人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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──ジークフリート、俺は…お前は…ただできるからと言って…


…すまない。

──私はあなたを愛しているわ。例えあなたの目に、私が映っていなくても。

…すまない。

──なんとしても彼女を手にしたい。ジークフリート、貴殿にしか頼めないのだ。

…すまない。

俺は…結局のところ。周りの全てを不幸にした人間なのだ。





愛の定義をご存知?

そう、ただ一緒にいてくれる。それだけでいい。求めるから不和を産み、望むから不義を生むの。

愛する人は、そばにいてくれるだけでいい。

そう──それだけで良いの…。


あの日のすれ違い

「マスターは友と、仲間達と素晴しい時間を過ごせているようだ。良かった、本当に何よりだ。本来なら、その時間こそあるべき姿なのだろうから」

 

夏草、町内噴水の周囲にベンチが置かれたデートスポット。夜闇を照らすイルミネーションと、幸せを語り合うカップル達がざっくりと背中の開いたスーツに身を包んだ屈強なイケメンがベンチを占領し物思いに耽る姿に二度見し通り過ぎていくのも気付かず、マスターであるリッカの現状を、サーヴァントとして想う。そう、彼は護衛メンバーの一人であるのだ。夏草の民達への。そんな彼は、愛する者たちが愛を睦む素晴らしさを噛み締めながら空を見上げる。

 

(ハーゲン。そしてクリームヒルト。俺は頼みを、願いを聞き届ける生き方に終始していた。それ故…君達を個人的に省みる事をついぞ思い浮かばなかったな)

 

彼には妻と、友がいた。共に生きようと願われたクリームヒルト、高めあったハーゲン。それらは彼の英雄譚に欠かせない存在としてニーベルゲンの歌には記録されている。しかし──

 

(彼に不変の友情を誓ったのは覚えている。彼女を愛していたのも覚えている。しかし──)

 

しかし、それだけだ。それだけなのだ。あの日に飲んだ酒の味。重ね合った剣戟の重さ。語り合った夢の在処。妻と過ごした幸福、平穏。それらが…何も、思い出せない。

 

(竜殺しの際の記憶も、細部がまるで記憶にない。始めはファヴニールの恐ろしさに無我夢中になっていたからと思っていたのだが…恐らく)

 

恐らく、それは違うのだろう。自分は『ニーベルゲンの歌』という原典、神話にて恐らく『添え物』でしか無かったのだ。竜殺しを果たした無双の英雄…後に起こる悲劇と、凄絶なる復讐の物語の主演こそ真なる存在。真なる英雄。復讐者たるもの。

 

(クリームヒルト…君は、人理の存続に果たして参じてくれるのだろうか。君の想いは、人理を護る英雄として果たして刻まれているのだろうか。)

 

そもそもだ。自分は彼女を想い、愛する資格はあるのだろうかとすら思う。生前の頃、彼は周りに願われるまま、望まれるままにクリームヒルトと結ばれた。

 

クリームヒルトが望んだ言葉を、望まれた行為を望まれたままに行った。そこに、神話に紐づけられた愛以上の感情は無かった。願われるままに応える。そういう生き様を選んでいたジークフリートは、もはや意思すらも自身の思うままには出来なかったのだ。

 

そして彼はかつての領主、グンター王の求婚の手助けを言われるがままに行う。勇猛なる女傑ブリュンヒルト(北欧のブリュンヒルデとは異なる)の婚姻条件は自身より力の強い男のみと定めていたところ、グンター王に姿隠しのタルンカッペを使い助力したのだ。そしてその事を、どちらの夫がより優れているか口論になったクリームヒルトが口外してしまう。

 

『我が夫の力無くば伴侶一つものにできない男に、それを見抜くことすらできない女。お似合いですこと』

 

その発言にて、もはやジークフリートが死ななくてはどうしょうもない状態にまで状況が悪化し、ジークフリートの弱点を知るハーゲンのみがその役割を果たせると彼は親友にその役割を任せてしまう。

 

(その判断に後悔は無かった。しかし俺は…数多の人間を不幸にしてしまった。ハーゲンも、グンター王も、そしてクリームヒルトも)

 

グンター王に姑息な手段を取らず、誠実に向き合うべきだと諫言するべきだったのだろう。そうすれば、クリームヒルトの中に彼等を嘲る想いは生まれなかったかもしれない。

 

