人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
『印鑑と通帳』
リッカ「な、なんで!?」
天空海「あなたが持ってて!私の血が騒いでる!大金持ったら破産するって!!生き方変えるって私決めたから!あなたなら信じられるから!私から私の財産を護って!!」
リッカ「わ、解りました!絶対護ります!!」
天空海「よろしい!よろしくね!じゃあ私、仕事行ってくるから!ランチは焼肉よー!!」
アカネ「嵐の様に去っていったー…」
リッカ「これ…凄い重いけど、絶対裏切っちゃいけないやつだよね!よーし!」
アカネ「…お腹減ったね?」
リッカ「食堂、皆で行こっか!……」
「「…食堂かぁ…」」
モリアーティ「君にしてはやや乱暴だったネ。家族絡みで穏やかじゃなかったかナ?」
ニャル『面目ない…殺すタイミングが早すぎました。反省です。ともあれ特定、ありがとうございました』
「何、世界中に楽園の目はある。私が蜘蛛糸を揺らせば…あとは神隠しに期待するのみサ」
『現象をまともにとりあう馬鹿はいませんからね。こういう場合、真っ当に生きていればすぐに捜査の手が回るというのに。下衆は自分の首をすぐ締める』
モリアーティ「全くだ。私達のような輩に睨まれたくなければ正しく生きればいいだけなのにネ。いつかどちらの娘が素晴らしいかを決めるために…ん?」
『らららら、らららら、らららら〜』
「…何このおぞましい音階」
『ああ、今ソロコン聞いてまして…』
「なつくさー。はってんとじょうでみんなだいすきー。ららららー。あなたのすむなつくさはいいところー。ごはんおいしい、くうきおいしいぜひぜひおいでー。ららららー、ららららー」
うたうちゃん。パンフレットによれば夏草最高のグラビアアイドル雨宮天空海の許可を得て制作された、水色の髪と瞳。彼女をモデルにしたふるさと奉仕AIとの触れ込みの郷土案内用途のマスコットキャラらしい。絶世の美貌から繰り出される抜けた言動が話題を呼んでいるようだ。一人しかいない客のニャルに、懸命に歌ううたうちゃん。…いや、正確には。冗談抜きで聞いていると気分が悪くなるAIの音階垂れ流しのメドレーが三十分続いている。
【(工事現場の騒音がオーケストラに聴こえるレベルの不協和音だ…ナイアのストリップのBGMに一番違和感がない)】
無論ナイアのストリップとは背中のホックに腕が届かずブラが胸につっかえたり、太ももで下着が引っかかりすっ転ぶただのコメディであり微塵も扇情効果はない。なんなら全年齢である。そんな状況に合うBGMがどんな評価は推して知るべし。そんなAIのおままごとに付き合う事半刻。
「──ご清聴、ありがとうございました」
お経の方がまだドラマチックに歌い上げられていると断言できる聴く精神破壊を終え、珍妙なポーズで締められるうたうちゃんのステージ。周りには人っ子一人いない。鳥も猫も近寄らない程に酷いの一言だからだ。礼儀として、乾いた拍手を贈るニャル。どうということはない、アザトースの寝室に撒き散らされる音楽はこの音階より万倍酷い為慣れているからだ。
【うん、まぁ…歌で迎えるのは辞めたほうが良いと思うよ。正直舌を噛み切りたくなるくらいの聞くに堪えない、世間一般的の私みたいな評価だったから】
「…そう、ですか」
AIが哀しげな…いや、感情のように見える程スキンの出来がいいと言うべきか。しゅんと俯くうたうちゃん。その名前にすら似つかわしくない、お話にならない歌声にニャルも流石に掛ける言葉が見つからない。
【なんだってそんなお粗末なスペックなんだ?今の時代、いくらでもプログラムやアップデートで誤魔化しが効くだろうに。見た目はまさに歌姫なのに、何故アジャストしようとしない?】
「……………」
【…秘匿義務ってやつかな?まぁ、なんでもいいや。少なくも、二度聞きたいとは思わんね。正直観光迷惑だから、騒音公害でスクラップにされない内に他のアプローチでも考える事だ】
