人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
ゆかな「ルルの事をどう思っているのか、だと?」
早苗「好きなんですよね?」
ゆかな「好きか嫌いか、だけじゃないぞ。人付き合いはな」
早苗「好きなんですよね?」
ゆかな「だから、単純な好き嫌いだけじゃなく」
早苗「嫌いなんですか?」
ゆかな「…そうは、言ってない」
早苗「良かったぁ!なら相談に乗りますよ!良縁成就、お任せください!」
ゆかな「〜、なら…」
早苗「なら?」
ゆかな「…あいつが喜びつつ、テンパりそうなプレゼントを選んでもらおうか」
早苗「お任せください!照れ隠しかわいいですゆかなさん!」
ゆかな「うーるーさーい」
早苗「いたたたた!いふぁいいふぁい!いふぁいれふ!」
ゆかな(…お前のように素直でいられたなら苦労はない、全く…)
「まさかこうして、なんでもない買い物をする時間が得難い事だと感じる日が若輩の高校生の日に来るとは思っても見なかった。非日常を知ると人は変わるものだな」
お気に入りのメーカーのチェス盤、リッカへの祝の品を吟味するルルがそんな事を呟く。まさか日々に退屈を感じるどころか感謝をするようになるとはあまりにも鮮烈にすぎる。高校生が感じる所感ではないなと自嘲しながら、彼は親友と買い物に勤しんでいる。
「そうだね。日頃に不満があるわけではないけれど、こうして再確認できることは素晴らしい事だと思う。平和と平穏の大切さ…その中で生きていける至上の幸福。それを忘れないようにしたいね」
フラワーセット、或いはイヤリングなどを見繕うスザクも頷く。これは、いずれあちらに戻ってしまうリッカにあてたお土産だ。留学という名目の特殊部隊に参加している彼女に、贈るものを二人で吟味している。
「彼女はとても魅力的になった。悪い虫がつかないかが気がかりだが、あの強さと慕ってくれる相手がいるなら問題はないだろう。悪い男など、近寄ることすらできまい」
「リッカ相手にはスラスラと麗句が出せるのに、どうしてゆかなには辛辣なんだい君は」
「何故そこでヤツなんだ…!ヤツは魔女だ、昼飯におかずを勝手に食べる、ノートを勝手に覗いてくる、休みには部屋に上がり込んでソファやベッドを占領し人を顎でこき使う!恐ろしい女なんだぞあいつは…差し入れと称してしてロシアンピザを食わせてきた時は戦慄したものだ!」
その微笑ましいエピソードにスザクは笑う。彼だけだ、きっとその行動の真意に気付いていないのは。
「彼女は君を嫌っていると思うかい?」
「そうだ。…とは思っていたんだがな…流石に嫌いな人間にキスするほど軽薄な人間だとは思っていない。はっ、もしやヤツは…!」
スザクの目線が、鋭くなる。もしやこれはいい傾向なのやもしれない。二の句を待った結果…
「俺を…玩具だと思っているのではないか…!?都合のいい玩具だと!期待させるだけさせて告白させたのをそんなつもりじゃなかったと拡散して笑いものにするつもりなのか!いや、きっとそうだ!」
駄目だ、自浄作用は期待できない…スザクは首を振り、意を決して告げる。自分が、なんとしてもすれ違いを避けるのだと。別離を、させぬのだと。
「…ゆかなにとっての君は、僕にとってのミアと同じだと思う」
「!…スザク、お前…」
「解るだろう、この意味が。君に向けられている気持ちが邪であるもので、あるはずが無い」
…二人の間のみの、秘密。それはスザクという人間の、一幕の愛と別離を担った女性の名前であるからだ。
〜
「ミアと申します。どうかよろしくお願いします」
スザクとルルが中学、夏草に来る前の事。一年で間もなく、麗しい桃髪の少女がやってきた。高貴な振る舞いと明るい性格で、彼女は即座に人気者となった。そしてそれは、幼きスザクも同じだった。
「ずっとミアの事を見ているな。話しに行かないのか?」
「…恥ずかしいじゃないか。自分から話しかけるなんて…」
彼は奥手で、女性が苦手だった。故にミアの事も遠巻きから眺めることしかしない、意気地なしだった。そんな彼の背中を、ルルは押したのだ。
「ミアと言ったな。お前に我が親友と触れ合う栄誉を与える!さぁ心せよ、今からこいつはお前の騎士だ!」
「る、ルル!君は何を…」
「まぁ、騎士!よろしくお願いします、お名前は?」
「…す、スザク…」
「日本の聖なる鳥、素敵なお名前!よろしくね、スザク!」
「フフハハハハハ!有り難く重用するがいい!」
ルルの仲立ちで仲良くなったスザクとミアは、お互いの距離を急速に縮めていった。ミアの分け隔てない優しさ、彼の誠実さはとても相性が良かった。彼女と彼は常に共にあった。互いにできない事を、互いに補って日々を過ごした。中学生という幼さであれば、男女の仲というものは飛躍するもので。
「スザク、あなたは私の騎士よ。ずっと一緒にいてね?これから未来、ずっと…ずっとよ?」
「…ずっと、か。約束するのは難しいよ。これから先の事は、分からないから」
「もう、意地悪ね。でも…嘘をつかずはっきり言ってくれるあなたが好きよ、スザク。これは本当」
