人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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実は先日誕生日でした。歳を取るのも時間が経つのも早い早い…

?【東京の地…そこには無数に蔓延る土地よ】


【即ち、源氏への怨嗟。故にこうして、我等は現れるのだ】

(新皇の力も取り込めたならば完璧であったものを。口惜しいが是非もない)

【さぁ、始めようぞ。我等が大願、その永遠なる悲願を。即ち…】



──源氏、鏖殺。


忠義と怨恨

「無慙殿は、何故この夏草を護りたいと願ったのでしょう?」

 

召喚イベントで盛り上がる幕張メッセの外。とりあえず師匠へのお礼参りは後回しとした牛若丸は、隣りにいる仏頂面の憤懣おまわりさんに問いかけた。それは彼女の、歩み寄りたいという願いかはたまた、自分と同類と見受けた故のシンパシーか。無慙はぼんやりと空を眺めながら、さも当然とばかりに返す。

 

「邪悪を滅する為だ。オレはただ、その為に生きている。だが…」

 

どいつもこいつも腐っている。無慙が吐き捨てるように、世間が法の番人と褒めそやす警察の内情は唾棄すべき腐敗の温床であった。私腹を肥やすもの、利権を、地位を、名声を求めるもの。醜悪の一言で切って捨てるべき愚昧たち。

 

「自身の理念の成就と言うものはそれほど簡単なものではない。この国では、人の命を奪った塵屑を懇切丁寧に法が護るような場所だ。情状酌量、基本的人権。反吐が出る」

 

殺された側の遺族や本人の哀しみを無視し、ありもしない更生の目を信じ犯罪者を重んじる狂気の沙汰。罪を犯したならば死ぬべき。その思想こそが無慙の憤怒がもたらす結論の一つ。邪悪は滅びるべき。それが彼の起源の発露だ。

 

「それならば、私と無慙殿は似ているかもしれませんね。私も、今も昔もたった一つの願いに生きています。魂に刻まれたものがあります」

 

「…兄、頼朝への義理立てか」

 

無慙の言葉に牛若丸は頷く。兄、頼朝への尽きぬ忠義。そして奉公。それこそが全てであると牛若丸は胸を張る。兄妹愛、それはなるほど素晴らしくはあろうが…

 

「兄はお前を疎んだろう。最期はお前を滅ぼすために戦ったのが歴史の筋書きだった筈だが」

 

無慙の知る牛若丸、義経の最期は頼朝の差し向けた軍に追われ、そして果てる末路である。歴史において、義経の献身も奉公も届かなかったのが見解だ。

 

「あはは、手厳しい…。その通りです。無慙殿の苛烈な物言いは、英霊たる自身を見つめ直すよい刺激となりますね!」

 

牛若丸は器用にも天井にぶら下がる。色々見えているが無慙は微塵も気にかけない。

 

「私は、兄上の為なら何であろうとやる覚悟を固め、事実そのようにしてきました。兄上が喜ぶこと、してほしい事、するべき事…それら全てを追い求めたのが、私という英霊の全てと言ってもいいでしょう」

 

敵を滅ぼし、遠方に赴き、成すべきことを成し、兄の望む世界の為に奮闘した。それが己の幸せであり、それが自身の全てと確信すらしていた。それはまさに、正しく信義にして忠義の在り方だったろう。

 

「ですが…無慙殿の言う通り、私は兄上に害されました。共に世を作る者でなく、世界の礎に不要とされて…」

 

そう、頼朝は彼女を理解不能な存在として恐れたのだ。追い立てられ、追い詰められ、そして最後には滅ぼされた。それが義経の最期であり、牛若丸の忠義の行き着く先だったのだ。

 

「そして…実を言うと、私には未だにわからないのです。何故、兄上がそこまで私を疎んだのか。兄上が何故、そこまで私を畏れたのか。私はただ、あの方の夢と理想の礎となることを夢見ていただけなのに」

 

それが、彼女が秘めた感情の発露である事は間違いない。無慙は彼女の葛藤が根深い場所にあることを見切り、見据えていた。そして、先の師匠と呼んだ存在との諍いを思い返す。

 

「…一応聞いておくのだが、師匠の秘蔵の書を盗み見たことはどう思うのだ」

 

「はい、兄上を助けるために絶対に必要な事であるのだと何度も説得を試みたのですが全く聞き入れてもらえませんでした。武芸を磨き、敵を討ち果たすためには絶対に必要な奥義書を何故渋るのかが私には皆目理解が及びません。私は天才ですし、どのような手法も会得してみせるのに!」

 

こういうところか…。無慙は頼朝の気概と憂いを魂で理解した感覚を覚える。要するに、人間の忠義に見えなかったのだろう。彼は妹を賢しい獣と見たのだ。

 

