人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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人は嘆き、助けを乞う。

力を求め、助けを求め、助力を乞う。

『人の言葉に左右される程度の人生、私が弄んでも同じだろう』

時に優しく諭し、時に残酷な運命を告げ、時には出鱈目な道筋を告げてみせた。

『無様なものだ。死ねと言われたら死ぬ畜生ばかり』

人の美徳に、心というものに理解は及ばなかった。何故なら何をせずとも無様を晒し、言われるがままに川に飛び込むような無知蒙昧の集まり。

『人の世の守護など、なんの価値があるのだろう』

──そう、想い過ごした生前だった。自身には…

人の全てが、下らなく見えた。



救われぬものがいる。嘆くものがいる。

届かないものがある。

気持ちは解った。痛い程に。だからこそ──

自身が、力になりたいと願ったのだ。決して届かない悔しさと、嘆きがわかるからこそ。

拙僧は、助けたいと願ったのだ。


陰陽師を分かつもの

「晴明殿…なぜここに!?今まで何を!?その姿は一体如何なる事か!?理解が、理解が及びませぬ!説明、説明を…!」

 

「未来でサーヴァントとして呼ばれ新たな肉体としてバ美肉した。今の私は美少女陰陽師メイだ。よろしくね道満」

 

「結構!どうせ理解できませぬ故!」

 

邪心に呑まれた道満を解き放ち、救った少女。その者は安倍晴明にほかならぬ事を確認していながらその未来に生きているあまりにも突拍子な状態に目を白黒させる道満。説明を受けても理解できないと打ち切り、晴明から目を逸らし、項垂れる。

 

「邪心、自らの悪心に呑まれかけていたな。随分と苦難と煩悶の相が濃い。何を悩む?君程の陰陽師が」

 

「…それは皮肉ですかな、陰陽師安倍晴明。拙僧は失踪していたそなたの穴埋めを任され、それすらも十全に叶わぬ出来損ないの陰陽師。拙僧は…おのれの心すら律せぬ未熟者なれば。嘲笑っているのでしょう?晴明殿」

 

悪心、即ち晴明への並々ならぬ劣等感、屈辱、憎しみ、そして、何よりそれが本心であるという深い深い嘆き。なんの為に自身は生きているのか。なんの為に法術を究めているのか。その道が見えぬ未熟さに、何より道満が打ちのめされている。それを生涯の宿敵に見られたならば尚更だ。

 

「拙僧は…そなたに勝てぬ。何をしてもそなたに勝てぬ。影すら踏めぬ。秀才や凡人で少々マシな拙僧は、たまたまそなたの『二番煎じ』が上手かっただけの十把一絡げの一人」

 

「……」

 

「故にこそ、せめて自身は清廉であろうとしていた。民のため、誰かの為、この術を、この知恵を振るおうと。せめて心は、想いは正しくあらんとしていた。…ですが!ですがそれがこの有様!」

 

晴明憎し。たったそれだけで、自身の全てを投げ出し悪心による悪逆無道に誘惑を成されてみせる。自身の誓いを捨ててみせる。即ち、それは真理なのだ。どうしようもない本心なのだ。

 

「民などの称賛ではない!帝の賛辞ではない!拙僧はただ晴明、あなたに勝ちたかったのです!自身の何かが一つでもあなたに勝る!それを証明したかった!外法を使ってでも、心を捨てでも!伸ばし、伸ばし、焦がれ、焦がれてでもけして届かぬ高みにあるあなたに、私は手を届かせたかった!その想いが、悪心に至るまでに歪んでいても!…拙僧は、それを捨てられない。捨てられなかった…」

 

この様な悪辣、無道の自身があっていい筈がない。だが、それが何よりも自身の中で強い感情と痛感している。晴明に勝ちたい。あの陰陽師に、僅かでも、一度でもいい。

 

「拙僧は…あまりにも無為で、無意味である存在なれば。悪逆の化身に堕ちるしか、他にそなたに勝る手段は…」

 

