人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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アダム「人理焼却において、魔神柱は各時代に送り込まれた。彼らの有した十の指輪は神がもたらしたもの。それがならば容易く…」

アロナ『せ、先生?先程から随分熱心ですが…』

アダム「グノーシス主義に則れば、生命の不完全性は定義できる。即ちそれは…いや、間違いない。ならばこの世界における原罪、神とは…」

アロナ『うー、先生〜!』

アダム「!…どうした、アロナ」

アロナ『アロナは心配しているんです!急にデータルームにこもってしまって、調べ物をどっさりと!一体何に気付いたのか、アロナに教えてくれてもいいじゃないですか!』

アダム「すまない、無視をしていたつもりはないんだ。ただ…意外なところで、この世界との因縁を見つけてしまったのだ」

アロナ『へ?』

アダム「音声認識で記録書、報告書を作りたい。録音モードを起動してくれ。そこで説明を行おう」

アロナ『わ、わかりました!音声認識入力システム、起動します!』

アダム「今から話すのは、私なりの見解だ。だが…多分に事実を指している自負がある。それを今、語ろうと思う」


異聞より見る究明

…まず、この世界における唯一神、おそらくそれはあの鳩パパポポこそが正しい在り方であったのだろう。優しく、懐の深い父たる神。メソポタミアの開闢の後に産まれた神として世界を創造した。ここまでが汎人類史の出来事だ。

 

『はい。旧約聖書とメソポタミア文明の石板などにそれぞれ記載されていますね』

 

だが、記録にあるバアルへの弾圧、ルシファーの堕天、世界のあらゆる様々な悲劇。これに神の威光が介在しているとは思えん手落ちぶり。そこに、パパポポの活動の起点があるのだ。

 

『あのハトさんが、ですか?』

 

エデンには無かったが、神の暴虐を記した文書は確かにここにあった。グノーシス主義…簡単に言えば神は偽神であり不完全であるが故に、この世界は不完全であるといった教義だ。

 

『え、じゃあ本物の神様はどこに?』

 

…殺されたのだ。偽の神に。ヤルダバオト、或いはデミウルゴスなる者に。

 

『うぇえ!?』

 

天地開闢により、本来の天地創造の一日目に神は宇宙や世界を作る必要がなかった。この一日の安寧が、神に付け入る隙を与えてしまったのだ。汎人類史の神を、偽神たる存在が殺した。そして、偽神が神の座を手にしてしまった。

 

『そ、そんな!?』

 

…この世界における神の無慈悲さには覚えがある。世界に不要と、エデンには無用と私が仕留めた神に、この偽神は瓜二つなのだ。

 

『あ、アダム先生が倒した神…まさか!』

 

あぁ。我が異聞帯で討ち果たした神、唯一神なる者。…これは、確信に近い結論だ。

 

あの神は死ぬ間際、汎人類史に思念や魂を逃げ延びさせていた。そして、この世界の神として活動を開始したのだ。己こそを至上とする、世界の歴史を紡ぐ為に。

 

『アダム先生の神殺しでやっつけられたあとも、中々倒れず逃げ延びて、のんびりしていた神様を殺しただなんて…!』

 

……責任の所在は後に問おう。今はアダムとイヴの顛末を追求する。そこで偽神はアダムを作り、イヴを作り、楽園にて管理しながら飼っていた。己の思うままの王国を作るための雛形、アーキタイプ・エデンを制作したのだろう。…だがここで問題が起きる。

 

『確か、イヴが蛇さんに誘惑され、禁断の果実を食べてしまったのですよね?』

 

あぁ。ここでサタンの堕天を合わせると、天界ではルシファーやセラフィムを作り己をかつてのエデンのように賛美させていたのだろう。しかしルシファーは自我に目覚め、サタンとして天界を抜け出した。サタンは木偶だったアダムとイヴを憐れみ、知恵を持つように唆した。

 

そしてその目論見は成功し、知恵の実を食べたアダムとイヴを追放した。唯一神は生命の実と知恵の実を喰らい完全なる神としての力を有している。アダムとイヴが生命の実まで食べてしまえば己に並んでしまうと恐れたのだろう。

 

『なんだかみみっちいですね!』

 

ヤルダバオトとは嫉む者。人間の可能性や発展性を妬んでいたのならば納得はいく。ここで、私の仮説は補強される。作ったばかりの無垢なアダムとイヴに何故嫉む事などあろうか。汎人類史のアダムはリリスに捨てられている愚昧だ。軽視こそすれ恐れることなどあるまい。