ハーゲンに自らの暗殺を頼んだが…親友を背中から刺せと担われ、笑顔でそれを本人により託された彼の想いは、果たしてどこに行ったのだろう。

 

そして、クリームヒルト。なによりもすまないのは…クリームヒルトが自身を想い行ってくれた全てに、彼は実感が極めて希薄なる事だ。彼女はジークフリートを悼み十三年喪服を脱がなかった。そして復讐の為にフン族の王に取り入り、ハーゲンの首をジークフリートの魔剣で斬り落とした。ハーゲンがせめて友の遺品はと管理していた愛剣で、だ。自身が選んだ結末が、頼まれるがままに生きてきた結果を振り返ってみればこれなのだ。自身の意志が、何処にも介在していなかった結果がこれなのだ。

 

(…いつか君たちに、詫びる事が出来るのだろうか)

 

サーヴァントとは、かつて偉業や伝説を果たした存在あるが故の影法師。何度詫びようと、いかな奇跡を起こそうと、刻まれた伝承や神話が塗り替わる事はあり得ない。受肉し新生しない限り、自身らは仮初の顧客、奇跡の類でしかないのだ。それでも、思わずにはいられない。

 

かつて出来なかった、本物の友誼で友と語らい、背中を預け戦う事。

 

そして、今度は本心からクリームヒルトを受け止め、共に時間を過ごす事。

 

(願望機の生き方ではなく、今度は俺自身の意志で…かつての彼や彼女に向き合いたい。それが許されるのならば)

 

そして同時に思う。マスター…リッカがどうか、自身のようにならない事を。願われ、乞われ、それをただ果たすだけの人生を送らない事を。

 

(誰もが自分の人生を生きている。その人生の主役は誰のものでもない、自分自身のものだ。世界を救った英雄という記号に、現象になってはならない)

 

君の人生は君のものだと、彼は伝えたいのだ。その点では、この帰郷は実に意味のあるものだと信じている。彼女の人生が彼女のものであることを、どうか噛み締め、忘れないでほしい。

 

(…さて、俺も戻るとしようか)

 

立ち上がり、彼自身も自分の帰る場所へと戻る。今の彼には、帰る場所や頼もしい仲間がいるのだ。いつか、そんな輪に彼や彼女が入る日を、淡く夢見ながら竜殺しは空を見上げる。

 

(この広く美しい世界を、どうか共に護らん事を。その日が来るまで、俺は剣を振るい続けよう)

 

そう──弱きを助け強きを挫く、悪を倒し正義を示すもの。正義の味方として誰恥じる事もない生き方を貫く。それが、彼の選んだ生き様だからだ。

 

その決意を聞いたなら、ハーゲンはなんと返すだろうか。今更か、と笑うだろうか。愚かだなと肩をすくめるだろうか。

 

いつか出会えたその日に、自分は君を抱きとめる事ができるだろうか。自信を持って、君に愛を囁やけるだろうか。

 

(すまない、まだ自信がない。だが必ずやってみせる。そう──楽園の、素晴しいマスターと共に)

 

改めて自身の原点を再確認し、彼は歩き出す。いつの日か、自身の神話と向き合う日が来る、そんな事を信じて。

 

「あ、あのー。これ、よかったら…」

 

「紛失届や被害届はこの交番に…」

 

「?すまない、ありがとう…?」

 

…ざっくり空けられた背中のスーツデザインから、何か通り魔に襲われたものか何かと勘違いした夏草カップル達に、毛布や交番の電話番号をプレゼントされるジークフリートでしたとさ。

 

(夏草…素晴らしい土地だ。俺のような不審者にもこんなに優しくしてくれるとは)

 

ジークフリートはその気遣いに人知れず感動し、より一層世界を護る事を決意するのであった──。

 




──復讐する際に最も許せないものの定義をご存知?


殺した相手?えぇ、赦せませんね。五体を砕き、断面を抉り、尊厳を踏み躙り殺さなくてはなりません。

差し向けた黒幕?えぇ、腸を引きずり出し、目玉をくり抜き脳髄を犬の餌にし首を蹴鞠にしても飽き足りません。

ですがそれは些末です。えぇ、些細なのです。

本当に仕留め、復讐すべきは、そう…

世界そのもの。

奪うことを容認し、奪われる嘆きを見過ごした、この世界。存続していることこそおぞましい。

なら、そうですね。わかるでしょう?

滅んでもらわなくては始まりませんね?

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