幸せそうな顔。幸せそうな人生。
ここには、それが溢れている。
「……………………」
そんな素敵な光景を見ていると…
どうしようもなく、全てを壊したくてたまらなくなる。
「……………………」
あぁ…
皆、死ねば良いのに…
「………」
それは、リッカをして不可思議な女性であった。ベンチに座り、生気の無い表情で、何をするでもなくただ、ランドの喧騒を見ている女性。
その衆目美麗な見た目は、貼り付けた能面のような無表情。しかしその眼光は無機質でありながら冷たく、鋭く、それでいて淡白なものだ。何もかもを見ていながら、熱を齎すものや目を引くものは何もないと言わんばかりの。その有り様に、女性にしては無造作な髪型。何より漆黒の喪服の組み合わせは、幸せな家族が行き交うランドにおいて異質なものとすら見受けられる。
そして、そんな女性故にリッカは気になった。佇まいもそうだが、彼女がメリーゴーランドに乗っていた様があまりにも物憂げで、哀しげに見えたから。氷と茨に包まれたような寒気を超え、リッカは遂に声を出す。
「あ、あの。お姉さん」
「…………」
声を掛け、話しかけてみれば多少の反応は見受けられた。こちらをちらりと見据えた後、すっと目を細める淑女。
(っ…)
ただ、その動作が今まで触れ合い、体験してきたあらゆる事を越える『冷たさ』を誇っていた。ツララを心臓に突き刺されたかのような戦慄。吹雪で倒れた時に自らに積もる雪。そんな死に繋がる『冷たさ』が、リッカを貫いたのだ。
それは、最早人の情動のどれにも当てはまらない。根源的な本能に根差すもの…殺意に近しいものだ。
「ベンチ」
「は、はい?」
「片方空いているわ。座りなさい。話しかけたのよ、座りなさい。ハリーアップ」
ただ、その殺意に反してかかってきた言葉はなんとも奇妙なものだ。ハリーアップ…何故英語…困惑しながら、リッカは隣に座る。
「あの、メリーゴーランドに乗っていた貴女が印象的で…ご迷惑でしたか?」
「独り身の分際ではしゃぐ姿が滑稽だった?酷い娘よ、あなた」
「そんなことないです!なんというか、儚げでした。今のとこ、私には出せない魅力があったので…つい…」
「ふふ、本当?可愛いわ、あなた」
そんな、冷たく突き刺す雰囲気からは想像のつかない普通の会話。彼女はリッカに、何かを見出しているかのようだった。
「ありがとうございます!私はリッカ、藤丸リッカです!」
「藤丸…あぁ、そう。私は…まぁ、未亡人の分際でテーマパークに来たのはいいけれどやっぱり乗りたいのもやりたいことも見つからず途方に暮れたモブAよ」
「なるほど…ではその、未亡人の分際でテーマパークに来たのはいいけれどやっぱり乗りたいのもやりたいことも見つからず途方に暮れたモブAさんはご休憩なさっていたのですか?」
「別に名前じゃないのよー。繰り返さないでくださるー」
ほっぺを両手で引っ張られた後、弾かれブルルンするリッカ。いたぁいしているじゃれ合いの中、モブA(自称)は問う。
「ねぇ、リッカ。あなた、自分以外に幸せな人を見たらどんな感慨を懐くかしら」
「え?」
「あそこを見てご覧なさい。ポップコーンを買っている家族がいるわね。ベンチに座って、妻と子供と仲良くポップコーンを分け合っているわ。誰が見ても幸せね」
そう指差す先には、たしかに家族が幸せを紡いでいた。身なりは平凡で、見た目も美男美女というわけではないありふれた家族。ただし、二人の愛の結晶たる子と、幸せなひとときを紡いでいる。
「あなたはどう思うのかしら。聞かせてくださる?」
「……──」
リッカがかつて、悪の坩堝にいた頃。夕焼けの中すれ違う家族の後ろ姿を見送った頃。自分にはない幸せを、いつまでもいつまでも見つめていたあの頃。
「…いいな、と思います。生きてる中で、あれ以上の幸せなんてきっと無いと思うから」
率直な感想を告げる。そしてリッカには、その幸せを護る力がある。
「続いてほしいと思うし、護りたいとも思います。ああいう当たり前の幸せを、守り抜きたいと思う。それが私の戦いだし、私が私である為の理由だと思うから」
あんな幸せが満ちる世界を護る。当たり前に明日が来る平和を護る。それがリッカの、変わらぬ願い。それを聞いた自称モブAは笑う。
「そう。立派ね、あなたはとても立派よ。えぇ凄いわ、素晴らしいわ。私は違うわ、違うもの」
