〜
【え?互いの楽しみは邪魔しない?】
〜
【やってみるといいよ!ならこれも持っていって!まぁ───全部、無駄だろうけどね!】
【ぐうっ!!】
現実世界においてほんの僅かな時間。その一瞬にも満たない時間において、他の人々には何があったのか想像すら難しいだろう。結果だけ見れば、ヴリトラが大いに仰け反りリッカが泰然と立っている。それだけの因果関係が待っていただけである。
『リッカ君!』
「大丈夫ですか先輩!?」
慌てふためく心配と配慮の声が浴びせられる。ロマニが詳しく説明していた為、リッカの精神への影響が大いに心配されているからだ。魔力が尽きるまで心を折られ続ける様な悪辣な空間。それを受けたリッカは…
「──勿論!藤丸リッカ、帰って参りました!」
御覧の通りピンピンしていた。さしたる精神的外傷も膝を折ることすらもなく帰還した我等が人類最悪のマスターに、一行は歓声を上げる。
『メンタル値安定、動揺も憔悴も見られない!どうやら強がりでもなんでもなく無事なようだ、流石だね!私達に君が見たものがどんなものだったのかは推し量れないけれど…』
『それにしたって、失意に沈むだなんてナイナイなタイプなのは解っていました!改めて見せられると呆れた不屈ぶりですねぇ!』
『リッカ先輩の不死身っぷりすげぇ〜…』
『夏草出身のアブノーマルは伊達では無いのです!!』
割と好き勝手言いまくる外野達を、微笑みと共に見やるリッカ。思えば彼等、彼女らがいたからこそ自分はあの過去を振り切る事ができたのだ。間違いなく、それは自身の奇跡のような巡り合いが導いてくれたものだ。
試練は、己を見つめ直すもの。そして一回り自分を大きくするもの。そういった意味ではリッカはまた大きくなった。今ある自分は、揺らぐことが無いほどに進歩し成長をしていた事を知れたのだから。
【ぐっ…おのれ、アンリマユめ…リッカの心に潜んでおるとはえらいビックリしたわ…】
対してヴリトラは少なくないダメージを負っており、肩で息をする。礼装のフィードバックも勿論の事、最低3人は存在するリッカの心象守護者の最悪たる存在に触れたのだ。むべなるかなであろう。疲労と共に、リッカを見やる。
【貴様の失意、見てやれぬのが残念であったが…貴様は間違いなくそれを見やり、また乗り越えた。残念であったが、試練はクリアとするしかあるまい。残念であったが…】
(凄く残念だったんだなぁ)
【だが…それはそうとして許さぬ、許さぬぞアンリマユ…!どのような理屈があれ、わえの楽しみを台無しにしおってからに…!そして、何よりもどれよりも許せぬ輩がただ一人…!】
そう、彼女からしてみれば自分も嘲りや試金石程度の扱いでしか無かった事実に大いに憤慨する。こうなることを知っていながら、内心嘲笑いながらこの礼装を提案してきた輩に、激しき怒りを向けることを抑えられない。
【許さぬぞ、サタンめ…!わえを道化にさせようとは、初めから微塵も信頼などしていないのはそうじゃが、利敵行為になんの躊躇いも無いとは…!わえ一生の不覚にして恥辱であろ…!】
楽園の事を深く知る彼であれば、アジ・ダハーカやアンリマユの存在など百も承知であったろう。それを教えなかったのはいい。所詮自身以外に興味などない傲慢の化身、大魔王であるのだから。
許せないのはそれを理解し、把握し、それでいてこの結果を以て自身すらも道化とさせるその悪辣さだ。解っていても、理解していても、これほど明確にやられれば痛感せざるを得ない。奴に仲間意識などなく、見せる笑顔に友好的なものは何もない。ただ、自身の望むものを見たいがための役者にして小道具。それは百歩譲っていいとしよう。
ただ、『互いの楽しみを邪魔しない』といった最低限の盟約まで護らなかったその悪辣さに彼女は憤懣を抑えられないのだ。そもそも約束したつもりもないのだろう。奴は己以外のものを対等に見ていない。どんな約束も契約も平気で踏み躙る。サーヴァントとしての契約も、信頼関係や条約すらも笑顔で反故にする。その傲慢さに台無しにされた彼女の怒りは、相当に激しいものである。
【ええい、腹の虫が収まらぬ!あの度し難き傲慢の権化め、百も承知でいたつもりだったわえが愚かであった!】
「あ、あのぅ…?」
【よもや最低不可欠である盟約すらも護れぬとは呆れ返った幼稚の輩め…!必ず後で八つ裂きにしてくれようぞ!絶対許さぬぞ!ふー、ふー…!………………ふぅ…】
まぁ、それはそれとしてヴリトラは律儀なものである。きちんと失意に向き合い、そして乗り越えてきたリッカにはきちんと称賛を送る。
【見事じゃ、龍を宿せし者よ。ちと運営側のトラブルがあり非常に残念かつ非常に残念じゃが、わえが示した心胆の試練、合格も合格!大合格と言わざるを得まい!】
「そ、そうなの?なんだか凄い不服そうだけど…」
【不服なのは貴様へではなく神の横槍と魔王の不誠実にじゃ。今からわえは絶対殺さねばならぬ輩の下へ行くつもりじゃが、それはそれとして試練を乗り越えし貴様への称賛は怠らぬ。ええぞー、ナイス人間力じゃー。見れなかったが残念じゃがのぅ…】
