ピア「何!?どしたの、おっさん!」
【…どんなことになろうとも、君は私の娘だ。改めて、君に誓おう】
「おっさん…?」
【その力で──リッカちゃんやアジーカを…助けてあげてほしい】
アフラ・マズダ『…リッカ。アジーカ。例え母への愛を忘れないあなたに助けと、力を…』
「あんた…いい加減にしなよ!自分の娘に向かって代わりだとかなんだとか!自分が何言ってるか本当に解ってるわけ!?」
新たにリッカ達の下へとやってきたピア、そしてアフラ・マズダにニャル。ひたすらに傷つけるばかりであった母であった者への怒りを露わに、ピアがその身勝手さを糾弾する。奇しくもその顔は同じ。即ち、ピアのモデルとなった存在であるが故の一致である。
【なんだ、お前達は…!人の家庭の事情に他人が首を突っ込むな…!】
それを見て動揺したか、自身を否定され激昂したか、怪物は声を荒げ自身と同じ顔をした相手に他の侵入者たちを排除せんと暴力を差し向けるが、眼前で光輪とブラックホールが阻み、護る。
「何が家庭って話じゃん!自分の事ばっかり考えて、自分の代わりとしか見ていなくて!あんたが母親としてやってあげた事って何!?ちょっとでもいいから、自分が娘に何かしてあげようとか思ったことないわけ!?」
【私の顔をしているくせに何も解っていないのね!この世界に自分より大切なものなんて無い!誰もが皆自分のためだけに、自分の人生を輝かせるためだけに生きているのよ!子供を育てるなんて面倒でしかないこと、見返りもなしにできる人間なんていはしない!】
先程の穏やかさと一転、傲慢な本性を存分に垣間見せる。これが、ピアが自己防衛に選んだ自己の絶対性の成れの果て。その
【腹に宿り満足に動けないがどれほど疎ましかったか!毎日毎日生かせる為の世話がどれほど面倒だったかお前たちに解るものか!それも自身の代わりとなるものを育てるためと思えばできたこと!それをそいつは裏切った!私のために育ててやっていたそいつは、私を裏切り自分の人生を歩み出した!こんな親不孝ものがどこにいる!こんな裏切りをされるために私は育ててきたわけじゃない!私は、私の思い通りになるものがほしかっただけだ!】
「…………」
【裏切られたのは私の方だ!お前には期待してやっていたのに!二人目など考える必要が無いほどにお前を愛してやっていたのに!お前など必要なかった!お前という人格など、生まれてこなければ良かったのに!】
【───なるほどな。それがお前の、親としての言い分か】
その言葉に反論するのは、ニャルだった。彼は眼前の怪物を見据える。自身に持っていない、持ち得ない最高の宝物を持った親を。
【ならやはりお前は親ですら無いな。親子と言うものは血が繋がっている事が絶対の証明ではないと私は信じており、自身の子という存在に捧げているものがある。…それはきっと、人が親であるための最低限の条件の一つだ】
【何だ、それは!】
『それは、愛。無償の、見返りを求めない愛。あなたがそこにいるだけでいい。あなたがそこで生きているだけでいい。ただ、相手の幸せを願い育むもの。それが、親子を親子としてたらしめるもの』
ニャルの言葉に、アフラ・マズダが言い添える。そう、親子とは互いに見返りなど求めないのだ。子はただ望まれて生まれ、 親はただその身を親身になり育てる。立派な人間になってほしいとか、素晴らしい人間でいてほしいなどとは二の次だ。本来なら、自身の腹を痛めて産んだ子が無事に生まれた以上の報酬は、親にとって存在しないのだから。
「あんたは自分の為にリッカを産んだ!自分の為にリッカを育てた!自分の代わりにするためにリッカを利用したんでしょ!?そんなのどこに親子の情があるわけ!?あんたが愛してるのは自分だけ!子供への愛なんて欠片もない!そもそもあんたは親でもなんでもない!」
【黙れ!黙れ黙れ!】
「血が繋がってる以外に何か一つでもあるの!?お母さんっていうなら、娘が何が好きかとかどこに行ったのかとか!一緒に過ごした思い出の何か一つでもあるの!?お母さんとして、何かリッカにしてあげた事はあるわけ!?お母さんなんでしょ!?」
ピアは憤慨していた。彼女の知る家族と比べれば、かの怪物は親として到底認められるものではなかったのだ。自分が傷つこうとも、子供の為になら恐れない。そんな愛を、受け取っていたからだ。
【黙れぇええ!!なんなんだお前は、私の姿でよくもぬけぬけと!お前も私であるものか!私を否定するやつは誰だろうと、誰だろうと許さない!!】
【……私としては嘆かわしい限りだ。どうしてそんなにも、血の繋がりを無下にできるのか。そして、羨ましい。私が永遠に与えられないものを持っているのだから】
狂乱するそれに、ニャルは言葉を投げかける。彼は一つ、疑問を懐いてここにやってきた。
【なぁ、リッカちゃんの肉親よ。あなたの思い描く完璧とはなんだ?あなたの思い描く理想の人生とはなんなのだ?】