勘違いしてはいけないが、彼が優しいのは楽園の皆と家族だけである。それ以外のものなど、空気に漂うゴミ程度か暇なときに叩き壊す玩具でしかない。時間を無駄にしたと席を立つニャルに、うたうちゃんは…
「それでも」
【あ?】
「それでも。最後まで聞いてくださってのはあなたがはじめてです。ありがとうございました。どうか夏草を、お楽しみください」
最低評価、迷惑だから死ね。そんな暴言を送った相手にすらありがとうと頭を下げるうたうちゃん。
【…………はぁ】
……今の邪神は、善意や献身、本心からの尊さに非常に弱いから。その、人に奉仕していては決して報いられない心が放っておけないなと感じでしまったから。
【──ちょっと待った】
「?」
くだらないと解っていながらも。そんな健気な──娘に通ずる危なっかしさは、どうしても放っておけないニャルはうたうちゃんに声をかけるのだった──
〜
【つまり何か?君は【不完全】というコンセプトを元に作られたAIだと?あの歌も、このパンフレットも君が作ったものだと?】
ニャルに渡された、人として扱う証の『空のコップ』を受け取り頷くうたうちゃん。
「AIには使命が必要です。その為に生きる、その為に活動する為の目標、指針、理念になるもの。私に与えられたのは『夏草の皆を幸せにする』というものでした」
【へぇ。でもあの聴く実写デビルマンを聞いた私は断じて幸せにはなれてないけど?むしろ不愉快なんだけど】
酷い言葉を向けられる度、アホ毛がしなだれ瞳孔レンズが小さくなるのが面白くからかうニャルに、真面目にうたうちゃんは頷く。
「すみません。その…私は使命を与えられはしましたが、インストールやアップデートは完全に自己の経験から行うことを組み込まれています。今の歌も、観光パンフレットも、私なりに使命に向き合った結果の産物です」
【──私なり、ね】
この時点で、うたうちゃんのスペックは余りにも高く余りにも精緻で、余りにも非効率的だとニャルは空を見る。自己で考え、自己で生み出せるAI。シンギュラリティポイントはとうに過ぎている。クオリティを備えれば、日本に轟く傑作機なのは間違いないだろうに。
「ですが私の製作者達は、夏草の皆さんは私に技術はもたらしませんでした。何もかもを手探りで、何もかもを模索していけと、使命だけを託して。何故かは、今も解らない」
【制作日時は?】
「2017年、1月1日です。生後半年となります。先の歌は先月、パンフレットは3ヶ月前に」
その制作日時と成長速度は尋常ではない。半年で、彼女は使命とはなにかの産物を作ってみせたのだ。
【姉妹機はいるか?】
「いません。私は唯一であるから、代わりがいないから意味があると。製作者の皆さんは言っていました。…非効率だと思います。代わりがいるから、代えが利くからこそ、AIなのではないでしょうか」
【…解らんか、唯一の意味が】
それが、どれだけ期待されているものか、どれだけ大切に想われたか、希望を託され望まれたものかは、きっと解っていないのだろう。
(正直、兵器に人の心をつけるなという王には全面的に同意だが…彼女は本当に、夏草の未来に寄り添ってもらいたいと願われたんだな)
「教えてください。せめてきっかけだけでも。…私は、どうすればもっともっと夏草の皆を幸せにできるでしょうか」
敢えて、ニャルは冷たく突き放すことに決めた。彼女…いや、彼女に託された成果を尊重したのだ
【さぁな。とりあえずゴミ収集車に乗ってリサイクルでもされたなら多少は──】
「!」
瞬間──うたうちゃんが凄まじい勢いで立ち上がり、周囲を見渡した瞬間──遥か彼方に向けて猛烈に走り出したのだ。その活動駆動は滑らかで、まるでアスリートを見ているかのようだ。水色の長髪がまるで、尾を引く彗星の様に。