己が願いを、己が望む以上に叶える。聞こえはいいが、頼朝は常にこういった事を告げたはずだ。

 

誰がそこまでしろと言った。

 

誰がそうまでしろと頼んだ。

 

何故お前はそうなのだ、と。

 

兄上の為、とは言うが。その忠義は兄の事を見ていないのだろう。或いはそれは、まさに人間としては生きれぬ程に純粋で苛烈だったのだろう。そして彼は危惧した筈だ。

 

この妹がいれば世を作ることはできぬ。自らの判断を誤れば、兄の言葉を聞けぬ愚民どもと民の首を住居に並べるような怪物だと頼朝の目には映ったはずだ。

 

獣は世を作れぬ。狂犬を家には置いておけぬ。彼は敵以上に、戦以上に彼女を怖れたのだろう。だからこそ、頼朝は義経は追い立て征伐したのだと無慙は冷徹に分析する。

 

「お師匠様も腰を抜かす事でしょう。歴史に名を刻んだ私の武芸を目の当たりにしたならば!奥義も身に付けた事を存分に示せば、必ずや分かってくれる筈です!」

 

そしてこの曲解と最適な直進ぶりである。盗み見た事を激しているのに、完璧に身に着けたから問題ありませんよね?とあっけらかんと言ってのけるのがこの女だ。なんというかもう、あらゆる事柄からして人の世にはいられぬ自由さであるのだなと理解せざるを得なかった。

 

「…………」

 

…こいつはサーヴァントであり、自分が人格矯正をしてやるのは余計なお世話だろう。それは、藤丸がやるべき仕事だ。

 

しかし今、こいつは自分の同僚であり、余計な事はしてほしくない。あの鬼一法眼も、今の答えを聞けば火に油を注ぐのは目に見えている。

 

「おい、牛若丸」

 

だからこそ、ここはまず至極当然な事を教えてやる他無いのだろう。きっと彼女は、その才覚故に物申せる輩は少なかった筈だろうから。

 

「悪い事をしたのを悔いるなら…まずは謝罪が常識だぞ」

 

無慙に常識を語らせる程の規格外の無軌道ぶり。牛若丸は目を白黒しながらも得心を得たように返す。

 

「謝罪?…謝罪!あぁ、なるほど!お師匠様はごめんなさいを聞きたかったのですね!私は失念しておりました!武芸を見せる前にまずは謝る!なるほど…!無慙殿!あなたはなんと聡明であるのでしょう!自慢ではありませんが私!謝った事がありませんでした!天才でしたので!」

 

なにか問題でも?私、天才ですので。そんな返しを往々にしていたのが安々と見て取れる。なんなら思い浮かべられる。頼朝は敵兵敵将の首を雁ならべされてこれを言われたのだとしたら、その苦労を推して知るべしだ。

 

「ではお師匠様に謝らなくてはなりませんね!しかし何から謝るべきか…?私、かけた迷惑は山の落ち葉の如し。自慢ではありませんがとても数え切れるものではありません!」

 

「だろうな…」

 

「ですので無慙殿!よろしければ私と一緒に考えてはくださいませんか!主殿に伝えるにはこう、気恥ずかしさがありますので!同僚を助けると思って!」

 

是非宜しくお願い致します!そうキラキラと輝く眼差しを見るに、無慙は彼女が英霊たる所以も知る。

 

きっと、彼女はこういった自由な在り方にて人々を惹きつけたのだろう。彼女は何にも囚われない、風のような人物だ。

 

「…出来る限りでいいなら、協力してやる」

 

よく考えれば、歴史の英雄たるに協力などできる機会はそうあるまい。恩を売るのも、また一興。無慙は酔狂に付き合うことにした。

 

「それでは!出来る限りで完璧に仲直りできる手法を考えましょう!目指せ!完全復縁です!」

 

こいつのそういうところが頼朝の不興を買い続けたのだろうな。確信に近いレベルで、牛若丸の人となりを把握した無慙でありましたとさ。

 




牛若丸「…無慙殿、お静かに。この気配…」

無慙「敵か」

牛若丸「はい。恐らくは…サーヴァント!」

素早く構える二人の前に、黒き影が現れる。それは形が、とても不明瞭だ。

牛若丸「何者か。痴れ者め、姿を見せろ!」

【…ふふ。お前はよく知っているはずだぞ。『義経』】

牛若丸「!」

無慙「お前は…」

現れし黒い影に、二人は息を呑む。

【この顔…誰よりも源氏を憎む武者の顔よ】

そこにいたのは、牛若丸。いや…

『源義経』、その人だった。

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