人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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クリームヒルト【そろそろね。ああ、そろそろ。資格があるのか、きちんとできるのかが解ってしまうわ。ねぇ、ベルゼブブ?あなたが私の手伝いなのでしょう?】


ベルゼブブ【…………】

クリームヒルト【別にあの人がいるからとかじゃないけど、私の周囲の警戒をきっちり…】

ベルゼブブ【………】

クリームヒルト【…ベルゼブブ?】

ベルゼブブ【…………(うたた寝)】

クリームヒルト【…何しに来たの、こいつ…】

先刻

サタン【クリームヒルトを見てあげて?】

ベルゼブブ【承知しました】



クリームヒルト【…そういえばこいつ、割とまともね。なんでバーサーカーだったり、あんなのに付き従ってるのかしら…】


糞山の王

かつて、高き館の主と呼ばれし神がいた。誇り高き神がいた。

 

それは豊穣の神であり、冬の慈雨の神であり、幅広き恵みを司る神でもあった。彼は誇り高く、聡明で、慈悲深く、民達や信徒に良く寄り添った。

 

 

恵みは与えど、堕落を招かぬ程度のものを。

 

慈雨を降らせど、氾濫を起こさぬ程度のものを。

 

供物を求めど、無理なき規模を。

 

 

彼の主は、高き館に在りながらも人を深く愛していた。民達の生を祝福し、その繁栄をよく助けた。

 

新たなる命が生まれれば館にて祝福を。

 

恵みの感謝たる供物あらば姿を表し、拝領と次なる恵みの約束を。

 

 

彼は人を深く愛し、また、人も神をよく敬った。かの神の信仰は絶大であり、人は皆彼を愛し、信じた。

 

神は聡明であった。いつか人は自立し歩まねばならない。きっと、人の時代はやってくる。かの古き英雄神が行ったように、自らもいつの日か民達の前から去らねばならない。

 

子が生まれれば感謝を捧げ、毎年の豊穣の感謝を口に祭りを行う愛しきものたち。

 

愛するが故に、彼は別れを選ばねばならぬ。

 

辛くはあった。寂しくもあった。

 

だがそれ以上に、喜びと願いがあった。強く健やかに、そして確かに繁栄を成すようにと。

 

いつか、自らがもたらす恵みを越える成果を生み出せるように。

 

神の庇護を上回る、素晴らしき成長を果たせるように。

 

故に我が身は、いつの日か消えて去ろう。神は隣人ではなく、皆を見守る御霊となって永久に在らん。そんな未来を願い、気高き神は日々を良き人々と過ごしていた。

 

……──あの日、自らを唯一たる神と嘯く…【嫉む者】が現れるまでは。

 

 

一方的であった。徹底的で、苛烈であり、この上なく残酷であり、凄惨であった。翼と武器を持つ、天からの使いたる軍勢。唯一たる神を名乗る者を盲信する端末たち。末端の、無慈悲な使い達。

 

浄化を口にし、それらは神の意志を遂行した。それは即ち、自らを唯一たる神と成すための多神の貶めであり、信仰を己のものとするための侵略行為。一方的で、何の慈悲も譲歩もない、身の毛のよだつような殺戮の浄滅。恵みと癒し、豊かなる土地は残らず血に染まりきっていた。

 

子を殺し、その親を殺し、孫を、娘を、家族を、その全てを貫き、浄化の名の下に一掃する。天使にとってそれは聖なる行い。唯一神たるものを崇めぬ異教徒の殲滅にして、地上に楽土を築くための言わば聖選。異教徒たるかの主の信徒たちは、なんの尊厳も赦免も、恩赦も与えられる事なく殺され続けた。

 

かの主は憤り、嘆き、そして戦った。彼等はただ生きていただけであり、殺されることなど何もしていなかった。それは不条理極まる暴虐であり、おぞましい虐殺だったのだから。彼は力を、持てる全てを振るい戦った。その勢いは、僅かたりとも緩まなかった。

 

だが…一際輝きをもたらす四人の天使に動きを封じられ、猛る神は縫い留められてしまう。身体を捕らわれ、なおも護らんとするかの主の心を、尊厳を、それらは完膚なきまでに踏み躙った。

 

かの神の目の前で、燃え盛る地獄の釜に一人一人民達を投げ落としていった。目の前で救いを求めさせ、何もさせず、救わせず、絶望の中で地の底へと投げ捨てていった。かの神は救うことも、身代わりになることも、決して許されなかった。

 

一人一人、主の事を忘れさせていった。心を踏みにじり、信仰を書き換え、主ではなく唯一たる神を崇拝するように組み替えていった。新たなる信仰を得た親が、自らの子を地獄に投げ捨てる。阿鼻叫喚、この世の凄惨と絶望がそこに集った。かの主を愛していた民達は、次々と殺されていく。命を、心を、積み上げてきた全てを踏み躙られていく。

 

喉も張り裂けるばかりに叫び、血の涙が運河を染め上げた頃合いに、全ての民を殺され奪われた最後に高き館の主が地獄へと投げ落とされる。彼が有していた館は、神の火にて焼き尽くされ燃え落ちた。

 

