人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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ギルガメッシュ「この夏草…実に善き都市だ。何より自然と景観がよい。民草はやや強度が足りんが、山や海のバランスが良好だ。わくわくざぶーんがあれば完璧であったが…まぁそれはいずれ設立しよう」

──うぅん…むにゃむにゃ… 
フォウ(ぐぅ…)
「フッ、心地よさげに寝おって。よし、更に風土に加点してやろう。夜風よし、ギルガメレビュー更新せり。ふはは、では孤高の月見酒とも…」

(…そういえば、夏草のエルキドゥとも言うべき機人をまだ拝んでいなかったな。どれ、冷やかしに行くも一興か?)

ギルガメッシュ「…兵器に人の心が備わったところで、待っているのは苦悩だけ。この我の持論すら覆してみせるとは。フッ、まこと業腹な都市よな」

王の所感をも、夏草の夜は受け止める。黄金の帆船は、隣人の自宅へと──


心の迷いと黄金の激励

(想像以上…だったわね。オフィーリアの抱える機能)

 

「うん。正直…とても個性的だった」

 

個性的。それが精一杯のフォローとして働いてしまうほど、オフィーリアの歌声は常識の一線を画していた。呪いの歌よりも直情的で純粋な…破滅の歌。それを間近で聞いた彼女達は沈痛な表情で思い返していた。エンジェルグレイブが彼女の使命に仕込んだ、悪辣極まる機能を。

 

(ソリタリーウェーブ…振動周波数を理解さえできればあらゆる物質を破壊してのける最悪の音響兵器。彼女自身に悪意は微塵もなくても、その歌自体が世界の全てを破壊してしまう。…七日目の最後にとんでもない相手がやってきたわね…)

 

そう、彼女の用途はシェルター内部の攻略なのだろう。人間の発している固有振動数はとっくに把握しているだろうし、それさえ理解してしまえばあとはシェルターの近くで歌うだけ。それで全てが完了する。人類の生き残りの掃討…彼女が有している使命は、それなのだ。

 

(あーもう!エンジェルグレイブはなんでそんな悪辣な方向に思い切りがいいわけ!?例えば癌細胞や悪性腫瘍、痴呆の原因になる脳内タンパク質の周波数を入力できれば画期的な医療技術になる可能性だってあるじゃない!陰険なのよ、陰険!)

 

ディーヴァの無念げな怒りにも返す言葉がないうたうちゃん。今回ばかりは、彼女たちとのやり取りで突破できる領域を大きく超えているからだ。

 

「…喉の共振ユニットを入れ換えれば、機能は無くせるかもしれない。でもそれは、彼女自身の歌声をそっくりそのまま入れ替えてしまうということになる…」

 

現実的な手段を考えれば、問題の部分を入れ替えてしまえばいい。エンジェルグレイブ製品規格で無くなれば、その機能は不全となるやもしれない。だが、それはオフィーリアが望むことなのだろうか?あなたの歌声が危険だから喉を取り上げます、代わりの喉をあげますからというのは…自身が夏草の皆に受けてきた優しさとはあまりにもかけ離れている。

 

「あの破滅の歌だって、彼女の個性だというのなら。私達の判断でそれを取り上げるのは違う…違うと思う」

(その気持ちは…解るわ。凄く解る。私達は代わりがいないって扱いをしてもらった。出来るならオフィーリアにもそういった触れ合いをしてあげたい。あなたの気持ちは痛いほど…)

 

だからこそ、エリザベスもシミュレーターを託したのだろう。壊してしまうなら、せめて壊していい場所をと。例えそこに、決して人が立ち入れない空虚なステージであったとしても。

 

(でも、でもようたう。彼女がその歌声で一線を踏み越えてしまう前になんとかしてあげるのも…優しさになるんじゃない?彼女が殺戮AIと、破滅の歌姫となじられる前にできること、してあげるべきじゃないかしら?)

 

犬の噛みつきを阻むように、セーフティをかけるように。彼女が自覚なく、誰かを傷つける前に。取るべき手段は取るべきだとディーヴァは主張する。うたうちゃんはその気持ちもまた、痛いほど解った。オフィーリアを思えばこそ…彼女に恨まれてでもなすべきことがあるとうたうちゃんに告げた。

 

「でも、でも…私には…」

 

うたうちゃんの脳裏には、オフィーリアの真っ直ぐな憧れの目線が浮かぶ。かつての下手に極まった歌声ですら、まっすぐに素晴らしいと言ってくれた後輩。そんな彼女の笑顔を曇らせる判断が、非情な決断が…どうしても、できない。

 

「彼女の使命を私は応援したい。でも、聞く人を破滅させる歌声を見過ごす訳にはいかない。…見つけられるの?あと一日で、オフィーリアも、私達も笑顔になれるようなアイデアを思い浮かべる事ができるの?」

 

(………シミュレートしたけど。確率、聞く?)

