人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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リッカ「大丈夫、雪風ちゃんに唯ちゃん?」

唯「ありがとう、私は平気!雪風、大丈夫!?」

雪風「当たり前よ、私鍛えてるから!リッカ──」

リッカ「解ってる!百倍にして…!!」

「そうじゃない!止めてあげて!死人が出る!」

リッカ「っっ、そうだった!向こうにサナちゃん達いるから!後で!!」



無慙「おい塵屑ども。なんであんな真似をした。女の顔に腹、一番やっちゃいけない場所に暴力振る真似を何故やった」

「カッ、カカ…」
「うげほ、お、おぇ…」
「ぶぐほ、げぇ…」

3人の男は答えられない。顔面の骨を砕かれ、睾丸を潰され、内臓をいくつか破裂していたからだ。雪風の頬を張った男の腕はぐしゃぐしゃにへし折れている。

無慙「真っ当に生きている輩を汚す邪悪。俺はお前らが許せないんだよ」

「ごめ、ゴメンナサ…」

無慙「死に砕けろ」

明らかに制裁の度を越している領域、頭蓋骨を踏み砕こうと脚を上げ──

リッカ「ストーーーーップ!!」

リッカが羽交い締めにし静止を図る。彼の殺気は、今いるメンツではリッカにしか受け止められない。

無慙「!……そうか、もういいのか?」

リッカ「十分!十分です!」

「なら、確保だ。立て、塵ども。夏草人権遵守法違反に基づき連行する」

夏草に生きる者、夏草に根付く文化、これらを害する者等に断固とした対応を行う。その法の下に命を取らず連行する無慙。

リッカ「…変わってないなぁ…」

一目見ただけで、戦慄すら覚える苛烈さ。誰もこれ以上を望まぬだろう徹底的な罰。邪悪の跋扈を赦さぬ魔道。

彼女は、嘗ての対話を。伊藤無慙との過去の一時を思い返す──


絶し不変なる善性の守護

──まず、彼がこの世において感じた感情は【憤怒】だった。この世には許せないものがある。容認できないものがある。跋扈させてはならないものがある。存在していけないものがある。物心がつく前から驚異的な成長と鍛錬を合わせて己を鍛え抜き、それに備えた。遊びも、生きることも何もかもを己のみの鍛錬に費やした。

 

何故こんなにも胸が滾るのか。何故こんなにも胸が燃えるのか。何故こんなにも苛立たしいのか。その答えを得られぬまま、己を親身に育ててくれた母を支え、マグマの様な激情を抱え生まれて5年の誕生日を迎えたその日、自身の感情、渇望を心から理解し、怒り…否。【憎悪】の発露を知った。

 

なんでもない事だった。誕生日を心からお祝いしようと飾り立ててくれた母に、仕事やら何やらのくだらんストレスを抱え酒に酔った父が手を上げただけ。普段と外面は誠実かつ優しい父が、酒と負担に逃げ最愛のものに手を掛けた。

 

笑う父と、涙する母。その事実を以て、世界が違えば世界そのものを塗り替えるであろう彼の感情、この世界で言えば【起源】を理解した。それは、子であれば一度は懐くもの。形が解らずとも、一度は願うもの。

 

【悪を、許してはならない。悪を滅ぼさなくてはならない】

 

その渇望とすら呼べる狂おしいまでの決意と決心が…悔いない人生を、誰に恥じない立派なあなたでありますようにと名付けられた彼の人生を、生き様を設定する事になる。

 

彼は父を許さなかった。懸命に生き、自分を祝福してくれた人を哀しませた悪を決して許さなかった。二度と酒を飲まない、二度と母を哀しませない、二度と涙を流させないと誓うまで子である彼は彼の悪を断罪し続けた。

 

彼の目に映るもの、全ては悪の楽土だった。幼稚園、小学校、家族知人学友に至るまで。全てが悪を肯定し成す土壌だった。

 

いじめ、迫害、不理解、嫉妬、差別、強欲、裏切り、区別…いつだって悪を為す輩が笑い、善を成す人々は理不尽と非道に涙を流していた。

 

【何故正しい生き方をしない?何故善き者達を貶める?そもそも──】

 

そもそも、何故この世界はこんな理不尽と嘆きを許容する?真っ直ぐ、正しく生きている人間を食い物にする事を何故看過するのだ?彼は憤慨し、彼は慟哭した。

 

許してはならない。決して許してはならない。悪を、蔓延る悪を決して許してはならない。憤慨は憎悪に変わり、憎悪はやがて殺意へと変わり、それはやがて彼を悪を滅ぼす為に駆動する魔道へと走らせた。

 

