人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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ニャル【この脚本…】

ハスター【うむ、じじいにも分かりやすくしてもらえて何よりじゃのう。久々にいいもん見たわい】

ニャル【…………………】

ハスター【む、どうした?】

ニャル【…この脚本を書いた存在が気になり出した。…徒労かもしれんが、もし可能であるならば…】

ハスター【??】

ニャル【すまん、ちょっと野暮用ができた。先に戻っていてくれ】

ハスター【何をする気じゃ?】

ニャル【第三勢力はサタンだけで十分だからな】

ハスター【………やれやれ。さっさと帰ってくるんじゃぞ】

トイレ前ベンチ

クマ仮面「ふぅ…良かった」

(ショー、上手くいったみたい。皆の頑張りあってこそだけど…少しは王道っぽい物語を書けたかな)

「子供騙しと、子供向けは似てるようで全然違うようだから、出来れば感想を聞いてみたいけど…きっと皆忙しいだろうから…どうしよう」

(…何処かで見てたかな、二人とも…)

【そう連れないことを言うなよ。素晴らしい脚本だったじゃないか。過度な謙遜は卑屈だぞ?】

「は、はぁ。ありが…」

ニャル【同じ脚本家として…感銘を受けたものだ。少しの間、お時間をいただけるかな?】

「う…………」

(楽園の中で最悪の地雷を踏んだ件…)


災厄と受難運びし邂逅

「……………………」

 

ドラランドの端の端、巡回スタッフしか来ないようなすみっこで陰ながらショーを見守っていたモノクロクマ仮面。人知れず胸をなでおろし、人知れず消えようとしていた彼女の前には一人の客が来訪していた。先程から言葉を発していないのは、緊張であったり畏怖であったり、役者としてあれこれやっておきながらこちらを捕捉する速度があり得ない速さの忌むべき存在を前にしているからである。

 

【まぁそう緊張することは無いだろう。私は本当に、脚本家として君を讃えに来ただけなんだから】

 

トン、とジュースを置き眼の前に立つ褐色の神父服の男。表情は穏やかだが目が全く笑っていない黒き男。その存在はベンチに腰を据えることなく、静かにモノクロクマ仮面を見下ろしている。

 

(ニャルラトホテプ…至上最低、最悪の愉快犯…)

 

クマ仮面はその神格を知っていた。積極的に世界や人を弄び、最後の破滅の時を招き嘲笑う最悪の脚本家。物語を紡ぐものとして最もおぞましく恐ろしい、現実を歪め愚弄する神。何故であるかはともかく、彼女はその神を嫌というほど知っていた。関わってはいけない筆頭であることも。

 

【まず、王道の面白さとメッセージ性、それらのシンプルさと奥深さを理解することだ】

 

「…?」

 

【万民や愚民にも解りやすく伝わりやすい。子供達が簡単に意味を把握できる。それが面白い脚本を描く為の第一歩…君はそれを解っているように感じたね。変身ヒーロー、ヒロインを知らなくては書けない本だ。ニチアサ好きなのか?】

 

「…ただ、私は物語を書くべき場所、あるべき場所に導く標を書き上げただけ。物語がどこに向かい、どんな結末を迎えるかは役者や見ているもの次第」

 

だから、カルデアの劇が上手くいったのは皆のお陰だと告げるクマ仮面。ニャルはその言葉に、うんうんと頷く。

 

【そうかそうか。君は物語を導くものと考え、紡ぎ上げるものと認識しているんだな。だからこそ、皆の性格を上手く落とし込めた見事なエミュ配役が出来たのか】

 

「まぁ…プレミアム殿堂さんは多少お話したけど」

 

【私は役者は弄びに弄び、飽きたら退場させる程度の認識だからな。物語とは滑稽な徒労に終わるものと眩く輝くものの2つがある。はたしてそれのどちらが素晴らしいのかは…語るまでもないがな】

 

「悪趣味…」

 

間違いなく前者だ。そういう神様だこの人は。話に聞く相手なら間違いなくそうである人物評のもとに、クマ仮面はニャルを辛辣に評価する。

 

【そんな中で、君の書いた脚本は実に眩しく輝く王道のものだ。私も思わず感動する程の真っ直ぐな脚本…私もまだまだだ。こんな逸材を見逃していたとはな】

 

ニャルラトホテプ。その口から紡がれるものは意外にも称賛のみだ。嘘をつく理由も無いだろうと判断したクマ仮面はわずかに身構える。

 

【最後に脚本を書いたのはセイレム以来だったか。それを思い出すいいホンだったよ。改めて君に賛辞を贈ろう。楽園の催しを助けてくれた君は、礼賛に値する存在だ】

 

だが、敵意は未だに微塵も感じられない。心から感謝し、心から礼賛し、心から褒め称えてくれていた。

 

【素晴らしかったよモノクマ仮面。楽園を彩るにふさわしい、胸のすくような物語だった】

 

物語を褒められるのは嬉しい。懸命に書いた作品に感想を貰える。それに勝る喜びや苦労の報われる手段は存在は無いからだ。

 

「あ、ありがとうございます。そこまで褒められると…照れますが」

 