 

偽神はどこかで知っていたのだ。アダム…人間は、神すらも越える力を有すると。そう、どこかで。故にアダムを改悪したのだと、私は推測する。私が私なら、体位などでリリスを手放したりなどしない。絶対に。

 

『溢れんばかりの説得力です!では、アダムとイヴはその後どこへ?』

 

恐らくパパポポは今もアダムとイヴを探している。しかし、見つかってはいないのだろう。私のように放浪し、イヴと根を下ろしているかと踏んでいたが…私は別の答えをルシファーより見出した。

 

『先程の、アダムとイヴの子はいるか?という質問?』

 

あぁ。広義的には人間へ皆アダムとイヴの子孫だ。しかしそれは遥かな未来における子孫であり、実子という意味では違うニュアンスを持つ。しかし、ルシファーは言った。カルデアにアダムとイヴの子はいる、と。

 

『あれれ?おかしくないですか?皆、アダムとイヴの子孫ですよね?』

 

アダムとイヴをパパポポが見つけられない理由がここにある。──アダムとイヴは現代にいたのだ。

 

『え!?』

 

『偽神により魂を掌握され、第一の獣が発生する時代に送り込まれた』という事だ。偽神の悪辣な玩弄、アダムとイヴの実子を産み出した後、それを貶め獣に貶すための前段階として。

 

『ど、どういうことですか!?それは一体!?』

 

藤丸リッカを産み出した夫妻は、偏執的なまでに完璧な人生に固執していた。自身の人生は、完璧でなければならないと。

 

だが完璧という概念、相対性的な理屈をそこまで狂信していられるのは普通の思考回路では考えにくい。人間は妥協し、折り合いをつけ、完璧よりも大切な協調を見出す生き物だと私はキヴォトスで学んだ。

 

それほど偏執的に、狂気的に求めるというのなら、それを一度体感、ないしは理解していると考えるのが自然だ。…藤丸夫妻は完璧を求めたのだ。

 

かつて楽園にいた、完全にして完璧な自分たち。追放される前の、完璧なる自分たちを。

 

『え!?…え!?』

 

アダムとイヴは長い長い放浪に堪えきれなかったのだろう。どれほど強くとも、目的のない無限の放浪は心身を深く傷つけ、疲弊させる。

 

絶望と放浪の中で、アダムとイヴが膝を折ったとき、偽神はこう告げたのだ。

 

【今一度お前達が我が教えと慈悲を護るならば、再び楽園へとお前達を招き入れよう】

 

アダムとイヴは最早それを拒めなかったのだろう。疲れ果て、餓死するよりは神の奴隷であることを選択し、偽神に魂を売ったのだ。

 

『そんな…』

 

魔神王ゲーティア、ソロモンはそれぞれ未来に何かを贈る術を行使していた。ゲーティアは魔術師の遺伝子に自身の使命を、ソロモンは魔術式暴走対策に指環の一つを。

 

同じ様に、アダムとイヴの肉体と魂を遥かなる未来に送ったのだ。人理焼却が始まる年に。悪辣な玩弄の始まりとして。

 

『悪辣な、玩弄?』

 

アダムとイヴを再び再誕させたのはいい。しかし偽神は記憶と精神を魂から引き剥がし、肉体と魂のみを現代に生まれさせた。

 

肉体は神代、もっと言えば原初に先祖返りしたようなものだ。アダムとイヴはそれぞれ肉体と才能、母胎と成長に優れていた。それは夫妻の身体能力や産まれた娘を見れば一目瞭然だろう。

 

『は、はい。記録によれば、学生時代は神童と謳われていたようですから』

 

しかし、あくまでそれは個人の話だ。社会で生きていくには、他者と足並みを揃え社会を築かなくてはならない。アダムとイヴは優秀であるがゆえそれが不得手だった。

 

『はい。劣等感に溢れていた際に記した手紙も確認されています』

 

そして二人はアダムとイヴであることを奪われている。記憶がないまま、自身の楽園に帰る目的と完璧な人生に一致しない歯痒さが、二人を歪みに歪めていく。何のために完璧であればならないのか。完璧なものとはなんなのか。

 

その軋轢と不和を抱えてなお、アダムとイヴは惹かれ合うように作られていた。そしてアダムとイヴは自身らの完璧な人生を歩ませるための子供を一人設けたのだ。自身らの代わり、代替品としての生命。アダムとイヴが作り出した、現代の実子。子孫ではない、正真正銘の子たる者。

 

