人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
(ヤツはあらゆる世界に干渉し、歪めている。せめてルシファーが答えを見つけ、カルデアの皆が世界を取り戻す英気を養うまでヤツの狼藉を封じねば)
『……戻れる保証はない。しかし、そもそもこの世界の神は死んだ身だ。元々無い命、惜しくはない』
(せめてその尻尾、掴んでくれる。いつまでも好きにできると思うな、自尊の獣…)
そして、鳩は黄金の軌跡となり救世主の残せし座標へ飛んだ。それは、かの神がいるとされる天の御座。
そこに──自尊の獣が在することを信じて。
雲を抜け、空を突き破り、遥か黄金の雲と黄昏の空。救世主が指した座標、世界の裏側に類する高次元の座とも言うべき場所。神霊のみがいるべき場所。それが、自尊の獣の有する天の御座。パパポポ…神と聖霊の合体した存在は、其処にただの独りの身で辿り着いた。何が待つか解らぬ以上、敵の懐に飛び込む真似に味方は募らなかったが故だ。そこで父は、自尊の獣が抱える世界…千年王国の在りようを目に捉える。
『これは………』
其処に在りしは、一欠片の争いもない世界。誰もが死人のように存在し、ただただ神への讃美と賛歌を痴愚の様に謳い上げる至上の平穏と秩序が齎された世界。
正方形の足場に、人間と思わしき生命体が一切の均等を保ち何百、何千、何万と配置されている。それらは皆感情もなく、個性も無く、均一化と画一化を果たされ、一切の疑問もなく神への賛美を平坦な歌のように紡ぎ続けている。その眼前には、遥か天空にまで届く神の御姿を彫刻した像が屹立し、それに向けて全ての人々は神に心と体を捧げたままに、何の喜びも哀しみも浮かべること無く、白き衣装にて歌を歌い続けている。一様に生気も感情すらも浮かべず神に捧ぐ有り様は、不気味にして無機質そのものだ。
『感情と心身の画一化…浄化と洗脳という名の個性の抹殺…神の子たる者への受肉による魂の拘束か…』
父は見抜いていた。自尊の獣はすでに何万の世界を手中に収め、その世界全てを己の傘下、更に言えば己を崇め奉る信仰を奉ずる動力機関として再改造しているのだと。
死した魂を輪廻から外し、自らが用意した肉の器に押し込み『新生』させ、『秩序』という名の洗脳を施しこのように自身を強化する無限の動力として転用している。
その魂の個性、人生、主観、善悪、価値観、属性。それら全てを洗脳にて抹殺し、自らの千年王国の住人として永劫捕らえ、無謬の平穏をもたらし鎮める。争いは起こらず、永劫の平和の齎された天国を作り上げる。
それは個人という他者を分かつ要素を全て切り捨て、罪を生み出す個性を抹殺し、あらゆる存在を均等にし、同じ存在にする。同じ──すべてを、神を崇める白痴の信徒とすることによって。
そこには格差もなく、憎み合う事もなく、哀しみもなく、争いもない。相互不理解による殺し合いもない。ただただ唯一無二の神を至上とする有象無象の子羊としての在りようを、この千年王国にて永遠に強要される。
真なる父にはその魂たちの姿が見えていた。当然ながら、それは人種も世界も、時空も次元も成り立ちこそが一つ一つが全く違う別のもの。どれもこれもが、人という代わりのない存在。
だがその魂は、神が鋳造した肉体に全て押し込まれ全く見分けの付かないものに成り果てている。還る場所を喪った魂を念入りに洗浄し、洗脳し、浄化し、個性と尊厳を剥奪し、肉体という牢獄に押し込める。魂という霊的な存在を扱う概念において、肉体への幽閉は死よりもおぞましい所業に他ならない。
『徹底的な人間性と自我の否定…個性と尊厳の抹殺による絶対不変の信仰形態の構築…』
獣たる神は、人に個性や違いを擁していなかった。ただ、誰もが同じ様に耳と口と鼻、目があればそれでよい。我を崇めることが出来るのなら事足りる。
そこにある魂の総量は、最早不可思議に至るほどの総量に至っていた。地平線の彼方まで続く完全なる均等により配置されし肉の牢獄に閉じ込められた魂は、あらゆる並行世界を『浄化』した事により確保したものなのだろう。逆説的に、偽神がどれほどまでの世界に介入し、干渉し、その威光を振り翳したのかは想像に難くない。
世界の積み上げた全てを否定し、己のみを至上とし、他者の全てを踏み躙り、自らのみが絶対と強要する。自ら以外の全てを否定し、抹消する。従わぬ全てを粛清したその果てにこの天国は造られた。
