人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
大妖精「チルノちゃん、カルデアで頑張ってるかなぁ。世界を救うためのお仕事だなんて、凄いなぁ…!」
慧音「キリシュタリアから逐次報告を受けているぞ。皆に置いていかれる事もなく、頑張っているのだそうだ」
大妖精「先生!そうですか…!」
慧音「だが、幻想郷に戻ってこないのは寂しいな。ここには君や、ルーミアやリグルなどの友達が…」
リグル「昆虫はいいぞー!」
ルーミア「人肉さいこー!」
慧音「…友達が待っているのだからな…」
大妖精(遠い目!)
慧音「それはともかく。チルノにはレポート作成の能力も必要になる。これをチルノに届けてほしい」
(レポート初級セット)
慧音「宿題として、提出に戻ってくるだろう。呼びかけてやるんだ」
大妖精「はい!わかりました!」
紫「大妖精。ちょうどいいわ。来てくれる?」
大妖精「あ、紫様!」
紫「チルノがちょっと、凄い事になってね…この」
大妖精「チルノちゃんが…?」
「あたいが法だ」
突如キャメロットオークニーに響き渡った、妖精親分チルノの宣言。俺がルールだめいたその発言は、チルノの突発的な宣誓と最初は思われた。
だがそれは、トネリコが推し進める制作『汎人類史の行き場のない神秘の受け皿となる』という幻想郷に近しい理念により間口を広げ始めた際に本気である事を一行は理解することとなる。
『人の心 護ルール』
という、チルノが来国者に配ったルールブック。それは当然の道徳を示す、妖精たちに配られたもの。興味本位で人をバラバラにしてはいけない。何も禁止されていないからと言って、何でもして良いわけではない。自分だけが楽しいことをしてはいけない。
そんな当たり前のルールを与えたまではモルガンは容認した。それが、チルノの親分として国を保たせるルールだと理解していたからだ。
しかし、チルノはわざわざキャメロットから離れた場所に、地獄の氷界を妖精領域として展開。ヘルの権能を使用しキャメロット全体の監視を行うようになってしまった。
その監視と裁きはヘルの一面だけあり極めて厳粛で、侵攻するゴブリンや原生悪性動物から生活圏を護る盾としての役割を果たした。だがそれは同時に、チルノがそこから出てこなくなることを意味していたのだ。現にそこから、チルノは動こうとしなかった。
『妖精獄の中で輝かしい功績を残した彼女を隔離めいた扱いなど容認できません。我が妻、説得をお願いします』
そんな、くじ引きで決めた冥界統治という事実のトラウマを刺激されたハデス夫妻感涙の処遇を受けながら、リッカはチルノを説得に向かった。それは大妖精がキャメロット・オークニーに来る少し前の出来事。以下は、その説得の一場面である。
〜
「うわっ、寒い!とんでも無く寒いよここ!?」
常春めいた気温から一転、氷柱聳える極寒のチルノ・ヘルへと足を踏み入れるリッカ。ホープやビリィは待機中で、付いてきたのはバーヴァンシー。妖精賢者とも言うべき善良なる知恵袋にチルノの近況を見定めてもらうためだ。
「そりゃそうだぜ、リッちゃん。親分は今やオーディン謹製の氷の化身だ。気を抜いたらあっという間にオブジェになっちまうからな。気合い入れろよな」
「うぅ、チルノはあったけぇ氷の妖精なのに真反対な印象のこの世界はいかなる理由で…」
グランドマスターズは地質検査、カルデアメンバーは霊脈管理に忙しいので必然何でも屋なリッカがケアに勤しむ。この、猛吹雪と暗闇に満ちた地獄にも怯まず歩を進め…
『どうしたお前たち?ここはお前らが来る場所じゃないぞ』
進める必要もなく、チルノが姿を現す。スイカバー色の錫杖を持ち、冥府のドレスを着たヘルモード。地獄の女王の姿での出迎えに、バーヴァンシーは息を呑む。
『帰れ。ここに来るのは悪い妖精だけだ』
「じゃあ、親分も一緒に帰ろうぜ。悪い妖精なんかじゃねぇだろ親分は」
『あたいは別だ。キャメロット・オークニーにいる間はここでいい』
バーヴァンシーの言葉ににべもなく返すチルノ。いつもの天真爛漫さや豪快さは見受けられない。凍ってしまったかのように。
「親分…どうしちまったんだよ?あれだけキャメロット・オークニー建国を喜んでくれたじゃないですか。どうしてこんな、冷たく暗い地獄にいるだなんて…」
『バーヴァンシー。勘違いするな。あたいはキャメロット・オークニーやお前らが大好きだぞ。とってもな』
反転したわけでも、ましてや失望した訳でもない。今でもこの理想郷は素晴らしいものだと彼女は断じる。ならば、何故この様な空間を設けたかを彼女は語る。