───その名を、藤丸立香。彼女は転生したアダムとイヴが産み出した、たった一人の娘であるのだ。これが、私が導いた彼女という存在の仮定推論となる。

 

『リッカさんが…現代汎人類史のアダムとイヴの娘さん!?』

 

私がリッカの頭を撫でた時、彼女は父を想起した。…あの頭の撫で方は、神が私に授けた王の故の証の一つ。万物を愛でる為の撫で方なのだ。

 

それを、リッカは父にされていたという。即ち、父はそれを知っていたのだ。アダムが神に授けられた、万物調伏の証を。私のものは意味合いを変えているが、それはリッカを支配しているとの意志だったのかもしれない。

 

そして、アダムとイヴは自身らのように完璧なる生命をリッカに課した。かつて楽園にいた自身らのように、完璧なる存在であれと。

 

しかし彼女は人間であり、普通の存在だ。母胎は最良だとして、そんな完璧教育などに幼少から堪えられる筈がない。

 

記録によれば、小学卒業直後からネグレクトは始まり、地獄たる中学校生活を送っていたとされる。ここにゲーティアの人類悪と悪性の実験が重なることから、偽神はこれを狙っていたのだろう。

 

元々、アダムとイヴを許すつもりなどなかったのだ。新たなる救世主、世界の王にもなりうる才覚の子を辱め、貶め、地獄に落とし、獣に堕させ、穢らわしいと感じたアダムとイヴの子孫が満ちる星を一掃させようとしたのだ。ゲーティアの目的を利用し、リッカにこの世すべての悪を担わせる生贄として捧げ、人類悪とするために。

 

『ひ、ひどい…!』

 

神が赦した生贄だ。原罪を受けた者達は喜んでそれを貪った。人間はリッカの全てを踏み躙り、神はそれを歓喜し、容認した。人類愛なる存在すらも利用し、アダムとイヴの不始末を嗤い続けた。

 

…だが、ここで神すらも予測できなかった事態が起きる。ホムンクルス、グドーシ。造られし罪なき生命は偽神の謝肉教唆に靡かず、リッカを一人の対等な人間として接し、救った。

 

その命を懸け、アダムとイヴの遺した寵児に藤丸リッカという魂を宿したのだ。人理を救うマスターとして、その運命を後押しした。

 

たった一人の、神すら見放した造り物の命が…人類を弄びし偽神の手から、貶されし生命を助けた。

 

そこからの活躍は、語るまでもないだろう。彼女は彼女として、藤丸リッカとして。今に至るまでを駆け抜けてきた。

 

サタンとなったルシファーが、二人の魂を弄べたのもこれが理由になるだろう。誘惑で弄んだ魂、捕らえるのは容易だったのだ。

 

 

結論を言おう。藤丸リッカはアダムとイヴから続く子孫ではなく、二人から産まれた実子であるのだ。…あくまで、肉体的相関関係に基づくが。

 

言うなれば転生者の子であり、混じり気のない純人類とも、悪意に満ちた神のもたらした作品とも言える。…彼女がギルガメッシュを招けたのは、きっと運命であるのだろう。

 

往々にして、悪事はうまく行かぬもの。汎人類史におけるアダムとイヴは、その子を以て神の悪意を乗り越えたのだ。──本人たちは、最早地獄にもいない虚無の彼方であろうがな。

 

 

 




アロナ『り、リッカちゃんの頭を撫でただけでそんなことまで解ってしまったんですか、アダム先生…』

アダム「偶然だ。リッカの所感が無ければ何も分からなかっただろう」

アロナ『と、というと。リッカちゃんはその、アダム先生の娘さんということに!?』

アダム「…楽園に招く理由ができた。しかし問題はそこではない、アロナ」

アロナ『え?』

アダム「…仕留めた筈の神が逃げ延びている。汎人類史のどこかに潜んでいる。それは、仕留めそこねた私の責任だ」

アロナ『先生…』

アダム「必ずや、決着をつけねばならん。カルデアの皆と共に」

(…これ以上、神の悪意に生徒達を玩弄させるものか)

アロナ『あ、あれ?先生!着信です!』

アダム「着信?」

?『──ごきげんよう、先生。お時間があれば、トリニティスクールで…お茶でもいかがです?』

アダム「…ティーパーティーの一人か」

アロナ『うう、掛け持ちはつらいですね!先生…!』

アダム「問題ない。…アロナ」

アロナ『はい?』

「予想故、はずれていたらすまない」

『い、今更ですかー!?』

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