彼女がなんども口にする完璧。娘を食い物にしてまで求めたもの。それをニャルは、知りたくてたまらなかった。
【決まっている!全てが思い通りになり、何不自由なく死ぬ瞬間まで己の思うがままに生きていける人生だ!富、名声、そして美貌!全てを兼ね備え、人生を生きていく事こそが我が望み!】
【それは、血の繋がったかけがえのない娘を犠牲にしなくては掴めないものなのか?】
【私は私が輝ける人生を望んでいるんだ!子供なんて生きているだけで私の邪魔をする不純物など望んではいない!私はただ、自分の人生を保証する為のスペアが欲しかっただけだ!完璧な自分の人生の為に!!】
その理論を受け、ニャルは怒りではなく嘆きと、憐れみを以て返す。
【…仮にも、その歪んだ心を受け止めた夫。そしてお前の才能を余すことなく受け継いで産まれてきた、血の繋がったこれ以上無いほどに素晴らしい娘。そんな素晴らしい『家族』以上に完璧なものなんて、本当にあるのか?】
【…!!】
ニャルは親として、どうしても問わずにはいられなかった。彼女は自身にないものを完璧に有していた。唯一無二のパートナー。そして血の繋がった世界でたった一人の娘。どれもニャルが欲しても、永劫手に入らない完璧なる家族の在り方。彼がずっと追い求める、家族の在り方にして理想像。
【お前の人生には、何も足りないものなんて無かった筈だ。娘を愛し、夫と生きていける人生さえ重んじれば誰もがお前を認めた筈だ。誰に否定されようと、どんなに挫けようと。お前は最初から完璧な幸せを持っていた筈なんだ】
【…ぁ、あぁ…あぁ…】
【この世界には、どれだけ願っても番を見つけられない者もいる。どれだけ愛そうと、血の繋がりを与えられない親もいる。そんな者達からしてみれば、お前はこれ以上ないほどに完璧で、盤石で、素晴らしい人生を送っていた筈だ。それを、お前は自分で手放し台無しにしたのに気付かないのか?】
そうだ。彼女はいくら願っても願っても、完璧な幸福になど辿り着けない。それはニャルが最も嘲笑う愚かさにして、父となった彼からしてみればこれ以上無いほどに嘆かわしい愚昧さ。
【そうだとも。お前はリッカちゃんを産み出した時点で、これ以上無いほどの完璧な幸せを掴んでいたんだよ。親として、女として…人間としての、完璧な幸せをな。それを…お前は自分で全て捨てたんだ】
そう──ニャルに与えられなかった、永劫の罰。『血の繋がり』『本当の家族』を、彼女は全て持ち得ていた。それを捨て去った。彼女の望む完璧は、誰もが羨む人生は。既に持っていた。それを彼女は、捨て去ったのだ。自分の手で。
──血の繋がった、かけがえの無い愛娘。銀河のどこにそれ以上の宝があるのか。ニャルラトホテプは心から、彼女の捨てた完璧や宝物の価値を嘆いていた。
【嘘だ…。嘘だ、嘘だ!嘘だあぁっ!!私は完璧な人生を掴むんだ!私の、私の望む人生を!私の、私の!!私の人生をぉおぉっ!!】
最早怪物の自我は崩壊し、暴れ狂うのみだ。彼女が求めた幸せとは、完璧とは、全て彼女が持っていて自分が捨てていた。その事実の重さに、彼女は潰れ消えていく。
自身で、完璧を壊し捨てていた事に気付く。それを羨んでやまない者に示されることで。それが──怪物を砕く最後の鉄槌となったのだ。
ピア「おっさん…」
ニャル【…ピア。もう彼女は自分で終わる事すらできない。自身の罪を受け止めることすらも。どうか、君の手で終わらせてやってくれ。リッカちゃんに、親殺しをさせないためにも】
ピアの手に、ルシファースピアが飛来する。そして彼女の頭に、浮かび上がる己の成すべき事。
「──うん、解った。罪は…裁きを経て許されるもの、だもんね」
それが何が解らなくても、彼女の魂が知っていた。その裁きは…誰かが成さねばならない使命なのだと。罪の重さに潰されぬように。慈悲としての裁きを。
アフラ・マズダ『リッカちゃん。アジーカちゃん。…あなた達に、あの魔王を討ち果たす助けを』
そして、リッカとアジーカにアフラ・マズダは告げる。この悪夢への終わりへ至る、最後の力を。
【私は!私は…!私の幸せな人生を!私の幸せな人生をぉおぉ!!】
リッカ「ピア…」
ピア「大丈夫。リッカこそ、大丈夫?」
リッカ「…うん。お願い」
ピアへの問いに、リッカは頷く。罪を裁くというのなら、自分の出る幕はない。そしてピアの在り方は…それを為すものだと感じていたのだ。
ピア「解った。…さようなら。リッカを産んだ人。私のモデル」
ピアは魂の導きに従い、使命を果たす。それは、宇宙の意志ではなく大切な人を助ける為の手段として。
「──
怪物【私は!私はぁあぁあぁぁ─────!!!!】
最後まで自身の矛盾を嘆きながら。怪物はその精神世界もろとも裁きの光の中へと消えていった。そして──
アジーカ『────!』
アジーカとリッカは、アフラ・マズダの導きの下に新たな領域へと至る──。
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