人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

2009 / 2530
旧藤丸宅周辺・カルデア通称『悪神の揺籃』

蘆屋道満「燃え落ちて、いますな…」


メイ「リッカ君の尊厳を踏み躙ったクズどもの墓標であり、悪神アンリマユの降誕の地だ。悪霊を呼ぶには最適ということだな。見ろ」

道満「一つ、燃え落ちておらぬ屋敷があります。あれがそうなのですか?」

メイ「一家心中、母方がイタコの家系であった佐伯伽椰子生前28、ストーカー経験ありで精子欠乏症だった夫に子供の佐伯俊男がストーカーとの子と勘違いされ拷問の末惨殺。遺体はビニールに詰められ天井に放置されたそうだ。その後夫も死に幽霊屋敷と相成り呪いが蓄積され今に至る」

蘆屋道満「イタコの家系とは?」

メイ「母方の仕事で悪霊祓いのため肉を食らっていたようだな。山村貞子もそうだが、力ある霊能者が死後怨霊になるケースは多い。この二つはとびきりの才能持ちがそうなったケースだ」

蘆屋道満「しかしそれが、無関係の人間を何故呪い殺すように?復讐なら既に…」

メイ「ここを見て解らんか?人間はな、幸福を独占したがり不幸を分け与えたがる生き物なんだよ。【この苦しみを他人にも味わせてやりたい】。そう念じて死した結果があの屋敷に巣食う怨霊だ」

道満「……」

メイ「リッカ君の奇跡が当たり前と思うな。貞子はともかく、アレは始末しなくてはならない怨霊だ。地獄に送るべき、な。さぁ、行って来い」

「…解りましたぞ、晴明殿」


呪怨の果て

「………」

 

重苦しい玄関の扉を開き、件の廃墟に侵入する道満。万が一に備え、晴明には敷居すらまたがぬ位置で待機を願い単独の潜入を彼は果たす。ぎしり、と踏み出した足が床を鳴らす音すら緊張を励起させるほどに空気が重々しい。

 

まず感じた印象は、突然終わった日常といった情景だ。本、調度品、生活用品がまるで突然人が消えたようにそのまま残されている。絵本、食器、そういったものがそのまま、だ。

 

(この呪力、これ程の坩堝とは)

 

道満もまた、晴明を除けば至上の陰陽師である。故にこの地の異様なまでの呪力、怨念を感じ取ることが叶う。かの大魔縁に及ばぬまでも、かつての宮廷陰陽師達が総出で大結界を張るべき程の圧倒的怨恨。それが現代にあることそのものに驚嘆を隠せない。

 

(香子殿を呼ばなかったのはこういう配慮でしたか)

 

霊基すら軋むほどの、可視化すら叶いかねない恐ろしき力場。下手をすればオガワハイムに連なりかねない、特異点すら出来かねないほどの呪詛。耐性なき者は変質すら起こすだろう。それを、道満は確かに感じていた。

 

(拙僧は既に呪われている筈。情報が確かならば決して逃しはしないでしょう。さぁ何処より来たるか、伽椰子殿)

 

だが、ただでやられる気はない。こんな怨霊を、夏草や日本に蔓延らせてはいけない。ともすればここで葬る。決意を以て脚を進める道満の耳に、とある音が届く。

 

【ニャーオ】

 

「猫?」

 

猫の声。そう、猫だ。目の前の通路の横、浴室から聞こえしは猫の声。迷い猫か、そう思いかけたが道満は気を抜かない。

 

(脚を踏み入れた者を皆殺しならば、迷い猫など許すはずも無し。これは罠。飼い猫がいると仮定し、殺されたならばその霊)

 

ならば、祓えば晴明殿の負担が少しは減るはず。そう確信し、猫の声がした浴室に一歩一歩踏み出していく道満。

 

「………………」

 

【ニャーオ、ナーゴ。ニャー】

 

近づく度に、猫の声は大きくなっていく。誘っているような、招いているような。その不気味な鳴き声に意識を持たれぬよう、浴室に辿り着き扉に手を掛ける。

 

