だからこそ。その想い出が、大切であればあるほどに。
その罪が、重ければ重いほどに。
──生きろ。
「ここは…?」
スザクはゆっくりと目を開ける。彼はただ、英霊の資料を静かに読んでいただけの時間を過ごしており、警備を行う事も思案していたのだが、ルルとゆかながきちんと過ごせているのか気になりボディーガードという形でそれとなく距離を図りながら過ごしていたのだ。
すると突如自身が光に包まれ、気がつけば花の咲き乱れる丘へと立っていた。ルルもゆかなも、誰もいない場所でぽつんと立ちすくむ自身に、首を傾げ連絡を取らんとインカムを起動させるも反応はない。
「どういう事なんだ…?」
サーヴァントを新たに招く召喚との事で、マスターは不可欠だと聞き及んではいる。だからこそ自身はマスターでもない一般スタッフであるため、この場にいること自体が不可解の極みであった。サーヴァントとは縁で招かれるということは聞き及んでいたが…
(自分は英霊の出でもない。名家でもない。一体誰に縁があると言うのだろう)
この場にいることも、きっと何かが間違っていたのだろう。彼はリアリスト…いや、自身に関してはドライとすら言える現実主義者だった。破綻者と言ってもいいのかもしれない。他者の幸せや夢は全力で信じ応援できるのに、自分の事には何ひとつ希望や楽観を行おうとしない。彼はとにかく、自分自身に冷え切っていた。
それはきっと、過去の別離に端を発するのだろう。彼はとある女性を裏切り、殺したとすら考えている。その日から彼は、永遠の自罰を自身へと定め生きることを決めているのだ。
永遠の贖罪。遠く険しい罪の赦し。彼は自分自身を、未来永劫赦しはすまい。だからこそ…
「あの、もし。そこの御方。私のお話を聞いていただけますか?」
その出会いは、果たして救いとなるものであったのだろうか。あるいは、彼に齎されたあまりに重い罰であったのだろうか。
「───、────」
彼は息を呑んだ。吐き出すことすら忘れたかもしれない。瞳孔は開き、衝撃に顔が酷く強張り歪んだ。
「あの、こんにちは。その、カルデアの召喚に応じやってまいりました。クラスはライダーなのですが…」
長き桃色の髪、美しい深きアメジスト色の瞳。思い出の彼女を、成長させたような見目の振る舞い。その振る舞いからは、美しく清廉さを感じさせる気品を感じる。
彼はその顔をよく知っていた。忘れることなど出来なかった。それは、彼の永遠の罪であったのだから。
「真名を、エウフェミアと申します。私のマスターは…あなた、ですか?」
エウフェミア…キリスト迫害の世に生まれし殉教の乙女。死刑用具も、猛獣も、彼女を傷つけようとはしなかった非戦の乙女。そんな彼女が、カルデアへとやってきたというのだ。それはいい。善良なるサーヴァントは、とても素晴らしき来賓だ。
「……何故、君が…何故…」
だが、その姿は紛れもなく…あの日、拒絶してしまった彼女だった。彼女とされる姿形を取っていた。疑似サーヴァントというものなのだろうか。波長の合う魂を、世界が器として結びつけたのだろうか。
間違いなく、紛れもなく。彼女の姿はユフィ…ユーフェミアのものだったのだ。彼女自身に、ユフィ本来の人格はないのかもしれない。彼女はエウフェミアであり、魂をモデルにした別人であるのかもしれない。
「あの、すみません…あなたとは、どこかでお会いしましたでしょうか?」
その言葉は、スザクの予測を正しく裏付けていた。彼女はエウフェミアという英霊であり、あの日のユーフェミアでは決して無いのだ。グドーシとは違う。彼は傷つき、貶められ、虐げられ、それでも世界を愛した眩しい彼女に与えられたキセキなのだ。
自分は違う。彼女の人生から、添い遂げる事から逃げだした自分がそんな奇跡を授かっていいはずがない。赦されていい筈が無いのだ。
「…いえ。初対面です。僕は現代に生きるもの。あなたとは、余りにも年代が異なっていますから」
声が震えていないか気掛かりだった。このときのような動揺をせぬ為に自身を律して来たのだ。平静は、彼に許された精一杯の強がりだ。
「そ、そうですよね。私ったらごめんなさい。初対面の方に、こんな不躾な事…」