【胸を張るといい。こちらも参加できて大変光栄だったよ。君の脚本の腕前…ずっと記憶しておく事にしよう】

 

モノクマ仮面も、自分の作品を褒めてもらえたなら悪い気はしない。突貫作業やこの世のものとは思えぬ納期で一本書き上げた事も、大いに報われるというものだ。

 

【うんうん。本当に素晴らしかったよ。そんな素晴らしい君に私は一つお願いがあってね】

 

そんなニャルラトホテプが、自分にお願いがあるのだという。モノクマ仮面の心のガードは、大いに下がっていた。

 

「なんです?私に叶えられる事ならいいけれど…」

 

【うん、ぶっちゃけた話ここで消えてもらいたい】

 

「はい、消え…─────!!」

 

瞬間、モノクマ仮面ごと顔面をえぐり抜くような触手を避けられたのは偶然だ。ニャルラトホテプの感情のコントロールは完璧だった。口に出して回避しなければ、細切れが出来ていただろう。

 

【楽園は今、契約を結んだとはいえ大魔王との大決戦を年末に控えている。それに数多無数の夏のイベントに召喚の儀、改築改装。解析、解決しなくてはならないこと、やらないことがたくさんある。別段君は、どこに所属しているというものでも無いんだろう?】

 

考えてみれば悪辣極まる。ニャルラトホテプがわざわざ顔を晒し、親しげに話してくることに違和感を持つべきだった。それこそが、この今のどうしようもない状況への布石だったのだ。

 

【万が一にもサタン陣営に拉致や寝返りを決められたら面倒だしとても困る。楽園の皆の過労を増やさない意味でも、敵でも味方でもない色には消えていただこうか】

 

その脚本に、誰も彼もが従った。彼女の脚本には、人を夢中かつ情熱的な力を有している。そんな力を持つものが誰も知らない、解らないなどといって旅路を邪魔するのではたまったものではない。

 

彼は、話に聞いていたとおりに残酷で、冷徹で恐ろしい男性だった

 

彼女は彼を知っていた。あらゆる手段で嘲笑う彼を伝え聞いていた。決して関わってはならないとまで忠告されていたのに。

 

【哀しい事だな。それ程の才能が無為になるのは…】

 

「───」

 

いつの間にか手に持っていた、白い時計のようなものをゆっくりと掲げる。あれは知っている。理解している。自由にブラックホールを展開できる出鱈目な装置。

 

彼は本気だ。本気で、恐るべき力を有する楽園の敵となりうる相手を始末しにやっつけに来たのだ。自身の事を『目障りな第三者』として認識した瞬間から、排除を行うために。

 

(ま、まずい…殺される。確実に殺される…)

 

脚本家として敬意を払ってくれているのは解る。素晴らしい才能を有していると世辞無しで伝えていることから、物凄く評価してくれているのも解る。

 

だが、彼はそんな感情すら一瞬で捨てて誰かを排除できる存在なのだ。そんな存在が、ただ自分を始末するためにやってきた。恐怖と驚愕の中で彼女は思案を巡らせる。

 

「…す、すみません。殺すのはもう少し、待ってもらいたい」

 

【……?】

 

「素性と…所属、そして私の真実を伝えられるだけお伝えします」

 

最早これしかない。いつかきっと不備不満をクレームされるだろうが、今生き残らなくては何もならない。

 

【ほう…】

 

そしてクマ仮面は久々に、自身の素性を隠す防具を脱ぎ捨てる。

 

「私はモノクロクマ仮面、改め…つむぎ。つむぎといいます。そしてこの次の情報が、凶刃を収めてくれる理由になるはず」

 

そして顔を晒し、モノクロクマ仮面は告げる。自身における、庇護者であり保護者であるものの名前を。

 

『私の師匠は、リリス。あなたが面倒を見てくださった楽園の追放者です。そして、私の出身地は──』

 

【…!…なるほど。そういう事か。君は変革を遂げる前のあの都市の…】

 

その物語の巧みさ、胆の据わった態度。それが全て自身の知りうるものに由来していると知る。そして、まだ見ぬ関与が知られるニャル。

 

「私は殺される訳にはいかない。互いが納得するまでお話しませんか。ろくでもない…リリス師匠の上司さん」

 

【……………】

 

サタンへの合流を阻止せんとやってきたニャルとの間に、長い長い沈黙が横たわる。一瞬か、一秒か、もっと長い時間が。

 

やがて、嘲弄の脚本家は一つの答えを導き出す…。

 

 




ニャル【リリスの弟子か。ならばまぁ、問題はないか】

モノクロクマ仮面「え…」

ニャル【どういう経緯でそうなったかは長くなりそうだから聞かん。興味もないしな。ただ、所属不明というわけではないリリス管轄であるのなら、あいつの躾を信じるとしよう】

「………」

【始末する理由も無くなったし、私も家族サービスに戻るとする。あまり怪しい行動はしないことだな】

「………」

歩き出し、背中が見えなくなる遠くに行くまでモノクマ仮面はニャルの背中を睨みつけ、そして…

「し…死ぬかと思った…」

精魂尽き果て、邪神の先制キャラロストアタックをギリギリかわすことのできた悪運強き者は、静かにその場に崩れ落ちた…

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