グループを作り区別する枠組みを破壊した。ストレスを発散するために生贄を求める愚昧を叩き潰した。答案の点数を取るのが上手いだけで他者を見下す輩を実力で上回り、尊厳を粉々に砕いた。理不尽な感情で誰かを虐げる輩を、理不尽な暴力で徹底的に叩き潰した。

 

【悪は滅ぼさなくてはならない。悪は消し去らなくてはならない。悪の存在を許してはならない】

 

そう駆動する彼を、礼賛するものはいなかった。彼に向けられる心配、感謝、忠告、礼賛、打算、利用、下心。それらに彼はなんの反応をも返さなかった。彼はただ、許せなかっただけだ。悪が許せなかっただけだ。ヒーローにも、英雄にもなりたかった訳ではない。

 

【感謝を受け取る一瞬に、縋り付かれる瞬きにまた悪は湧き出てくる。邪魔をするな、この瞬間にも嘆く者がいるのだから】

 

彼は自身を善だと思った事など微塵も無い。彼は悪だ。悪を滅ぼすだけの悪だ。だってそうだろう。母や、人生を真摯に生きる者達が浮かべる輝く笑顔や眩しい汗は自身は一度も縁が無い。あるのはいつだって怒りと憎悪。悪を容認する世界と、悪を魂に飼う畜生共。このおぞましく狂った奈落の楽土。

 

【ゴミはどこだ。屑はどこだ。一人残らず滅ぼしてやる…!!】

 

そんな彼を母は常に気に掛け、もういいと何度も何度も告げた。彼は母の下を離れ、給与の大半を仕送り自身は強靭な信念を以て警官となった。

 

【悪を滅ぼす為には、一人で暴れているだけでは効率が悪い】

 

彼は警官として、あらゆる悪を追跡し、捕縛し、駆逐し、殲滅した。未解決事件の犯人捜査、迷宮入りした事件の病的な再捜査と洗い出しによる解決。見回り、喧嘩の仲裁。彼の目に映る悪と断じられたものは、その根絶を以て潰えた。彼のその凶悪なまでの執行ぶりは、瞬く間に現代社会における正義の体現者と持て囃された。──だが。

 

【どうやら自身が組織なんぞに就こうとした理由は、その根に巣食うものを嗅ぎ付けたかららしい】

 

警察内部──官僚、或いは末端の腐敗を、彼は内部より目の当たりにした。汚職、横領、賄賂、脱税、収賄…この世で最も清廉潔白であるべき組織の実態を目の当たりにした彼は、今まで駆逐してきた悪のようにその剣が如き苛烈な魂を駆動させた。

 

【消え失せろ塵屑共。貴様らに法の番人を名乗る資格は無い】

 

内部告発、狂気的な捜査網による天下り先や汚職隠蔽の把握。排泄や生活、人格形成に至るまでを悪の根絶に費やした彼は、皮肉にも世界で優秀な警官であり、探偵であり、断罪者であり、躊躇いなく違法を行い悪を炙り出す邪悪であった。

 

懐柔が行われた。友誼が行われた。排除が行われた。迫害が行われた。だがそんなものは大事なもの、大切なものがあればこその枷だ。自身より大切なものがあればこその弱点だ。母とは肉親の縁を予め断ち切っているため被害は及ばない。覚悟していた事だった。

 

【俺が望むのは、社会に潜む悪の根絶だ。それ以外に望むことなどあるものか】

 

反社会的勢力が立ち塞がった。金で雇われた殺し屋が立ち塞がった。私腹を肥やした豚の私兵が立ち塞がった。立場で蓄えた…本来なら善である人々を助ける筈の…吐き気を催す畜生共の銃口と、凶刃が何度も何度も立ち塞がった。それらを全てを、己の生き様を刃とした、鎧とした常軌を逸する程の信念で叩き潰した。真っ向から悪を地獄に落とした。

 

数多のスキャンダルが明るみに出た。数多の存在が失脚した。そして彼自身、そんな人間社会に反吐が出た。

 

【正義など何処にも無かった。あるのは敵と、敵の敵だった。こんな汚濁に浸かっていては魂が腐る】

 

そう考えた無慙は転属願いを出した。あらゆる懐柔が通じない、あらゆる譲歩が通じない断罪の怪物の離脱に、脛に傷ある者達は二つ返事で快諾した。

 

【悪の臭いがする場所がある。そこで俺は一人でいつもの様に同じ事をするだけだ】

 

その場所は、夏草。彼は自身に枷を付けてくる輩と腐肉の巣窟から、新たなる悪の断罪を求め、そして──

 

 

「どうして、悪を滅ぼしたいんですか?」

 

橙髪の少女に、そんな事を聞かれた。

 