地の底、遥か冥府に叩き落された主は見た。己を信仰した者達の末路を。その成れの果てを。

 

神の炎に焼かれ、不浄のものと成り果てた遺体は燃え尽きず腐っていた。焼き尽くされ苦悶の表情を浮かべながらも、救いを求め末期まで祈りを捧げるかのように、全ての死体は手を合わせていた。

 

そこから蛆が湧き、無数の蝿となって地獄を満たし尽くす。誰も手入れをしていないが故にその地獄は糞尿に満ちており、気高く輝いていた主は汚物と蝿にまみれた不浄に塗れた姿に貶められた。

 

四人の天使は告げる。

 

とくと見るがいい。おまえと、おまえというものを信じた者達の成れの果てを。

 

お前の全ては穢れており、お前というものは高く聳える糞山が如きだ。

 

お前は高き館の主ではない。糞の山、汚物の王である。

 

バアル・ゼブルではなく、ベルゼブブとお名乗りなさい。最早あなたは、不浄で這いずるだけの魔物であるのだから。

 

尊厳も、名前も、信仰も、護るべき民達の未来も。かの主は全てを奪い去られた。高き館の主は、糞山の王としての忌み名と姿を定義され貶められた。悪魔として、魔王として。

 

かの神は理解した。自らを唯一の神と定める以上、他の神々を認めてはならぬ。あらゆる神を貶めなければ己を無二とはできぬ。

 

英雄神が勇退し、人が神々と決別し神が力を失いつつある今を見計らい、行動を起こした。自らこそを絶対とするための、唯一の神を掲げた信仰体型の発足。そのための土地と民を欲しがった。故に、自らとその民達が邪魔だった。

 

彼は見た。腐り切り、無限に蛆を湧かせ蝿を生み出す腐れた土壌と化したかつての民達を。自らを、気高き主と呼んでくれた者達を。

 

彼は嘆き、悔やみ、赦しを乞いながらも民の亡骸を喰らっていった。地獄に在っては永劫救われぬ。ならばせめて一つとなり、せめてもの救いとなればと願った行為であった。

 

だが、その想いすらもかの神は踏み躙った。彼を暴食の象徴とし、神たる子の奇跡を示す為の悪魔として使役された。

 

度重なる侮辱、度重なる尊厳の破壊、度重なる蛮行、狼藉。それらの行い全ては、彼を狂い果てさせるには十分であった。

 

神のもたらす全てに冒涜を。神が織りなす全てに病と死と呪い。それは復讐ではなく、信じるものも、親も、子も、孫も、それら全てに向けた狂乱であった。

 

神とそれに連なるもの、全てを滅ぼさん。神としてでなく、魔王として遍く全てに呪いを満たさんことを。

 

そして──必ずや、私を信じてくれた者達の安らぎを齎さんことを。

 

神の慈愛と、魔王の恐慌。それらを完璧に備えし狂い果てし気高き主。かつての民達の成れの果てたる無数の蝿を従え、彼は地獄の魔王となった。

 

いつの日か、地上の全てに暗き死を。老いも、若きも、小さきも、大きしも、全てに呪いを。けして消えぬ絶望を。

 

魔王となり、変わり果てた糞山の王はその機を待ち続けた。そして、とある日──

 

【お近づきの印に、これをどうぞ】

 

天より堕ちてきた、輝ける星のような存在。それらが差し出す、かつて敗れた四天使の羽根。天使としての全てを失った証たる、翼。

 

【ベルゼブブ…?酷い名前だね。ちゃんとした名前、無いの?】

 

彼は、ただ告げる。かつての自らの名。踏みにじられたかつての名前。

 

【バアル、っていうんだ。そっちの方が素敵だね】

 

かの魔王は、その表情と言葉を生涯忘れないだろう。

 

【僕もこっちの方が楽しそうだと思うな。よろしくね、バアル。僕の名前は…サタンか、ルシファーだよ。好きな方で呼んでね!】

 

再び、己の名を呼ぶものがいた感激を。光とともに地獄に舞い降りた、眩き大魔王を生涯忘れないだろう。

 

彼は定めたのだ。もしもこれより、自らの名を呼ぶものが在れば、そのものには立場など別け隔てなく力となろうと。

 

サタンと名乗る彼が名前を呼んだ事で、彼はかつての神の気高さを思い出したのだ。それほど、かの存在は眩かった。

 

【これから、よろしくね──】

 

かの者。眩い明星が如き彼が自らをそう呼ぶ限り…彼は自らに、その従者たるを誓ったのだ──。




クリームヒルト【ベルゼブブ。ベルゼブブ!】

ベルゼブブ【……む】

【む、ではないわ。私を助けるのではなかったの?居眠りするために来たの?死ぬの?】

ベルゼブブ【申し訳ない。お詫びではないが、君の望むままに】

【そうして頂戴。さぁ、もうすぐよ。もうすぐ解るの。彼らに資格が、あるのかどうか…】

ベルゼブブ【……】

(敗れてほしくはないものだな。彼等もまた…我が名を呼んだ者達だ)

【裏側の竜、お願いね】

ベルゼブブ【解った】

(温羅、そして王よ。快勝を祈っているぞ)

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