「いえ、いいんです。カルデアにマスターがおりますので、そちらの方と顔合わせが必要ですね。よろしければ、僕がご案内します」
奇しくも…また、彼は彼女を受け止めることが出来なかった。彼はマスターではない。彼女をサーヴァントとしてそばに置く事は叶わない。彼女と自身は、それきり深く関わることは無いのだろう。
それでいい、と彼は決めた。面影を重ねるのは失礼や無礼にあたる。英霊にも、彼女にも。自身の事は、彼女には必要ない。そう彼は自身に課せたのだ。だからこれからも、ただそうするまで。
「はい。よろしければ、あなたにお願いしてもよろしいでしょうか?」
彼女もそれを了承した。世界を救うためのサーヴァント。世界を救うための自分。そこに意志は必要ない。自身の私情など不要なものだ。
「では、御案内致します。しばしお待ち下さい」
そう、それでいいのだ。自分を巡る縁など不要。彼はただ、そう結論付け自分を律した。荒れる胸中を、おくびにも顔に出さず。それは凍てついた心の生み出した、不凍の冷徹さだった。
それで、今回の出会いは終わり。自分もこの胸のざわめきを、忘れることができる。そう信じていたスザクであったが…
「あの、あなたさま」
そのサーヴァントは、彼に訪ねた。
「よろしければ…あなたの事を教えて下さいませんか。なんだか、あなたを見ていると変なんです」
彼が決して思うまい、考えまいとしていた事を。
「とても嬉しいような、それでいて悲しいような。不思議で複雑な気分…ですからどうか、あなたの事を教えてはくださいませんか」
それは…彼には残酷な申し出だっただろう。
「なんだか、この霊基が告げているのです。あなたを知りたい。あなたともっと近付きたい。そんな説明のできない感覚が、心から…」
「…!」
彼は、嘘だと思いたかった。もう二度と会うべきではないと考えていた。
「そして、これは私のお願いでもあるのですが…あなたは、私と初めて出会ってくださった御方です」
だからこれは、罰なのだ。きっとその願いは叶わない。自身の想いは叶わない。
「サーヴァントや、マスターとか…関係なく。あなたと仲良くなりたいと願うのです。どうか…よろしくお願いしても、よろしいでしょうか?」
エウフェミアの顔を見るたびに、遠くの罪を思い出すのだろう。エウフェミアの姿を見るたびに、後悔が身を引き裂くのだろう。
「………僕で、いいんですか?」
だから、そう返すしかなかった。自分を拒絶してほしいとすら願いながら。
「はい!是非ともよろしくお願いしますね!」
だが、返ってきた答えは暖かく、なにより残酷なものであったのだ。彼は生き続ける。自らの罪と向き合い続ける。
あの日に目を背け、逃げ出した彼女の移し身に…楽園にて、向き合い続ける罰を受けたのだ。
「…はい。こちらこそ。よろしくお願い致します。エウフェミアさん」
だから、精一杯の防衛反応を。どうか自分を親しく思わないでほしいと願う。
「スザクといいます。櫻井朱雀」
彼は向き合い続ける。あの日に失くした想い出の残滓を。
「はい。私はエウフェミア。…えーと、一般的な呼び方では…」
そう、生きている限り。
「ユーフェミア。長いのでユフィと呼んでください。よろしくお願い致しますね、スザク!」
「…はい。…よろしく、お願いします。……ユフィ」
もう二度と、呼ぶことは無いとしていた想い出とすらも、彼は見つめ、背負い続けるのだ。
──生きている、限り。
ユフィ「あら、スザク…?」
スザク「はい、なんでしょう?」
ユフィ「どうして…泣いているの?」
スザク「え…」
…目には、涙が溜まっていた。何故泣くのか、自分には解らなかった。
スザク「……何故でしょう。何故、人は泣くのでしょう」
彼はその言葉の応えを、知らなかった。だから今、新たに知ることになる。
ユフィ「…哀しいときと、嬉しい時に。人は涙を流すのです」
その答えを聞いても…スザクは何故自分が涙を流すのか、なんの涙なのかの答えを出せなかった。
彼は泣きながら生きていくのだろう。それは後悔と決意の涙だ。
だが…これからは、少しだけ。その涙は、暖かいものを宿すだろう。彼の心が、暖かい何かを宿し続ける限り──
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