(そう、私は本体を…モアを守護するための仮想人格。そして、モアの目覚めと共に役目を終える)
モア『』
ピア(それで、いいんだよね。モア)
モア『──私は…』
ピア(モア…?)
モア『…私は、使命を、果たさなくては…生きなくちゃ…』
ピア(わかってる。わかってるよ、モア。でもね)
「──彷徨い続けたあんたに、この星で味わってほしいものがね。たくさんあるんだよ──」
「ん…あ、あれ…ここ…」
気怠さと微睡みから解き放たれ、ゆっくりと瞼を上げるピア。意識はぼんやりとしてはいるが、それでも自分の身体には異常が無いことを確認する。
【あ、目が覚めた!おーい!ニャル!目ぇ覚ましたよ!早く来なって早く!】
そばにいたのはエキドナ…彼女に母として振る舞ってくれている女性。天井の景観から、そこは医務室だと判断しピアは体と心を起こす。
「…母さん。あたし、色々思い出したんだ。ここに来るまでの出来事とか、あたし自身の事」
【聞くよ。全部聞くから安心しなって。もちろん、家族全員でね】
すると、別室よりニャル…そして、通信回線をオンにしたウィンドウが現れる。恐らく、ナイアへと繋がっているのだ。安堵に緩んだ笑みを、ニャルはピアに向ける。
【良かった。…目覚めないものかと肝を冷やしたよ。色々言いたい事や思い出した事はあるだろうが、それはゆっくりと…】
「おじさま」
おっさん、ではない…かつて本来呼称した呼び名を、ピアは告げる。その一言で、ニャルは全てを理解した。…彼女が、ピアという存在が如何なるものかを含めて。
「あたしの…この精神体の本体の名前は『アンゴル・モア』。そしてあたし…ピアって名前を貰った今のあたしは、休止状態の心身を保護するための疑似人格。本来のモアじゃない…でしょ?おじさま」
【おっさん、でいいんだよ。確かに君はモア本人ではない…だが、ピアという紛れもない一個人なんだから】
【思い出したからって、自分を卑下するなんてダメだよ。どっちが良くて、どっちも駄目って事なんて無いからね】
『かわいい姉妹はたくさんいてほしいです!』
正体を知りつつも受け入れる。心で繋がった家族の暖かい言葉に、ピアは静かに頭を下げた。その優しさは得難いものであり、同時に『彼女』に感じてほしいものだからだ。
「…『モア』は、星から脱出してからずっと一人で生きてきた。使命と、父の願い。そして遊星をこの手でやっつけるため、宇宙の暗闇を何百年も彷徨い続けて」
『…この宇宙は広いです。真っ暗で、物悲しい。そこをたった一人とは…』
その寂しさと、孤独。寂寥…あまりにも想像を絶するであろう旅路は想像すら出来ない苦行かつ、苦痛だった筈だ。復讐心や狂気に堕ちない精神性が、彼女に逃避すら許さなかった筈だから。
「うん。知性体や生命体に接触する時は、使命を果たす断罪の時。慈悲と共に振るわれる終わりを見届けたら、また放浪の繰り返し。それをずっと、ずっと繰り返してたみたい。『モア』は」
ニャルは目を覆う。そんな娘に、そんな健気な生き方をしてきた彼女に一体自分は何をしたのかと。だが、ピアは告げる。
「自分を責めないで大丈夫だよ、おじさ、…おっさん。『モア』があんたに懐いた感情は、感謝と親愛の他に無いから」
感謝と親愛。自身が告げた嘲笑混じりの対応にどこにそんな尊き感情が挟まる余地があるのかとニャルは慄く。しかし、ピアは本気でその評価を口にしていたのだ。
「ちゃんと会話してくれたし、きちんと道を示してくれたじゃん。モアにとって、それはすっごく嬉しい事だったから。こうして家族や仲間、友達もたくさんできたしね」
モアも、ピアも、ニャルに出会えたことには感謝しかないのだ。あの宇宙において怒りと憎しみ以外で接してくれたのは、父と家族、隣人だったケロン星の者達以来だったのだから。
「だから、ありがとねおっさん。あたしもモアも、あんたに会えてホント良かったよ」
【…………すまない、ナイア、エキドナ。席を外す】
その言葉を最後に、ニャルはその場より立ち去る。居た堪れないのでは決してない。最早その善性と変わらぬ在り方に、涙を抑える事ができなくなった為である。恨まれて然るべきの自分に、最早その善性は凶器であった。
【…あの涙もろいのは放っといて。あなたはどうしたいのか決めてるの?ピア】
