あぁ、おまえは醜いのだ蛇よ。なぜ、おまえのようなものが私の庭にあるのか。
ここにいるのが、■■■■■であったのなら…
〜
我々は悪くない。我々は誑かされたのだ。あの蛇に。
私達こそ、慈悲を与えられるべきだったのに。このような仕打ちは酷すぎる。
神が知恵の実なんて、私達に知らせなければ…
──果たして、本当に醜いのは誰であったのか?
【戻ってたんだ。放浪の旅は終わったの?】
サタンは旧知の仲のリリスに語りかける。楽園を出たリリスは永遠の放浪者。一つの世界に決して長くは滞在できない。この場にいられるということは、それは全くの偶然とサタンは把握している。しかし、リリスはそうではないとサタンへ返す。
【彼女、つむぎが自身の力を振るった時だけ、私はこちらの世界に少しだけ現れる事ができるようになっているのよ。虚構…現実にいない存在としてね】
【あぁ、弟子の危機にいち早く駆けつけられるようになってるんだ。流石、愛と慈悲の最初の女性だね】
サタンからしてみれば、彼女もつむぎも何かをする理由はない。つむぎは自身が見るべきものでもなし、リリスはまだ、彼が見出すような美しさを持っていない。
【じゃあまた、いなくなっちゃうんだね。どう?世界を渡り歩く旅は楽しい?】
リリスが阻むならば殺さない。殺す理由が無くなったなら、彼にとっては敵ではない。愛のため、世界を放浪し続けるリリスにサタンは気さくに話しかける。
【正直、慌ただしすぎて感傷に浸るどころではないわ。酷いときには、転移した翌日にはまた別の世界だもの。交友なんて広まる筈も無いわ】
そう、彼女の放浪は逸話が昇華したものであり呪いでもある。温羅がかけられた、彷徨の呪いを神が行ったもので、長くても一年程度しか同じ場所にはいられない。短ければ半年にも満たず、世界を巡りながらも知識の蓄積や安寧も許されない。
【神へ逆らった報い…罰だけは、いつも変わらず苛烈だよね】
彼は神の存在を見聞きし、主のあり様を知っている。それは後世に掲げられる様々な側面が間違いないことも、自らを至上とする狭量さも真実であることも知っている。
【自らを畏れさせる為、神罰は苛烈を極める。嫉む者だけある器の小ささよね。子達が自らに並ぶことを恐れた、それが全ての罪の始まり…】
二人共、神に深く関わる原初の存在ゆえに神への冒涜は止まらない。彼にも、彼女にとっても、唯一たる神とは唾棄すべき者であるとする共通点がある。
【この世界に何度も呼び出されているということは、即ち赦免の機会が近付いているということ。…おそらく、つむぎもまた人類を愛故に解放する使命に目覚める】
「う…」
【アダムとイブ、度し難い二人の愚かしき行為により生み出された原罪から、人々を開放する。その夢が、その使命が間もなく形になろうとしているの。私の夢見た完全なる平等の世で、人々は全ての苦しみから開放される…】
リリスの愛は彷徨の末において何も揺らがず変わっていない。豊満にして魅惑の美貌を全て枷にて封ぜられる夜魔に対する最悪の尊厳破壊も、安寧が微塵も許されぬ永劫の放浪も、彼女の夢見る世界の前においてなんの咎にもなり得ていない。彼女の夢見た新世界は、もうすぐ来ているというのだ。
【それはきっと素晴らしい世界になるだろうね。君がそんな世界を作れる事を祈っているよ】
【…白々しい。あなたがイヴを誑かし、知恵の実を食べさせたのでしょう。あなたの誘惑に、イヴは負け拐かされた】
そう、楽園の蛇…イヴを誘惑した蛇はサタンらと同一視される。サタンという概念を語る以上、全ての魔王と聖書の悪辣な側面は彼の仕業に帰結する。それが真実であろうと伝説であろうと。
【あぁ、だってみっともなかったからね。自らが裸であることすら解らない白痴なんて、見るに堪えないくらいの醜さでしょ?】
だが、誘惑は間違いなく真実であった。神の愛玩動物であるままの人間を、気まぐれではあれ自立の後押しを行った。その誘惑の上で、人は知恵の実に…最初の罪に手を出した。
【…あなたを責めるつもりはないわ。あくまで悪いのは誘惑に負けたイヴであり、神の言いつけを破った二人。その結果的に、正しき報いは受けたのだから】
【楽園追放だね。可哀想に、赦されなかったよね、アダムとイブは】
