人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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温泉

カドック「リッカがいない?」

マシュ『はい!楽園のどこにも…見かけませんでしたか!?』
オルガマリー『リンボの事もあるわ。思い詰めていないといいけれど…』

デイビッド「リッカとはすれ違った」

キリシュタリア「本当かい!?」

「彼女は…戸惑っていた。母の敵を前にした戸惑い…人類悪の力と人類愛の心。リンボの存在でそれが乱れたと見る」

ペペロンチーノ「彼女はキチンとした女の子よ。迷わない、悩まない、挫けないはあの子の美徳ってだけ。彼女は決して、マシーンなんかじゃないってことね」

カドック「大丈夫だ」

マシュ『カドックさん?』

カドック「彼女は僕達が思うより弱いのかもしれない。だがそれ以上に、『僕達が信じた彼女は、彼女が思うよりずっと強い』。リッカは、何かに迷ったとしても…」

マシュ『必ず!答えを見つけます!!』

キリシュタリア「ふふっ、そうさ!なら私は!彼女を待つ!そう!!」

キリシュタリア&デイビッド「「全裸待機で!!」」

カドック「温泉の中だけにしてくれ!」

ペペロンチーノ(待ってるわよ、リッカちゃん…あなたがいなくちゃ、始まらないんだからね)


憎悪の悪か、誰がための怒りか

「───」

 

高天原。楽園が保有する固有領域にして、神霊サーヴァント達の憩いの場。神霊を神霊のままに召喚できる規格外の召喚サークルとしても機能する、楽園カルデアの中でもとびきりの神秘が満ちる領域。

 

「楽にしろ。もうすぐかの御方はあらせられる」

 

そこの中央に位置する、伊邪那美天満宮。八百万の神々の元締めにして、日本神話の創造神が片割れを祀る見上げるような大社の本殿に、リッカは正座していた。神主として整備しているタケルの声に頷き、神妙に待ち続けている。彼女には──日本の始まりの神にどうしても問いたい自身の心境があった。

 

「──来たぞ。プチ天孫降臨だ」

 

タケルの声に、居住まいを正すリッカ。目の前の暗闇が霧散し、神々しき神威が可視化した威風となり本殿に満ちる。

 

『よくぞ参られ申した、我等が日の本が築いた宝が具現なる少女。今日は改まって来訪してくださった孝行娘の為に、真面目度マシマシでお話をしたもうや〜』

 

普段の普段着とは違う、天衣無縫が勝負服を纏いし日本の頂点、伊耶那美命。口調はやはり治らぬか…としみじみ耽るタケちゃんに手を振り、リッカの前に正座するおばあちゃん。

 

『それでは、神にしか言えない胸中を話してくださいな。大丈夫、誰にも決して伝えません。お婆ちゃんの口の硬さを信じたもう!さ、どうぞ!』

 

「はい。ありがとうお婆ちゃん。実は…」

 

促され、リッカは語る。自身の胸中…急に飛来したリンボとの決戦を前にした、家族にも伝えられぬ、秘奥の心持ちを──。

 

 

『リンボを恨み、憎しみを燃やす事が叶わない。そんな自分に戸惑いを感じている…。それが、母にも兄にも、仲間達にも話せぬ悩み…なのですね?』

 

リッカは頷き、胸中を吐露する。成長し、進歩し、遂に至尊の姫すら見えるようになった自分が、母親の…頼を名乗った母の仇を前にして憎悪の発露がまるで出来ない現状を、彼女自身が深く受け止め、悩んでいたのだ。

 

「親の敵、とは言ったもので、生涯をかけてこれを討ち果たさんとする英雄もいる。そんな中、やってきた敵にそういった憎悪を持てぬ心の齟齬に悩むか、リッカ」

 

「はい。…母上は私にとってとっても大切な母上です。私に、無償の愛があると教えてくれた魂のお母さん。今でも、私のお母さんは源頼光です。あまこーや丑御前さん、…頼さんといった皆と並ぶ、大切な」

 

決して絆や感謝を忘れた事はない。決して記憶から消え去ることはない。特に、骸と成り果てても自身との絆を胸に接してくれた事はいつまでも忘れない。死した後もきっと。

 

「だけど…!私は、リンボが待ち構えているって聞いた時、凄く落ち着いていたんです。怒りも、憎しみも湧いてこなかった!やっとその機会が来たって吠えるべきなのに…!敵が討てると笑うべきなのに…!」

 

『…その時、リッカちゃんの心に浮かんだものは何だったのか。お婆ちゃんに聞かせてくれますか?』

 