父の変化に気を遣い、そっと場を保たせるエキドナ。そう…感動と感激だけで済めばそれ以上ない結末であるが、解決しなくてはならない問題がある。
『星の断罪者として…宙の抑止力として。この星に、裁きを下すおつもりなのでしょうか』
そう、帰結する問題はそこだ。自身が何者かを思い出し、自身が何をするべきかを自覚した。そこから先に彼女がどのような行動をしたいのかを、家族として問わねばならない。
「………」
ピアは罪を重ねすぎた生命と、星の叫びに応え現れる断罪者だ。ニャルの介入により大いに早く来てしまったが、その使命を切っても切り離せはしないだろう。
彼女は、この星とこの星に生きる生命を裁く選択をするのかどうか。彼女達の問いの本質はそこにあった。当然──肯定した瞬間、この星に生きる者として、彼女に抵抗し自衛を選択しなければならないのだ。
「……その事、なんだけど」
重い沈黙の末、ピアは口を開く。そこに、自身を理解せぬ無邪気さや戸惑いは無い。同時に、自身を疑似人格として認識したが故の客観視からくる冷静さが備わっていた。
「あたしはまず、モアを目覚めさせたい。この身体の持ち主、星の断罪者。そして、おっさんと初めて会った最初の…家族になれたあたし。あたしは長い長い旅をしてきたモアにも、ここにいる皆と触れ合ってほしいんだ」
そうはっきりとピアは告げる。彼女はこのままピアとして生きるのではなく、モアに成り代わるのではない選択を選んだのだ。
「彼女の意見と、意志がやっぱり大事だよ。彼女はこの星を見てどう思ったのか、どう感じたのか。この星に生きる人達は彼女にとってどう映り、どう判断されるのか。私はピアとして、それを望むって決めたんだ」
『ピアちゃんさんと…モアちゃんさんを両立させ、伺いを立てる。そういうことですね?』
「そゆこと、ナイ姉さん」
その判断に幼稚さも、無垢さも挟まりはしない。徹底的な合理性と判断力。自分自身の在り方すら理解した上での結論。コピーしモデルにしたその才覚は、遺憾なく発揮されていた。
「だから、皆に力を貸してほしいんだ。モアを起こす為に、そして…この星の人達は、まだ裁きを受けるには早すぎるって知ってほしい。アンゴル族の彼女に伝えてほしい。あなたたちはこれからだって」
ピアの記憶と所感は、とっくに定まっていた。自身を自身のままに受け入れた人々。その人々の存在を知った時点で答えなど解りきっている。
「エキドナ母さん。ナイ姉さん。今ここにいないおっさんも勿論、皆で。私達を乗り越えて。星と命を赦しと共に断罪する【恐怖の大王】に打ち克って。それが──ピアとしての、私の願いだよ」
それだけを告げて、ピアは歩き出す。エキドナとナイアに、深々と頭を下げて。
「本当にありがとう。私にできた家族が、皆でホントに良かった」
【ピア…!?】
『待ってください!まだお父さんが帰って来ていな──』
静止する間もなく、ピアはかき消えてしまった。医務室に、最早彼女を示すものはどこにも残っていない。
『外で待ってるよ、おっさん。皆で力を合わせてね』
【ピア…!】
ニャルは、受け取ったピアの言葉にて真意を読み取る。彼女は思い出したのだ。自身が疑似人格である事を。そして、自身が成すべき事を。
【…そうはさせない。絶対に、そうはさせないぞ。ピア…!】
ニャルは涙を拭き、顔を上げる。罪悪の業火に焼かれている場合ではない。娘の懐いた決意を、成就させる訳にはいかない。彼女は恐ろしい迄に賢明で、聡明な選択を用意したのだ。
疑似人格として本領を発揮しきれぬ自身を打倒させることによる、星の断罪者の殲滅。
外的要因による本来の人格の起動と、カルデアの人徳による説得。
それによる使命の完遂による──疑似人格の満了停止。
どう転ぼうとカルデアに利になる選択を導き出した『娘』を止めるため、彼は輝かしき仲間たちが集うカルデアの中心へと走り出す──。
───十数分後。
南極に在するカルデアの数百m地点に一つの反応が示される。
個体名・アンゴル=モア。
楽園はその反応を『友軍』と認定。
第一緊急厳戒態勢にて全マスター、並びに職員に作戦行動準備司令が下される事となる──
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