そこには、ただ宇宙としか形容できない場所が広がっていた。彗星や流星が降り注ぐ神秘の空間。そうとしか形容できないものが、其処に広がっていたのだ。
モリアーティ「これらがなんであるか、これらがどういったものであるか。解読には本当に苦労したよ。邪神の叡智を頼ったのはまぁ、チートもいいとこだがネ!」
ニャル【解読はできたがそこまでだ。我々に資格はないことも把握した。…さぁ、行くとしよう。エリア51、人類が人類のために封殺したもの、秘匿したもの、汎人類史の座を護るため隠すしかなかったものがこの先にある】
邪神と悪の皇帝にすらそう言わせる程の存在。最早想像すらできぬそれをオルガマリーは目指す。
いや…想像は出来たのだろう。ただそれを理解すること、把握する事を拒否したのだ。
理解した先にあるものは、最早自分ではない自分である事が…解りきっているのだから。
【まず前提として、この世界の人類に宇宙的存在に対する実験やノウハウは存在していなかった。それは私が、私の眷属で試して得た実証だ。要するに、人間が自業自得、因果応報で滅びたという線は消えたと思っていいだろう。百年単位で宇宙人をいじめ、百年単位で恨みつらみを募らせた上での報復で滅びたのなら、まぁ正直ですよねーという感じだが】
その線はない。とニャルは断言する。地下の奥の奥、モリアーティ曰くバンカーバスターや核爆弾といった大破壊兵装や侵略にも消え去ることの無いようにと対策されたとされるこの空間…再現された『大聖杯』たる肉体と魔術回路に置換された宇宙空間の如き場所を、オルガマリー達は歩いていく。
【物事は観測されるまでは不確定であり、観測されて初めて確定される。シュレディンガー方程式だったっけ?こういう式は】
「そうそう。もしかしたらその概念も英霊になっているかもしれないネ。どこにでもいて、どこにでもいない猫みたいな感じの」
「……ウルトラマン、仮面ライダー、そして数多のNG召喚、部員…平行世界のマスターや人員に至るまで。それらを『識っていた』存在がいた、という事ですか?識っていた者がいるが故、この世界にそれらの存在が現れていた、と」
モリアーティは頷く。どう?私の娘賢いでしょ?とニャルに自慢気に迫り邪神をぐぬらせる。ご満悦げにモリアーティは補足する。
「無論、知っているだけで実体化、現実化していたら世界は大変な事になる。お茶の間のスーパーヒーロー達だけならいいが、怪人怪物だって現れ偉いことになるからネ」
【問題なのは、その『識っていた』存在が文字通り【全知全能】であった事だ。その存在は全てを知り、全てを実現可能とした。人々の希望、事象、或いは虚構に至るまでの全て。人が知らぬ全てまでを知り、また存在する世界の事象とした。それを指し示す言葉を、君達魔術師はよーく知っているはずだ】
ニャルの言わんとする言葉を、オルガマリーは理解する。それらを求めて聖杯は作られた。それらを求めて、魔術師は代を重ね研鑽を続けている。それは、永遠の徒労にして悲願。
「───根源、接続者」
「御名答だ、我が娘よ。冗談のような話だが、何億、何兆、那由多無量大数以下の可能性をこの地球は、人類という種は引き当ててしまっていたのだヨ」
そう──即ち、完全なる根源接続者。朧気、微かなといった領域ではない。『人となった全能』ではなく『全能となった人』が地球上に現れたのだ。それは、人類という種が巡り合った最高にして無上の奇跡であることは疑いようがない。人は偶然、全知全能を宿してしまったのだ。
【その存在はいち早く察知され、収容され、そして様々な質疑応答と解析、そして分析と観察を受けた。野蛮な実験で万が一にも喪われたら困るからね。希少性が人類の獣性と悪性を抑え、未知からくる蛮行を抑制させた。私達が見つけたものに、ほとんど外傷はなかったよ。あったのは、抜け殻だけだ】
「抜け殻…」
「その存在は正真正銘の全知全能であったのは、正直否定しようがない。さっき見た資料のように、ここのスタッフが人類の知らないこと、知るべきこと、知りたいことをそれはもう根掘り葉掘り聞いたのだろう。この空間に走る光、それらは光に置換された情報媒体だ。ムーンセル・オートマトンと原理は似ている。フォトニックネットワークの開発と実用化に成功しているのサ。教わったことで、人類は異文明の技術すら再現してしまったわけだ。まさに全知全能、人類史最高のカンニングペーパーというやつだネ」
オルガマリーはその素晴らしさより、恐ろしさに目を向けていた。人とは探求する生き物であり、暴露する、解き明かす獣性を有している。その本能、人類愛にとってその存在はあまりにも…
「…あまりにも、悍ましいと思います。未知を、そして未開を全て消し去る存在というものは、人類の生きる世界にあっていいものなのでしょうか」
【まぁならんだろうな。だからこそ、彼あるいは彼女を知った人間たちも同じ様に考えた】