「………、………」

 

ゆっくりと扉を開き、浴室を見やる。水が張ってある、誰かが入るのであったろう浴場。

 

【…………】

 

「─────!」

 

そこには、男の子がいた。一桁年齢程の、全身真っ白の肌の男の子。道満に背を向ける形で、体育座りの姿勢を取っている。

 

子供?等と疑問にすら思わず道満は術を構える。どんな形であれ、目の前の怨霊からは…敵意と憎悪しか感じぬのだから。

 

だが、次の瞬間。

 

【ナーォ】

「!!」

 

男の子が、こちらを向いたのだ。体育座りのまま、首から上が180度回転した事で。その顔に生気など無く、黒目のみの瞳と、口が開き言葉を紡ぐ。

 

【ニャーォ】

 

猫の声は、彼より発せられていたのだ。道満は至る。これは悪霊の猫と少年が一つになった複合怨霊であるのだと。そこから先は、道満を敵と認めたのか男子が動く。

 

【ブニャアァアァア】

「ンンンンンンンン!?」

 

瞬間、凄まじい勢いで男子、即ち溺殺された俊雄が道満に襲いかかった。首を拗らせたまま、宙返りのような様相で道満の首を掴まんと飛びかかってきたのだ。

 

「がはぁっ!」

 

すんでのところで結界で直撃は避けたが、もんどり打ちマウントを取られる形となる道満。ころげながら、リビングに投げ出される。

 

【フシュアァアァアァァァァァァ】

 

道満の結界にべったりとくっつきながら、首をぐるぐると回し威嚇を繰り返す俊雄。首から上が千切れんばかりに回転する様はあまりにもおぞましく、恐ろしい光景だ。

 

「ぬぅう!怨敵、たいさ、ぬぅ!?」

 

退魔せんと右腕を伸ばした瞬間、その手を握られ持ち上げられる。サーヴァントたる道満すらも捻り上げるその膂力は、最早子供の範疇を抜け出ている。

 

【ニャァオン、ニャゴ、シュゥウ】

 

絶えず言葉を発する…いや、猫の鳴き声を発する俊雄の意図は読み取れない。最早自意識など存在しないのだろう。その矛先は、道満に向けられている。

 

「ンンンンンンンン急急如律令!!」

【フニャ】

 

道満は渾身の力を以て俊雄を振りほどき立ち上がる。俊雄はべったりと天井に張り付き、首だけを道満に向けながらカサカサと別の部屋へと逃げる。

 

「逃しませ、ウッ!?」

【ニャー】

 

あちらの部屋に行ったはずの俊雄が、なんと真上の天井から降ってきたのだ。道満は思い至る。この無法さ、この理不尽さ、もしや。

 

「佐伯、伽椰子の…まさか、固有結界…!」

 

相手を呪殺することに特化した固有結界。世界を塗りつぶす怨嗟。ならばここは、ここのルールは伽椰子のみが支配する。なれば、手先である俊雄も易易と叶うだろう。サーヴァントの呪殺など。

 

【ニャーォ〜】

「ぐ、ぬ、ぅう…!」

 

顎に手を回され、ミシミシと首を引っこ抜くように力を込める俊雄。道満の首の皮膚が千切れ始め、異常な程に頭が胴と離れ始める。

 

(いかん!ここで死しては、情報を持ち帰ること叶わず!この道満、償いを果たすまでは死ねませぬ!)

 

意識も朦朧とし始めた中、道満は思い至る。この状況を打破する起死回生の手。術。それ即ち。

 

「ンンンンンンンン急急如律令!!本日二度目!!」

 

急急如律令、即ち極限までの足を上げた俊雄へのキック。大男たる道満の渾身の蹴りが、俊雄の顔に突き刺さる。

 

【ギニャアァアァアァァァァァァ】

 

恐ろしい唸り声を上げ道満から離れ逃げ去る俊雄。流石の二メートル級成人男性の急急如律令には耐えきれなかったようで顔面が潰れてしまっていた。直撃であり難を逃れる道満。

 