「頭のいい馬鹿だな君は」

 

その悩みを、その吐露を晴明は聞き届け切って捨てる。何故そんな事に悩むか、晴明には理解できなかった。

 

「君は私にとっくに勝っているんだぜ?蘆屋道満」

 

「…え?」

 

晴明の口から来る言葉に、道満は呆けた。なんとしても引き出さんとしていた言葉が投げ出されたのだから。

 

「君は悩み、苦しみ、決して諦めなかった。他の陰陽師連中は挑む事すらしなかった。圧倒的な差に、臨む事もしなかった。だが君は挑んできた。君の悩みや苦しみや努力。それは私にはないものだ。君、民の言葉に耳を傾けた事無いのか?」

 

「民の、声?」

 

無さそうだな、聞かせてやる。そうして晴明は札を出し、そこに在る言霊を開放する。それは晴明が覗き見た心。

 

『晴明様は稀代の陰陽師だが、何を考えているかまるで解らぬ。あまりにも不気味だ。気味が悪い』

『無敵の陰陽師であれど、きっと人ではない。あの様な淡々とした言葉や態度、恐ろしい』

『陰陽の道だけ褒めそやし、近付かぬに限る。いつ祟られるか解ったものではない──』

 

「こ、れは…」

 

「私に懐く民草の評価さ。人は不理解を恐れ、差異を疎い排斥する。いいか?民が見ているのは私ではない。私の腕前が生み出した幻影、陰陽師安倍晴明でしかない。自身の都合のいい一面しか見ない連中、それを民と呼ぶ」

 

晴明は人気と評判高く、街角で名を聞かぬ陰陽師。だが心の中を覗けばこれこの通り。安倍晴明など、誰も愛していない。愛しているのは陰陽師の腕と肩書きのみだ。

 

「だから、と言うわけではないが私は本腰入れて民を、人を護った事などない。人理などどうでもいいし、人の歴史や幸せなど興味もない。嬉しさも、悲しさも、楽しさも、怒りもない。元々母が霊狐だからな。人間らしくある筈がない。──君との時間を除けばな」

 

そう言って、晴明は道満への言霊を示す。そこには、彼の評価が示される。

 

『道満殿は我等に親身に接してくださる。優しい御方だ』

『無機質、不気味な晴明殿よりも、悩み、苦しみ、晴明殿に挑み諦めぬ道満殿が好ましい』

『一度でいい。晴明殿に勝ってほしいなぁ』

 

「こ、これは…拙僧への…?」

 

「そうだ。民は君を見ているんだ。君の悩みや、苦しみや嘆き。何より、自身より優れた者に挑戦し続ける勇気に決意。君の諦めない心を、想いを。人の世界を作る、大切な一部分を」

 

晴明はそれが、道満が自身に勝っている部分と告げる。非人間である自身より、何倍も無様で素晴らしい人だと認めていたのだと。

 

「そんな君と触れ合う時間は、私に味わいと色彩をもたらしてくれたんだよ。敗者を踏み躙る悦楽、負け犬の嘆き節の心地よさ、努力や研鑽を打ち砕く快感…」

 

「せ、晴明殿?なんだか今の雰囲気に似つかわしくない感情のような…?」

 

「君は何度追い返しても、打ちのめしても諦めない不屈さと、誰かを気遣う優しさとガッツを持っている。私には無い美徳を持っている人理に刻まれし英雄たる存在だ。そんな君を、私は尊敬し、時に嘲笑い、時に虚仮にして…」

 

「晴明殿!?」

 

「そんな君がいたからこそ、私は英雄たり得たんだよ。だからこそ、君が気に病む理由も悪心に呑まれる理由も解せない。はっきり言ってやらないと解らない程馬鹿だったとは思わなかったよ道満。私は君を過大評価していたようだ。謝ろう」

 

この上からな物言いであるがこそ、彼が本心を告げている事が解る。或いは、彼は知ったのかもしれない。下らない、無意味なものと捨てていた心の意味を。ならばこそ──

 

「よーく聞け万年2位の陰陽師。君の悩みは下らないものだ。そもそも陰陽師は私かそれ以外か。悩む必要もない。私から見れば君も陰陽学校落第の餓鬼も等しく塵に等しいものだ」

 

(なんと!傲慢ッ!)

