『目を醒まして』
──一つ目の願いにより、身を蝕む狂気と胸に宿る憎悪から、英雄の本分にして己を見出した。
『貴方が守護し、救い続けた人達を思い出して』」
──二つ目の願いにより、己の成し遂げた偉業、笑顔を浮かべる人々の営み、そして今まで続く世界の素晴らしさを思い出した。
『
──三つ目の願いにより、大英雄はその美徳と人の奇跡、そしてそれを成し遂げる力を授けた神を受け入れ。
狂える大英雄は、真なる力と魂を取り戻した。
『…ヘラクレス』
「──貴様も訪れていたのだな、女神ヘラ。最早決して切ることの出来ぬ栄光の本源。我が生涯を翻弄し続けたオリュンポスの女神王よ」
他言無用、そして立ち入り無用。楽園の最重要プロテクトの区画にて、黒神──ヘラを宿した少女は英雄の頂点にして無双、最強の大英雄と相対する。楽園においても、彼を上回る英雄はギルガメッシュのみ。あらゆる英雄、あらゆる神話、あらゆる伝説の至高の頂点。それが彼、ヘラクレス。彼は静かに黒神を…ヘラを見つめていた。
「夏草の少女を依代にしたのだな。よい判断だ。もしそのまま来ていたならば貴様にヒュドラの毒矢を堪らず射ったやもしれん。しかし…貴様が認める人間が、よもや当代に現れようとは」
ヘラクレスは静かに、淡々と語る。そこには憎しみも、怒りも思わせぬ穏やかな口調だ。
(彼は──私を、気遣ってくださっているのか)
ヘラクレスは英雄達の頂点であり、不撓不屈と忍耐の概念そのものだ。そして今の彼はバーサーカーではなくアーチャー。ヘラへの怒りより、憎しみより、それを宿した少女の魂への賛美と、その儚き命を最大限慮っていてくれたのを黒神は感じとっている。…だが。
(雄大な霊峰を、巨大な滝を、流れ出る洪水を前にしているかのようだ…っ!気を抜けば、意識を手放す…!)
ラオウすらも上回る覇気と威風。それらは黒神の意識を圧してあまりある。腰から砕けへたり込んでしまいそうになる大英雄の圧を、黒神は全身全霊で相対しているのだ。
(『かような事に付き合わせ、すまぬな。おまえの魂にかけて、速やかに儀を終わらせる』)
ヘラもまた、人の身たる彼女を慮る素振りを見せていた。このヘラは黒神と魂を共にし、黒神の気高さに影響を受けている。即ち、嫉妬などに揺らがぬ神の気高さが強くカテゴライズされたヘラなのだ。
『暫く会わぬうちに、弁舌が達者になった。やはり狂う貴様よりそちらの方がらしいものだ』
「あぁ、貴様の手で狂い、家族を縊り殺したおかげで狂戦士としてもクラスがある。有難いことだな」
その強き警戒と拒絶の意思は言葉運びにも見られる。死後もヘラの栄光と名乗らされ、世界に永遠に刻み込まれたヘラクレスの胸中は如何程か。友にも弟子にもおくびにも出さぬ、純粋な敵意と嫌悪。
『…お互い、仲良く談話に興じるような間柄でも無い。わかりきっていたがな』
「そういう事だ。要件は手短に話してもらえると助かる。我らの圧でその依代の少女を消耗させたくないのでな」
ヘラクレスの言う通り、黒神ですらヘラクレスの闘気と敵意には数分と保たない。彼女は最早意地と自負で立っている。半身となった女神の願いを、叶えるための。
『では告げよう。アフロディーテやリンゴでもなし、まどろっこしいやりとりは望むところだ』
覚悟を決めたヘラは告げる。ヘラクレスに告げる、ただの一言。言うために何度も何度も練習した、たった一言を。
『……すまなかった』
「…なに?」
『…お前に苦労をさせ、家族を奪い、あらゆる難題を押し付け、貴様を滅ぼすことに心血を注いだ事実をこのわらわの半身にかけ謝罪する。本当に…』
ヘラは黒神に習い、静かに座り首を出すように差し出した。日本でいう正座からの…誠心誠意の、謝罪。
『すまなかった、ヘラクレス。女神ではなくただのヘラとして…お前への行いを謝罪する』
…神々の頂点とも言えるオリュンポス。その女神王。ゼウスに続く神格にして、自負と自尊に満ちていた女神ヘラの、誠心誠意の謝罪。ともすれば瞬時に首を刎ねられていてもおかしくないほどの、無防備極まる姿勢に態勢。ましてや、それを行うのがあのヘラである。ゼウスの妻にして、権力の女神たるあのヘラだ。
「───────」
その時のヘラクレスの胸中は、誰にも推し量る事はできないだろう。彼は息をするのも忘れ立ち尽くしていた。不倶戴天、永遠の宿敵とすら掲げていた相手、よりにもよってギリシャの女神がだ。アルテミスに続く、神に起きた奇跡と彼は捉えた。
…どれほど時間が経ったのか。ヘラと黒神は伏して動かず、ヘラクレスにもまた動きはない。永遠に続くやと思われたその沈黙、破ったのはヘラクレスだった。
「──我等サーヴァントは歴史の影法師。英雄本人ではなく、転生でも新生でもない。私も、騎士王も、ギルガメッシュでさえも。刻まれた過去を変えることはない」
『………』
「お前がここで侘び、謝罪したとしても…英雄ヘラクレスとヘラの確執が無くなり、穏便に調停される事はあり得ない。それはまさに奇跡であり、大半の英雄はその奇跡に縋り聖杯に招かれるのだから。故にヘラ。お前の行為は…空しい自己満足だ」
ヘラクレスの痛烈な批判にも、彼女は決して謝罪の意を崩さなかった。見下される屈辱も、神を跪かせる不敬も、今の彼女にはどうでも良かった。
『報われると知った努力など努力ではない。赦される見返りを求めた謝罪は上辺でしかない。真なる謝罪とは、針の筵の上で跪き業火に焼かれながら頭を下げることを厭わぬ誠意だ。私は全霊を込めて、お前に詫びると決めたのだ』
「………」
『赦しは求めぬ。殺したければ殺せ。ただ──ただ、お前という魂に詫びるために私はここにいるのだ』
最早過去は変えられない。この夢のような奇跡にも、それは叶えられない。ならば無駄なのか?償えない罪に目を逸らすことが許されるのか?
