人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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お前は許せるか?祭りを心待ちにしていた者達の嘆きを。


無慙「……許せん」

それを、幼稚な癇癪で台無しにした怨霊の存在を許せるか?

「……許せん」

何よりも、怨霊に堕ち今を生きる命を脅かす者を許せるか?

「許せん」

同じ想いだ。私も許せぬ、あの愚かな妹の愚行が。

ならばこそ、私に力を貸してくれ。あの愚妹、義経を仕留めるが為に。

「断る」

──なんと。何故だ?

「言ったはずだ。オレはリッカの前で、肉親の殺し合いを認めるつもりはないとな」

………そうか。確かに、それは衆目に晒すものではないな。

無慙「他の手段を探せ。なら力を貸してやる」

うむ、では…

私が、妹の不始末の責任を取ろう。

「なんだと?」

怨霊、並びに義経。私があやつらを──カルデアへと送り付けると言うことだ。苛烈に、やや穏便にな…


判官相憐れむ

『はぁあぁぁああぁっ!!!』

 

武者が、奔る。それは一陣の風、何者も追い縋れぬ疾風であった。夜空の月が、星が、草木がそれらを見送るしか出来ぬ程に。

 

『源氏鏖殺…!藤丸リッカ、その命こそ我等が悲願なれば!この義経、全身全霊にて挑まん!景清殿、照覧あれ!』

 

『─────』

 

リッカ…否。宿りし母の神性、丑御前が義経を、景清を見やる。景清の怨念はマシュが相手取り、義経は笛の小刀を以てリッカの童子切安綱と鍔迫合う。龍哮はリッカの左腕で胎動するも、珍しく抜かれる気配はない。

 

『義経さん。全力でかかってきて。私も…本気で行く!』

 

『無論。我等怨霊、悲願を前に猛ろうぞ!』

 

義経を焚きつけるリッカ。彼女は知っているのだ。言葉や、対話で復讐は止まらぬと。いや、止まる復讐は怨みではなく精算だ。けじめ、折り合い、新たな人生の門出。そういったある意味で清涼な復讐もあることを、リッカはきちんと知っている。

 

しかし、彼女らの復讐は憎悪、憎しみ、怨嗟である。成すまで止まるまい。果たすまで消えまい。或いは、死すまで霧散すまい。語り説き伏せるのではなく、剣戟こそが雄弁となる場面なのだ。

 

『兄上…!私は、私は…!』

 

そしてリッカは見抜く。彼女が、義経がとても苦しそうに在るその様子こそを見抜くのだ。彼女の本懐は武力に非ず。それは、人の心と絆に寄り添うこと。

 

『何故ですか、兄上…!兄上、私は…!あぁ、違う、私は…私は…あなたを、兄上…!』

 

兄上、即ち頼朝を愛しているのは語るまでもない。しかし彼女は、確かに懐いている感情がある。恐らく自分自身すらも受け入れがたき、しかし確実に有する想い。それの齟齬が、精神に軋みを生んでいるのだ。

 

『おぉおおぉおっ!!』

 

しかし心を軋ませながらも、その剣と振る舞いは微塵も翳らぬ冴えを見せる。流石は判官九郎義経。その英雄性、疑う余地は微塵もない。

 

『私は…!源氏を、兄上を、私はぁあっ!!』

 

『…………』

 

暫く義経の、景清の戦いをリッカは受け止めてみせた。サーヴァントとの戦いにおいて、彼女を護るはアジ・ダハーカであり丑御前、源頼光、そして彼女を祝福する全てである。只人ならぬリッカは最早、サーヴァントとの打ち合いは超常の域にない。

 

なればこそ、刀より伝わる思いがある。焦燥、郷愁、悲嘆、憤懣、そして……彼女が認められているか定かでなきもの。

 

…思えば、そう難しい事ではないのだ。知れば、知ってしまえば誰もが納得する。至極当然と同意しよう。彼女以外の存在が『然り』と頷くだろう。

 

ただ、義経本人だけがそれを受け止めきれていない。普段の理性と、義経たる聡明さと情がきっとそうさせるのだ。彼女自身が景清と通じ合った事、そして景清の呪いにありながらも、景清と共存できていることの真髄がある。

