人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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ボルシャック『バザガジール・ドラゴン。あいつはスピード自慢の魔剣使い。俺たちの中で一番速さに優れ、その剣技は何者も見きれないほどとされていた』

ボルメテウス『だが、彼はその力に見合わぬ思慮と優しさを有していた。小さく、弱い種族のためにその魔剣を振るった、我らの中でも最も心に優れたものだった』

リッカ「スピードアタッカー!名前に偽りないね!」

ボルメテウス『だが…かの滅びに、最も心を傷つけてしまったのもまたバザガジールだった』

リッカ「あ…」

ボルシャック『あいつ、めっきり沈んでてな…すっかり塞ぎ込んでて見てらんなかったぜ。ここに来てから見てないが…』

ボルメテウス『どのような大義で再び剣を握っているのか…尋ねねば、ならないだろう』

リッカ「…優しい魔剣使い、かぁ…」


バザガジールの試練〜ジェットコースター〜

「ってなわけで、ジェットコースターに乗るわけだが…」

 

「隣に座らないでよね。色々無理だから」

 

キツイねぇ…。早々にフラレたベリルは静かにヒナコの斜め後ろに座る。ヒナコは真祖、ベリルは(強制的な)不死者。断ち切ることのできない宿痾が選んだジェットコースターのシート。即ち試練の時間である。

 

「アンタはどうなんだい、ヒナコ。人間に追い立てられる中で遊園地で遊ぶ余裕はあったのか?」

 

「真面目に聞いてるなら底知れない愚昧さを、わざと聞いてるなら底知れない冗句を嗤うわよ人狼。あんたこそ、あの邪神のモルモット扱いで換えの利くからこそ選ばれたんでしょう。軽いわね、命が」

 

「そうなんだよなぁ…あぁやめやめ。旦那の話は無し。何が機嫌を損ねるか…いや、何が機嫌を良くするか分からん」

 

「機嫌を良くするぅ?不機嫌よりマシじゃないの?」

 

「いやぁ…旦那って優しくなったとか人の心を持ったって言うじゃん。それってつまりよ、『壊し方も更に理解しちまった』って事なんだわ。そもそも神様なんて概念が人一匹に本気を出したらどうなるよ?」

 

ヒナコは閉口する。あの邪神の事は苦手極まる。何故なら愛する夫、項羽の演算で導けるものが何一つ無いのだから。語るに及ばずどころか語る瀬すらない。だが、楽園の全てに忠誠を誓う『何か』。ヒナコとしては味方であるだけを理解した不理解の何かでしかない。楊貴妃あたりからは、アレに近づいてはならないと言われたものだが…

 

「ならその邪悪な神様に比べてマシな事を喜ぶのね。ジェットコースターなんて余裕でしょ?」

 

「そうだといいがねぇ…」

 

妙に嫌な予感を感じながら、二度目の試練へと挑むベリル。そして試練の際に訪れるものは、選択だ。

 

「肉体的、精神的。キリシュタリアが言っていたのはコレね」

 

ヒナコの座席にもまた、それが示唆された。精神、肉体。それの、どちらを酷使し痛めつけるか。示される、試練の概要。

 

「ジェットコースターの肉体的試練って、アレか。半端ないGとか座席から投げ出されるとかそんなんか」

 

「そうよね。間違いなく肉体が四散したりする系列のヤツよね…いや、解ってるわよ。それを対応する為の私達なんだってのは」

 

「…アンタはどこまでだい」

 

「どこまでって…何の話よ」

 

「ほら、その…何処まで寸断されたら自分は自分じゃなくなるのかってやつで、俺は」

 

「言わなくていいわ!言わなくていい!自慢や比較するような事じゃないでしょ!ホントやめて!」

 

「だよなぁ!悪いな。すまねぇ、さっさと決めちまおう。肉体の方でいいよな!心配ねぇさ、今更投げ出されたり吹き飛ばされたりグチャグチャになるくらい…」

 

「「……………………」」

 

「…別に痛くないわけじゃないの、解ってるわよね」

「勿論だ」

 

「好き好んで傷付く趣味なんてないわよね」

 

「快楽なんて感じた事、一回も無かったぜ」

 

楽園に来てからというもの、長らく遠ざかっていた苦痛。片や、徹底的に叛逆と服従の目を摘んだ調教。平穏を掴んだからこそ、その遠き苦悶と苦痛がより鮮明に思い浮かび…

 

「…長生きして研磨された精神の強靭さで、突破してやろうじゃない!」

 

「おぉ、旦那の丹念な人体と尊厳破壊に比べりゃどうってことねぇ!」

 

「この世界に人間より凶悪な存在なんていないわよ!」

 

なんだか妙な決意を固め、肉体的ではなく精神的な試練に挑むことに決めた二人。キリシュタリアやゼウスが言うには『面白かった』だが、あの二人の所感などあてにしてはならないもの筆頭であるので。精神的な方の経験のあるベリルの選択にのっかることにしたヒナコである。

 