ぱちぱち、と拍手を贈るヴリトラ。悪は悪であるが故に一線がある。勇者は讃えねば示しは付かぬ。悪であるがゆえに。
【というわけで、報奨を与えねばならぬな。カムイの黄金に聖杯、持っていくとよいぞ】
「えっ…いいの!?割と、いや、かなりあっさりなんだけど!?」
【よいよい。初めからルールや取り決めなど踏み倒すばかりの算段であったのだ。最早力を貸してやる道理など微塵もない。その聖杯と、カムイの黄金を持ち向かうがよい。そして見よ。このドラランドが用意されし本当の意味を】
ヴリトラの試練はこれで乗り越えた事になるようだ。想定外の事態が重なり戦いらしい戦いが起こらぬはよいが、それとしてわからないことが一つある。
「ヴリトラ、何故です!?何故このような遊興施設を手掛けたのですか!?」
【うん?アテルイ】
「打倒には愉快、遊興には過酷!このようなデザインを、何故作ったのです!?それだけを教えてもらわなくては!カムイの黄金まで使用して…!」
アテルイの問いは楽園全員の疑問であったが、ヴリトラは首を傾げる。まさか、気付いていなかったのかとばかりに。
【そりゃあ貴様、貴様らの目論見は親孝行であろ?それに相応しい場作りに拵えたのよ】
「……はい?」
【ただ挑むだけ、舞台だけではつまらぬからのぅ。何もかも終わった時、貴様らが自由に在るべき場所をと考えたのじゃ。全てが終わった今、なんの禍根も無い。存分に、楽しみぬくが良かろうぞ】
…オニキュアも、ドラゴンも、全て解った上で作った特異点。それがこれなのだとヴリトラは言う。試練が終われば後はお宝の山。ヴリトラはそれを理解して、ドラランドそのものを報奨としていたのだ。なんてことはない、企みとは邪竜の気遣いなのであっただけのことだ。
「竜ならではの義理堅さ…っていうのかな?真面目だね」
「オレは好きだぞ」
【き、ひ、ひ!ある意味ではサタンに感謝せい!予定ならば最後にわえが立ち塞がる予定であったのだからな!ではさらばだ、両親は大切にせいよ!ドラランドをよろしくのーぅ!き、ひ、ひ、ひ…!】
青筋も顕に消えていくヴリトラ。どうやらまずは、逆鱗に触れた狼藉者を始末するつもりのようだ。味方の面をした大魔王を。
だが、見えなかったとしてもリッカが試練と向き合ったのは事実であるので──
「おぉ…!ほぁ〜!」
本当に現れし聖杯を、リッカは慌ててキャッチする。それはドラランドの中核を担う聖杯。ドラランド掌握の証だ。
「特異点…クリア!なのでしょうか…?」
『ほ、本気で頭に来てるみたいだね…』
多少の困惑はあれど、彼等は気合を入れ直す。そう、何故ならばこれからが本来の目的。温羅が目指した親孝行の始まりなのだから。
「ふぅ……」
ともかく、カムイの黄金の悪用は終わった。その事実に、アテルイは静かに胸を撫で下ろし、シトナイは彼女の肩を叩くのであった…。
地獄
ヴリトラ【サタン!!!】
サタン【あ、お帰りー。どうだった?】
ヴリトラ【どうもこうもあるか、己しか見えぬナルシストめが!よくも、よくもわえの最大の楽しみを邪魔してくれたなぁ…!!】
サタン【んー?なんの事?】
ヴリトラ【恍けるでないわ!召喚された折に交わした盟約、互いの楽しみには不干渉!己の目的のための関係であるからこそそれは護ると!わえすらも慰み者にするとは、度し難き傲慢の権化め…!!】
サタン【あー、そうだねそうだね、そんな約束した気がするね。でもさ、よく考えてよ】
ヴリトラ【何ィ…!?】
サタン【君の楽しみも大事だけど、僕の楽しみのほうがずっとずっと大事なのは当たり前でしょ?それなら、君の楽しみを僕が台無しにして僕が楽しくなるのは当たり前じゃない?】
ヴリトラ【──────!!!】
サタン【頭悪いなぁ、君。だから言ったじゃないか『どうせ無駄だろうけど』ってね?】
【貴様ァァァァァァ────!!!】
サタン【〜?】
〜
ベルゼブブ【ただいま戻りました…ん?】
ヴリトラ【が、はっ…ぐ、ぅ…】
サタン【お帰り〜!ねぇねぇ、ドラランドクリアしたんだって!流石だよねー、楽園のみんな!】
ベルゼブブ【そちらのヴリトラはどうなさいましたか】
サタン【あぁ、これ?噛み付いてきたからちょーっと躾けしただけだよ、心配しないで】
ヴリトラ【お、の…れぇ…!】
サタン【どうしよう、これ?】
ベルゼブブ【…そうですね。報奨の一環として、楽園に引き渡しては】
サタン【あ、それいい!良かったねヴリトラ、楽園に行けるよ!まぁ…】
ヴリトラ【……!】
サタン【負け犬ならぬ、負けトカゲとしてだけどね?】
ヴリトラ【貴様…ァ…!】
ベルゼブブ【立て。送還する】
サタン【いってらっしゃ~い♪クリームヒルト?】
クリームヒルト【いるわ、ここに】
サタン【いよいよ出番が近いよ、頑張ってね?】
クリームヒルト【言われなくても。そして貴方】
サタン【?】
クリームヒルト【クソね。反吐が出るくらいに】
サタン【………〜?】
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