『だけどな。理想郷だからといって誰も彼もフリーで、何でもかんでも受け入れるってゆーのはちょっと浮かれ過ぎだとあたいは思う。よく思い出せ。妖精獄が、始まりのバカどもが何故ああなったか』
「…諭す相手を殺し、咎める相手が誰もいなかったから」
リッカの言葉にチルノはうんうんと頷いた。或いは、あの旅路にて妖精の悪性を最も危険視したのは彼女であったのかもしれない。
『アレほど酷くはならないにしても、モルガンやトネリコの理想は優しく素敵なものだからこそどうしても緩みがちになる。これから来る妖精達皆がお前らみたいな良いやつならいいが、そんな事にはならないだろう。悪い、意地悪な妖精だって来るかもしれない筈だ。そいつらを、ただ放っておくとどうなる?』
その賢さと慧眼は、チルノの責任感を地獄の女神ヘルの霊基が増幅させているのだろう。冥界の統治は、厳格でなくては務まらないのだ。
『暴れ回り、他人に迷惑をかけるというのは当たり前だ。人間ならそう影響しないが妖精は違う。『あいつが護ってないのに自分だけ護るなんて不公平だ』という結論に至るのが妖精だぞ。見ていただろ、そういう無責任な妖精どもを』
「チルノ…」
『だからあたいはこの力を使い、妖精共を『抑止』する役割を担う。理想郷を理想郷のままでいさせる為に、妖精達には首輪が必要なんだ。少なくとも、モルガンやトネリコが理想郷を願うのなら』
「この場所から、キャメロット・オークニー全体を見続けるの?悪い妖精が生まれないように?」
『そうだ。あたいはこれから来る妖精、これから一緒にいる妖精達すべての『親分』として秩序を作る。下らん気まぐれで人間を殺さないように。悪い事をしたらどうなるかという罰を示すために』
それが、先の冒険で成長したチルノが見出した、自分自身の使命。理想郷を、大切な仲間を悪党や地獄に変えないために。自分の楽しみや理想を押し殺して親分の使命を果たす。
彼女は、きままに生きるだけの妖精から完全に脱却した。親分として、地獄の管理者として相応しき風格を備えた。他者を重んじ、慮る精神性を得た。
それは即ち──ただ夢中になって遊び、日が暮れたら家に帰り、倒れるように眠る。そういった、無邪気な幼年期の中にいられぬ性分であることを受け入れた証。
大人とは、望んでなるものではない。ただ、道理を知った子供が、子供でいられなくなるだけの事。公園の遊具が、大人の身体に不釣り合いになるように。チルノはそういう、成長を遂げたが故の滅私奉公を選んだのだ。
「それは解るよ、チルノ。法が無きゃ秩序が生まれない。秩序を護るのには法がいる。人間社会だってそうだもん」
リッカはチルノの判断を尊重しながら、それでも法では割り切れぬ人道と人心を説いた。チルノは決して、法の番人や化身ではない。
「でも法や秩序は皆で作り生み出すものであって、誰か一人が何もかもを捨てて体現するものじゃないよ!チルノだって、法に護られて皆とワイワイしていい側の存在だよ!モルガンが必ず、妖精と人間と理想郷全部を護る法律を作る!だからチルノだけがあぶれる選択なんてしなくていい!」
「そうだぜ、親分!何よりアタシ達、親分と一緒にこの出来たばかりの理想郷、楽しみたいっての!考え直してくれよ、アンタだけ職務だなんてあんまりじゃねぇか!」
『……ありがとな。あたい、お前らがいるから護りたいって思ったんだ。でも…』
彼女は目を閉じ、リッカとバーヴァンシーを遠ざけた。冬の地獄から、放り出すように。
『私情で良いか悪いかを曲げたりはしちゃいけない。モルガンが妖精や、皆を護る法を制定するまで、あたいはこの地獄から出る気はない』
「チルノ!」
『二度と、あんな地獄を繰り返しちゃいけないからな。もうここには来るな、お前たち。ここは、地獄を作るやつの牢獄だからな!』
リッカとバーヴァンシーは、チルノにキャメロット・オークニーに戻される。北方にありながら中央キャメロットに戻されたのは、文字通りキャメロット・オークニー全域に影響がある事を意味する。
「…あたしら妖精達の悪行に、一番参ったのは…親分だったのかもな…」
「チルノ…」
あの、痛快な笑顔の面影なき静かな決意の表情。
それが、何よりも痛ましい姿に見えて…。リッカは静かに、北の地を見据えるのであった…
チルノ『これが、力を持った存在の責任だ。あたいはこの力に恥じない、親分としての責務を果たすぞ』
チルノ『…大人になるって、寂しいもんだなぁ』
氷の座にて、チルノは静かに理想郷を見守るのだった…