桃子「どうやら私は、いばらぎんに酷いことをしていたようなのでお詫びしに行きたいです。菓子折りを選ぶのに付き合っていただき、ありがとう。リッカねぇ」
リッカ「いいよいいよ!私も酒呑に持ってく酒を選ぶつもりだったし。…レジ行きは香子さんに頼もうね」
(あの約束、ちょっと早くなるかもしれないね。酒呑…ううん、衆合地獄)
メイ『やぁ、リッカ君に桃子。今大丈夫かな?』
桃子「おや、メイさん。こんにちは!一体どこに?」
メイ「少し知人を訪ねていてな?今から大江山に向かう中悪いんだが…」
鈴鹿『ちょっち手伝ってほしいの!あのバカの説得ってゆーか、気付け!!』
リッカ「あのバカ…田村麻呂さん?」
鈴鹿『さっすがリッカ!話早い!』
メイ『私の屋敷で温羅殿の酌で酒盛りしている。最後の切り札を運用するために…一つ頼まれてくれないか』
リッカ「──うん、わかった!」
桃子「では、お会計は私が済ませておきますね。行ってらっしゃい!」
リッカ「すぐ戻るよ!行ってきます!」
「うっ…!?凄い酒の臭い…!」
安倍晴明の屋敷に足を運んで見れば、其処には乱雑極まる酒瓶酒樽の山。蟒蛇の如く飲み干されたソレは、天下の将軍に鬼神が積み上げたものであることにリッカは理解に至る。なんともはやな泥酔ぶりの飲みっぷりからも規格外であることをむざむざと見せつけるは…
「おぉ、おぉ?鈴鹿と似た髪の色してんなぁお前なぁ。鈴鹿信仰してる輩か?いい心がけだなぁおい」
酔っぱらい、酒瓶にへばりつく黒髪の精悍な青年。精悍なのに酔っぱらいは矛盾しているかもだが、事実なので仕方ない。彼が噂に違わぬ、征夷大将軍坂上田村麻呂なのだ。蝦夷を平定し、地獄の獄卒すらも斬り倒したと物語られし無双の将軍。しかし、その姿は傍若無人だ。
「鈴鹿と俺は夫婦神として祀られ信仰を集めたりもしてんだよぉ。知ってるか嬢ちゃん!仲睦まじさには定評があるんだぜぇ。烏帽子が可愛くてなぁ。お前さんみたいな強そうな女にうってつけだぜー」
『このバカ…リッカはアタシのマスターだっての!リッカ、とりあえず刺しとく!引っ叩くも可!』
「まぁまぁ、鈴鹿ステイステイ!…温羅ネキは知り合いなの?田村麻呂さんと」
彼女は田村麻呂に付き合いながら、ケロリとしている。そして何か、訳アリに酒を煽っているので訪ねた所、彼女は真実を口にした。
「まぁ、な。田村麻呂と鈴鹿が存命だった頃、アタシは神秘勇退の真っ最中でな。神通力と術に優れた大嶽丸を始末するのに二人の力を借りたって付き合いがあるもんなのさ。昔だけどな」
生前の付き合い、鬼たる大嶽丸を共に倒したと告げる温羅に頷く鈴鹿。なんと彼女は、既に二人と面識があったのである。
『まー、アタシと田村麻呂がビビッと一目惚れして一緒になって。じゃあ大嶽丸潰そうって話になった時に温羅っちが来てくれてさ。言ったわけよ。未来に今を繋げたいとかなんとか』
いつか、あんた達のように種族の垣根を超えて愛し合う事が許される時代を作りたい。力を貸してくれと温羅は夫婦の二人に頼んだという。大嶽丸を倒す力を求めて、温羅は助力を乞うたのだ。田村麻呂、そして鈴鹿に。
「勿論OKしたぜ俺はぁ。一緒に大嶽丸を倒そうぜ、ってよぉ〜…そしたら鈴鹿のヤツ、鈴鹿のヤツがよぉ!」
『はぁ!?大嶽丸を騙す作戦だって何度言えばわかる訳!?大体あんたが温羅っちとそりゃあもう楽しそうにさぁ!』
「ストップ!ストーップ!」
即座にヒートアップする二人を宥めすかし、落ち着かせるリッカに温羅。こういった場の仲裁、幸いな事に二人とも慣れっこなのである。
「ひとまず、順番にしなって!…まぁ今見ての通り、こうして大嶽丸を倒しに行く前、三人で前夜景気付けに飲んだわけよ。…そうしたら、なぁ?鈴鹿よ」
『…ん。アタシが一人でささっと、大嶽丸の首を取りにいったワケ。相手を油断させ倒す。その為に騙すのも目的の花嫁姿で。アタシ、その頃はこういうJKもない真面目一直線だったからさ。それが最善だって考えたワケよ。…それは、まぁ…それだけじゃなかったっていうか…』
「…自分以外の女の人と仲よさげにされて、ちょっとジェラシー入っちゃったってとこかな?」
リッカの指摘に、恥ずかしげに頷く鈴鹿御前。前日の際、田村麻呂は非常に酔い、飲んでいた。それこそ、夜明けに差し掛かる時にまでである。それが複雑な乙女心であると、リッカは見抜いたのだ。
『温羅っちとそりゃもう楽しげに酒飲んでて気分良さそうにしててさ。アタシの事スルーで放置とかマジ無いじゃん?ちょっと慌てさせてやろって気持ちも含めて…』
「花嫁として欺いた、と。あのなぁ鈴鹿よ、田村麻呂は酔ってアタシに耳にタコが出来るくらい告げてたのは、お前さんの惚気話だったんだぞ?」
そう、温羅相手に酒が入った田村麻呂は自身の嫁の自慢をしだしたのだ。どれほど立派なやつか、どれほど可愛らしいか愛くるしいかを、酒の席で温羅相手に語り続けていたのである。
『…マジ?』