『わらわを有した魂に懸け、わらわは意志を貫く。ヘラクレス。お前がどう受け取るかは自由だ。私は…お前に殺される理由が山とある』
だが、それでも。償わなければならぬ事は逃げ出す枷ではない。共に肩を並べる事に必要な、最低限のものであるのだから。
「ヘラ…」
その問答を最後に流れる沈黙。ヘラも、ヘラクレスも、決して言葉を口にしなかった。流れる沈黙を、黒神は受け入れる。
「………私がかつて、今のマスター…我が弟子からクラスを変質させた際に受けた言葉、契約がある」
その沈黙を破ったのは、ヘラクレスだった。ヘラ…黒神の肩に、そっと手を置く。
「その一つに『天の衣』を受け入れるという契約を交わしたのだ。これは…人の持つ輝き、美徳、美しさ。素晴らしさを受け入れ、それを守護するという誓いの証。それを得て、私は理性を取り戻したのだ。ヘラ」
『ヘラクレス…』
「ここにいる私はあくまでサーヴァントだ。ヘラクレス本人の生や記録には、なんら影響を及ぼさない。サーヴァントとはそういうものであり、世界に召し上げられた我等の生涯はそれほど重いのだ」
ヘラクレスは告げる。だが、だがそれでもと。
「故にこそ、サーヴァントたる私は本来のヘラクレスとは違う決断を選ぶ。憎悪も怨念も、世界を救う冒険には無縁であり…憎悪の怨嗟は私で断ち切らねばならん」
ヘラごと心を通わせた少女を殺せば、弟子は哀しみにくれるだろう。友を奪われた仲間たちは、彼を憎むだろう。その報復で生まれた犠牲を許せず、自分は誰かを害すだろう。それは、永遠に続くものだ。
「私は、私を信じる全ての者達の心を懐き立つものだ。我が身に理性と心を取り戻すことを是とした者達に懸け、二度と狂気にも、憎悪にも負けはしないと誓ったのだ、ヘラよ」
それはつまり──ヘラへの報復も、憎悪も、復讐も。彼は選択しないということ。それほどまでに、彼は恩義に感じていたのだ。
自身を大切に思い、敬意を払い、共に学び戦う…たった一人の娘の心を。
「憎み合うのは楽園ではやめだ。女神として、オリュンポスの重鎮として。お前の力を楽園の皆に貸してやってくれ。その行動が、私にとっての償いとなる」
『…すまない。わらわは…』
「謝るな。そして誇れ。貴様の選んだその魂は当代の貴様の転生体だろうな。…迷わず、けして失わぬように守り抜くのだぞ」
それだけを告げ、ヘラクレスは黒神の頭を軽く撫で去っていった。彼は己の復讐、憎しみより…愛する者たちの世界を共に護らんとする道を選んだのだ。
『ヘラクレス…。今のお前は、私と同じなのだな』
ヘラは静かに、確信を以て呟く。彼は第二の生にて確かに自身の魂の寄る辺を見つけていたのだ。大英雄ではなく、一人の男として応えんとする魂の寄る辺を。
『…人理を、明日を護る。それが償いだとするならば、私は全力で行おう。お前の様に、お前が寄り添う魂の様に』
そしてヘラもまた、向き直る。彼女が見つけた魂にむけて。
『改めて、力を貸してくれ。私の半身…魂の同盟者よ』
ヘラの言葉に最早傲慢さはない。誠実なる願いに、黒神は力強い頷きで返したのだった──
ヘラクレス(…まさかあのヘラが謝罪とは。流石はリッカの友人…イシュタルと同じ、いやそれ以上に素晴らしい変革を遂げたな。何よりも感謝をするべきだぞ、ヘラ)
ヘラクレス「…そして意外と言えば意外であるのも私だな。どうやらリッカとの誓いは、霊基の憎悪などよりも大切だったようだ」
(ますます以て、得難い出逢いだ。心より…感謝しなくてはな)
この一幕は、大英雄に更なる力を与えるだろう。そして…身に宿る神の祝福もまた、懐く決意を固める。
ヘラクレス「…ヒッポリュテにはなんと説明するべきか…」
ただ、激情家の彼女への説明責任には戦々恐々な大英雄でしたとさ。
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