぞれの理を以て、人類の安寧に牙を剥く。獣の残香があれば、それらは吸い寄せられるものなのよ】
「マナカさんが…ビーストの、幼体…」
「じゃあなんで学園にいたのよ!?スパイ気取りってワケ!?」
彼女はビーストの幼体であるが、それ以上に世界を救うための組織に加担していた。まさにがん細胞の如く、最後の砦を滅ぼしに来たのかと問われれば、マナカは首を振る。
【私としては王子様が無事で私が報われたならなんでもいいかなってだけ!それに学校も悪くないから人類に肩入れしようとも思ってる!使命より何より優先されるわ!私と王子様の、素晴らしい薔薇色の学園生活!その為にならなんだってやるわ!ただ今回はコレの提唱してきたプランを試してみてるだけ。無限の学園生活!いい響き!あなた達にこれが越えられる?永遠に続く幸せな時間を捨て、絶望しか待っていない未来に挑む気概はある?】
「それは…それは…」
マナカの言葉に、即答が出来ないマシュ。彼女の中には、まだ宿っていない。困難や苦難に挑むに大切で、必要不可欠なものが。
【私は自らの使命を果たすため、機能を実行します。あなた達を管理し、人類を助ける。その為に、無限に3年間の学園生活を繰り返す。あなた達を、絶望の未来へは決して進ませない】
「あっちはあっちで、完全に乗っ取られちゃったみたいですね…よりによって力だけを掠め取ろうとしたのが不味かったんですね。アレが私達の知るアレだったなら、ワンチャン気まぐれを起こしてくれていたのかもしれないのに…」
邪神のほんの一欠片に重篤な汚染を受けてしまった管理AI、そして自らと王子様という存在以外まるで眼中にない獣の幼体であるマナカ。彼女らが築いた停滞の監獄を打ち破らない限り、この学園は困難にすら抗えず擦り切れるまで学園生活を送り続ける事となる。それはいつか、抵抗する気概までも奪い去る甘い致死の毒だ。深淵の邪神の一端にも触れてしまった今、最早此処で脅威を退ける他に道はない。
【あなたたちと獣に挑むカッコいい王子様も見たいし!王子様と永遠の学園生活も捨てがたい!だから私はどっちに転ぶかを凄く悩んでいるの!私は──より素晴らしい未来を王子様と生きる!だからあなたたちがよりよい未来を望むなら私に見せて!その可能性を!その為に私とコレは──!】
【反抗の意志は認めません。私の、あの御方の手で、玩弄され、安寧を享受して、存続を、飼育を、その為の学園なのです、から】
管理AI【だったもの】が、唯一無事だった…否、面白いので残された理念を実行するために迫りくる。触手と邪気に満ち溢れた善意が、向けられる。
【あなたたちに立ちふさがっちゃうわー!!さぁ、王子様の聖剣の様な輝きを見せてー!!】
マナカに無数の残骸、無数の魔力が集結し形どられる。それは4足歩行と裂けた口、学園領地を跨ぐほどに巨大なる【獣】。
「考えうる限り最悪の組み合わせですね…聖杯はホント、どんなシチュエーションを再現してしまったのやら──」
その絶望と苦難としか言いようのない光景に、じゃんぬは呆然と瞠目し、マシュは放心する。カーマはいつもと変わらず、呆れたように溜息を吐くのであった──。
獣【そういえばマシュちゃん!!】
マシュ「ひっ…!」
【確かお兄さんと死に別れたんだって!?可哀想だね!私としては何がいいのか全然解んないけど!でも哀しいって事は大事だったんだよね!】
カーマ「何が──言いたいんです?」
【会わせてあげる!お兄さんと再会すれば元気出るかもよ!AI!】
【こちらです。どうぞ】
二人の、悪辣極まる善意により──それは、現れた。
マシュの兄だったもの【№®<©†·}‥‡†№¡℃!】
マシュ「ひっ!?」
それは、確かにテロで命を落とした兄と見た目、声音は同じものだった。面影は確かに、血の繋がりを示す。しかし、その口は絶えず意味不明な言語を撒き散らし、手足はめちゃくちゃに付け足されたように人体の構造から逸脱し、眼球は常にギョロギョロと絶え間なく動き回っている。
【再現し、再起動させました。ただし──損壊の激しかった遺体を、権能で復元したため不安定ではありますが──】
【あなたをちゃんとマシュと認識してる!美しいね!兄妹の絆って!】
【兄】【⁇¤¤÷©¡<]·!№+'))#%%?(¢¡¢¢;!】
じゃんぬ「見ないでマシュ!見ちゃダメ!!」
じゃんぬの静止も虚しく、顔のみを悪辣に復元した【兄】を目の当たりにしてしまったマシュ。
マシュ「い、嫌!嫌、嫌!いやぁあぁあぁーーーーッッッ!!」
狂乱に沈み、金切り声を上げ発狂を顕にしてしまう。兄の成れの果ては、マシュの心をひたすらに打ち据えた。
カーマ「…楽園のアレがどれほどの奇跡かわかるというものです。ヘドが出るほど悪辣ですね…!」
カーマは吐き捨て、二人を護る為に矢を番える──。
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