人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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メイ「………」

紫式部(楽園)『晴明様、ご存知だったのですか?そちらの私が天覧武者であると…』

メイ『君の屋敷にサーヴァントが在り、しかし襲わせる指示の素振りすらない。君以外の線の方が無いさ。…話の一段落は、彼女らに任せる』

ロマン 『おや、空気を読むという事かな?』

「困った性分でね。悪は暴きたくなり、善は貶めたくなるのが私さ。だから私は彼女に『戦力として期待するつもりはない。私の下位互換で足手まといだ』だなんて言おうとする自分がいることを理解してしまう」

ロマン『んー。確か貴女は葛の葉と呼ばれた霊験豊かな狐を母に持った。もしかして君の淡白さは、君も難儀していたりするのかな?』

「さて…少なくとも、人に情で接した事は無いのは確かだが…」

(だからこそ、楽園は非常に興味深いのだがな。さぁリッカ殿ら一行、香子をどう処すのやら)


筆は剣よりも尊し

「む、紫式部さんが…紫式部さんが!」

 

『『『天覧武者!?』』』

 

天覧武者、即ちマスター。彼女が聖杯に選ばれしマスターであるという事実に驚天動地の衝撃を受ける一行。そう、無理もない。武者という単語の響きと、文明作家の紫式部は決して交わらないと意識下レベルで皆思っていたからだ。だが、傍らに侍るコンピューターの父…チャールズ・バベッジの様相は夢でも幻でも無い。左手の令呪もまた、正真正銘の本物だ。

 

「不思議な事もあるものです。武者というものは文豪も含まれるのですね」

 

桃子はあまり気にしていなかった。

 

「で、ですが何故でしょう!?まさか香子さんは…ひょっとして武芸百般を修める文武両道の豪傑でもあったのですか!?」

 

「ち、違います!そうではなく…そうではなく。私にはとある『願い』があったのです。恐らく…強く、大きい願い。きっとそれが、あかしを宿す基準になったのでしょう」

 

香子は伝える。そしてその願いこそが、英霊と令呪を招いた結果となったと彼女は偽りなく、真摯に語る。その態度には、一欠片の嘘もない。

 

「まぁ、不思議じゃあねぇな。左大臣が言うには、天覧武者っていうもんに選ばれるのは『願い』だと聞いた。強い願い、そして力。そいつがある輩を天覧武者と呼ぶならば、まず間違いなく香子サンは資格がある。だろ?リッカ」

 

「──うん。解るよ。何かを書く、何かを紡ぐ。何かを綴り、作るって…凄い力と情熱が必要だもん」

 

リッカと金時は理解する。作家というもの。ゼロから1を作り上げ、自身の生き様や想い、人生を投射する文豪。それは間違いなく、剣豪にも引けを取らぬ力であると。

 

『天覧武者にまで選ばれる程に強い願い…紫式部である貴女が紡ぎたい物語と言えば、もう語るまでもないね』

 

「源氏物語…!光君が様々な女性と千変万化な恋愛を繰り広げる、一大文学の頂点!それを、香子さんは描く為に…?」

 

香子は問われた言葉に全て肯定する意志を見せた。今執筆している物語、源氏物語を自分はなんとしても完遂したい。綴り終えたい。そう願ったが故に、彼女は選ばれたと。

 

 

私は…今執筆している『源氏物語』を完成させたいと思っています。何よりも、何処までも。どれだけ時間が掛かっても。

 

ですが、手が止まってしまう。止まってしまうのです。光君の結末はどうするべきか。どの様な生き様を歩ませるべきか。どのような方と交流し、愛を育み、どのような人生を過ごすのか。考える度に怖くなりました。何もない、前例も導きもない荒野を行くかのよう。そんな孤独と不安にも、書きたいという想いは消えず。書きたい。書けない。書きたい…。

 

そう思っていた際に現れたのが、このあかし。天覧武者たるあかしと、異境の術者チャールズ・バベッジ。…おじさまと私は、お互いの目的を話し合いました。

 

『お前の願いを護るために、私は招かれた。だが、お前はけして人を傷付けず、ただ紡ぐことを良しとするのだな』

 

はい、と答えたのです。私はただ、物語を紡ぎたい。人の命をやり取りするなど、香子は望まないと。…おじさまは、言ってくださいました。

 

『カオルコ。非力なるマスターよ。私は、お前の願いを守護する。文章紡ぐ者は、この世における至宝。私はお前の願いと、お前が紡ぐ未来を守護しよう』

 

誰も倒さず、誰も傷付けず。昼は帝の膝下の内裏にて務め、夜はおじさまに直接守護してもらう。こうして、私は自身の願いを少しずつ、少しずつ叶えてきました。私は決して、他者を傷つけ願いを叶えようとは思いません。

 

『カオルコの夢は、紡ぐ全ては。私が夢想した未来…いや。『夢見る』という行為に通じている。あり得る未来を形にする。そして、筆という術で形にする。ならば、この物語を紡ぐか弱き文豪を守護するは我が使命。サーヴァントたる私の勅命。数多の天覧武者より、サーヴァントより。守護することが使命。私は彼女と、彼女の非力なれど無限の未来を紡ぐ力を護る』

 

可能な限り顕現を避け、可能な限り隠れました。…しかし、道長様はその消極的な姿勢をお許しにならず、稲荷神社の奥にある洞窟の霊脈を通じて、おじさまに呪いをかけたのです。

 

『霊体化を封じるペナルティ…これ即ち、終わりまで霊体化は叶わぬという事。先は緊急故の極めて短時間の隠匿である』

 

