アフラ『我が神、善なるものアフラ・マズダ。私の御声を聞き届け給え。アフラ・マズダ、大いなる善神』
アフラ・マズダ『聞き届けた。我が使徒、善なるアフラ・マズダよ。我に請わんとする言霊を述べよ』
アフラ『感謝を。セーヴァー、名を取り戻しました』
アフラ・マズダ『おぉ、悪に貶められしもの。解呪を果たしたか。よくぞ成したアフラ・マズダ。褒美に祝福を授けん』
アフラ『もぐもぐ(金平糖)我が神アフラ・マズダ』
アフラ・マズダ『如何にしたか』
アフラ『私も名前を、賜りたく存じます』
アフラ・マズダ『…………………なんと』
『我が忠実なる使徒に意志と自我の発達を見たり。自らの真名を所望す。我その成長に歓喜。喜びを分かち合わん』
そんな着信が怒涛のように降り注ぎ軽く100件。アクアの寝相とスパムめいた神託に切れ散らかした天空海をなだめたアナーヒターが漸くその謎めいた言葉に対応する。アフラ・マズダ、そしてアンリマユに対等に会話できる者は、アナーヒターを置いて他にない。逆もまた然りだ。神の威厳を気にせず話せるのは、アナーヒターくらいなのである。
『忠実なる使徒というと、アフラちゃんよね?あの子は神に近しい精神を持つが故、自意識が希薄という存在だったと聞いているけど…彼女が言い出したの?』
『然り。本当に驚いた。有り体に言って凄くビックリした』
神託の娘たる彼女は、アンリマユたるセーヴァーとは対象的にこの世全ての善であれと押し付けられた存在だ。呪術や儀式で貶められただけの一般人のセーヴァーとは異なり、彼女は生まれながらに神の領域たる精神と魂を有していた。
それ故に『この世全ての善』として身体中に聖痕を刻まれ、飲まず、食わず、村の人々の人身御供として扱われていた経緯を持つ。セーヴァーとの触れ合いがなくば、その広大なる認識は正しき神として成長を遂げ善なる信仰のシステム、まさにアフラ・マズダの生まれ変わりとなっていたであろう。ただひたすらに世界の正常と善良を願う彼女が、明確なる意思で自身のものを求めたのだ。信仰と神秘の果てに命が絶たれ、その魂を神霊の使徒として迎え入れたアフラ・マズダからしてみれば、それは祝福すべき自己の成長…まさに進歩に他ならぬと称えるべき事象である事からも、彼はいつも以上に輝いていたのだ。
『私としても遅いくらいよ。関係は良好な筈なのに、我が神、我が使徒なんて妙に距離のある堅苦しい呼び方なんだもの。これを機に、一気に親しさと絆を押し出した関係にしちゃいなさい?』
『……………』
アナーヒターの言葉に、アフラ・マズダは何故か沈黙を返す。彼女からしてみれば冗談交じりかつ軽口のつもりだったのだが、何か気に障る様な単語を口にしてしまっていたのだろうか。
『その事なのだが、我が配下たる善神達に報告した所、彼等や彼女らも大変もどかしく思っていたらしく…』
『今更すぎませんか?』『何故仲良しなのに名前の一つも贈らなかったのです?』『アフラちゃんを褒めたいのに、愛らしいアフラ・マズダと言わなくてはならないのがなんか嫌でした』『あなたは別に愛らしくないです…』『アフラちゃんを出汁にしてるみたいで姑息な印象が』『ノット善』
などと、アールマティやウォフ・マナフを始めとして善神達がアフラ・マズダをフルボッコ。自身の鈍感さと至らなさを深く悔い、こうしてアナーヒターに相談するという経緯に至った訳である。善という概念は融通が効かないのだ。親しき仲にも礼儀あり。言うか皆悩んだが、聞かれたからには皆言うのが善神クオリティなのである。
『そこで、偉大なる中庸の女神アナーヒターよ。そなたにしか頼めぬ願いというものを告げたい』
そんな中かしこまりまくった善神が、アナーヒターに告げる。お願いがあるというのだ。
『何かしら?私に出来るというなら手伝うけれど…命名という行事は、当人同士で行うべき事柄だと思うわよ』
そう、名前というものは大切なものである。一生涯をかけて付き合っていくもの。アイデア提供くらいは行えるが、名付け親が一生懸命に考え、導き出してあげるのが望ましい筈だ。
『それは、もちろんだ。しかし私は、私とは違う視点からの意見も賜りたい』
『別の?…あぁ、成程ね』
その言葉と態度で、アナーヒターは流れる水のように真意を理解するに至る。彼がしたいこと、しかし彼ができないことだ。
『アンリマユ…セーヴァーに意見を聞いてみろ。そう言いたいのでしょう?あなたは』
『うむ…あれはとても、我が使徒に良くしてくれた。最早彼はアンリマユ。我とは相容れぬが、我が使徒との問題であるならば、意見を賜るのは不可欠だと判断したのだ』