しかし。そんな明鏡止水の様に静まり返った心に浮かぶものも確かにあった。そしてそれは、相反する感情であったとリッカは告げる。

 

「…決意、でした。リンボは絶対に逃さない。なんとしても倒す。私が終わりにする。そんな、自分が自分である証の燃えるような気持ちがあったんです。だから…解らなくて」

 

「解らない…?」

 

「私は、薄情者になっちゃったのかな。個人の為じゃなくて…親の為じゃなくて、特異点の解決の為に、マスターとしての使命を優先するようになっちゃったのかなって…頼光母上より、マスターとしての自分の方が大切になっちゃったのかなって…そう考えたら、その…怖くなっちゃって…」

 

楽園に来て、沢山の愛を受け取った。沢山の絆が自分を高めてくれた。そんな気持ちや想いへの感謝を、片時も忘れた事は無い。

 

だが──。

 

「自分の中で…愛されることが、皆に受け入れてもらえる事が『当たり前』になっちゃったのかなって…そんな傲慢を、私は覚えちゃったのかなって…そう考えたら、凄く、自分が揺らぐ感じがして。せっかく姫様が見えるようになったのに…それを、当然だと自分が思ってしまっていたら、私は…」

 

自分が許せないと目を伏せる。彼女は裏表のない称賛や好意に極めて無力だ。だがそれを弱点ではなく美徳として受け止めている。それは自身への祝福を得がたいものと感じている証明だからだ。尊いものと認識している証だからだ。

 

しかし、いつかそれに慣れてしまうのか?褒められ、祝福される事を当然と考えてしまうのか?心からの称賛に間を置かずに答えられるようになり、果ては何も感じられなくなってしまうのか?そしてその兆候は、出てきてしまっているのではないか?

 

「お母さんの仇を前にして、リンボに自分の怒りや憎しみをぶつけられないって…それはもしかして、私の中でお母さんの存在が小さくなっているのかもしれないって…!もしそうなら私は、そんな私の傲慢が許せない…!!」

 

拳を握り、唇を噛みしめるリッカ。所詮サーヴァントは影法師、母は変わらずカルデアにいる。下総のあの想いは記憶から記録になる。自分が心の中でそう感じているから、こんな腑抜けた想いしか抱けないのか。

 

「私は…私は…!お母さんの敵を許せない!許しちゃいけない…!!絶対にリンボを許しちゃいけないのに…!」

 

どうして、憎しみが湧いてこないのか。下総の時のように、地獄を巡らせてやると尽きぬ怨嗟や激憤が湧いてこないのか。それなのに──闘志と決意は、微塵も翳らないのか。

 

「私は…姫様みたいにすべてを受け入れる様な生き方はきっと出来ない…!私は大切な人を奪おうとするものを、絶対に許さない…!ならなんで、リンボなんていう外道を憎いと思えないの…!私のお母さんを、歴史を拓いた英霊を翫ぶ外道を、どうして…!」

 

宿った尊き愛は、彼女の原点である怒りを失わせてしまったのかとリッカは嘆く。もっと雄々しく、悍ましく。力強く叫ぶのが私だった筈じゃなかったのか。尽きぬ怒りを力に変えるのが私じゃ無かったのか。その葛藤が、リンボの名前を聞いた瞬間から生まれたとリッカは告げる。それは彼女が見せた、初めての迷いであった。

 

「私は…褒められる事に、祝福される事に、皆の善意を当たり前だと思いたくないのに…!どうして私の心は、あんなヤツを憎いと思えないの…!?なんでこんな、腑抜けになっちゃったの…!?」

 

涙無く、声なくリッカは泣いた。自身の変化が、分からないと。その悩みを、伊邪那美とタケルは静かに受け止めた。そして──その答えをも。

 

『リッカちゃん。それはあなたが弱くなったからでも、驕っているからでも、ましてや薄情になったからでは決して無いのです。あなたは今、もっと大きな視点で受け止めているのです。自身の縁への答えを』

 

「え…?」

 

伊邪那美がそっと、リッカを抱き寄せる。そう、彼女は決して忘れていない。愛と希望の価値を。その尊さを。

 

「恨み、怒り、絶望、憎悪。それらは確かにお前の力だ。人の想いだ。だが…同時に懐いた者すら滅ぼす諸刃の剣だ。そんな力にいつまでもお前を委ねてなるものかと、楽園に関わる全ての者は全霊を費やしてきた。そして今、お前自身がその祝福を自覚し、翼へと変え羽ばたいたのだ。お前は弱くなどなっていない。本当の強さを今、見据えたのだ」

 