【おい、まさか真に受けたのか!?冗談じゃないぞ、優秀な器官でペットボトルRTAはやめてもらおうか!】
慌ててニャルも後を追う。流石に人の身ではワープは使えないため、人にぶつからない空中ジャンプを駆使しうたうちゃんの後を追う。
【一体何を…、!?】
その瞬間、ニャルは理解した。彼女がどれだけ使命に真摯で、どれだけ夏草に役に立ちたいのかと思っているのかを。
「でねー、それがうちの主人がね…」
「やだ、本当?」
ゴミ収集場所において、ゴミ捨てのついでに歓談に花を咲かせる母親達…
「きゃはは、あははっ!」
ゴミ収集車のゴミ入れゾーンを遊び場としてはしゃいでいる、母親の目を離れた子供。
「アイツ、遅いな…ゴミ入れ終わったのか?」
確認を怠り、運転席側からスイッチを押す清掃員。
「待て待て!まだゴミが…おい!!」
「きゃあぁあ!?」
ゴミ収集の起動と共に、ゆっくりとプレスプレートめがけ飲み込まれていく子供。数瞬後には目を覆う末路が待っていることは明白。
人間ならではのエラー。──それらを補正できる、唯一人の彼女はそれを感知したのだ。
「────!!」
腕をねじ込み、子供を瞬時にゴミ収集車から投げ飛ばす。力加減が出来なかったのか、空高く飛んだ子はニャルが掴む。間に合わず、左腕がプレスプレートに潰されていくうたうちゃん。
「うたうちゃん!?おい!早く止めろ!!」
騒然となる現場。ニャルも流石に看過できず力を使おうとした刹那──
「大丈夫です。お騒がせしました」
力強く、左腕を引き抜くうたうちゃん。先程の公園からは数百メートル離れていた。それを感知し、彼女は駆けた。夏草の皆を、幸せにするために。
「お子さんから、目を離してはだめですよ」
「すみません!ありがとう、うたうちゃん…!ありがとう…!」
「おねえちゃん、ありがと!」
「はい。無事で良かった」
左腕が、ぐしゃぐしゃに潰れていても。彼女は赤い血を一滴も流さずに人を護った。それに感謝も報酬も求めず、うたうちゃんは去っていく。使命の完遂のみを達成して
【……これは、詫びを入れなくちゃな】
彼女はガラクタでも、ポンコツでもない。崇高な意志を秘めた郷土AIだと。ニャルは満足げに微笑んだ──
噴水ベンチ前
ニャル【非礼を詫びさせてくれ。見事な人命救助だった。その左腕、私が治そう】
うたうちゃん「すみません、話の途中で。…えっと、あのまま突っ込むべきでしたか?」
【そうならなくて良かったよ。…御礼に、君に託された唯一性を教えよう】
「?」
【人が最初から持っていて、時間と共に機械もいずれ持つものだ。人は携帯のスペックが落ちたら機種変を行う。何故だ?】
「それが合理的だからです」
【そう。だが人によってはいつまでも前の機種、ガラケーなんかも愛用する。何故かわかるかい?】
「………………わかりません」
【唯一性があるからさ。親からの形見、データのアーカイブ。思い入れ…それらが、デメリットや不便を越えた不合理な愛につながる。きっと君にもそうなってほしかったんだろうさ。製作者達も、夏草の人たちも。例えるなら…100年愛されるAIになるように】
「私が…」
【祝福されたAIよ。私は君に興味を持った…いや、君のファンになった。君のプロデュース…良かったら、させてもらえるかな?】
人の善を受けたAI。これは幸運にも、人を愛する神を魅了した。
「──よろしくおねがいします。マスター。あの、お名前は?」
【ニャルだ。君はうたうちゃん…んー。コードネーム、いい?君へ贈る名前】
「はい」
【キャロル・ディーヴァ。聖歌の歌姫という意味だ。さぁ、君の使命を手助けさせてもらおうか──】
機械の青い液体が、邪神に触れる。それがオイルか、血になるかはこれから次第──。
長髪のソウゴ『ほう…邪神め、善き拾い物をしたな』
ウォズ「えぇ、我が魔王」
『ゼロワンライドウォッチ』
──その誇り高い献身を見ていたのは、一人ではなかった。