 

右へ左へ、左と思えば空中へ、消えたと思えば増え縦横無尽。天狗の歩法を極めた義経、まさに神出鬼没。

 

しかし、リッカを護る宿りし護法は丑御前。神秘殺しであり源氏棟梁たる頼光の荒御魂なる部分。リッカの魂における奈落の如き当たり前の親愛の欠如を埋め尽くす、母なる雷神。その無窮の武練は、義経クラスの攻撃すら愛娘にただの一度も通さない。

 

『見事…!こうまで流麗か、こうまで苛烈か藤丸よ…!』

 

義経の称賛を受け止め、リッカは彼女の心への理解を深める。きっとそれが、彼女の苦しみを和らげるものとなろう。

 

『阻んでみせよ、藤丸リッカ!この義経の、血迷いたる刃を!』

 

そして彼女は、十八番を展開する。遮那王流離譚が奥義、義経の代名詞にして必殺の宝具。

 

『壇ノ浦・八艘飛び───!!』

 

海に浮かぶ舟を跳び継ぎ、すれ違いざまに一閃を行うその奥義。辺りは壇ノ浦へと代わり、リッカは首を跳ね飛ばされるを待つ舟の扇が如くに放り出される。

 

「先輩!くっ…!」

【阻みし盾よ、義経の邪魔はさせん!】

 

景清を抑えるので手一杯なマシュは、歯噛みと共にオルテナウスを考慮する。あれは守備も攻撃も規格外の存在。起用には吟味に吟味を重ねねばならなくなっていたのだ。

 

『大丈夫、マシュ』

 

しかしリッカは冷静であった。数多無数の死線と窮地、何より『頼れる仲間たち』が増えきったリッカは無茶を諌める冷静さと、自身の実力を自負する自信を備わらせていた。故にこそ──リッカは敵の宝具の対処すら行ってみせる。

 

『ッ!?くっ、何っ…!?』

 

瞬間、空と水面より放たれた無数のレーザーに態勢を狂わされ義経が声を上げる。それらは突如放たれたのだ。空に浮かぶ月から、そして水面に映る月面から。

 

『汝、星を穿つ黄金』

 

シューティングスター・オルテギュアー。月の女神の祝福そのものたるその弓矢は、夜の月が照らすすべてをリッカの射程とする。どれほど義経が速かろうと、どれほど義経が風であろうと、月の照らせぬものはない。月がリッカの弓であり、光がリッカの矢である。そして、次も凄まじきものであった。

 

『天沼矛!』

 

リッカがおぞましいほどに清澄な細工の施された槍を手に取り、義経が展開した壇ノ浦へと突き刺す。すると───

 

『ぐ、あぁあぁあぁあぁあっ!?』

 

壇ノ浦ごと、浮いた小舟ごと、義経ごと、巻き取られた綿飴のようにかき回され、巻き取られ、そして高々と掲げられる。それは、人どころか神すらも逃れ得ぬ国産みの儀。その神具たる伊耶那美命の天沼矛。その権能の一端の発露である。

 

この地は日本であり、そしてこの矛はそれらをかき混ぜたもの。ならば、どこにもかきまぜてやれぬ道理はない。日本の至高の神器を、リッカは義経に振るったのだ。

 

そして──このようになってしまえば、残るは彼女への必勝の一撃を奉じるのみである。

 

『牛王、招力』

 

丑御前の力、牛頭天王たる神威を守り刀に宿す。この母の由来の宝具だけは、どんな手助けも要らずにリッカは放つことが出来る。守り刀を通じ、魂にていついかなる時も自身を護らんと在る、母の魂の片割れがある故に。

 

ならばこそ、その一撃は…迷い惑う後輩への、不甲斐なき源氏の末裔へのこれ以上なき叱咤激励となるであろう。故にリッカは、それを開帳する。

 

『怒髪、天衝────!!』

 

天沼矛が巻き上げ、絡め取った壇ノ浦と義経に、問答無用で放たれる雷撃の一閃。それは紫電と紅黒き魂の色を著した、激しくも麗しき落雷の顕現であった。

 

『ぐあぁぁぁぁあぁあーーーっ!!!』

 