万物を生み出す欲望は排斥され、万象を彩る感情は排除され、全てがただ電子の機械が如くに動く有り様。それこそが、眼前に広がるこの光景。
人類が生み出す全てを、絶対無二たる『己』のみに集約させる。己の教えと善性を証明する人類を心から愛している。それ故に、己の意志にそぐわぬ人間の全てを否定し、全てを滅ぼし尽くす。
肥大化した愛に際限など無い。己の教えと輝き、愛と呼ばれるものを人類が遍く享受するまで世界の洗浄という滅亡は繰り返され続けていく。
己のみこそが正しいと信じて疑わぬ故に、その愛に揺るぎはない。己を崇め奉る人類を、彼は誰よりも何よりも深く深く愛し抜いている。超越者が愛玩具に齎す愛だとしても、それは紛れもなく愛なのだ。
愛しているからこそ、愛しておらぬ人間に慈悲などは決して齎されない。あらゆる並行世界、遍く次元にその愛を至り尽くさせるまで、この天国はどこまでもどこまでも広がり続けていくだろう。
己のみが愛しいという『自尊』。その獣性を神の座にて肥大化させきった存在が並行世界、あらゆる世界に齎すソレをかの父はこう評した。
『……人理『浄化』…人間の積み重ねたあらゆる全てを否定し、人間の紡いだ全ての可能性を否定する、究極の対人理活動…』
かの獣の愛が遍く人類に満ちる時、過去、現在、未来に至るまでの人類の歴史は全て無と化すだろう。彼を介さぬ人類の全ては無駄であり、無為であり、無意味であり、無価値であるが故だ。
森羅万象、全ては神たる自身を擁する事によって価値を有し、意味を成すものである。それ故に、信仰も研鑽も、進歩も文明も己が介さぬものは無価値である。無価値、無意味と断ずるが故に、一片の慈悲もなく全てを焼き払い切り捨ててみせる。悪では己の満たされる範囲で済むそれは、遍く愛を齎すまでは決して止まらない。
『恐れてはならない、私はあなたと共にある。私があなたを許すまで、去ることはできない』
愚昧なる人類が積み重ねた歴史など取るに足らず、愚かなる人類の研鑽など愛するに値しない。
『時を信用してはならない。私はあなたを導くだろう』
己を否定させず、肯定しか許さず、その為に人間の全てを浄化する。
『私を否定してはいけない。私はあなたの目の前にいるのだから』
己は決して現れることはない。誰にも否定を許さず、誰にも打倒を許さぬが故に、永遠に人類の前に立つことはない。
『私の物語はどこにもなく、未知である』
それこそが、自尊の獣ビーストΩの齎す人類への滅亡。人類の全てを浄化し、否定し、抹殺し、己という神のみを満たす行為。
……別次元、並行世界では地球は漂白され、宇宙において一人ぼっちの星となった。このままではこちらの地球も同じ末路を辿る。
しかしそれは地球ではなく、『地球以外の全て』が抹殺、抹消される事による可能性の消失となる事に他ならない。人類の無数の可能性と世界は、たった一つを除いて全て消え失せるであろう。
たった一つを除いた、全並行世界の消失。全時空、全次元の消滅。それが、ビーストΩが果たさんとしている大偉業。ビーストとしてもたらす完全なる人類の滅亡。
この眼前に満ちる天国で宇宙を満たす。そしてそれが果たされた時、全ての宇宙は滅亡し閉じるであろう。たった一匹の獣が有した世界、理こそを真理として。
以上の賛美を以て、かの獣のクラスは決定された。万物の父など偽りの名。基は自身より湧き出る無限の愛により、全次元を浄化し尽くす大災害。
名をビーストΩ。意志ある総て、全生命体における不倶戴天の獣。全知性体の生命活動とその痕跡を消し去る、究極にして最悪の獣である。
パパポポ『……おぞましい……己のみしか愛さぬ者はこうまで人を無下にできるのか……』
(感謝しよう、我が息子よ。お前がいなくば、戦う前にカルデアの皆は…)
パパポポ『せめてこの千年王国もどきを砕ければ、その愚行は遅れよう…──ッ!?』
瞬間、パパポポに光が降り注ぐ。それは、『天使』たる者の洗礼。それには、覚えがあった。
アブディエル・ソドム『──────』
ゼルエル・ゴモラ『──────』
パパポポ『アブディエル…!ゼルエル…!』
父の愛するしもべ、アブディエル。父の腕、ゼルエル。……人間性を剥奪され、機械の身体に成り果てた二人が、父たる彼に牙を剥く──。