このまま全てを解き明かしてしまえば、人類はどこにも行けなくなってしまうのではないか?この無限の叡智は、人類が触れていいものだったのか?そう考え始めたスタッフと、知識欲に取り憑かれたスタッフの争いが見受けられたとニャルは語る。
【自身の知らないことを知るというのは気持ちが良い。自らしか知り得ない答えというものは気分がいい。自らを神と僭称し始めた者達、逆に、この世界が『異聞帯』となる事を恐れた者達が現れたんだろう。全てを知り尽くしてしまえば、一歩も発展繁栄は有り得ないからね】
この叡智を以て、自ら達が人類を導く高次元の存在になろうと驕り高ぶったもの。全知という恐怖に、狂気の蔓延から目を覚ましたもの。それらの争いは、辛うじて後者が勝利したという。
「この勝利こそ、汎人類史が汎人類史たる所以だろう。だが繁栄と引き換えに、人類の争いによりその全知全能は喪われる寸前だった」
そう、争いに巻き込まれ、その存在は甚大なダメージを負ってしまった。そしてその争いを乗り越え、かの存在を道具のように扱っていた愚行を恥じた人類は、彼、あるいは彼女の再生、保管を試みた。
「個としては複数箇所を撃たれ、瀕死ではあったが死んではいなかった。聡明なスタッフは彼か彼女かに質問を問うた。『相応しき者に託す座を作るにはどうすればいい』と。その願いは受理され、その手段を知った人類はそれを行った。魔術における神域の天才、ユスティーツァや魔術の王が行った手法…」
「自らの魔術回路の転用、即ち…大聖杯となった…?」
途方も無い話だった。魔術に名高いアインツベルン、その中でも真の天才たるユスティーツァの魔術回路を使用して生み出した天の杯、それらを凡愚が再現したというのだ。そしてこの空間は、ゲーティアが使用した時間神殿。それらを魔術ではない、科学での再現に至らせたのだとしたら。凡夫や衆愚を神域の傑物に変える。それはまさに万能…いや、全能の聖杯と言うべきものに他ならないだろう。
「こうして全能の聖杯は誕生した。相応しき者に託されれば、この世界の因果律、全知全能の全てを手にすることのできるまさに至高にして至純の聖杯が。…ただ、それはあまりにも真に迫りすぎた」
「…全能から全知を引き出していた魂が、消えてしまった?」
オルガマリーのあまりの察しの良さに肩をすくめるニャル。これでは自分がからかえないな、と苦笑いする他無かった。
【先に全知、といったのはそういう事さ。至高の生命体に至れた魂は、何処かへと消え去ってしまった。我々の行く先にあるものは永遠の空座。資格ある魂を待ち続ける空の玉座といったところだ。…全知の空座は待っているのだろう。自身を有するに値する魂が現れるのを。己を有するに値する、至高の魂をね】
「余談とも言えないが、勝利した人間力に溢れたスタッフ達も残らず自殺している。手にしてしまった禁断の叡智は、僅かなりとも外に出してはならないものであると決断したのだろう。日記と記録を遺して、ネ」
モリアーティとニャルの導きに従いながら、オルガマリーは息を吐く。空間の荘厳さと、本能的な畏怖がいよいよ以て迫力を増している。この先に行ってはいけない。知ってならないと魂が警告している。
「サーヴァント、並びに死者、神の類には道は開かれなかった。私達が触れてもうんともすんとも言わなかったヨ。やはり、資格を認めなければならないようだネ」
【一体誰を待っているのか…さぁ、準備はいいかな?遥か前に見出され、その真正から人類の未来の剪定すら赦しかけた正真正銘の全知に御対面だ】
だが…所長として、逃げてはならない。楽園に関わる以上、その存在を見据え、見届けねばならないからだ。
オルガマリー「…行きましょう。全知の杯。主なき、全能の空座へ」
絶え間なく星が振るような空間、重苦しく現れた扉を開き…オルガマリー達は、その場所へと足を踏み入れる──。
オルガマリー「こ、れは…───」
そこに広がっていたのは、まさに宇宙であり、夜空であり、星団であり、彗星であった。星が生まれ、消えていく銀河。悠久の時空の歴史と宇宙の真理を垣間見る中心に、それは静かに佇んでいた。
物言わぬ器。魂なき全知の座。相応しき者を待つ根元へと至る穴。宇宙、因果律、全知全能、真理。それら全てに通ずるモノ。
モリアーティ「彼、或いは彼女はこう呼称されていた。高次の観測者にして記録者。そして、それら全てを知り得る者」
ニャル【───『アカシック』。この世に産まれた全知全能。その人格と魂を有した人物であった者の名だ】
空間全てを自らと変え沈黙を貫く存在。相応しき魂を待つ空虚の座。…オルガマリーは、その座に刻まれた言葉を見出した。
『至尊の魂、君を待つ』。──人類には解読出来ぬであろうその言葉を、あの空間にいた者は把握できたのだ。
──至尊の輝きが満ちた極点。全てが救われし、あの時間神殿を垣間見た者たる、彼女のみが。全能が唯一望んだそれを、把握する事が叶ったのだ──。
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