義経には最早為す術もない。自身の展開した宝具を、問答無用で巻き取られたのだ。彼女が思うに、あの矛は全ての日本の英霊、逸話、神話の頂点に立つものだ。英雄であるが故に英雄王に敵うものがいないと同じく、あの矛を持つ者に、日本の全ての英傑神格は敵わぬだろう。そう確信させるほど、その神威は圧倒的だ。

 

『…見事、なり…!』

 

だが…それは義経にとっての福音でもある。源氏は、現代の棟梁はこうまで愛されている。源氏は不要とされておらず、世界を救う旗印なり。それならば、義経の憂いの一つは消えて失せる。

 

『…義経さん』

 

そして、倒れ伏す義経に、リッカは告げるのだ。義経が義経として、苦しまぬためにも伝えるべき事を。

 

『あなたは…お兄さんを、頼朝さんを。憎んでいる』

 

『…………………あぁ』

 

あぁ、やはり。義経は倒れ伏しながら頷いた。そうだ、そうでなくては説明がつかないのだから。

 

頼朝になぜ会いたいのか。

 

なぜ景清と同調したのか。

 

なぜ、アヴェンジャーとしてあるのか。

 

それは景清が、義経を思うままにしたからではない。

 

『………私は、兄上を。憎んでいるのだ…』

 

義経は言葉にする。ある意味でそれは、心身の乖離だ。恨む心、否定する理性。その相反が、義経の不安定さの全て。リッカはそれを見抜き、言葉とした。

 

しかし、リッカの見出した真理はまだある。

 

『でも、それだけじゃない。…でしょ?』

 

『………あぁ』

 

こちらは、静かに受け入れるものだ。否定してきた、理性の働きの旗印。

 

『それでも私は…兄上を愛しているのだ…』

 

裏切られた事が憎い。それでも、愛するは無かったことにできない。

 

それが義経を構成するものだ。孤高の天才は、兄を愛するが故に英雄であり、兄を憎悪するが故に怨霊と一体化した。

 

【おぉ、義経…!】

 

マシュを蹴り飛ばし、景清は義経に還る。憎悪の煙が義経を立たせるは、まるで肩を貸すよう見えるだろう。

 

『憎い、兄上が憎い……だが、それだけではない。私は、それだけではないんだ。私は…兄上を、愛しているのだ…』

 

義経に戦う意志はない。頼朝、そして景清。彼女にとっての大切は、既に見出されたのだから。

 

『………』

 

リッカは静かに、刀を収める。後は義経と、景清が何をしたいかが故にだ。

 

──母に感謝を告げ、リッカは童子切を厳かに納刀する。彼女の傍らには、常に誰かが寄り添っているが故に彼女は強さを極めているのだ──。

 

 




『景清…認められず、申し訳ございませんでした。私は、あなたと同じです。兄上を憎む、怨霊でした』

【何が怨霊なものか義経。お前は頼朝を愛していよう。怨の一文字、それを越えるほどに…】


マシュ「先輩、これは…」

リッカ「しーっ」

リッカはただ見守る。義経、景清。その二人の顛末を。

義経『…はい。私は…それでも兄上が、好きなのです』

景清【よい、よいのだ義経。よう言うた、よう言うた義経…】

景清からすれば、その言葉は裏切りに等しい。だが義経を、ただ景清は労った。

もしかしたら…じゃんぬのように、景清は既に見つけていたのかもしれない。憎悪を補填、凌駕する運命を。

リッカ『───』

そこに、血の繋がらぬ絆を見出したリッカが仮面の下で笑顔を見せた…その時だった。

?「この頼朝が憎いか、義経。であろうな、それは理解できるぞ我が妹。なにせ私も、同じ想いだ」

【!!】

マシュ「この声は…!?」

現れしは、夏草の平和を護る警察官。その姿言葉を借りし、緋色の官僚服を着込みし者。

無慙?「義経。人理を救う組織、並びにそこに生きる者達にかけた多大なる迷惑。贖わせに──私、頼朝が来たぞ」

義経「…兄、上…!」

そう、無慙の姿をしたそれは確かに、頼朝と名乗ったのだ…

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