「なんと恐ろしき怨嗟か…恐らくあれも氷山の一角。伽椰子の前に仕留めねば…」

 

追撃か、はたまた撤退か。そう、意識を巡らせた…

 

 

【ア ア ア 】

 

まるで、切り裂かれた喉から声が漏れているような声音。ドン、ドン、ドンと、手で階段を降りているような音。

 

【アァァ ア アァ 】

 

「────!!」

 

慌てて玄関前にて構える道満、目の前の階段の上から聞こえ、来る姿を彼は見てしまった。

 

身体中の切り傷。ビニール袋へ詰めるためにへし折られたであろう全身の骨。血に染まった白い服。四つん這いの歩行、顔が見えぬ黒髪。

 

【アァァァァァァ ァ ア】

 

その異形から、音は放たれていた。拷問で喉は切られたのだろう。この掠れた声音は喉から漏れ出ていたのだ。

 

「佐伯、伽椰子…!」

 

意識を保てた事が実力の証拠であった。サーヴァントですら縛る怨念の塊。数多の怨念を重ねたであろう怨霊の首魁。自分が担当した調伏ですら、これ程はそういない呪霊。それが、自身に向けてゆっくり降りてくる。明確な、殺意を持って。

 

【ァァァ ァ アァァァ 】

 

 

「伽椰子殿…もうこのような事は止めなされ…!」

 

しかし道満は、それでも伽椰子に訴えた。彼はどこまでも、寄り添う人であった。

 

「怨みは、いつか晴らさねばなりませぬ!他者に向けては、永遠に救われぬのですぞ…!」

 

【ァァァ ァァァ 】

 

「っ──」

 

そして道満は理解する。この存在は、全てを呪っている。理解など、対話など望めない。自身の怨念しか、この存在には残っていない。

 

望むは一つ。怨恨成就による滅尽滅相。最早この魂は救われない。救われてはならないのだ。何故なら──。

 

「ううっ…!」

 

観の目で見た伽椰子の内部には、今まで殺した魂たちがぐしゃぐしゃに溶け合い一つとなり、輪廻から外れ永劫苦しむしかなくなった被害者たちがいたのだから。そのあまりの救いの無さに、吐き気すら催す道満。

 

【ァァァ ァ】

 

やがて階段を降りきった伽椰子が、道満にゆっくりと歩み寄る。なんと道満すら金縛りにする圧倒的呪力。

 

自身が取り込まれてはいけない。自身の法力を手にした伽椰子は、きっと晴明殿すら目に余る。殺されるならと覚悟を決め、肉体を捨てんとした刹那…

 

「──まだ殺されては困るな、道満」

 

聞き慣れた声音と共に、凄まじい勢いで玄関より引き出され。

 

【ガァアァァァ ァ ァ 】

 

無数の光の鎖が突き刺さり苦悶に呻く伽椰子が、伽椰子宅で道満の見た最後の光景だった。




敷地外

道満「はぁ、はぁ、はぁ…はぁ…」

メイ「まさか生きているとはな。流石は私の玩具だ」

道満「…………」

メイ「どうだ?意思疎通、泣き落としはできたか?」

道満「………救わねば」

メイ「は?」

道満「伽椰子に囚われた魂を弔い、救わねば…」

メイ「…………そうか。なら早速行くぞ」

道満「ど、どこへ?」

メイ「伽椰子討伐の準備だよ。貞子はスカウトするが、伽椰子の方はもう手遅れだ」

道満「……」

メイ「さっさと起きろ。始末する算段はつけてあるんだ」

道満「なんと!?」

「──バケモンには、守護神をぶつけんだよ」

どのキャラのイラストを見たい?

  • コンラ
  • 桃太郎(髀)
  • 温羅(異聞帯)
  • 坂上田村麻呂
  • オーディン
  • アマノザコ
  • ビリィ・ヘリント
  • ルゥ・アンセス
  • アイリーン・アドラー
  • 崇徳上皇(和御魂)
  • 平将門公
  • シモ・ヘイヘ
  • ロジェロ
  • パパポポ
  • リリス(汎人類史)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。