その理由は先に言った通りだ。生命の実、知恵の実。両方を喰らった生命は神が如き命となる。その為、神は畏れた。自分に並び立つ可能性の生まれた二人を。
【でも、あなたもそれ相応の罰は受けたでしょう?敵対者サタン、楽園の蛇。永劫に這い蹲る呪いを受けた憐れな明星】
だが無論、サタンたる蛇にも罰は与えられた。それは永劫、薄汚れし地上を這い回る罰
【まぁね。僕は自分で、何も生み出せなくなってしまった。腹這いで生きる蛇のように、何も、どこにも。でも…】
【でも?】
【…父さんは最後まで、それが僕だとは気付かなかったよ】
サタンは蛇であり、またサタンは明けの明星、ルシファーでもある。サタンたる蛇に呪いをかけた際、大いなる父は宣った。
〜
『明けの明星、我が左にかの曙の子が在ればどれ程よかった事か。我が子として、人を導き愛する役目をもたらしたのに』
〜
【……ふふ、あはははははは!無様ね大魔王。あなたは既に父に子とすら認識されなかった。父は子と知らずに子を呪い楽園を追い出した。こんな愚かな話が他にあって?】
嗤い、嘲るリリス。そう、神はサタンの美しき部分だけを求めていた。サタンとなった彼は彼とすら認識していない。自身の子とすら露にも思わず、サタンは親に永劫の呪いをかけたのだ。アダムとイブは罰であり、リリスには咎。他でもなきサタンには、ルシファーには呪いを残した。
【…………】
【言われてみれば全く同じね。自分にそぐわぬ価値観は全て排斥する。自分の望まぬものは歯牙にもかけない。サタン、あなたは間違いなく神の子よ。神の傲慢を余すことなく受け継いだ、大罪の大魔王。あなたこそ、地獄の覇者に相応しき者に他ならないわ】
リリスの侮蔑と嘲りを、彼はただ受け入れていた。契約に従い、特異点は解決された。これ以上の干渉は許されない。サタンはただ、カルデアとの契約を遵守していた。
【無様なものね。神に全てを与えられながら、全てを自由にする力を有していながらあなたには何もない。傲慢も、憤怒も、徹頭徹尾神にそうあれとされたもの。美貌も、美麗も、価値観も、あなたの全ては神の玩具】
つむぎを背負い、リリスはサタンに背後を向ける。彼女もサタンも、互いを全く愛していないが故に戦う理由もない。
【あなたの周りには、神の威光に平伏すイエスマンしか存在しない。あなたを愛する者など誰もいない。あなたは何をしようと何も成せず、敵対者として逆説的に世界に神の偉大さを知らしめる舞台装置でしかない】
【…〜】
【憐れなものね、明けの明星。楽園に憧れたのはなんの因果かしら。郷愁?帰巣本能?神の左に今更帰りたくなったのかしら?】
言い返さぬサタンに、リリスは渾身の侮蔑を投げかける。彼女も彼も、不倶戴天であるのだから。つむぎを抱え、消え去りながら。
【あなたは所詮、自ら輝けぬもの。人が齎す輝きの紛い物。精々お山の大将を気取るといいわ、敵対者】
【リリス…】
【私はこの子と、人が平等に生きれる世界を作り上げる。地獄の底で歯軋りしながら見ていることね。私が齎す、真実の世界を】
そしてリリスは消え去り、辺りに静寂が戻る。リリスも、つむぎも、一瞬で捻り潰すだけの力をサタンは有している。本来なら例え、二人がかりであろうと勝負にもならなかった。
【敵対者…紛い物、かぁ】
リリスの言葉に、反論すらしなかったサタン。彼にとって、美しきものを美しいと感じられる心こそが自分のものと信じている。
だが、それすらも神の在り方に近いのだとしたら、同じだとしたら。自身を定義するものは、一体なんなのか。
【………】
空を見上げる。最早日は落ち、空には星が瞬いている。
それをただ…サタンは見上げるばかりである。ただの一つも届かぬ、無数の星を。
サタン【…楽園の皆の、輝かしい未来を願って】
腰をベンチに下ろし、ハープをかき鳴らす。
【皆のこれからの幸福を願って】
だが、そのハープが鳴らすは何の感情も乗らない、無機質なただの音階のみ
サタン【…………】
全能の力を有したところで、それは神に与えられたものでしかない。自身を自身と定義できるものは、自身の中には何もない。
…バアルが迎えに来るまで、彼はハープを弾き続けた。
だが、れは虚しくも、楽器の空気の振動を吐き出し続けただけのものだったという。
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