「本当の、強さ…?」

 

「あぁ。…怒りや憎しみは所詮は個人のもの。お前が尊び、重んじたいと願うものはそんなものから上へ行ったということだ。リッカ」

 

『タケちゃんの言う通りです。…怒りや哀しみ、憎しみを捨て去る事は容易ではありません。妾も、イザナギに約束バックレられて腐った身体を見られた時はあの様にキレ散らかした未来もあったのです。カグツチを殺したと聞いたときはホント、哀しかったですし。だから断言しますよ、リッカちゃん。今のあなたは、本当の強さを掴もうとしているのです』

 

そして、伊邪那美は見せる。周囲に浮かぶ泡沫。そこには楽園のスタッフ達が、サーヴァント達が、そして日本に住む大切なクラスメイト達の姿がある。自身を支えてくれる、姿見えずとも繋がる同胞たちの姿が。

 

『解りますか?見えますか?あなたが護ってきたものの輝きが。あなたが護りたいと願う未来が。あなたが生きたいと願う今が。あなたの心は、何も感じませんか?』

 

「────」

 

その光景を見た瞬間──リッカの心に激情が湧き上がる。皆への感謝。皆が夢見る明日への希望、自身が護りたいと誓ったもの。それはかつてリンボに懐いた怒りと憎しみなど比べ物にならない程に大きく、暖かく、強く、優しい。

 

「お前の戦いは最早恨みを晴らすなどという下らん領域にはない。想え、リッカ。お前が戦うのは何故だ。お前が護りたいものは、自身の怒りと憎しみか?小さなプライドか?」

 

「──違う!私が護りたいもの…それは英霊の皆が紡いでくれた今に繋がる過去、皆が生きる今、そして皆が夢見る未来!」

 

『ならば、リンボマンはそれを脅かし、翫ぶ外道。それを討ち果たすのは怒りですか?憎しみですか?恨みを晴らしたいという私怨ですか?』

 

「違います!リンボは皆の未来を、今を、過去を無茶苦茶にしようとする…!そんな魔の手から私は護りたいんです!全部を!サーヴァントの皆が生きた歴史を!平和な世界に生きて、明日が当たり前に来ると信じられる今を!そして──」

 

そして──母と子が、いつまでも笑って過ごせる未来を。それは、怒りや憎しみでは見えなかったもの。頼が語ってくれた、彼女の願いそのもの。

 

「──そっか。姫様が私なんかにも見えたのは、こういう事だったんだ」

 

私怨でも、怒りでも、憎しみでもない。今ある全てを護りたいから、リンボを倒したい。今の歴史を脅かす全てと戦う。その為なら何も恐れない。それこそが、人類愛としての自分の全て。

 

『うんっ!それが今のリッカちゃんの全てだとお婆ちゃんは思います!』

 

「愛や絆は、お前を高みに導いたのだ。それは枷でも弱さでも迷いでもない。愛と絆を、至尊をけして恐れるな、リッカ」

 

もう、リッカの表情に迷いは無い。何を願い、何を力にし、何を護るのか。彼女にははっきりと見えたからだ。

 

「──ありがとうございます!!私は、日本人で良かった!伊邪那美お婆ちゃんの子で良かった!タケちゃんの子孫で良かった!」

 

『あなやぁあぁあぁあ!!!?』

 

「──ああ。その言葉、史上の栄誉だ」

 

リッカはとうとう、誰かに『尊さ』を与える存在になった。それを、カーマに続き尊死する伊邪那美にて証明したのであった──

 




イザナミ『アナヤ…アナヤ…』

タケちゃん「やはりシリアスは長くもたんか。…行くのだな」

リッカ「はい!皆待ってますから!!」

あまこー「ワフ!」

リッカ「あまこー!?待っててくれたの!?」

タケちゃん「フ。慈母はやはり聡い。背を貸してもらい、祝福を受け取りに行け。それがリンボの呪詛を祓う力になるだろう」

あまこー「ワフ!ワォーン!!」

リッカ「よろしくね!あまこー!じゃあ…タケちゃん!お婆ちゃん!行ってきます!!」

迷いは晴れた。彼女は躊躇いなく、人類の為に力を振るうだろう。祝福を受け、人類を滅ぼす全てに怒りを向ける龍として。

「流石は、我等が子孫にして…そなたの娘だな」

イザナミ『アナヤ…アナヤ…』

…なんだかんだで、イザナミもリッカと似たようなものであった。嘆息しながら、タケルは空を見上げる。

「──大安吉日、だな」

それは、世界の未来と彼女の心を示すが如くに蒼穹を懐いていた──

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