 

「だから──そんな下らない腕前に拘り、捨てないでおくれよ。私が持っていない、暖かい人の美徳を。冷たい機械のような私にはない、人の想いをさ。私は、そんな人間臭い君がライバルで良かったとずっと思っていたんだぜ?」

 

打ちのめされたら、もっと強く賢くなる君が。

 

悩み、苦しみながらも前に進み続ける君が。

 

弱く愚かな民に寄り添える優しい君が。

 

「だから理解できなかったのさ。君の悪心なんて、君の偉大な心の一部分だろう?負ける理由がどこにある?君は人間としてすでに、私に圧勝しているのさ」

 

「──」

 

…それは、ずっと聞きたかったもの。聞きたかった事。誰にも明かさなかった、晴明の本心。あくまで自身が一番という自負のもと、言ってしまえば強者の傲慢でしかなくとも。

 

「──理解されないのも当然ですぞ、晴明殿」

 

晴明は、最大最高の陰陽師は。自身の研鑽と奮闘を見てくれていた。もっとも大切なものを見抜いていた。

 

「その言葉や想いを誰かに告げていれば…理解者は現れた筈ですのに」

 

危うく…晴明が憧れ、手に入らない至宝を手放すところだった。

 

「何故言う必要がある?私には──」

 

本当に、彼に何が起こったのか。彼は未来で、何を見たのか。未来には晴明を変える程の、驚天動地の神秘があるというのか?

 

「ずっと、君という存在がいたのにさ」

 

「──ンンン…。その言葉、待ち侘びていたというのに。案外気持ち悪いですなぁ!」

 

それを──見たくなってしまうのは不思議ではあるまい。その未来を、守護したくなるのは不思議ではあるまい。

 

「フン。未来の彼女と情報社会に感謝するんだな」

 

「えぇ。ならばその未来──」

 

なぜなら自分は──

 

「共に、護らせてはくださいませぬかな?」

 

晴明よりも人心暖かき陰陽師、蘆屋道満であるのだから。初めて道満は、心穏やかに微笑んだ──。




道満「成程…アルターエゴ、自我の側面。リンボなる外道は拙僧の内より出し邪悪と。なれば拙僧が自害してはいかがか?止まりまするか?」

晴明「無理だな。英霊は本人のコピーペースト。何かしらの媒体による『もしもその時代に現れたら』の儚い夢であり、本体になんら影響はない。リンボは既に人類の癌なんだよ」

道満「ぬぅ…しかし、天覧聖杯戦争の目論見は瓦解が目前、どうするつもりなのか」

晴明「おそらく…君を乗っ取りし後は第七のキャスターとして勝手次第だろうな。君はそういうの、躊躇わないタイプだろ」

道満「確かに。晴明憎しでならなんでもやれましょうぞ。外法万歳にござる」

晴明「成仏するか?」

道満「空想樹…養育…異聞帯の要…。……!」

晴明「?」

道満「…思いつきましたぞ。拙僧が出来る、無二の奇策にて秘策を。晴明殿。これならばきっと上手くいきまする」

晴明「マジか」

「えぇ。そなたと拙僧、力を合わせれば必ずや──」

そう語る道満の表情は晴れやかで、何も恐れぬ様子で晴明に語り───



リンボ【…ンンンンンン。無駄、無為、無策でしたな安倍晴明!アルターエゴ・リンボ!此処にて!現界ィ!】

道満の身体を奪い取りしリンボが、悍ましく笑みを浮かべ吠え立てた──。



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