人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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悪かった。私が悪かったよ。だからもう泣かないでくれ。もう離れたりしないから

本当だ、お父さんはお前には嘘をつかない。これからどんな時も家族として、傍にいる。約束だ。

父親として、お前を育てると決めたのだからな。絶対に嘘はつかないさ。

…しかし、子供とは変なものだ。肉体的な痛みよりもずっと…

…一人ぼっちが怖い、なんてな…


偽善の十字架

「さて、どれがいいかな?それともあれがいいかな?どれも魅力的な品だ、たっぷり悩んで決めなくてはな」

 

ロリンチリスペクトの台詞を宣いながら、フェイト・シーの土産屋を冷やかす邪神ニャルラトホテプ。家族の分のお土産は当然用意しているので、今探しているのは別の…しかし、決して縁浅からぬ相手に向けてのプレゼントである。

 

(今度会ったときにはきちんと謝ろう。そしてもし良かったら、彼女を地球に迎え入れ親戚として改めて付き合いをやり直すんだ)

 

かつて出逢い、利用し使い捨てたアンゴル族の娘。その少女と連絡を取り非礼を詫び、そして改めて友好を結ぶ。ニャルはそれを画策し手土産を用意していたのだ。今の彼は彼女を生体兵器ではなく、一人の命として見ることができているのだ。

 

(ナイアともきっと仲良くなってくれる筈だ。もし彼女さえ良ければ義姉妹の契りを結んでもらいたいものだが…その為にはまず、私が誠意を見せなくてはな)

 

ナイアと彼女は、共に善なる存在だ。ならばきっと互いを認め合い、心を通わせてくれる筈だと信じている。家族の様な存在が増えることは、今の彼にとって喜ばしい。

 

「お会計、5万8000円になります」

 

「カードで」

 

手に収まらない土産の量からも、彼が浮かれているのは明らかであった。彼は鼻歌交じりにテラスの席に座り、彼女の庇護の計画を進める。

 

「そう言えば、彼女の連絡先聞いてなかったな…まぁ宇宙の番人に聞けばいいか」

 

片手落ちに気付いた彼は軽快に携帯電話を取り出し、とある場所にコールをかける。すぐさま、向こうの相手と連絡が付く。

 

『こちら宇宙警備隊隊長、ゾフィー。何か御用かな?』

 

光の国、隊長ゾフィーに軽快に電話をかけ、用件を尋ねる。彼が知りたいのは少女の行方だ。ゾフィー隊長も掛けてきた相手が誰かは別に気にしていない。

 

「すみません、アンゴル族の少女なんか保護したりしてませんか?行き先を知りたいんですが」

 

『アンゴル族の少女?…すまない。こちらも足取りは掴めていない。しかし、アンゴル族…君もアンゴル族の生き残りを探しているのか?』

 

光にて鈍ったか、心が浮ついていたか。彼はゾフィーの声がやや沈んだ事に気付かなかった。

 

「そりゃあ探してますよ。彼女を保護したいと考えてるんで。放浪中かぁ…彼女ちゃんとアンゴル星に帰っているんですかね?まだ地球人換算で二十歳になってるかどうかでしょう?」

 

『………。すまない、どうか落ち着いて聞いてほしい』

 

そう前置くゾフィーの沈黙はやや長かった。伝えるべきか悩みに悩んだのだろう。しかし、それを伝えることが誠実と判断し、彼は真実を提示した。

 

『アンゴル星は…2250年前に滅んでいる。今宇宙に存在している彼女が、アンゴル族最後の生き残りだ』

 

「………………なんですって?」

 

さすがの邪神も、二の句を告げる事が叶わなかった。彼女の故郷が、既に滅んでいる。悪いジョークにしか聞こえなかったからだ。

 

「冗談きついですよ隊長。アンゴル族と言えば星砕きが生業の宇宙の断罪者ですよ?そんな奴等を誰がどうやって滅ぼせるっていうんです?」

 

『…痕跡からして、ウルトラウーマンフィリアが追っているとされる遊星ヴェルバーの手によるものと思われる。近くに点在していたケロン星と共に、全ての文明は収穫された後だった』

 

ゾフィーが開帳した惑星の様子…そこには、何も存在していなかった。文明の跡も、生活の営みも、何かが生きていた形跡すらも、何も。全て、根こそぎヴェルバーに回収された跡なのだとゾフィーは静かに告げた。

 

「……馬鹿な…」

 

そう呻いたニャルラトホテプは、あの時の出会いを思い出していた。世間知らずで、騙される側でしかないような箱入り娘。それが、彼女に懐いた印象でありイメージだった。

 

(初めて出逢った時、既に彼女の故郷は滅びていたのか。それでも彼女は諦めることも嘆くこともなく懸命に生きていたのだ。自暴自棄になる事もなく…)

 