【考えたこともない】

 

呼吸をする様に行ってきた事だ。考える必要すらないと思っていた。夏草に燻る悪の根を、刈り取っている最中の事だ。

 

「じゃあ今日、あなたに悪い事しちゃいます!」

 

そう言う少女を、どう駆逐し断罪するか。夕方に呼び付けられた部屋の扉を開け、顔を上げた瞬間。

 

「サプラ~イズ!いつもありがとうございます!伊藤巡査ー!」

 

少女はケーキと、夏草を護った事への感謝状なるものを渡してきた。これが悪事かと問えば、彼女は頷いた。やけに彼女の声はよく響く。

 

「約束無しのサプライズ。これ、虚偽や詐称って悪になりますよね。私、逮捕されちゃうかな?」

 

少女の行いは不思議だ。悪と、善が混ざっている。生まれて始めて、排斥するべきか悩んだ。悪は憎むが、善は憎めるはずがない。自分は、──かつて愛してくれた人のように──善を護りたかったのだから。

 

「私、思うんです。悪はあるって。滅ぼせないって。今こうやって驚かせたい、っていうのも悪なんだと私は思います。許せなかったですか?」

 

【…いや。嬉しかった】

 

思えば、誰かと話すのは久しぶりだと感じた。

 

「良かった!伊藤さんが許せない悪って、多分…真面目に生きている人、善い人達を害する悪なんだと思います」

 

その少女は、俺の憤怒と憎悪の起源を言い当てた。

 

「だから、悪は許せないのは当たり前だけど…一緒に考えてみませんか?悪がなぜ、どう許せないのかを、一緒に」

 

…少女と共に、一日考えた。何故悪を許せないのか。どうして悪を許せないのか。考えに考えた。

 

そして、一つ。思い至る。悪に晒された善は、新しい悪になってしまうと。いじめられた奴がいじめる側に。迫害された側が迫害する側に。立場を得たものが、利権を貪る側に。やがて答えに至る。

 

【善は、悪に晒され悪になる。それが俺は…許せない】

 

綺麗なもの、素晴らしいもの。美しいものを害する悪が許せない。悪そのものは誰にもあるのだ。彼女が善意で仕立てた、悪の奇襲のように。

 

【俺が滅ぼすべきは、悪であって悪ではない】

 

少女はにっこりと頷いた。滅ぼすべきは悪であり悪でない。善を犯し、貶め、悪を蔓延させるもの。

 

【俺が滅ぼすべきは──世に仇なす、邪悪なのだ】

 

善を害し、世を乱す悪。悪とは人類が持つものだ。それを根絶するなら、目の前の少女も殺さなくてはならない。そうではない。それは違う。

 

善を嗤い、尊きものを薄い二元に落とす邪悪こそ、俺は滅ぼすのだ。悪は前に進むもの、邪悪は邪な屑。

 

「…わかって、いなかった」

 

悪がなんたるかを理解せず、危うく護るべき善を殺しかけた。自身の蒙昧さと愚昧さを、ただ恥じた。そんな俺に──

 

「いつも、本当にありがとうございます」

 

──そんな風に笑う、綺麗なものを。汚されぬように護れと。彼は彼自身に告げたのだ。

 

 

彼こそは。邪悪を喰らう悪。無慙無愧にて邪悪を滅ぼす、不変の善を愛する者──




交番

タマ「にゃー」ミケ「にゃー」クロ「ふにゃ」

無慙「ただいま。タマ、ミケ、クロ。ちゅーるだ」

「「「にゃぁ〜ん!」」」

雪風「ごめんなさい、無慙さん。余計な手間を…」

無慙「いや、いいんだ。パトロール、ありがとう」

早苗「風紀委員ですからね!真面目です!」

唯「帰ってきたなら言いなさいよ、二人共…もう」

無慙「一応、手配しておいた精密検査を受けろ。子宮に異常が無いかどうか」

雪風「だいじょっ…わ、わかりました」

じゃんぬ(怖いけど、頼もしいわね…だって真面目に生きてれば敵になるわけないんだから)

グドーシ(神罰が如き御仁ですな。なんと苛烈にて潔癖な事か…)

無慙「リッカ」

リッカ「はい!」

無慙「立派に、素敵になったな」

リッカ「──えへへ。はい!」

無慙「だからこそ…気をつけろ。夜は出歩くな。【残骸】が溢れるらしい」

マシュ「残骸…?」

「夜はなんとかなるが、深夜は力になれん。いいか、出歩くな。忠告したぞ。…さ、プラモ屋まで送ろう」

無慙の真摯な言葉と、残骸なる言葉にふたたび一同は顔を見合わせるのだった──

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