鈴鹿の呆けた声に、呆れ果てた温羅が告げる。互いに非常に根深い事件ゆえ、言えずにいたのだが。
「浮気どころか、俺の嫁が一番かわいい選手権の本命だったってわけさ。心配しなくても、お前さんが思うような事はない、むしろ真逆だったのよ」
「オレがお前以外の女に首ったけになるかよぉ!温羅の姐さんは異種族恋愛のオレを応援してくださったんだぜ!それをお前ときたら!大嶽丸なんぞに嘘でも嫁入りが下さいやがって!姐さんいなかったらうっかり征伐しちまうところだったぜ!本当に危なかったぜ!田村麻呂舐めんな!」
『あー、そう、なんだ。…そうなんだ…てっきりアタシ、温羅に取られたかとはやとちりして…』
「取らん取らん。そんな悪趣味な事しないって。漸く伝えられたな、田村麻呂よう」
つまるところ、鈴鹿は夫の気を引きたさに結婚衣装を選んだのである。本来の聡明な鈴鹿は、麗しき天人の花嫁とあれば必ずスキを見せる確信を持った変装であったのだが、それは大変効果的だったのだ。敵にも、味方にも。
「そんで朝鈴鹿しようと見てみたらもぬけの殻だった寝室でどんだけ肝を潰したか!俺はすっ飛んで大嶽丸の征伐に向かったワケよ、そしたら鈴鹿が嫁入り寸前でよぉ!」
それに血相変え二日酔いを抱えて飛び出した田村麻呂、乗り込んでみたら鈴鹿は大嶽丸の寝首をかく2秒前。それとは知らず武器構え、あわや悲恋の一刀両断…!
「肝を冷やしたのはお前さんにもだぞ、田村麻呂…寸でのところであわや悲恋の結末だった。先んじて飛び出しやがってな!」
だがそれはギリギリで温羅が阻み、田村麻呂は鈴鹿を殺さずに済んだ。しかし鈴鹿の手法は大変田村麻呂にはショックらしく、温羅が大嶽丸を倒すまで鈴鹿と言い争いに終始していたのだという。
「いくら気を引く為の方便、ヤキモチだからって結婚衣装はねーだろ!俺が一番に見たかったものを先に見せやがって!」
『アンタがアタシを先に寝かせて遅くまで酒盛りしてるからでしょーが!それに大嶽丸を油断させて討ち取るにはあれが一番最適で効果的だったワケ!アタシもあの時はメチャクチャ考えたっつーの!』
お互いがお互いに勘違いと齟齬を起こし、今に至るまでの喧嘩に至るわだかまりとなっている事が明かされ、顔を見合わせるリッカに温羅。予想通り、お互いに心が通じ合っているからこそ起きた喜劇よりの悲劇と言えよう。
「ちなみにその大嶽丸はどうなったの?」
「アタシが殴り殺した」
深く納得するリッカ。そして言い争いの絶えない夫婦英霊。信仰の対象にもなっている夫婦神の英霊達が、仲違いしている様は非常に心苦しい。
「リッカ、すまねぇがガツンと言ってやってくれないか?アタシ様はどうも、どっちも正しいと思えちまってなぁ…」
温羅も流石に止めるにあぐねる、真摯にして馬鹿馬鹿しさも漂う仲違い。その仲裁を菊理姫が如くに任されしリッカは息を吸う。
(気持ち同士は互いが大好きだし…拗らせるよりストレートに言うべき!)
『今は平安のピンチなんだよ!?アンタがそんなだらしなくてどーするワケ!?』
「俺に取っちゃお前も京もどっちも大事なんだっての!モヤモヤしたままじゃ守護はできねぇ!」
二人の終わらぬ諍いに対し──
「──仲睦まじい夫婦さん!言いたいことがございます!!」
リッカが今、真正面から切り込んでいく──!
「まず鈴鹿!男の人にとっての初恋、初の妻ってすっごい特別な意味を持つ大事な人なんだよ!だから鈴鹿が思ってるよりずっと、田村麻呂さんは傷付いて引きずってた!クラスメイトが言ってたんだけど、女は上書き保存で男は名前を付けて保存が恋愛!田村麻呂さんは凄く凹むのも無理ないから、二度とやらないほうがいいよ!鈴鹿の魅力なら普通に釘付けに出来るから!」
鈴鹿『う、うん!…アチャー…冷静に考えたらこれ、完全にメンヘラじゃんアタシ…はずっ。はっず…』
リッカ「そして田村麻呂さん!女性は男性の機微をいつも見ていますから、極力報連相を徹底した方がいいと思います!自分がそのつもりが無くてもどう相手が受け取るか!コミュニケーションはどういったつもりで行ったかではなく、相手がどう受け取ったかなんですから!鈴鹿の愛に甘えてしまったがゆえの軋轢!親しき仲にも礼儀あり!」
田村麻呂「お、おぉ…。そうか、寝る前にもうちょい温羅姐さんと飲むって伝えときゃあ、鈴鹿も誤解しなかったよな…こりゃあ、俺も薄情と詰られるも道理だよな…」
リッカの言葉に真摯に向き合い、互いの顔を見合わせる二人。二人の心は繋がっている。だからこそ──
鈴鹿『…する?仲直り』
田村麻呂「おう。どっちが悪いかじゃねぇ、どっちも悪かった。じゃあいくぜ?せーの!」
「『ごめん!!』」
こうして仲直りを行った二人の夫婦。制御不能であった田村麻呂の哀しみと、英霊になってまで持ち込んだ悲恋(思い込み)の誤解が、氷解した瞬間であった──。
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