この広き宇宙を、たった一人。放浪し、迷い、そして使命を果たす為に懸命に生き抜いてきた一人の少女。きっと、想像もできない苦悩と奮闘があったのだろう。孤独感や寂寥は、並大抵のものではなかっただろう。

 

そんな彼女が発した『おじさま』の意味。それがどれほど重いものであったか…今になって、邪神はその重さの意味を知ったのだ。

 

『ヴェルバー、並びにアンゴル族の少女の動向は光の国でも総力を挙げて追っている。何かわかれば、すぐにフィリアに伝えよう。どうか我々を信じ、待っていてほしい』

 

「……えぇ。ありがとう…ございます」

 

ゾフィーに礼を告げ、ゆっくりと携帯を下ろすニャル。…かつての自分であれば、栄枯盛衰の目にあったアンゴル族に嘲笑の一つを浴びせるのだろうが…

 

「…一服するか…」

 

力無く立ち上がり、喫煙所に向かう彼からは、そんな悪辣さは見る影もなく…──

 

 

「………」

 

タバコを吸いながら、彼は思い出していた。それはナイアがまだ、小さい幼児といっていい年齢だった頃。彼女は聡明で献身的で、よく言いつけを守り物わかりの良い素敵な娘であった。

 

しかし彼女は泣くことがなかった。不慣れな作業で手を切っても、何か怪我をしたとしても、決して涙を見せなかった。彼女は強く、そして痛みに負けぬ鋼の心を既に有していたのだ。そんな彼女が──一度だけ、大泣きした事があった。

 

(一緒に買い物に行ってちょっとはぐれてしまった時、迷子の管理センターで店中に響き渡るくらいに大泣きしてたんだったな、あのナイアが。一人になったら、今までの気丈さが嘘のように)

 

恥も外聞もなく、大粒の涙を流してひたすらにナイアは泣いていた。迎えに行き、自宅で泣き付かれて眠るまで彼女は泣き続けた。彼女は何よりも怖かったのだ。恐ろしかったのだ。最愛の父と、離れ離れになる事が。小さな子にとって、家族は世界の全てであり軌範となるべき存在。彼女の中でニャルは、もう生涯の父親だったのだ。

 

ならば、あのアンゴル族の少女はどうだったのであろうか。星を断罪する種族として、彼女は友好的には見られなかっただろう。行く先行く先でやっかみを、迫害を受けていたかもしれない。この広い宇宙で、誰も頼れる者はおらず。帰る場所も、もうどこにもない。迎え入れてくれる家族も、もういない。

 

そんな中、自身を褒め、認めてくれた相手がニャルなのだとしたら。星も、隣人も、家族も。それら全てを失った彼女が受けた友好的な態度をとったのが、ニャルなのだとしたら。

 

『ありがとうございます!おじさま!』

 

その言葉には…言葉以上の万感の想いが込められていた筈では無いか?彼女がこの宇宙で触れられた好意、友好的な態度では無かったのだろうか?

 

そんな彼女に…かつての自分は何をした?

 

「…これが善を嘲笑い、弄んだ報いか…」

 

初めからただの悪性の化身であれば、痛む心など生まれなかっただろう。なれど今彼は仲間がいて、家族がいて、頭プレシャスと変化している。今の自分を、今の顔を彼はなによりも愛している。なればこそ、だ。

 

「善性に目覚めた悪は、自らの罪で己を焼くか…」

 

最早滅びを覆すことなどできない。そして彼女も行方知らずのまま、探し出し保護する事も叶わない。彼女に償えるような事は、もう何も無いのだ。

 

「…せめて、無事でいてくれ。どんな形でもいい、生きていてくれ…」

 

あらゆるものを玩弄し、嘲笑うトリックスター。無垢なる善すらも騙し得て、己の本懐を果たし続けた邪神。

 

…そんな彼が、かつて踏みにじった善に出来ること。それはただ、祈る事のみであった。

 

…かつて、自身に命乞いをしてきたあらゆる生物の様に。




エキドナ「あ、いたいた。なにやってんのさアンタ。ナイアから離れるの珍しいじゃん」

ニャル「……」

エキドナ「ナイア、また友達が増えたってはしゃいでたよ。刑事だったりシスターだったり、あの娘も中々縁が幅広いんじゃん?そこもアンタ似なの?」

ニャル「そうかも、しれないな」

エキドナ「……元気ないじゃん。どうしたのさ」

ニャル「私は…」

エキドナ「?」

ニャル「私を殺すも、生かすも。どうやら…善なようなんだ。エキドナ」

エキドナ「………」

ニャル「私は彼女に…今までいったい何を…」

エキドナ「…夜、飲もうよ。付き合ってあげるからさ。ね?」

ニャル「……あぁ。よろしくお願いする」

多くを語ろうとしないニャルの背中を、静かにそっと叩き気持ちを汲むエキドナであった…。

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