「うん。僕も…君が好きだよ、ミア」
そんな日々が、ずっと続くと思っていた…。そんな二人の子の思惑を、時の流れは認めなかった。
「婚約者、だって…!?」
ミアに告げられた言葉は、衝撃的なものだった。彼女は高校は外国のスクールへと決められ、向こうの格式高い家柄の子と許嫁の関係になることが決められていたという。中学最後の年に、唐突に告げられた言葉だ。ミアにも、スザクにもだ。
「日本を離れて、知らない土地で知らない人と人生を送るのが何もかも決められている…そう生まれたから、覚悟はしておけと言った筈だと。お父様は言っていた。でも、婚約までだなんて…」
「………」
「…私は、家を出る。好きでもない人と一生一緒だなんて考えられない。一緒にいるなら、好きな人と一緒にいたい。スザク、あなたと…」
「…!!」
「私と一緒に生きて、スザク。もうあなたより好きになれる人なんてできない。あなたの為なら、私…」
…スザクはこの時、自らを悔いた。悔やみ、怒り、絶望した。ミアの事は好きだ。大好きであるのは間違いない。自分よりも大切だ。
しかし今、ミアの手を取って自分に何ができる?多少運動ができるだけの中学生が、お嬢様であるミアの人生を台無しにしていいはずが無い。自分には、金も、甲斐性も無いただの一人の男なのだ。
そんな自分が──彼女の心を弄んだばかりに、本来生きるべき彼女の生に傷をつけてしまった。彼女に、自分というノイズを入れてしまった。
彼女が大好きだからこそ──彼女の人生を台無しにはできない。彼は、決断した。
「…いいや、ミア。お父さんの言葉を聞くべきだ。君の幸せを、考えてくれている人の事を」
「スザク…!私は…!」
「子供が逃げてどうにかなると思っているのか!親がいなかったら何も僕達はできない子供なんだ!君は自分の人生を大切にしなくちゃいけない!だから、今の気持ちとわがままで人生を滅茶苦茶にしちゃだめだ!君は…君は…」
君は、幸せになるべきなんだから。──その言葉は、言えなかった。
「……あなたがいない人生なんて、どうやって過ごせばいいか分からないわ。スザク…」
…涙を浮かべ、走り去っていったミアの後ろ姿を見送ることしかできなかった。だが、心の中で安堵していた。彼女は、これで浮浪者じみた暗い未来を送ることはなくなる。親御の庇護を受けて、よりよい人生を送れると。
…かつて汚職の告発をし、自殺に追い込んだ父。自身を置いて消えた母とは違う、立派な両親である事を知っていたスザクは、それでいいと思っていた。
──ミアが自ら、命を断ったと知らされるまでは。
「何故だ!何故だスザク!ミアは何故…何故なんだ!!」
「…ルル……」
「どうしてだ!お前達は、互いが好きだったんじゃないのか!?何故…」
『未来も想い人もままならぬ人生ならば、せめて死の安寧だけはお許しください。これ以上の幸せは、私には無用です』
そう書き残し、ミアは自ら命を断った。自決用の短剣にて、自らを突いて。彼女は奔放だった。束縛を嫌いしかし聡明で、家督の為に生きる事は覚悟していた。自らの境遇に絶望する程弱い人間ではなかった。
…それは、本当の恋慕を知らぬ浅はかな決意だった。彼女は本気でスザクを好きになり、好きな気持ちを偽れず、他の誰かのものになり諦めるくらいならと、命を断った。自らの気持ちに、操を立てたのだ。
「お前の為にならいくらでも知恵を絞った!ミアに言われたんだろう!共に生きようと!何故やる前に諦めた!なぜだ!?」
「…ごめん。ごめんよ。ルル…ミア…」
「!…………スザク……」
スザクは、人を愛する事の重さを今知った。人と心を通わせる事が、どれほどに危険であるかを。
「僕は……誰かを好きになるべきじゃ無かった。ミアは、僕が…殺したんだ…」
彼女の人生を背負う覚悟もなく、彼女を惑わした。──子供に、生涯の愛は重すぎたのだ。二人が思う以上に。
「ルル…ごめんよ。本当に…ごめん…」
「……俺もだ、スザク…。お前たちの力に、もっとなってやれたなら…」
…夏草に至り、高校生になり。ルルは女性の付き合いが極端に苦手…いや、慎重になった。彼は自身の決断を、悔い続けている。
スザクはもはや、女性と関わることを避けるようになった。いや…人付き合い自体を避けている節もある。
彼等は、一人の女性を悼み続けている。今も、ずっと。あの中学の一時から、刻は止まったままなのだ。誰にも告げていない秘密を…
今、スザクはルルに打ち明けたのだ。
ルル「……スザク」
スザク「僕のようになるな、ルル。君は…幸せになるんだ」
ルル「……」
言葉少なく、ルルは頷いた。…スザクは決めていた。ミアと果たせなかったキスを、ゆかなとルルが果たした時から。
『二人は、幸せになれる』と。
ルル「…ゆかなを、誘ってくる」
スザク「行っておいで」
あの戦いで、スザクはルルに自分にはできないことが出来ると確信した。止まった時間にいるのは、自分だけでいい。
『
「…僕とミアを繋いでくれた親友、だからね。ルル」
…癒えぬ傷を抱えた彼は、親友の背中を押した。無二の親友の、幸せを願って。