「違う…ですか?というと…」
「殺したくなるの。どうしようもなく」
端的な感想。リッカと彼女の周りの空気が、しんと冷え切りズンと重くなる。
「何故幸せなのかしら。どうして幸せなのかしら。この世界に生きているだけで毎日が最高だなんて顔で私の前をうろついているのは何故かしら。私はあの時から、あの瞬間から、幸せを感じたことなんて無いのに」
「あ、あの…」
「そもそも何故幸せなのかしら。どうして幸せなのかしら。私は違うわ、全然違うわ。私は幸せじゃない、そうよ、あの日から私の生に幸せなんて無かったわ。今もそう。今すぐにでも果てればよいものをなぜ、どうして私はのうのうと生きているのかしら。あぁいえ、私死んでいるのだけれど」
「…サーヴァント…!」
「あれらにあって私にはないのはどうしてかしら?私には与えられず、他に与えられたのは一体何が違ったのかしら?あの人はまともに愛してくれなかったけれど死んでほしかったわけじゃないわ。私だってそうよ、だってまだ好きだったのだもの」
壊れた記録媒体か、決壊したダムのようだ。僅かでも漏れ出した止まらないもの。リッカはこれをよく知っている。
「復讐、そう復讐だわ。奪われたのだもの、持っていかれたのだもの。奪い返しても何も悪い事なんて無いわよね、そうよね無いわよね。その目をやめなさい。何もわかっていない女とでもいいたいようなその蔑み、その嘲り。なんなの、不能だとでもいいたいの?そもそも私はどうして奪われたのかしら?何が、誰が、どう悪いのかしら」
「ど、どうか落ち着いてくださ」
「人生って素敵ね!!!!!」
…結論から言えば、この淑女はかのサタンと同じくらいにリッカの不得手なタイプであった。徹頭徹尾理解不能、意味不明な精神構造のサタンと似ているようで異なるもの。
『彼女自身がたった一つしか見ていない』。会話など初めからしていないのだ。彼女はただ、燃え盛っている。狂うほどの感情、激情に。リッカはあまりの冷淡さと苛烈さの乱高下に振り回されながらも、一つの答えを見出す。
「…アヴェンジャー…」
復讐者。狂戦士もかくやでありながらそう結論付けたのは、彼女の瞳だ。それは──決して曇りも、翳りもしない決意。
自らから奪った全てを許さない。必ず成し遂げるという…狂気など及ばぬ程の意志が満ちていたのだ。
「あぁ、そうそうリッカ」
「はいっ!?」
火を噴くような激情からすらりと理知的に語る自称モブ。あまりの変換に戸惑いながらも答えるリッカに、彼女は告げる。
「その感性はとても素敵だと思うわ。幸せをいいと思えて、護りたいと思える素直な心、大切になさい」
「…!」
「私みたいになると辛いわよ。大切なものは、死ぬ気で、滅びようとも守り抜きなさい。それと、幸せいいなぁだなんて受け身ではだめよ。私も幸せになってやる、これでいきなさい。よろしい?」
「は、はい」
「声が小さい!」
「はいっ!」
「よろしい。では私は帰ります。幸せそうなツラを見て怒りと憎しみをいい感じにチャージできたので」
言うだけ言って立ち上がり、歩き出す淑女。ふと、思い出したかのように彼女は振り返る。
「言い忘れていたわ。私はクリームヒルト。またどこかで会うことになるでしょうから、その時を楽しみにしているわね」
「クリームヒルト…クリームヒルト!?」
その名前を聞き、リッカは全てに合点がいく。あれほど苛烈な理由が、全て。
「あ〜あ〜♪みんな死ねば良いのに〜♪」
クリームヒルト…ニーベルンゲンの歌の真の主役であり。
──不死身の英雄、ジークフリートの妻なのだから。
マシュ「アイス買ってきました!5段!5段です先輩!」
リッカ「……………」
マシュ「先輩?」
リッカ「なんだか私、最近先に真相に近付きすぎたキャラムーブばかりしてる気がする…」
「???」
とりあえずジークフリートさんに言ってみよう。そう決心しながら、アイスを受け取るリッカであった。
どのキャラのイラストを見たい?
-
コンラ
-
桃太郎(髀)
-
温羅(異聞帯)
-
坂上田村麻呂
-
オーディン
-
アマノザコ
-
ビリィ・ヘリント
-
ルゥ・アンセス
-
アイリーン・アドラー
-
崇徳上皇(和御魂)
-
平将門公
-
シモ・ヘイヘ
-
ロジェロ
-
パパポポ
-
リリス(汎人類史)