…私は今も、想いは変わりません。あなた達を信じはしましたが、共に戦う事は…私には出来ないのです。私は、ただ紡ぐ事しか出来ない女。でも、だからこそ。

 

──紡ぐ事だけは。決して譲る事が出来ないのです。

 

 

『カオルコの意志に従い、私は貴様らの助力よりもカオルコの守護を優先する。退去、消滅の可能性を徹底的に廃する。マスターの守護のみを、史上の命題とする。…許せ、異邦の勇者共よ』

 

彼女はただ、完成させたいのだという。紫式部生涯の著書、源氏物語を。秘事を晒したのは、せめてもの誠意。

 

「このような自分勝手な物言い、大変申し訳ありません。ですが、戦い以外の助力は可能な限りさせていただきますので…どうか…」

 

「ん、そりゃ当たり前だ。あんたさんもバベッジのおっさんも、戦う必要なんか微塵もねぇやな」

 

だが、金時はあっさりとその言葉を受け入れた。彼には解っていた。香子が持つ力を。香子が持つ、剣よりも強い力をだ。

 

「和歌や文学っての、オイラはてんでだめだけどよ。そいつがとんでもねえ力を持ってるってのはちゃあんと解ってるぜ。何せ良い物語や歌なんかは、見た人の心や想いにガツンときやがる。読む前のテメェより、グッと強く大きく豊かにしてくれんだ。その力は決して、武士に劣るもんじゃねぇ。四天王にもねぇとんでもねぇ力だ!だからアンタは選ばれた!」

 

「金時殿…」

 

桃子も続く。彼女は桃太郎という、民達に愛された童謡から力を得ている英霊だ。それがどれほど難題か、それがどれほど困難かを理解している英霊なのだ。

 

「私が持つ強さは、私が懸命に生きた時代を、いのちを皆様が語ってくださったからです。物語を紡ぎ、誰かを幸せにする。それは万の鬼を退治するより難題です。それが出来る香子さんは無双の武者に等しいのです!」

 

「桃子様…」

 

「私達の時代に至るまで、貴女の文学はけして潰えぬ金字塔として残っています。ただ害し、ただ倒すだけが強さではないんです!護ることも強さなら、紡ぐ事だって強さな筈です!」

 

「マシュ様…そんなにも先に…?」

 

だからこそ、彼女の言葉を受諾する。彼女の願いに寄り添える。リッカが助けてもらったもの、リッカに人生の色彩をくれたもの。それは紫式部の強さを持った者達が作り上げた、人類の文化における最高峰の宝物である。ならば、彼女を護ることは不思議な事でもなんでもない。

 

「あなたが出来ない事は私が、私達がやります。バベッジさんと一緒に、香子さんの願いを護り抜いてみせます。だから香子さんは紡いでください!あなたにしか紡げない物語を、あなたしか持っていない最高の力で!」

 

「あぁ…!リッカ様、皆様…!」

 

「御安心なさってくだされ、香子殿、バベッジ殿。此処にある皆様は全て、あなたの作品の、あなたの紡ぐ物語の味方でございます」

 

『だからどうか安心してほしいな。僕達は全員待っているからね!あなたの物語が生まれる瞬間とその喜びを!』

 

皆の暖かい言葉と心に、香子は深々と頭を下げる。もう怯えずとも、怖がらずとも、嘆かずともいい。自分の、自分自身の願いを叶えるために戦う事ができる。

 

『…感謝する。異邦の勇者たち』

 

「皆様の想いは、けして無下には致しません。必ず完成させてみせます…!ですのでどうか、よろしくお願い致します…!」

 

そう告げた香子の顔は、まるで積年の答えを見つけたように、晴れ渡る空のような笑顔に満ちあふれていた──

 

 




メイ「理解と余裕のある一団で命拾いしたな、香子。お墨付きも出た事だ。君が出来る最大限の戦いをするといい」

香子「はい、晴明様!…あの、リッカ様」

リッカ「はい?」

「その、御礼と言うのも烏滸がましくはありますが…完成の暁には、源氏物語の現写を差し上げます。どうか、お持ちになってください」

リッカ「…んんん!?」

ロマン『良かったじゃないかリッカちゃん!紫式部の源氏物語、オリジナル本だなんてうえぇえぇ!?』

金時「凄いのかい?」
桃子「さぁ…?」

紫式部「ふふ…。作家にとって、応援してくださる皆様は何よりも大切にするものですか。これくらいは当然です。ね?」

リッカ「つ、つつ、謹んで拝領致します!!」

(帰ったらギルに献上しよう…!)

メイ「よし、これで天覧武者紫式部に不戦勝だ。後は霊脈を掌握し、君たちが言質を取れば準備は整う。だが…香子」

「は、はい。晴明様」

「君だけでは不安だ。バベッジ殿をサポートする要因を増やす」

「よ、要因…?」



なぎこ「おー!香子ちゃん!はじめましてじゃん!草の庵って私!大ファンなんだよ、私!」

香子(ぱくぱくぱくぱく)

リッカ(金魚みたいになってる…)

メイ「私の式神一式を託しておいた。最上級のものばかりな為武士も追い返せるだろう。仲良くやるといい」

なぎこ「迷いは無くなった、って感じ?悪くないね!じゃあ頑張って見せてよ!あんまり好みじゃない光君が織り成す、キラキラした恋の模様を!」

香子「せ、せせ、晴明様〜!!」

メイ「よし、では二手に分かれよう。部員数名と式神にて霊脈の位置は割り出した。ほら香子、彼女らを内裏に連れていきなさい」

(((悪魔だ…)))

文学としての憧れに作品を見られ、ファンとまで言われ、それでも仕事を託す晴明に、見るものはドン引きするのであった…

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