『この度はジェットコースター・スピードアタッカーに搭乗いただき感謝するぞー。精神試練コース、存分に楽しむとよい』

 

響き渡るのはアナウンス音声…。その音声担当はヴリトラであった。その声音は弾んでいる。どこか、楽しげである。

 

「試練なのに随分と楽しそうじゃない…」

 

『試練だから楽しいのじゃ。苦難と試練を乗り越えた貴様ら。苦難と苦痛に挑む貴様ら。それら全てがわえの楽しみじゃ。ゆえに…期待しておるぞ。全身全霊で貴様らも楽しむとよい。ではの〜』

 

「他人事みたいに言いやがるぜ、本当に趣味のいい…」

 

その言葉を最後に、視界は暗転する。二人だけを載せたジェットコースターは、精神の試練に相応しき様相を見せる──。

 

 

 

「ほぉー!こりゃあ悪くねぇや!」

 

「高いわね…後輩が好きそうね…」

 

そこは、白き雲を遥か下に見下ろす天空。晴天…超越者に許された景色を進む、二人の座席。それはうねるように航路を行き、道なき道を進んでゆく。

 

「まぁ落ちたら確実に死ぬだろうが…にしたって今すぐ身体がバラバラになるって訳じゃない。席から身を乗り出しでもしなきゃあ安心だぜ。見ろよ、もうどこに何があるのかさっぱりだぜ」

 

「そうね。相方があんたじゃなかったらもっともっと最高だったんだけど」

 

「それを言うなよ…俺だってあんたに不満があるわけじゃないが、俺にも終わった初恋の相手がいたからなぁ…」

 

そのジェットコースターは速度は緩やかですらあり、大きく上下し、時に大きく飛び上がり、時に雲海スレスレに滑空する。

 

「ほー、こりゃあ大したもんだぜ。ジェットコースターっていうかクルーズじゃねぇか?めちゃくちゃ優雅な空の旅じゃねぇの。どこらへんが試練なのかねぇ?」

 

ベリルが言うように、それは優雅とすら言える行軍だ。人にはまだ未開なる天空。その景色と光景に、精神を苛む要素はどこにもない。僅かでも身を乗り出したら、天より遥か下に落ちてしまうということぐらいか。

 

「そうよね。肉体的な負担も、まあ高度で酸素とかは対策なしじゃいけないと思うけど、それはカルデアの礼装があるから大丈夫だし…」

 

そして、あると思われた敵対エネミーの姿もなく。その超越者のみ見られる光景を存分に臨むジェットコースター…精神の試練は終わりを迎えようとしていた。

 

『ご苦労じゃったのー。これで試練は終わりじゃ。暫くしたらドラランドに戻る故、安心せい』

 

「これで終わり?マジで言ってるのかよ?いい思いしかしてないぜ俺等」

 

「そうよね。次は4足の人間が乗れる席も用意しておいてもらうと嬉しいわ」

 

『気に入ってもらえた様で何よりじゃ。バザガジール・ドラゴンへの挑戦権をカルデアに与えよう』

 

ヴリトラが認める、バザガジール・ドラゴンへの挑戦権の獲得。試練は突破した事となったようだ。しかしその報を耳にしても、二人は半信半疑である。

 

「バザガジール・ドラゴン…次に挑む事になるガーディアン・ドラゴンね」

 

「なんならそのドラゴンの情報をくれたってもいいんじゃないか?試練には報奨がつきものだろ?」

 

ヒナコ、そしてベリルの問い掛けにヴリトラは首を傾げる。

 

『なんじゃ。バザガジール・ドラゴンの事を知りたいのか?』

 

「あぁ知りたいね!手取り足取り知りたいぜ!だから教えてはくれねぇかい?ヴリトラさんよ」

 

『聞けばよかろう?本人に』

 

「本人?」

 

『貴様らがずっと乗っていたではないか。何なりと聞き出せば良かろう』

 

──瞬間、二人は理解する。自身らが、何に乗っていたのかを。二人は、絨毯や床に設けられた席に腰掛けていたと思っていた。だが。それは誤りだった。

 

「お、おい…まさか…アレ…」

 

「アレ、っていうかこれって…」

 

ヒナコとベリルが、踏みしめていたもの。そして雄大なる軌道を描いていたもの。

 

『バザガジール・ドラゴン。ガーディアン・ドラゴンの一体じゃ。精々仲良くしてやるとよいぞー』

 

遥か彼方にて──大いなる存在が太陽を隠す。

 

遥かに大きく。

 

遥かに速い。

 

それこそが、次に挑むべきドラゴン。

 

 

「「──────」」

 

四つ手の魔剣使い。バザガジール・ドラゴン…。それらとの会合が、試練の概要だったのだった──。

 




ヴリトラ『また来るとよいぞー』


ヒナコ「……背中に乗っていたわね…」

ベリル「ボルシャック、ボルメテウスに比べてもなんだあのデカさ…」

ヒナコ「そもそもどうやってあそこに行くのよ…」

ベリル「…楽園を、信じようぜ…」

すっかり意気消沈し、言葉少なく帰路に着く二人であった…

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