人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
『乱雑に置かれた盗聴器』
【人類悪、ビースト。人類史の澱み、自業自得から生まれる怪物。人類が滅ぼす悪…。正直な話、異聞帯の王たるアダム先生には全く関わりのない存在ですが、これくらいでようやくあなたの覚悟に釣り合うでしょう】
180センチ程のアダムの身体が小さく見えるほどに巨大な、人型にしてひび割れている天使の輪を懐く獣。堕天使にも見えるソレが、黒服の指示にて起動する。
【さぁ、生徒ではない相手です。見せてください。アダム先生の本領を。神を殺した拳、その力を】
「アロナ。戦闘モードを指揮タイプから戦闘教導タイプに変換。アビドス地域スキャン開始」
『了解です!アダム先生へのアシストモードに転換、状況予測開始!』
同時にアダムがアロナを起動させ、握った拳を先制とばかりに前に突き出す。それはなんという事もない、手軽なジャブが如き一撃。
しかしそれは、音速を容易く突き破るマッハの衝撃となりビーストHを突き穿つ。ソニックブームにてビーストは引き裂かれ、遥か彼方へと吹き飛んでいく。
『解析完了!対象、アダム先生!粒子加速開始!』
アロナの声と共に、アダムが瞬時に移動…否『瞬間移動』を果たす。吹き飛ばされたビーストよりも速く、その吹き飛ぶ地点へと現れる。
【タキオン粒子の使用による別時間軸ヘの移動。クロックアップというヤツですね。生身でそれに耐えるとは】
アダムは両拳を握り込み、ビーストへ向けて無数の拳を叩き込む。素早く、精密を極め一撃一撃がミサイルの着弾に匹敵するそれが、巨大な体躯を持つビーストをまるで御手玉のように翻弄し傷を刻み込んでいく。
『先生!そこの地盤に亀裂があります!』
「よし」
アロナの指示に応え、素早く真下の地面に両腕を突っ込み、全力を込めて抉じ開けるように拡げる。
「ふっ…!」
【おぉ…!】
すると、まるでモーセの示した奇跡のように大地が、砂漠が叩き割れ、獣を呑み込むかのように大口を開け虚空へと誘わんとするフィールドが形成される。たった一人で、地盤や地形を変化させる規格外の戦闘能力に、黒服も感嘆を隠せない。
【■■■■■】
ビーストHもそれに呑み込まれぬとばかりに、翼を拡げ離脱せんと動く。しかし、その動きを容認するほどアダムは生徒ならざる者には甘くはない。
「堕ちてもらう」
背中へと移り、翼を力づくでもぎ取り叩き折る。離脱も転換も許さない、クレバスへの堕天を強制する一撃。為す術もなくクレバスへ落下し、両手足を使って踏ん張るという隙を晒すビースト。
『身体加速、負担軽減!先生!おらおらっとやっちゃってください!』
アロナの指示に呼応し、身体能力が強化されていくアダム。アロナの端末、シッテムの箱はさらなる効果を見せていく。
【成る程…普段は生徒達を助けるツール、戦場を見下ろし俯瞰する為のツールを自らの戦闘補助のためにリソース分配しているのですか】
アダムの肉体稼働効率は数倍となり、一秒間に何万発のパンチを繰り出せるほどの速度を手にする。最早クレバスへ呑まれんと踏ん張るとばかりのビーストにそれを防ぐ手立てはない。
【スキルも、宝具も、何もかもを喪失しておきながらその強さ、パフォーマンス。これが、人類のアーキタイプたる者の力…】
徹甲弾が絶えず撃ち込まれているかのような爆発音、破裂音と共にビーストの全身に拳が叩き込まれ、踏ん張りの均衡はあっという間に崩れ去る。両手と両足はずり落ち、アダムが作り出した、大地の割れ目たるクレバスの中へと。
【ふふ…素晴らしいですね、アダム先生。顔色一つ変えず、人類が乗り越えるべき悪すらもあっさりと討ち果たさんとしてしまうとは】
その様子を見届けたアダムは素早くクレバスの断崖を持ち、元通りのあるべき姿へと大地を戻す。大自然の万力に挟まれ、ビーストHは何一つ行動を起こせず、その霊基を崩壊させ霧散を果たす。
『やったぁ!どうですか、これがアダム先生とアロナの力です!』
【えぇ、なんという事でしょう。本来ならばビーストとは決戦術式にて導かれし7騎の英霊が総力を結集して討ち果たすもの。それをこうもあっさりと討ち果たしてしまうとは】
「アロナのサポートあればの成果だがな」
【御謙遜を。これはあなたの力ですよ、アダム先生。あなたの力もまた規格外。何処かの世界には、アルテミット・ワンからグランドバーサーカーに至った鬼神もいると聞きますが、それに勝るとも劣らない力をあなたはお持ちのようだ】