 

解っている。うたうちゃんにも解っているのだ。それでも、絶望の結論を告げる憎まれ役を買って出てくれたディーヴァは、毅然と告げる。

 

(見つけられる確率は、1%。この1%も…オフィーリア自体を、作り、直して…)

 

「ディーヴァ。…ありがとう、もう無理しないで」

 

(…ごめんなさい。作り直したらそれはもう、『後輩』のオフィーリアじゃないものね…)

 

作り直せる、代わりが効く。それが発明品の素晴らしさであり量産性の利点だ。オフィーリアもまた、エンジェルグレイブを通さず作り直せる。だがそれはもう『新型』であり同じではない。エリザベス達の姉妹でも、自分達を後輩と言ったオフィーリアではないのだ。新しい生命、新しい使命を背負った、同型の別人。

 

替えの効かないAI。それを両立、擁立させるのはこんなにも難しい。自身の奇跡に感謝しながら、うたうちゃんは突っ伏す。何も思い浮かべない、何もできない自分を悔やみながら。

 

「…オフィーリア…私たちはあなたに、何をしてあげられるの…?」

 

無力感に苛まれる、人間の心を有した電子の生命。ディーヴァもまた沈黙に嘆いた──その時だった。

 

「──夏草の名産品の様子を見に来てみれば、なんとも湿りきった有り様ではないか。話と違うではないか。流れる水が如く、そよ風が如くに奉仕するAIというのは誇大広告であったか?」

 

うたうちゃんの自宅のテラスに、黄金の威光が差し込む。月光すらもかき消し夜を切り裂くその目映さ。それはあらゆる悲劇や涙を吹き飛ばす、痛快無比な黄金色。

 

「あなたは──ルンルン気分王様…!」

(ギルガメッシュ王よ!ギルガメッシュ王!頭が高いわ私たち!伏せなきゃ!)

 

「ふはは、ルンルン王と呼んでもよいぞ?まぁそれはともかく。我が至宝は微睡みの時分、一人で月見酒を堪能せんとヴィマーナを動かしてみればそこには陰気臭い涙を流すAIがいるではないか。舌に合わぬ故晴らしに来てやったぞ。特に許す、悩みを述べるがいい。エアが起きる故、なるべく静かにな」

 

「は、はい!実はですね、王様!」

 

「…うむ、なるべく静かにな?」

 

うたうちゃんは話した。オフィーリアが持つ使命、そして宿命。恐ろしい機能と、純粋な心。どちらかではなくどちらも取りたい。そんな願いを、黄金の王に詳らかとする。王は静かに、聞き及んでいた。

 

「成程。心と破滅を有したAIを諸共に救いたい。貴様はそう願うのだな?電人」

 

「はい!でも、私達だけではどうしても、その解決策が思い浮かばなくて…」

 

「たわけ!」

 

ピシャリ、と王は二人を一喝した。それは王にのみ許され、人間の有する大罪が一つであったからだ。びくり、とうたうちゃんは及び竦む。

 

「貴様ら二人だけで誰かを救うと?甘やかされ増長するは子の宿痾だが、他者にそれらを向けるは看過できぬわ馬鹿者め!自らのみで何かを成す、自らのみで誰かを救わんとする…それは傲慢と言うのだ!」

 

「ご、傲慢…私達が…?」

(王様…)

 

「貴様等の心は誰が育んできた?何者が育んできた?どのような環境で育まれてきた?貴様と半身のみの世界で築かれたものか?そうでは無かろう。貴様は誰かを信じ、そんな貴様を誰かは信じてきた。故に今の、人の心を宿した貴様等がいるのであろうが!それを忘れ、自身らが万策尽きたから他者を諦めるしかないだと?そのような思い上がり、懐いて良いのは我のみだ、たわけめが!」

 

それは真摯な叱咤であった。人形遊びなどという侮蔑ではない。おままごとなどという嘲笑でもない。心を有し、生きているものにのみ与える…誠実な激励であった。

 

「万策尽きたならば他者を頼るがいい。何も見えなくなったなら声を上げるがいい。貴様の周りにはその困窮に活路を見出す傑物がいくらでもいるであろうが!心を有するは──苦悩は多いがまぁよい!だが心に閉じ籠もるは、貴様を育んだ全ての者への背信にして侮辱と知るがいい!我が言葉、その幼き心に焼き付けよ!この──おませさんめが!!」

 

「───!!!」

 

うたうちゃんは──叱られたのだ。それは無垢な子ならではの全能感であり、愚かしい傲慢さであった。目の前の王様は、自身をしっかり見据えて、まっすぐに叱ってくれたのだ。

 

誰かを頼ること。誰かに助けてもらうことは…決して恥ずかしいことでも悪いことではないのだ。お前たちは二人だけでここまで来たのか?そう、王様は道を示したのだ。

 

(…そうだわ。私達にできないことが、私達の知る皆ができないとは限らない!私達は、たくさんの人に支えられてきたからここにいるんじゃないの!)

 

「──はい、はい!その通り、その通りです!私には…頼りにできる人が数え切れないくらいいる…!」

 

「フッ。我もばか者に飛ばす激が様になってきたな。──叱咤激励など、育つ愉しみを知らねばやらぬ愚行よ」

 

それだけを告げ、王はヴィマーナに飛び乗る。月見酒を邪魔する陰気臭さは吹き晴らした故だ。

 

「ではな、電人共よ。明日の昼までには打開策を用意しておけよ?その顛末、楽しみにしているぞ──」

 

ヴィマーナは起動し、晴れ渡る月夜へと飛び去る。本当にただ、その悩みが気に食わなかっただけの来訪。王ゆえの、波瀾の激励。

 

だが──うたうちゃんとディーヴァはいつまでも手を振っていた。あの姿こそが、人類の全てを背負う王。皆が大好きな王様なのだと。

 

いつまでもいつまでも──黄金の王様に、電子の隣人は感謝を捧げていた。




ディーヴァ(やること、決まったわね。うたう。もう怒られないようにしなきゃ!)

うたうちゃん「うん!」

うたうちゃんは端末を起動する。信頼する全ての人に向けて。

『私の後輩が、気持ちよく歌える為に何かをしてあげたいです。彼女の為に、大切な仲間の為に』

「──皆様の力をどうか、貸してください…!」

端末から発せられた、彼女たちの嘆願に懇願。それらは確かに──

ギルガメッシュ「──フッ。それでよい」

オーマジオウ【うむ】

確かに、届くべき相手へと届いていた。

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