こういった所は独善こそを忌む流石の善神ぷりとアナーヒターは感心する。例え不倶戴天の悪であろうと、善があるならば聞き届けるべきと彼個人は考えた。善なる極地の彼が、本人に尋ねるは不可能だと理解していても、だ。
『〜。二元の立場は誓約が多くて大変ね』
『それが我等の信仰だ。二つ揃いて世界を構成すれど、一つになることは決してない。いや、あってはならぬのだ』
だが、それでも使徒たる娘の為ならば恥を忍び願う。それを最大限の譲歩と認め、アナーヒターは頷く。
『解ったわ。あなたの親心に力を貸してあげる。すぐに聞いてくるから待っていて?』
助かる。そう頭を下げる輝ける善神に挨拶を返し、彼女は流れる水のように楽園を駆ける。目当ての相手は、シアターで鬱映画や陰惨な映像作品を一人で見耽っていた。
【お、アナーヒターじゃん。お前さんもクソ映画や胸糞映画に興味が出てきたクチか?】
アンリマユ、或いはセーヴァー。ゲーティアが再現した正真正銘の悪神に届きしもの。そんな彼は誰かの殻を被らなくては意思疎通ができない。故に今、こうしてリッカの殻を被っているという訳だ。彼女はリッカの似姿をとても気に入っているのである。
『アンリマユ、実はこんなことがあったのだけど…』
そしてアナーヒターは経緯を話す。アフラ・マズダは真面目であるが、アンリマユは奔放である。砕けた物言いでちょうどよい事を、アナーヒターも理解しているのでその物言いはとてもフランクなものだった。
【へー。あいつに名前をねぇ。アフラ・マズダのヤツもそれを良しとするのは中々な気前じゃね?】
『そうね。彼女が大切なのは本当なのよ。それでなんだけど…彼女に生前の名前などはあったのかしら』
アナーヒターの言葉に、アンリマユは首を振る。元々彼女は神格に至る器。生まれながらに全てを捧げられていたのだと。
【私みたいな紛いモンとはレベルが違う。生まれながらに神に至る程の魂を有していたアイツに人間の証の何もかもは与えられなかった。あいつの人生は最初から、善なる神への貢物でしかなかったのさ】
セーヴァーは突然地獄へと落とされた。かの娘は初めから天に至る供物であった。だから、彼女の名前は、いや、人たる証は何もない。神に至る器、神に至る魂。それが真であるが故に、彼女の魂は世界に…善神へと召し上げられたのだから。
『そう…何か、いいアイデアの助けになればと思ったのだけれど』
そう残念がるアナーヒターを励まさんとしたのか、アンリマユは一つアドバイスを送る。
【知ってるか?誰かに願いや悩みを言うときってのは大抵、心ん中で答えは出てるもんなのさ】
『…どういう事かしら』
【今まで世界平和と博愛しか考える事が無かったアイツが、明確な願いと欲を出した。となりゃもう、欲望を引っ張ってもらうなんて領域は飛び越えてる。周りに出来ることは、その願いを肯定してやるってことじゃねえかね?】
肯定、そして後押し。それこそが、今のかの娘にしてやれる事であると。暗黒の聖者にして悪神は淀みなく告げる。
【周りがあれやこれやしてやる必要なんてないのさ。試しに聞いてみればきっと一発だぜ?『お前の名前は何だ』って尋ねてやりゃあ、答えはあっさり帰ってくるさ】
突き放すようでいて、誠実なアドバイスと理解の深い言葉。それこそ、アンリマユが生前の彼女を知るが故の証明であったり
『…ありがとう、アンリマユ。やはりあなたに聞いてよかったわ』
そしてアナーヒターは結論を導き出す。きっと善神が成すべき事の答えとなりうるであろう結論を──。
アフラ・マズダ『我が使徒よ』
アフラ『はい、我が神』
〜
アナーヒター『聞いてみて。あなたはどんな名が良いのか、何になりたいのか。彼女の答えは、きっと彼女の中に』
〜
アフラ・マズダ『お前は、何者なるや?』
アフラ『?』
アフラ・マズダ『お前の内を見せ、我に名を告げるのだ。さすれば、それを祝福しようぞ』
『…、………………』
彼女は悩んだ。自己の意志を齎し、何かを決める。それは数少ない決断たる故だ。
『…我が神、アフラ・マズダ。告げます』
そして彼女は、善神に告げる。世界においてなりたい自分を。
『シャーンティ。キラナ(किरण)・シャーンティ(शान्ति)。それが、私が望む名前です。我が神、アフラ・マズダ』
キラナとは、雲の間から光が差し込む様。シャーンティとは、平静、平穏なる様。平穏なる世に射す光。彼女が望んだ在り方の名。
アフラ・マズダ『…我が名において許そうぞ。お前の名は、これより──キラナ・シャーンティとしよう──』
それは、彼女が望んだ名前。セーヴァーと同じように、この世に確かな存在として彼女が容認された瞬間であった──
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