「……まるで共に放浪していた時期のある彼女のようだな」
『解りましたか!アダム先生は絶対に負けません!こんな無駄な事は止めて、一昨日やってきてください!』
【いえいえ、これはまだ始まりに過ぎません。アダム先生には、これからもっともっと頑張ってもらいますよ】
『え───』
【人類悪・起動。ビーストY・ゲヘナ。連鎖召喚、ビーストH・ゲマトリア】
耳の疑う様な言葉を、アロナは黒服の掲げたカードの輝きと共に見やる。次の瞬間、アダムの前に立ち塞がる二つの影。
【汎人類史の悪性、それが人類悪。残念ですが、それは汎人類史が乗り越えるべきものなので…アダム先生、あなたでは彼等の打倒を証明できない】
「…ネガ・ティーチングとやらか」
【そういう事です。アダム先生、この獣達はあなたの教えを拒絶する獣。無知であるが故の獣という事です】
天使の羽を持つビースト・Yと、天使の輪を持つ先に断崖に落ちたはずのビーストHがアダムに立ち塞がる。手にした剣が、アダムへと迫る。
『っ、量子化発動!ワープ先、敵ヘイロー部分!』
アロナが弱点とされる場所を推測し、そこに導く。アダムは速やかに拳を握り、獣へと渾身の拳を叩き込む。
【ソリタリーウェーブ・ナックル。超周波振動拳とも言うべきそれは、対象の原子結合から分解、解除、崩壊のプロセスを用いて対象を完全破壊させる。…しかし】
瞬時に破壊、粉砕されし獣たち。しかし黒服の大人のカードはさらなる輝きを増す。
【人類悪・起動。ビーストV・ミレニアム。連鎖召喚。ビーストY・ゲヘナ。ビーストH・ゲマトリア】
『そ、そんな…!』
先に倒した筈のビーストが、連鎖され召喚されていく。黒服にとって、アダムがビーストを討ち果たすなど解りきった事だった。
だが、【ネガ・ティーチング】により、アダム…先生たるアダム・カドモンのもたらす【撃破】【打倒】という証明を否定することにより、復活と連鎖召喚を繰り返していく。人類史の悪性故、アダムの拳では完全な破壊は望めない。倒したとしても、その証明が否定されていく。
【如何です?あなたを倒せる手段を我々は用意できない。ならば倒せない敵を用意し、あなたが倒れるまで使役し続ければいい。態々あなたを打倒などしなくてもいいのですよ。壊れかけのあなたは、この方程式を突破できない】
「…………」
【大人の戦いとはこういうものでもあるのですよ、アダム先生。情報を制すものは戦いを制す。私があなたに挑んでは小指一つで振り払われるでしょう。ですが私は、指一つ動かすことなくあなたを討ち果たしてみせる】
『こんなの、ずるい…!』
【えぇ、アロナ君。大人というものは皆狡く、賢く、それでいて悪意に満ちている。アダム先生という輝ける存在すら喰らい尽くせる程度にはね】
「前を向くんだ、アロナ」
アダムはそれでも闘志を喪いはしなかった。毅然とした態度で、獣達を睨む。
「例え否定されようと、私は先生だ。教えることを止めはしない」
【…?獣達に、何を教えると?】
「新しきを知る、歓びだ」
【ふふ…素晴らしい。あなたは決して折れはしないのですね。ならば、教えてあげてください。この、嫉む神より鋳造された獣達に。あなたの終わりを】
アダムは──先生として、微塵も後退すること無く戦い抜いた。
圧縮された時間で、獣達に拳を以て。それは、勝機の見えない果てしない戦い。
アダムは戦い続け、そして──
黒服【…まさか、このカードに刻まれた運命力が底をつくまで戦い抜くとは…】
アダム「言った筈だ。私は先生だと」
黒服【ここまで来ると感嘆を通り越して畏怖すら感じます。人は全てあなたの劣化コピーでしかない。私は今、完全な人類の真髄の前にいる…!】
アロナ『先生…!先生は本当に、本当に凄いです!』
黒服【…ですが】
アダム「…、…っ」
アロナ『先生!?』
黒服【あなたは頑張りすぎましたね、アダム先生。スキルも宝具もなく、戦えるような身体ではないにも関わらず】
アダム「…………」
【人類悪・起動。ビーストY・ゲヘナ。連鎖召喚・ビーストH・ゲマトリア。ビーストV・ミレニアム。ビーストH・トリニティ】
アロナ『そ、んな…』
黒服【タッチの差ですが、私の勝ちです。あなたは結局、一人ぼっちだ。楽園を出たあなたには、もう何もない】
アダム「………」
黒服【結末はこの様に。さようなら、アダム先生】
4匹の獣が、満身創痍のアダム目掛けて──
アロナ『先生────!!』
──その悪性を、叩き付けた。